2007年10月30日

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

 「名プレイヤーだから良いプレイをする訳ではない。良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

 この言葉は、サッカーを見る上でも当てはまる言葉ではなかろうか、などど考えてみる。


 実は、これはサッカーのことを語った言葉ではない。以前通っていたJazz喫茶のマスターが、Jazzプレイヤーを評して語った言葉である。

 音楽業界においては、往年の名プレイヤーが来日する事が多い。確かに、最高のパフォーマンスを魅せてくれる人もいるが、なんの閃きも無い、自己模倣のようなプレイに終始する人も多い。それで、満足してしまう聴衆が多いのも確かである。
あまりに、往年の名プレイヤーを愛するあまり、無批判に評価してしまうのだ。さらには、現在のプレイヤーを全く聞きもせず、「そんな、名も知れてないプレイヤーなんて聞いてもしょうがない。」などど言うファンもいる。

 マスターは、そういう姿勢に苦言を呈す。勿論、彼も過去の名盤は大好きだ。しかし、其れのみにコダワルことなく、現在もっとも活きのいいプレイヤーを探し、海外のライブハウスを巡り、新譜をバンバン聞きまくるのだ。そうして、新しい才能を見出すことに喜びを感じ、其のプレイを存分に楽しんでいる。もっとも、好き嫌いはあるようで、フュージョンやアシッドの類は全く受け付けないのではあるが。

 一方、私は「ラベル」に弱い。音楽にしろ、酒にしろ、「世間一般的に評価をされているもの」が「良」であり、其れを証明する「ラベル」を見ながら楽しむことで、満足を得ている。逆に言えば、「ラベル」がなければ、本当に「良い」と自分で感じているか、怪しい物である。偽者に「ラベル」を貼っただけのものであれ、有難がってしまうかも知れない。いや、実際、有難がっているのだろう。

 では、サッカーではどうだろうか。

 一般的には、と断りをいれれば、スタープレイヤーの存在がクローズアップされ、其のプレイヤーのやることは手放しに「素晴らしい」と見てしまいがちである。チームとしても、「ビッグクラブ」同士であるがゆえに、其の試合が「素晴らしい」物であるかのように語られることもある。

 どのようなプレイが「素晴らしい」と感じるか感じないかは其々の価値観の違いが有るだろう。しかしながら、その判断の中に「ラベル」が介在しないように心がけたいと思うのだ。

 どのような無名の選手であれ、良いプレイがあれば、其の試合では名プレイヤーである。どのような小さなクラブ同士の試合であれ、名勝負はあるだろう。そのようなものを、感じる感性を養いたいと、願ってやまない。

 しかし、ここで付け加えておきたいのは、「逆もまた然り」であることである。「メジャー」であることに拒絶感を持ち、頑なに否定する「マイナー嗜好」は、逆説的に「ラベル」に縛られた姿であろう。

 そう、サッカーにおいても、「名」にとらわれずに観戦したい。もちろん、過去の素晴らしいプレイといわれている映像を見ることも大変重要であるし、大変楽しいものである。ただ、其れのみに埋没してしまい、今あるものを見逃すことは、非常に勿体無い。

 過去をリアルタイムでは見られない。当事者にはなれないのだ。

 さらに、「名」のみにコダワっているとなれば、感性が曇ってしまうだろう。其の瞬間が目の前で起こったとしても、認識できないほど曇ってしまうかもしれない。それ以前に、其の瞬間に出会う機会ですら、自ら捨ててしまうだろう。

 多くのサッカーファンは、この点は十分解っているように見受けられ、大変羨ましい事である。取りようによっては、「サッカーファンは一般的ではない」という皮肉にもなってしまうが、褒め言葉として受け取って頂きたい。

 私は、そのような見方ができるのか?

 音楽においてはブラインドができず、酒においては利き酒ができぬ。評価はすべて日和見。
 分析力に欠ける上、全ての物事において、判断基準というものを自ら構築することを疎かにしてきた者が、そのような見方ができるのか甚だ疑問ではある。しかし、個人として、そのような目的を持つことも、まんざら悪いことでもない。

 まぁ、ぼちぼちやって行くしかないかな。

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posted by HemRock |18:10 | サッカーについて思うこと | コメント(36) | トラックバック(0)
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「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

良いサッカーの基準も難しいところだなぁ・・・と思う今日この頃・・・・
サッカーの場合は、むしろオーケストラのよう。プレイの流れに違和感があれば、すぐに気づいてしまう・・・肝心なのはその違和感が、勇気あるチャレンジか?否か?を見極める目。音楽で言えば耳・・・でしょうか?
チャレンジの成否はわかれても、その失敗は偉大なる失敗のはず!!新しい音楽も、きっとそういう風にして生まれたのかもしれません。

オシムさんも、高級な料理屋よりも街の中華や定食屋を愛するそうです。
デパートで売っている高級魚よりも、街の魚屋・・・うばがいさん曰く「そっちのほうが美味しいとオシムも僕も思っている。」
何事も本質を見極める目が必要だという事でしょうか?
サッカーも同じかもしれませんね!まだまだ僕も修行が足りないかもwww

posted by モ-リー | 2007-10-30 19:39

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

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JAZZネタ第二幕、面白かったです。

音楽がその時の気分で聞こえ方が変わってしまうように、サッカー観戦も今日はFW、先週はSB・・・なんて具合に視点が変わりませんか?少なくとも僕はそうです。

posted by aquila | 2007-10-30 21:15

モーリーさんへ

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良いサッカー・良いプレーの基準は、其々の人が、今まで蓄積してきた知識・経験によって違いが出てきますよね~。

プレイの流れの違和感を感じられる目があるというのは、非常に羨ましいことです。その違和感を、受け入れるか否か。それは、受け入れることが必ずしも正しいわけでもなく、受け入れないことが正しくないわけでもない。そう、新しい音楽が必ずしも「真」であるとは限らないのですね。サッカーにおいても、新しいから「真」であるとは言えませんものね。ただ、おっしゃる通り、音楽もそのようなチャレンジから、新しいものが生まれていったことは確かかもしれないです。なんか、よく解らなくなってきました。まぁ、その違和感に対するスタンスの違いをお互い述べ合うのも、サッカーや音楽における楽しみの一つかもしれませんね。

