2007年10月25日
JAZZとサッカーの素敵な関係。
えっと、私もよく読む、村松尚登 さんのセレクトブログ「日本はバルサを越えられる」で「ジャズピアノとフッボールの深い関係!?」というエントリーがありました。私も、ジャズは好きでして(というか、ファンを名乗るのもオコガマシイほどの知識しかない・・サッカーもおなじか)、ジャズとサッカーの話を書いてみたいとおもいます。ちなみに、松村さんのブログのように、役に立つ物にはならんです。遊びなので。話の方向性も違うものになってます。 松村さん、すみません、便乗させていただきます。
「サッカーはサッカー・音楽は音楽」そう思う。よく、芸術とスポーツ・特に音楽とスポーツの関係述べる話は多い。その行為自体は無意味な物であり、サッカーの発展には寄与しないことも重々承知しているし、其れを語るときの「いやな臭い」を感じ取る人も多いだろう。でも、サッカーを、色んな物事にリンクさせて考えることは大変に楽しい。 ジャズの醍醐味は、インプロビゼーション・即興演奏である。テーマとなる曲を決め、そのコードを利用して、即興でまるっきり新しいメロディを紡ぎだすのである。たとえば、「チューリップ」という曲の和音をつかって、「チューリップ」とは違う旋律を、一瞬にして作曲するみたいなものである。まぁ、ある程度得意なパターンとか癖とかあるんだけど。 ただ、その上で決まりごともある。原曲のコードを基にすること(あえて外すこともある)、リズムを合わせること(これもあえて外すこともある)、原曲の長さ(小節数・形式)にあわせる事(これもあえてはずすこともある)、こんなところかな。(いや、異論はいろいろあるでしょう。そんときは教えてください。) ソロならイザ知らず、トリオ以上のバンドという形式でやるには、どういう流れでやるかという決まりごとは必要になってくるわけで。でないと、曲として成立しなくなる。 この決まりごとを全く作らない「フリージャズ」というジャンルもある。ある意味究極の即興演奏なのだろうが、俺はあまり聞いたことが無い。 サッカーで言えば、チームとしての戦術をしっかりと作ってあり、逸れに基づいた上で、意外性のあるプレー・インプロビゼーション(アドリブ)を見せられるのが「ファンタジスタ」であろう。ただ、あまりに奇をてらい過ぎたり、プレーの意図が他のプレーヤーに理解されない場合は、サッカーとして無残な結果となる。これは、ジャズにおいても一緒。独りよがりに突っ走るアドリブ(まぁそれはそれで面白いのだが)、まったく付いてこない他プレーヤー。曲としては崩壊だ。 ジャズもサッカーもスタープレーヤーを集めればよいというわけでもないのである。 しかしながら、それぞれのプレーヤーが各々のプレーの意図を理解すると、アドリブと連動したり、アトリブの絡み合いが生まれ、素晴らしいセッションを生み出すのだ。 そう、プレーイメージの相互理解なんである。なにも、違う楽器を弾けるようになる必要性はない。「あの楽器をこういう風にあいつは鳴らす」ことを理解することが重要なんだな。 サッカーで言えば、「ここであいつならこう来る」っていう理解というか。そういうところが似ている。 ただただ、約束事だけに従事することも大事である。特に、ドラムやベースが好き勝手しすぎると、曲は成り立たない。 しかしである。時に、ドラムであれベースであれ、他パートのアドリブにまた積極的に絡んでき始めるとまたこれも面白くなる。メロディとメロディの応酬だ。そうDFの攻撃参加ににている。地道に守るだけではない。時には積極的にゲームを作っていくことがさらに面白さを増す。 なんか収拾が付かなくなってくるのだが、楽器もサッカーも自分のプレーイメージを確立することが重要だと思う。そして、それが各々のプレイヤーのイメージと繋がっていく。どうしたいかもなければ、どう進んでいくか、なにもわからんだろう。じっさい、自分でやっていた時がそうだった。どういう風に楽器を鳴らしたいかももっていない俺に、いいプレーなどできるはずも無かった・・・。 ジャズにおいては、全く楽譜が読めない名プレーヤーもいる。譜面が読めることだけが重要ではないのだ。 目を見張るテクニックなんて全く無いのに、間の取り方で素晴らしいアドリブを聞かせるような、ヒッポみたいなプレイヤーも居る。テクニックだけが重要ではないのだ。 約束事だけではツマラナイ。インプロビゼーションの融合が、さらなる面白さを生み出すのだ。 サッカーもその点は非常によく似ていると感じるのである。 ・・・今度もうちょっと整理しようかな。
全くの蛇足なんだけど、JAZZと落語も似てるのよね・・・。この辺は「世迷い人」で機会があれば書こうかな。
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posted by HemRock |19:22 |
サッカーについて思うこと |
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中村に出番なし 【虎のスポーツ】
う~ん、中村選手調子が悪かったのか試合にでませんでしたね。 セルティックに必要な選手なのは間違いないですが前回のレンジャース戦があまりよくなかったようでしから仕方ないといえば仕方ないですね。 きっと彼には出番があるとおもいますのでそこから挽回です!!!