「本質を見極める目」・・・何を持って本質とするか。物事の「本質」なんて見極められないのかもしれません。普遍的な絶対基準。それを求めれば、神に帰結するのか?そこに頼るの結構なのですが、各々が価値観を作り上げる努力がまた面白いのかなぁ。
 まぁ、ある事象を、どう見るかは、今の所、個々が作り上げていく価値観によるしかないと思うのと同時に、今回のエントリーについては、サッカーにおいての価値観を作り上げていく上での、自戒の意を込めたものと取っていただければ幸いですって纏めていいものかどうか・・。

 悩む。

posted by HemRock | 2007-10-31 22:21

aquilaさんへ

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 面白いと言われると嬉しいです。有難うございます!ただ、Jazzネタはもう続かないかも?

 そうなんですね、音楽においても、今日はベースラインがやけによく聞こえ、新しい発見があるように、同じセッションを何回聞いても新しい発見があるんですよね。「おおう!ここでこの動きがあって、このフレーズがまた生きるね。」とか。特に名セッションや、面白いと感じる試合なんかではそうですよね。一発で全部のパート・ポジションの動きを俯瞰的に聞く・見るなんてことが出来ない限りは。まぁ、ちょっとでも、そのような視点に近づきたいなとは思いますが、なかなか出来ませんです。

posted by HemRock | 2007-10-31 22:22

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

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何やら、またも難しい事を言い始めたのですね。
文章は哲学者的で整っていますが、私のようなアホにも判る噛み砕いた表現ではないので、
読んで理解するのに時間がかかります。

ところで、果物の甘さを計る糖度計とか糖度という言葉が、最近よく幅をきかせていて、よく聞かれます。
昔この機械のニュースを初めて見て、当時の私はあちゃちゃ、うまい果物が食えなくなるなと思いました。
というのも外からその果物の甘さというか、スペックが見えちゃうというか、解っちゃう訳で、糖度が高けりゃ高価な値が付いて、金持ち専用ルートに流れ、糖度が低けりゃ貧乏人用に低価格のスーパーへのルートに乗るわけで、庶民が果物の選別のウマい下手で安くて美味しい果物が食べられる時代ではなくなったんだなと、
その時寂しく思いました。
おいしい果物がすぐに解るというのは大部分の庶民を不幸に落とす発明ですわ。

選別とか基準とかのしっかりした判断基準を持つ事が果たして幸せな事なのかどうなのか。
ええかっこしぃでクラブで飲むカミュとかコルドンブルーなんかより、私は学生時代に連れとドンチャン騒ぎで飲んだ、ハイニッカとかサントリーレッドの方がウマかったし、大いに楽しめました。

画一化したビッグクラブの試合より、近所の公園でどっかのあんちゃんらが見せてくれる試合の方が面白かったりもするわけで、高みを目指すのもいいかもしれませんが、まずは目先を楽しめればいいんじゃないのでしょうか、なにせ娯楽ですから。

posted by weed | 2007-11-01 15:48

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

金持ち専用ルートは仕方ないですね。貧乏人は麦を食えと言われた時代もあったそうですし、糖度の低いものでも口に入るならましと思え、そういう太い骨の世間になりつつあるわけでしょうね。
サッカーも貧者の娯楽でなく、金持ちがイベントとして鑑賞するものになりつつあるのでは?

果物は酸味も重要ですよね。できれば金持ちさんには甘い甘い高級品でがまんしていただき、紅玉は安く多量に下々へ配布して欲しいです。
酸っぱいりんごが健康にいい、なんていうブームをつくるなよ、テレビ屋さん。

posted by ペレファン | 2007-11-01 18:12

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

・・・紅玉はアップルパイにすると絶品だそうですネ。

ってチョット話がズレてきてる気がしますが(笑)

サッカーの見方って人それぞれ違いますよネー。
それはその人が理想とするサッカー像が違うからでしょうネ。だから自分の思うがままにサッカーを見ればいいと思いますよ。重要なのは、目の前にあるサッカーを見て楽しめているかどうかじゃないッスカ?

いろいろなサッカー像があるから独自のサッカー理論が出来上がるワケで、独自のサッカー理論があるから監督業が成り立つんじゃないでしょうか。

ってなんかまた話がズレつつありますが、あまり気負わずあるがままで行きましょうヨ。
いいじゃないスカ、ラベルサッカー。

なんともとりとめのないコメント・・・。

posted by ラッシュ | 2007-11-01 19:19

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

おー、これはこれはペレファンさん、
うまい事言われます。
昔我が家に常備?されていたパサパサのインドリンゴよりは
紅玉の方がジューシーで酸味すら美味であります。

私と違い、突き詰めて、究道し、練り上げたような独自の考えに基づくペレファンさんのコメントには、時にほぉーと感銘を受けます。
私はペレファンさんのコメントを実に悪くないと思っており、読むのを楽しみにしているところがあります。
主催者としてのHemRockさんが、非常に柔和な方で、細やかな心遣いをされるがゆえ、このブログではあまり火花散るサッカー論争をする気分も起こりませんが、
自分の考えを持っておられる方であり、仰る事も納得させられる事が多いです。
時には論争をして、勉強させていただきたくなるような方だなと感じております。
私の内面にも、クオリティを求める強烈な裏面の気性が同居し、思慮が行き来しておりますゆえ、
ペレファンさんのある種、的を得た言い切りのコメントには、粘着的部分も感じれば、敬愛してしまう部分も多々ありで、非常に味わいがあります。

物分り良さげで実は他人に無関心的な事なかれのネットとか現代では、本音で語られる文章にこそ清々しさを感じます。
どうか今後ともお手柔らかにお付き合い下さいまし。

posted by weed | 2007-11-01 19:43

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

いつも変な話で申しわけなく存じます。

>パサパサのインドリンゴ

なぜか子供時分から黄色いりんごが好みでなく、かけあわせのも買わぬよう親に頼んだものです。すでに国光の流通はなく、酸味ある一般向けりんごとしては紅玉が最後でしょうか?
アップルパイに最適、調理用品種、などという宣伝文句をスーパーで見るたび感心します。りんごを生食せずに???

中国では甘すぎる梨よりも、少し酸味の残る爽やか品種が人気だとか。しばらく前の風聞で、現在はどんなものかは知れません。
ウマクナルド等にならされた人々の味覚は、何とかソースやケチャップ風味の、砂糖味系統から逃れられないかもしれないです。

それは甘さを手軽に供する素敵な技術進歩だとして、別途、善し悪しの地下水脈はないんでしょうか。
たとえば、甘味を求める習性には、元来、それと同時に摂取できるビタミン他の栄養素の必要性が、遺伝的知恵みたいに蓄積されてたとか。そして代用糖質などへ完全に嗜好が向かいきると、サプリメントなしでは生き難くなる、いや、新種の猿への進化過程なのでしょうか。

もっとましな尺度を育む伝統味覚の下々への敷衍が、食育とかより重要なのかもしれないです。膨れた資本のもと、自由競争商売は、公共の福祉に寄与することはほとんどないでしょう。貧乏でない方はウマクナルドなんて食さないだろうし。
サッカーのスーパー・マックは、ニューキャッスルのマルコム・マクドナルド。ああ関係ない。
何らかの判断基準は必要かもしれませんね。それが本質的なものなら、サッカーは不幸にならないでしょう。

posted by ペレファン | 2007-11-01 23:59

weedさんへ

コメント投稿者ID :

 うははは!!weedさんの下の言葉のほうが、よく解るかも。

 >画一化したビッグクラブの試合より、近所の公園でどっかのあんちゃんらが見せてくれる試合の方が面白かったりもするわけで・・。

 極論を言ってしまえば、こういう点もまたあるわけで、そこはフィルターが掛かってしまうと、面白みもなくなってしまうかなと。

 

 格段、高みを目指してるわけでもないのです。ただただ、面白いものを見るため、どういうスタンスに立とうか考えたら、グダグダと自己完結的な文章になってしまいました。哲学的などと評されるべきものではなく、只単に内向的な文章なんですね。確かにわかりズらいです。反省・・・するのかな?

 サッカーを見る楽しみと同時に、自分がサッカーに対してどのような「価値観をもつ=何に対して面白みを感じるか」ってのも楽しみの一つでありまして、普遍的な基準をもとめている訳ではないのです。でも、節操のなさが災いしそうな予感はします。

 林檎の例は実に面白いです!!その「数値」でのみしか美味さを語れない人は「不幸」ですよね。かえって、「無粋か粋」かの境目を見分ける「逆検査」の意味合いがでるかも。スペックのみで語る金持ち・・・あまりにも「無粋」、不幸の極みですね!!

 いやー面白かったです。

 私、格別柔和でもありませんで、只面白がってるだけなんですね。きっと。

 >私の内面にも、クオリティを求める強烈な裏面の気性が同居し・・・・物分り良さげで実は他人に無関心的な事なかれのネットとか現代では、本音で語られる文章にこそ清々しさを感じます。

 お二人とも、今まで培ってきた価値基準というものを持っていると感じられます。たとえそれが、どんな物であれ、自分で作り上げてきたものであれば、そこには理があると思うのです。その理をお互いに感じあえれば、例え異なった価値基準であれ、尊重し合えるものではないかなと思った次第。いや、いいことですね。

 

posted by HemRock | 2007-11-02 00:46

ペレファンさんへ

コメント投稿者ID :

 そうですなー、ステレオタイプのものの見方しか出来ない無粋な金持ちが味わえない旨味を堪能しましょうかね。

 ただ、私にその味覚が備わるかどうか・・・。

posted by HemRock | 2007-11-02 00:56

ラッシュさんへ

コメント投稿者ID :

 そうなんです、独自のサッカー像。これをもとめたいのです。

 仰る通り、「楽しめるかどうか」が最大要因ですね。weedさんも言うように「エンターテイメント」なんですから。

 この、楽しむにあたって、余計なというか、なんというかな、ラベルがなくとも楽しめるようになりたいというか、そう心がけたいと言う感じです。

 確かに、ラベルが無くっちゃ、初めから何も解らなくなっちゃうから、ラベル自体悪いわけではないですね。

 そう、あるがままに楽しむ。そうです!でも、本当に「あるがまま」なのかなぁ。と今の自分は思うのです。

 例にとって申し訳ないけど、「紅玉はアップルパイで絶品だと言われている」という情報があって、いざ、「紅玉使用のアップルパイ」と明示してあるアップルパイを食べる。なるほど紅玉はアップルパイで美味いのだな思っても、果たして、本当に美味いと思っているのか、「絶品だと言われている」から美味いと思っているのか?逆に、「たいしたことねえな」と思っても、その情報に踊らされることを嫌ってるだけで、その思いが邪魔してるのか?甚だ自分では心許なく思ってる状態なのかなぁ。

 こんなことグチグチ考えないでも、美味いものは美味いということかなと割り切っちゃうんですけどね、結局は。ハハハ。

posted by HemRock | 2007-11-02 01:18

ペレファンさんへ

コメント投稿者ID :

 >無粋な金持ちが味わえない旨味を堪能しましょうかね。

 などといいながらも、実はアマーイ蜜の入った「ふじ林檎」が大好きです。とさらっと言ってしまう自分がいる。やっぱり、私は一貫性が無いな。

>代用糖質などへ完全に嗜好が向かいきると、サプリメントなしでは生き難くなる、いや、新種の猿への進化過程か。

 確かに、SFでよく見る近未来人ってこういう描写が一般的ですねー。

 不勉強で「敷衍」って読めなかった。なるほど「詳しく説明する」って意味合いですか。

 「油味覚」と「出汁味覚」。なんて対比がいい例ですかね? もともと生まれたばかりの赤子は「出汁味覚」だそうでして、環境によって「油味覚」に変化するんだそうです。
 
 結局読んでしまったオタキングのダイエット本。「油味覚」から「出汁味覚」への変遷振りが、生理的欲求だったてのは面白かったなぁ。まぁそこはメインではないけど。

 うーん、本質的な判断基準かぁ。モーリーさんへの返答でも言ったとおり、本質なんて見極められるのかなぁ。

 あ、「本質」であると思い及ぶまで、思考しきれば、自分なりに帰結して納得できるのかな。

 それはある意味「幸せ」かも。いやずいぶん話がそれちゃった。
 



posted by HemRock | 2007-11-02 01:48

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

>「油味覚」から「出汁味覚」への変遷振りが、生理的欲求

生理的とは、必須栄養素油分の無意識な摂取欲求というほどの意味ですか?
中国渡来でない島国オリジナルとしては、鰹節こそ至上の味、じゃない、最上の食文化かもしれませんね。