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JAZZとサッカーの素敵な関係。
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これはおもしろくて重要な、でも答えが出せない論述ですね。
なぞらえてみるっていうのは、何事であれ楽しみがあるし、そこから得るものも多々あります。でも、それはそれ、真剣になり過ぎると「寄与しない」ですよね。
どなたか、バップ的なアドリブをスポーツだと形容してたジャズ・ミュージシャン、いましたよね。あれは規則に従って素早く判断していくっていうほどの意味だったか。
フリーっぽいのも、さほど外れてないのかもしれないですね。コルトレーンなんかも、数学的、理知的に、情感を音にしてったんじゃないでしょうか?
グレン・グールドはクラシックですか?
そうなんでしょうね、やはり。じゃ、バロックはジャズでは?
えーと、エリック・ドルフィーだって、決まり事をベースに自分の癖を活かしてた?
では、ロバート・フリップは?
ジャズ的かクラシック的か、でもそんなことの前に、個々人の音色ってもんもあるし。
そして譜面どおりとか言っちゃう人もいる、クラシックの方が、ある意味、微妙で深奥に迫る変化がありそうですね。どちらがいい、悪いはないけれど。
数学の例は、いい線だと感じます。あれ、答えを出すっていうのは、かなり即興的・創造的ですよね。サッカーに近いかも。
松村さんは泥沼にスタックしないでしょうか。
まったく型のない自然体って、死体かもしれないです。
ちなみに個人的には、数学も不得意だし、楽器もできないんで、素人意見に過ぎません、悪しからず。
付け足しときたいのは共産圏のこと。
サッカーが駄目だなんてこと、まったくないですよ。逆に最近のワールドカップ優勝国、全体主義的な香り漂うチームが多くありませんでしたか?
先見で言う方が多くて、なんとも情けない。
ただ、サッカー・チームにまで拘束的思考を持ち込んで、芽を摘んだ共産国の例はあるみたいですがね。
posted by ペレファン | 2007-10-25 22:25
JAZZとサッカーの素敵な関係。
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楽しんでるなって感じですね。ジャズもサッカーも好きですが私の場合格闘技も好きです、クラシックの様なディフェンス,ボランチ、ジャズのような中盤そして意外なタイミングでディフェンスからなんて面白い。私の場合ストライカーと言う人はちょっと音痴な格闘家なんです。予測不能、やつに渡すと二度と戻ってこない、そんなやつじゃないとキーパーに取られちゃう、でも日本代表の場合うまく中盤もこなすし、(最近では前田、大久保)日本のサッカーってほかにない面白さがあると思う、ジャズ的なところが多いと言えるのでしょうか、でもシュートの瞬間は挌闘家。。。。。でしょうか??
posted by J | 2007-10-25 23:54
ペレファンさんへ
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おお!お久しぶりでス!忘れられたかと思いましたヨ。
毎度面白いコメント有難うございます!