京極夏彦は読んでないです。泡坂妻夫は初期の亜愛一郎ものが絶品でしょうかね。GKCのブラウン神父的、一部凌駕。

posted by ペレファン | 2007-11-02 18:07

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

ご無沙汰してます!!
補足までに少し・・・僕が「本質」と言ったのは、料理ならば「味」、サッカーならば「内容」という極々ストレートな意味合いでありまして・・・ですから、余計なものを排除して「それ」を見極めようとすることが大事ではないのかと・・・そしてそれは自らが判断するしかない「それ」らは、サッカーでは一概に一括りにはできないなぁ・・・という意味合いで書いただけですので・・・・恐らくはお互いに言葉の前提が違うだけだと思います。僕がよく考えて言葉のチョイスをしてないだけかもしれませんが(汗っ)
仰るように、新しいことが「真」ではないことは間違いの無いことだと思います。
うーん・・・コメントがヘタだ!!スイマセン!!
ちなみに僕はアメリカが嫌いですが、ハーゲンダッツのアイスは好きです!!←これもいらないでしょうかww

posted by モ-リー | 2007-11-05 22:43

ペレファンさんへ

コメント投稿者ID :

 どもども、別ブログで「ポアンカレ予想」を扱ったNHK特集を纏めていたら、すっかり抜け殻になってしまった者です。

>「油味覚」から「出汁味覚」への変遷振りが、生理的欲求

 いやはや、説明不足でして。油味覚に慣らされた筆者が、カロリー計算に基いた食事を取るに従い、自然に煮物だとかそういったものを好んで食べるようになったと。主治医がそれは「体が求めている」と言ったとか。
 恐らくは、ダイエットによって、油物を避けて、油味覚から離れると、刷り込まれた出汁味覚に回帰するのかなと。此処で「生理的欲求」って言葉を使うのは、ちょっと違ったかも。

 ただ、この赤子の「出汁味覚」は、羊水の味が「出汁」(何出汁かは未確認です)の旨み成分と似ていることに起因するとの話もあるそうで、日本人特有のものでもないのかなぁ?

 まぁ、そんなこと考えないでも、日本の出汁文化は最高ですね。それは異存ないです!!

>GKCのブラウン神父的、一部凌駕。
ちなみに、ブラウン神父シリーズも読んだことないなぁ。

純粋な推理物ってあまり読んでないなそういえば。ベタだけど、ホームズより、ルパンの方が好きだったからなぁ。
 

 

posted by HemRock | 2007-11-06 11:52

モーリーさんへ

コメント投稿者ID :

 いやはや、此方こそお恥ずかしい。
 言葉のニュアンスに、こだわり過ぎてました。私は、文脈から「どういう意味を込めてその言葉を使っているか」と言う所を読めていない見たいです。「本質」と言う言葉に囚われ過ぎですねぇ。

 なるほど、料理で言えば「味」ですね。甘いか・しょっぱいか。で、それを旨いかどうか判断するのはまた別の話と。サッカーで言えば、良し悪しを判断する上での一要素って程のことでしょうね。ただ、其の一要素をどう見るかってのもまた、其々。いや、あまり、言葉にコダワルのはよしましょう。

 やはり、見ることが一番ですね。食ってもいない料理を、旨いも不味いも言えなですしね!

 うん、言葉に囚われ過ぎるのもよくないな。いや、こだわること自体はすごい面白いんですけどねー。

 新しいものが必ずしも「真」ではないってことに、同意頂き有難うございます。これは、自分でも陥りやすい所だなと。まぁ、無意識にそういう意識になっちゃってるんですよね。

 「アメリカは嫌いだけど好き」解るナァ。日本でも無条件でアメリカに同意する層はそうとう減ってる感じをうけますねー。文化的な面で憧れはあるんだけど、あのグローバリズムが納得いかんわいって所でしょうか。自分の所が絶対正義みたいな論調。私もそういう所は苦手ですね。

 ハーゲンダッツ・・旨いですね。私はラムレーズンが好きだな。昔はチョコクッキーばっかりだったけど。いや、甘味も好きなのよね。

 あ、そうそう、私のブログを「サッカー狂の詩」のリンク集の中に入れていただいたようで、有難うございます。気付くの遅れました。こちらもリンク集に入れさせていただきます!!

posted by HemRock | 2007-11-06 12:23

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

>宇宙の中に一つでも丸くない形が含まれていれば、ロープは回収できない

穴が一個あったら引っかかるだろう、というのはあさはかな素人考えだったか。

>ホームズより、ルパンの方が好き

じゃ、チャンドラーとかの古典探偵ものもお好みですか?
ブラウン神父は別路線で、ひねりと風味の超一級品あり。

>日本人特有のものでもないのかなぁ?

ヨーロッパには伝統スープ等がありますね。野菜、豆の組み合わせで、水をあまり使わずに味を出すものとか。中国も、鶏味のものだけでなく、野菜類からほのかな風味を引き出す料理がたくさんあったみたい。臓物煮もそうした類いでしょうか。
ただ、海産物主体のエッセンスというのは、海洋国に限られますか?
タイ、ポルトガルとか。あれ、英国にはあるのかな?
共通するのは安価だった材料を使うことなのか。料理に詳しい方いらっしゃいませんかね。
あ、羊水の味って、獣肉系統だったりして。

>自然に煮物だとかそういったものを好んで食べるように

それはクラシックな煮物でしょうか? 砂糖風味の近代煮物だったりして。
ま、せめて料理では、米国風精製糖グローバリズムを排してもらいたいですよ。サッカーでもUSA代表チームのような、アスリート的走りまわりと戦術偏重になってしまいましたからね。

マイルス・デイビスに肺活量増大トレーニングをさせて、大音量でブロウさせようとするみたい。そこで失われるものは、、、はぁ、ジャズに戻った。

posted by ペレファン | 2007-11-06 13:45

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

こんにちは、何やら砂糖が目の仇に遭っているようですが、
脳のエネルギーはご存知の通りブトウ糖であります。
それは砂糖が分解されて生じる必須のエネルギーです。
京料理では江戸時代以前から砂糖を上品に使うのが普通です。
有難い事に防腐剤にもなるし、寿司では冷ました酢飯が美味しいのも砂糖あっての事で、
砂糖を入れない酢飯ではご飯がべっちゃり臭くなり、握り寿司文化もありえなかったと思われます。
海産物主体のエッセンスというのも、私は縁あって日本各地を旅しましたが、
やはり日本は山地の多い山岳国家であり、
海産物以上に山の物がメインと感じました。
その土地土地でのソウルフード的なものについては、
以外な程全国的に、山の物で出汁を取った料理の方が多いと気がつきました。
鶏肉、きのこ、根菜、山菜、それらの干物などで出汁を取ったごった煮類が各地に多く見られます。
海産物というのは海に近い沿岸部だけなんだという印象です。
また鰹節は安直な料理では最近では一般的ではありますが、例えば大阪では、昆布に近海魚のアラを使ったウシオ汁が最も地元的料理に思え、京都ならハモ、瀬戸内一帯ならトビウオやいかなご、ジャコ、シラス、和歌山市なら貝類のガンガラなど、
出汁文化はその地域の魚や甲殻類や貝類を使ったものが多く、鰹節はソウルフードとか出汁文化の中心だとは私には思えないのです。
むしろ比較的新しい東京経由の大量消費系出汁文化のようにさえ私は感じます。

サッカーでは運動量や戦術主体のサッカーも私は嫌いではありません。
それも味の1つでは。
牛丼やすき焼きを作る時にバルサミコを入れるとうまいです。独特の酸味やくさみも甘みと一体になってコクへと変わり、おいしくいただけます。

posted by weed | 2007-11-06 17:39

ペレファンさんへ

コメント投稿者ID :

>穴が一個あったら引っかかるだろう、というのはあさはかな素人考えだったか。

 いや、それでいいんだと思います、はい。

>共通するのは安価だった材料を使うことなのか。料理に詳しい方いらっしゃいませんかね。
あ、羊水の味って、獣肉系統だったりして。

 weedさんのコメント仰ってるように地域性がありますよね!忘れてましたわ。山形は山の物や獣肉でとった出汁のうまいもんがありますねぇ。山菜汁とか、いも煮、親父鍋、ぼたん鍋等々。

>それはクラシックな煮物でしょうか? 砂糖風味の近代煮物だったりして。

ここは、気にして読んでなかったんで、どうだったかは解りませんです。本読み返そうにも、妻が友達に貸してるそうで。

>サッカーでもUSA代表チームのような、アスリート的走りまわりと戦術偏重になってしまいましたからね。

まぁ、weedさんのコメントの後では、事後的になってしまいますが、この辺りは、「個人の好み」の問題としたいところです。自分的には、それもまたサッカーなのかなと言いたい所ですが、まだ、食ってもいないのでなんとも言えませんね。

>マイルス・デイビスに肺活量増大トレーニングをさせて、大音量でブロウさせようとするみたい。

うはは、笑った。それは、マイルスファンには堪えられないことですわね。
ただ、様々なアレンジ、特に近年jazzの音源サンプリングのクラブミュージック等もありますね。そういうのは、自分はあまり聞かないのですが、受け入れられている現状もまたあるのかなと。これは、良し悪しを言うべき物ではないのかもしれんです。

 日本人のDJで、jazzの音源をグイグイ回して、ほぼアドリブをやっちゃってる人いたな。あれは、あれで、凄かったです。名前忘れちゃった。

 また逸れちゃいました。


posted by HemRock | 2007-11-06 18:23

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

おもしろいですね。
日本のスープの素も山岳系なんですね。
輸入品だった砂糖が国内大量生産になるのは江戸時代後期だったか。それで江戸前寿司もそのころに普及したんでしょうね。それ以前がなれ鮨?いやそもそも関連はなかったり?

古来のかたちを残してると言われる

>鶏肉、きのこ、根菜、山菜、それらの干物などで出汁を取ったごった煮類

おいしそうですね。これらはどうなんでしょう。野菜系の甘みは砂糖をまぶしてしまうと消えてしまうのか、塩などが主だったような気がします。
砂糖煮物等は相当に新しいレシピなんではないでしょうか?

鰹節系統の産品はかなり古いと聞いたことがありますが、一般に普及するのは江戸時代?
するとけっこう新しいものですね。
これは「大量消費系出汁文化」として手軽だという意味で、最上の文化だと感じます。ケチャップ類とは次元が異なるかな、と。

いろいろ食べられて羨ましいかぎりです。
そのいろいろが、グローバル化で、体力・大音量・効率化一辺倒にならぬよう祈念します。
あれ、また離れ過ぎて申しわけない、けれどもっと食べ物のこと聞きたいですね。具体的だと、ちょっと食べた気になれて嬉しいものです。

posted by ペレファン | 2007-11-06 18:25

weedさんへ

コメント投稿者ID :

おお!気合入ってますね!