真剣になりすぎると「寄与しない」・・・そうなんです、その危険性はありますね。関連性を発見した喜びに囚われすぎると、本当に重要なことを見逃しがちになります。気をつけねばと思うんですが、別に私、サッカー関連の仕事してるわけでもないので、無責任に楽しんじゃってます。
>どなたか、バップ的なアドリブをスポーツだと形容してたジャズ・ミュージシャン、いましたよね。あれは規則に従って素早く判断していくっていうほどの意味だったか。
へぇ!そんなこと言ってた人がいたんですか?知らなかったです。でも、すっごくよく理解できる解釈ですね、「規則にしたがって素早く判断」ってのは。あまりに其れが形式的になりすぎて、ハードバップとか、モードとかとか、フリーへと流れていくんでしょうね。
コルトレーンがフリーに突き進んでいく時期がありますね。インパルス時代が顕著?私もそうそう聞き込んでるわけでないので、その中での感じた点しか言えないのですが、「フリー」で有るがために、あまりにも「バップ的」なものから脱却することに主眼を置きすぎた感があるのかな。「バップ的なもの」から逃れる為の「数学的・理知的なアプローチ」そのためにかえって「形式的なのも」からのがれられなかったのかもしれません。そこがドルフィーとの違いかナァ?まぁ、その苦悩っぷりがたまらなく素敵なんですが。「憤感を音にする」この表現はものすごく嵌りますね~。でも、実は、コルトレーンファンからは怒られるかもしれないけど、ジョニー・ハートマンの歌伴した『John Coltrane And Johnny Hartman』(Impulse!)の憑物が落ちたかのようなコルトレーンが好きです。思いっきり話がずれました。
グレン・グルードは名前しか聞いたことが無かったですね。変わったクラッシックピアニストって認識しか無かったです。いや、このHP(ttp://kajipon.sakura.ne.jp/kt/gould.html)や、wiki見たら猛烈に興味を持ちました。イメージがなんとなくレニー・トリスターノと被ります。グルードだったらレンタル屋にもありそう。いや、バーンスタインとのエピソードを読むと、サッカー監督と選手の間でこういう話もあるのかなと思いますね。
エリック・ドルフィーってあまりフリーとかどうとか、こだわってなかったのかも。「決まりごとをベースにしたいことやってた」だけかなと。それを難しく考えすぎたコルトレーンとか。
クラッシックにしろロックにしろジャズにしろ、何をベースにするかだけの問題なんでしょうね。入り口の違いなのかな、いやアプローチの違いか。
キングクリムゾンは衝撃ですね。やはり、私も「迷宮」にやられた口です。まぁ、中途半端な私のことなんで、深入りせずには終わりましたが。
かのマイルスもジミヘンとのセッションを熱望していたとか言う話もありますし。クラッシックは、殆ど聞いてないので、何ともいえませんが、クラッシックの指揮者、演奏者との関係、ハーモニーの重要度、そこにこめる個性、曲の解釈により演奏がまるで変わること等考えると、クラッシックの方がよりサッカーとの相似性があるかも。
数学に関してですが、公式とか予想を証明する手順がかなり即興的・創造的なんでしょうね。やはり、「美しい証明」ってあるみたいだし。泥臭くも証明にたどり着くってのも一つの証明。その辺もサッカーぽいですね。この間、NHKで「ポアンカレ予想の証明」をしたペレリマン博士という人の話をしてました。これ面白かったです。数学者が哲学的になるのは必然なのかな。そういや、オシムも数学者か。
松村さんもあまり新しい関連性に没頭しすぎないか、心配ですね。ジャズもあくまで「セッション」が主なんですよ。インプロビゼーションもその手段だと思います。いや、そういってしまうと語弊があるか。まぁ、サッカーもジャズも即興性は練習からは生まれんのです。
>まったく型のない自然体って、死体かもしれないです。
ハハハ!!!物凄い皮肉のこもった面白い意見ですね!!何となく納得してしまった。
ちなみに、私も、楽器はすべて中途半端。数学は公式が出ると頭痛がするほど苦手です。
確かに、現代サッカーは「組織」が重要視されてますね。たしかに、全体主義的といえばそうかも。
共産圏=全体主義という先入観を持ってはいけませんね。
ちょっと話しは外れますが、先ほど出た「ポアンカレ予想」の話。100年も証明されなかった予想。これに対するアプローチは、「トポロジー幾何学」という最新幾何学でおこなわれていたそうです。しかしながら、ペレリマンは、今までなされた「トポロジー」によるアプローチに加え、「トポロジー」によって過去の学問とされた「微分幾何学」や別分野の「物理学」によるアプローチを利用することで証明したそうです。数学者たちは動揺を隠せなかったそうです。(内容はうろ覚えですんで悪しからず)
戦術的にはもう現代の組織重視のサッカーが最終形であり、あとは、プレー精度とスピードの問題しかないと言われていますが、意外と「過去の遺物」と追いやられたアプローチや、別部門からのアプローチによって、また変わってくるのかなと思ってしまいます。
いや、エントリーより長くなってしまった。またコメント楽しみにしてます。
posted by HemRock | 2007-10-26 12:29
Jさんへ
コメント投稿者ID :
コメント有難うございます!!!
そうなんですよ~。楽しんでるように見えてよかったです。
>クラシックの様なディフェンス,ボランチ、ジャズのような中盤そして意外なタイミングでディフェンスからなんて面白い。
これ、なんとなく雰囲気出てますね!!!
FWが格闘技的ってのは、松村さんのブログでも語られてますね(武道になってるか)。駆け引きの部分なんかや、剣道の間合いの話なんかも凄く面白いですよ!もし、まだ読んでなかったら是非。
局面局面で、要求されるものは変わってきますし、それに対応してくるプレイヤーってのほすごいですよね。
こんごとも宜しくです!
posted by HemRock | 2007-10-26 12:36
JAZZとサッカーの素敵な関係。
コメント投稿者ID :
おもしろいですね。「ポアンカレ予想」はすぐにイメージできませんでした。四色問題ほど素人的ではない命題なんでしょうか。と、自分が馬鹿なこと棚に上げておく。
とりあえず素人目に、数学はけっこう創造的だなという感じが拭えません。
E=mc2も似たものですかね?
>かのマイルスもジミヘンとのセッションを熱望
混沌の才人ですねえ。ジュリアード行ってて、目立ちたがりやなのに大きな音を鳴らせないし、なによりセックスが一番好きだとか。
ジャズの代表格みたいだけど、ちょっと違う感じのが多い印象。
ま、とにかく出来上がった音楽はかっこいいですね。
村松さんのとこで感動したのはマラドーナ動画。
パスのシリーズ、どうでした?
日本ではドリブルが賞賛されるけど、そんなことしなくたって唯一無二、頭の中に偉大さがある。そう言ったらしいのは、日産に来てたブラジルのキャプテン、オスカール。
何年ぶりかで勇姿を見てぽうっとしましたよ。
マラドーナは常に何するかわからない、期待を吸い寄せるブラック・ホールみたいでした。昔、これをプラティニやフリットに較べる論調があったなんて、それは凄い。
サッカー史のマイルス、いや、ちと強引すぎますね。
こういうのを本能のかたまりと言っちゃうことがあるんですね。どうでしょうか。あれが本能だとすると異常に知的な本能かも。
全部見えてる。
見えてるにしたって、それは感覚器官、知力とは別だろう。とはいえないですよね。
あのクラマーさん関連の逸話。「見るのは眼ではない、聴くのは耳ではない...」でしたっけ?
横道ですが、高橋英辰さんは後にそれを「心眼を開く」と同義だとしてコラムで触れてました。
さて、ここらで感覚的というのと理知的・論理的っていうやつを、はたまた、型とは何を指すのが妥当か、なんて、やめておきましょう。
>クラシックピアノは大きなうねりのような感覚を大切にし、
>ジャズピアノはリズミカルな感覚を大切にします
なるほどですね。
リズムがジャズ的なら、インプロビゼーション抜きでもジャズでしょうね、ううむ。
でもこれ、同じクラシック系、それこそバッハでも言えそう。かつてのマエストロ的演奏と、今風のオリジナル楽器派の差異って、リズム感の部分が大きい感じです。うねるメロディ・ラインと響きの古典派、ジャズとは別の歯切れよいリズム感と即興装飾音のバロック。
そんなバロックをうねるように奏していたのが、二十世紀の巨匠たちって、間違ってますかね。で、もしかするとベートーベンでもしゃきしゃきする演奏が流行ったり。
これは流行的解釈か、それとも新しいものほど真実であるのが当然なのか。いずれであれ、価値的取捨選択との関係は?
つまり、またもこじつけですが、今風の体力づくサッカーは、価値的な進歩であるのかどうか。そうでないものを知らない人間には、いったいどう映るはずなのか。反対に、想像力に富んだ人ならどう考えられるか。
>あとは、プレー精度とスピードの問題しかないと言われて
このふたつは、背反するものですよね。つきつめれば、ふたつにひとつ。
>「過去の遺物」と追いやられたアプローチや、別部門からのアプローチ
これは流行と知らずに、前線からのプレッシャーが必須、とか諸々いう人々には無理かな。柔軟に仮説論証を脳裏で展開できる人だけが、たぶん特権的に考えることができるでしょう。
>数学者たちは動揺を隠せなかった
お、延々と長くなってしまった。ごめんなさい。村松さんのおかげですね。感謝。
posted by ペレファン | 2007-10-26 22:42
JAZZとサッカーの素敵な関係。
コメント投稿者ID :
続けて恐縮です。見たらおもしろかったんで。↓
>※時々CDにキーキー音が入ってるのはこの椅子の歌だ(笑)
へへっ。まだご本人の変なハミングよりましかも。そう言えばコルトレーンも歌ってましたかね。
>録音の技術スタッフが怒って「楽譜に歌のパートはないぞ!」
笑!