 いや、自分は山の方でありながら、忘れてましたよ!その出汁の話!!こないだいも煮の話書いたばっかりだと言うのに。いやはや、勉強になりますわ。

 フィールドワークに支えられた出汁論ですね。所変われば出汁変わる。その土地土地の味はそういう物にささえられてるんですねぇ。いや、納得。

>サッカーでは運動量や戦術主体のサッカーも私は嫌いではありません。
それも味の1つでは。

そうですね。それも、正に味の一つ。それを好むか好まざるかは、また個性ってところですね。

バルサミコ酢か・・・なるほど、様々な面で、似た様なことはいえますね。 

posted by HemRock | 2007-11-06 18:34

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

何か脱線した事を書いてしまってすいません。仕事が多忙なんで、追加で少し書いて去ります。

日本各地のごった煮の味付けに共通するのは、味付けに醤油、酒、味醂を使う事が多い事だと思います。
もしくは味噌と酒、あるいはそこへ酒粕とか麹など。
いずれにしても醤油や味噌は大豆精製物であり、酒や味醂、酒粕や麹は米もしくは麦からといったあんばいで、
そこから結論づけると米と大豆こそ日本のソウルフードといえるのではないでしょうか。
昔読んだ徳川家康の本に家康の食事風景で食べていたメニューが焼き味噌と味噌汁、時々漬物といった質素なものであり、そこから味噌は非常に重要な食品であった事が窺えます。
ところでケチャップの名誉の為に言及させてもらうと、ケチャップの主原料はトマトであります。トマトはグルタミン酸を多く含む旨み食品であり、昆布と同じようなものかと。
欧州でトマトを使う料理が多いのは、日本的にいえば昆布出汁と同じような意味あいと感じております。
そういう意味ではケチャップとは昆布醤油と同じようなものかと、手軽にかける旨みとして悪くはないのではと感じる次第で。
野菜に日本特有の海塩は合わない気がします。海塩は刺激が強すぎて、野菜の味を壊すのです。直接野菜に塩をふって食べると解ります。
野菜や肉には岩塩が合います。日本には岩塩はないので、輸入品頼りなのですが、豚肉やチーズには欧州産、牛肉や生野菜にはモンゴル産の岩塩が旨いと個人的なには感じ使っています。
ちなみに海産物には海塩で良いかと。
海洋国家でシーフード料理が旨いと思われるポルトガルでも出し汁というべきベースは鶏肉や豚肉と香味野菜からの山のブイヨンがベースで、有名なパエリヤはそれにオリーブ油やオリーブの実、サフラン、胡椒などの香辛料、岩塩、ワイン、発酵バター等で味付けながら、米や魚介類やキノコや野菜を炊くもので、山と海の味わいのハーモニーが非常に贅沢で美味だと思います。
ただ余談ですがワインより不思議と日本酒の方がより旨くなります。
いずれにせよ1つ1つの味わいも良いですが、良いハーモニーを奏でる合わせというか、相性というか、そういったものが、音楽でもサッカーでも料理でも、様々な物事に肝心ではないかと。
生意気にもそんな事を思ったりの次第で。

posted by weed | 2007-11-06 19:53

ペレファンさんへ

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しっかし、weedさんもペレファンさんも、食い物に随分詳しい。というか、譲れないものがあるんですね。

詳しいお話は、weedさんのコメントにてということで。

確かに「グローバル化による画一化」これは非常に懸念すべき事柄ですね。すべてが一極方向に動くイビツさってのを、歴史に感じ取ってもらいたいものですね。でも、その方が、楽っていえば楽なのよね。いやいや、いかんいかん。

あ、あと、推理小説の話ですが、チャンドラーも名前だけは知ってますけど、読んだことはないです。どうも、推理物は苦手意識がありまして。アルセーヌ・ルパンシリーズは、「ピカレスクロマン」もしくは「ヒーローもの」として捉えてました。京極堂も推理小説って意識では読んでなかったです。どっちかっていうと、伝奇物のイメージが(ちょっとちがうな)。昔、小栗虫太郎(だっけか?)の黒死館殺人事件をカッコつけて読んでみたんだけど、恥ずかしながら、なにがなにやらさっぱり。推理物は自分の馬鹿さ加減が目前にさらられるので、非常につらいですねぇ。

posted by HemRock | 2007-11-07 01:56

weedさんへ

コメント投稿者ID :

>いずれにせよ1つ1つの味わいも良いですが、良いハーモニーを奏でる合わせというか、相性というか、そういったものが、音楽でもサッカーでも料理でも、様々な物事に肝心ではないかと。

あぁ!ああーー!結局のところ、肝心なのは、そこね、そこ!!非常にうまくまとめられてしまった!!その組み合わせ、相性を画一化してしまうのもまたツマらんものですしね!でも、セオリーもありつつ。王道もあり。いや、上手い。

で、枝葉にいろいろ思いを述べるしか成す術は無くなってしまった!!!で以下に。

結局は「米と大豆がソウルフード」って言葉で思い出しました。
戦時中の話、東京の親類に送った「米と味噌」が非常に感謝されたと、農家のばあちゃんが言ってました。日本人は「米と味噌」があれば生きていける(もちろん空気と水は必要ですが)ってそのばあちゃんも力説してましたわ!極端ですけどね。

久しぶりに、味噌おにぎり食いたくなったなぁ。

posted by HemRock | 2007-11-07 01:59

HemRock さんへ、ペレファンさんへ

コメント投稿者ID :

昨日はまとまりのない文章を残し失礼しました。
恐らくHemRockさんは、この話題も出尽くした事ゆえ、まとめてお終いにしたいのだろうと思っております。
それを重々承知の上で、最後に書き残したいと思う事があるのですが、

ペレファンさんの仰られた
>これは「大量消費系出汁文化」として手軽だという意味で、最上の文化だと感じます。ケチャップ類とは次元が異なるかな
という部分についてなんですが、
ケチャップとは何かというと、塩漬けにした食材からしみ出した汁、もしくはそれを発酵させた調味料の総称であります。
東南アジアや中国南部では醤油類を指してケチャップと呼びます。中国から伝わったケチャップの製法を元に日本で味噌や醤油が作られたわけです。
起源はインドといわれ西洋にも伝わり、アメリカでトマトを使ったケチャップが考案されトマトケチャップとして世界に広まっていますが、
トマトケチャップも醤油も味噌も起源を同じくする遠い親戚のようなものだと聞いております。

同様に砂糖も前述の通り、日本料理の本流というべき京料理や和菓子、握り寿司に欠かせないものであり、
これら砂糖やケチャップを貶める事は、日本の食文化そのものを落としている事になると感じたのです。

運動量のサッカーも以前に書きましたが、体の小さな日本人は同じだけ走っても大柄欧州選手よりエネルギーの消費が少なくて済むという、
体のサイズにハンデを持つ代わりに、持久力やスタミナに優れるという日本人の特質に合うサッカーと思え、
将棋や囲碁や兵法や戦術論を語り継いで来たサムライの国ゆえに戦術論や陣立てや戦法を考えるサッカーというのも伝統的にも日本にとてもマッチしているのではないかと推察する次第です。
日本という土地に根ざしたサッカーを考えれば、必然そういう方向へ向くかと。

これら食の事やサッカーの事での貶めは、
私には日本の食文化やサッカーそのものの否定にあたると思い、釈然としない部分もあり、再び余計かとは思いますがコメントする訳です。
個人の好みは大いにありです、
が、他方を落とすのもどうかと私は考えます。どうかご賢察願えればと思う次第です。


posted by weed | 2007-11-07 21:13

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

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ケチャップ類の背景、まったく調べたことがありませんでした。ありがとうございます。
糖質が必須なのは、素人知識程度には承知しており、三、四時間前に米、パスタ等、糖質中心の食事をするなどしました。一時間前にバナナというのもやったりしました。砂糖分の多いものは、直前には摂らないようにもしたものです。

砂糖味がはっきりわかるほどの調味を嫌ってはおりますが、それは微妙な味覚をスポイルするようなくらいのことを指しており、全否定のつもりはありません。嫌いなケチャップは、甘ったるいトマト・ケチャップを想定していただけで、トマト缶を煮込んでたまねぎで甘みづけをするパスタは毎週食べてます。
日本の食文化そのものは多様で、思い浮かべるものも人により異なるだろうと思います。
サムライの国なのか、宣長の考えるような女性的な伝統が本来なのか、中国文化を摂取した天皇家の律令体制に根源を見いだすのか、好みによってもっと様々でしょう。興味深いものです。
砂糖の大々的国産化が始まっただろう江戸時代には、武士が殺し合わなくなって官僚化し、儒教道徳が広まりました。その後半から明治時代にかけて、ようやく武士道なる語も生じてきたと思うと、文化は抽象化を経てこそ理念化されるのだなと感じ入ります。

サッカーになぞらえるのは、単に一興ということでご賢察を。

posted by ペレファン | 2007-11-07 23:21

ペレファンさんへ

コメント投稿者ID :

仰る事とても納得いたしました。
博学がにじみ出るような見事な文章の返しに、
私には無いものだなぁと素直に羨ましい気持ちになります。
少々ご無礼な部分もあったかとは思いますが、
ご容赦願います。

posted by weed | 2007-11-07 23:47

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

いえ、こちらこそご容赦お願いします。
でも違った見解こそがおもしろいもの。同じじゃつまらないですよね。
よろしくどうぞ。

posted by ペレファン | 2007-11-07 23:58

weedさんへ

コメント投稿者ID :

 いえいえ、やはり、気になった言葉や、どうしても納得いかない部分等について、自分の考えを述べるのは大切なことです。なかなか、自分が「なぜ気になってるのか・納得いかないのか」を文章化するのは難しいものですが、このコメントは、知識のバックボーンがり、それに根ざした見解がよく現れていますね。有難いですよ。

 ケチャップの由来なんて、知らなかった。私が何気に比喩として使っている言葉も、思わぬバックボーンがあるのやもしれません。勉強になります。

 日本人の身体的特性がサッカーにおいては不利として捉えてしまいがちだった私にとって、あの話は大変参考になっております。短所は長所・長所は短所。物事の二面性を改めて感じ入った次第。だからこそ、どっちが優れているとかどうのとかいった問題ではなく、weedさんの言う「組み合わせ・相性の問題」というところにいくのかなと思うのです。

 いや、面白いですね。

posted by HemRock | 2007-11-08 12:33

ペレファンさんへ

コメント投稿者ID :

 >サッカーになぞらえるのは、単に一興ということでご賢察を。

 そうですよね、前に書きましたが、「サッカーを、色んな物事にリンクさせて考えることは大変に楽しい。」んですよね。

 ペレファンさんは、ペレファンさんで、歴史・文化的分野にてそうとうなバックボーンが有りますよね。確かに「サムライ」という言葉・武士道と言う言葉においても歴史的な成り立ちが有り、其れに対する様々な見解があります。その見解の違いが歴史の面白さですね。

posted by HemRock | 2007-11-08 12:45

weedさん ペレファンさんへ

コメント投稿者ID :

其々がある物事に対して見解を語る。それに異があれば、なぜ異と思うのか交えて語る。それによって、お互いの見解のバックボーンが解るものです。其々ありとあらゆる分野をカバーできない以上、その見解に至ったバックボーンを知ることは、お互いにとっても大変有意義なものなんだなと今回のやり取りを読んで、そう感じた次第です。

 私にも有意義なものでした。

posted by HemRock | 2007-11-08 12:59

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

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またも逸れてしまい恐縮ですが。
さっきNHKでポアンカレ予想の再放送をやってました。幸運にも大部分を見ることができました。

そこで再び混乱してきました。
肝心なことがわからないのは勿論です。四次元や五次元などの概念もわからないほどです。が、それにも増して、素人向けに単純化して見せてくれた部分すらわかりません。つまり。
宇宙を経巡ったロープ付きロケットが帰還できるなら、その途中でどれほど結び目をつくっていても、ロープを回収できるのではないでしょうか。穴さえ一つもないとしたら。
どういうことなんでしょうか?

ポアンカレ予想番組をまとめたエキスパートのご教示を乞います。お礼にですね、↓

黒死館殺人事件、二十年以上前に文庫で買ったまま読んでないです。死ぬまでには一読してみようかなと思うんですが、どこに本があるかわからなくなってしまいました。
あのくらい厚みがあって、でも読みやすく楽しいものといったら、中井英夫唯一の長編探偵小説、虚無への供物でしょう。
かつて日本一の作品と言われてました。ということは、今も最高傑作なのかもしれません。

posted by ペレファン | 2007-11-11 11:51

ペレファンさんへ

コメント投稿者ID :

 ひゃぁ。纏めただけで、頭が痛くなってるのに、エキスパートもなにもないですわぁ。微積分もトポロジーも解ったものでないですよ。

 次元論は私も解らんです。一次元は線、二次元は面、三次元は立体。位までしか理解できません。数学的次元論と物理学的次元論とかあるようですが、「ジェットコースターの例」の理解くらいで止まってます。

 空洞の球体であれば、ロープは回収できますよね。たとえば、ドーナッツ型、つまり、輪の形にしたチューブのような形だとしたら、その中を通したロープは、穴の部分に引っかかって回収できないということではないかと。

 という所でどないでしょ。

 「虚無への供物」「黒死館殺人事件」「ドグラ・マグラ」で日本三大奇書だそうですね。「ドグラ・マグラ」も探偵物とカテゴライズされてるようで、ちょっと以外でした。正直、「ドグラ・マグラ」もなんとなく面白いなぁとは思ったものの、熱狂的に嵌るほどでもなく、読む時期の問題もあるのかなと。「黒死館」は今読むとまた違った感想になるかも。

 「虚無への供物」って存在自体知らなかった。機会があれば読んでみようっと。有難うございます。

 だた、やっと「文明論之概略」を入手したばかり(近所の図書館になかった)。丸山真男の解説本は3冊貸し出ししてたので、それは借りてきました。こっちが先かな。いや、読めんのかなぁ。
 

posted by HemRock | 2007-11-12 13:43

「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」

コメント投稿者ID :

>輪の形にしたチューブのような形だとしたら、その中を通したロープは、穴の部分に引っかかって回収できない

はい、そうした穴空き以外には回収できないかたちがないはず。
それなのに、どうしてロープの絡まりが問題になりますか?
いくらこんがらがって結び目ができても、それは穴があるかどうかと無関係、ロケットの軌跡自体では、宇宙の穴の有無は不明ですよね。たぐり寄せられるか否かでしか穴の存在はわからない。ロープが途中で交差したとして、なぜいけないんでしょう?

ロープの絡み問題は、穴がなくても回収できないことがあり得るのかという、反対向きに見えてしまいます。
結局、証明が難しいというだけ?
なんだか証明しなくても自明のことのような気がします。いやはや、どうにも馬鹿には理解できないことですね。もとの命題の意はもっと高級なんでしょう、どれ。

単連結。
穴ではなくて、閉ざされた気泡を含んだ球体みたいな空間はなんと言うのでしょう。そういう、星やブラックホールが散ったような宇宙も単連結ですか?
ま、どんな大きい気泡がある場合でも、ロケットが駆け巡ったロープは回収できちゃいますね。やはり、貫通する穴さえ一つもなければ、、、

面倒なので教えていただこうと思いましたが、こりゃいけません、棚上げとしましょう。
しかし、宇宙の境界ってあるんでしょうかね??
  ティーポット 茶こしの穴は? トポロジい

「文明論之概略」を蔵していない図書館というのも、ちょっとすごいですね。
これは漢文書き下し調の名文が嫌でなければ、きっとすらすら読めるでしょう。いちいち納得してしまう内容だったですが、例示の意味するところや真意を、執筆時期などを勘案した上で掌握すること、それはある程度略して流すしかなかった。それの一助になるのが「~読む」ですね。
「虚無への供物」にはちょっと文学的課題すら入ってますが、全篇楽しめるお話。麻雀が一種の鍵になる部分も出てきます。
「ドグラ・マグラ」は耽美的グロ? 未読です。

posted by ペレファン | 2007-11-12 19:01

ペレファンさんへ

コメント投稿者ID :

>はい、そうした穴空き以外には回収できないかたちがないはず。それなのに、どうしてロープの絡まりが問題になりますか?  

 確かに。それもそうだ!

>ロープの絡み問題は、穴がなくても回収できないことがあり得るのかという、反対向きに見えてしまいます。  

 ああ、だから、サーストンの幾何化予想に転換したんじゃないんですかね?・・・って思うんですが。  
 
 まぁ、あの内容だけで、全部わかる物でもないですしねぇ。なぜ絡みの問題が発生したのか、説明されてもわからん可能性が高いです。私は。

 >星やブラックホールが散ったような宇宙も単連結ですか?ま、どんな大きい気泡がある場合でも、ロケットが駆け巡ったロープは回収できちゃいますね。やはり、貫通する穴さえ一つもなければ、、、  

 と、私も思います。宇宙の境界の話となると、また色んなものが出てきますわね。いや、何かで読む機会があれば、この話もリンクしてくるのかもしれないですね。なんでしたっけ?宇宙は凄いスピードで膨張し続けているとかの論も奇異たような気が。でも、膨張するってことは、境界が有るわけで、じゃぁ、その宇宙を内包する空間て?とか考えると限が無い。  

 結局仏教じゃ輪廻と言う概念で、永久機関の堂々巡りを作っちゃったのかなぁ。こりゃ、ちょっと違う話だ。スルーで。  

 文明論之概略は岩波文庫のを買うことにしました。古本屋に百円であったので。ちょこちょこやりたいと思います。  

 「虚無への供物」は楽しめる作品ですか。なら良かった。なんにせよ、小説類をあまり考えすぎて読むのはよくないかもしれんですね。 

 「ドグラ・マグラ」もサラッと行っちゃったほうが良かったのかも。って言うと、理解出来なかった者のヤッカミにも聞こえるな。あ、耽美的グロって感じではないですね。グロってイメージあまりは無かったですね。何処からが想像・妄想で何処からが事実か。其の境界が意図的に非常に曖昧にされており、混乱をきたして来るんですね。これを素直に混乱したままで行っちゃうのがいいのかなと。その辺を楽しむものかと。いや、そうでないのかもしれませんけど。うはー。 説明しても混乱する。

posted by HemRock | 2007-11-12 19:41

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