どうもありがとうございます、けっこうここのは、変で、いいです。
ゴルトベルク、もともと変奏曲ですよね。たぶんバッハの即興的パッセージを記号化?
その即興を、また別の人がそれなりに再構成して弾く。幾重にもなったアドリブっぽくもありますね。
音楽は結局再生アートで、本を読んだりするのと似てるかも。譜面どおりって、同じ文章読んでも受け取るものは異なりますし、それを表現しようとすると。
江戸川乱歩は、罪と罰から二銭銅貨、だったか。
>ジャズもあくまで「セッション」が主
お!
『John Coltrane And Johnny Hartman』、聴いてみますね。
でもなぜか今、唐突にスプリングティーンが空耳で...
どうしてだ?
posted by ペレファン | 2007-10-26 23:11
JAZZとサッカーの素敵な関係。
コメント投稿者ID :
おはようございます。
HemRockさんやペレファンさんの高尚なお話と表現力にはすごいなと素直に感動し脱帽です。
その後に小学生のような駄文男の書き込み、穴があったら入りたい気分であります。
私の思うサッカーというゲームは、
ホームがアウェイに攻勢をかけ、得点を上げたチームにビハインド側が攻勢をかけ、攻撃力上位のチームが力の差のあるチームに攻勢をかける。
たったの1点を死守し、得点を相手に与えないという共通目的の為に共通の約束事があって、チーム全員がおのおの確率論と効率に則っての戦術的ポジションを取り、一糸乱れず受けて、体を張って相手の攻撃を無力化していく守りの美学というか、哲学というか、守備が奏でるハーモニーというか、そういうものに美しさを感じ、好んでしまう性分であります。
点を取るより与えない事を楽しむというのが、私のサッカー観戦の楽しみ方であります。
守備においては即興的な事を各自がしていては、チームはバラバラになります。
前述の一糸乱れぬ受け、アプローチ、カバーの繰り返し、その規則性が確かなら守備に芸術的なものすら感じる私は変わりもんなのかもしれません。
スペインのリーガを見ると中堅チームは攻撃のみならず守備ですらアドリブが一杯。
アドリブより正確性が好みの私には、アドリブの意外性や魅力よりセリエの守りの美しい、姑息な駆け引きもあるサッカーが好ましいです。
マラドーナやクリスチアーノ・ロナウド、ジダンやレコバ、ネドベド等の攻撃手より、
ビエイラ、マケレレ、ネスタ、バレージ、ヴィリー・サニョル等の守備的に堅実な選手が実に魅力的に映り大好きであります。
点の余り入らないサッカーというゲームは得点を取るより取らせない事を楽しめる数少ないスポーツだと思うのですが、
アドリブを余り好まないサッカーファンて自分的にはどうなんだろうといつも思います。
サッカー観戦において私は完全なクラッシック派という事ですね。
posted by weed | 2007-10-27 06:36
ペレファンさんへ
コメント投稿者ID :
そうですね、私も数学は創造的だと思います。まぁ、自分でやろうとは思わないですけどね。ちなみに四面問題ってしりませんでしたよ。
マイルスはあまりジャンルとか形式にはこだわりが無いですよね。大きな音が鳴らせないといえば、私の兄貴がマイルスのミュート無しの音を聞いて「屁みたいな音だ」と評していたのを思い出しました。そうそう、何だかんだ言っても、出来上がった音楽がカッコエエのでいいのです。
マラドーナの動画まだ見てないのです。会社で動画見るわけもいかず、自宅PCは低スペックなうえ、最近機嫌が悪く、動画のDLすることすら困難なんですよ。
>マラドーナは常に何するかわからない、期待を吸い寄せるブラック・ホールみたいでした。
こういうところが、JAZZのインプロビゼーションの楽しみ方と非常に近い。おおぅ、こんなフレーズどうやってひねくりででくるんだぁ!とか、アドリブパートが近づいてくるときの期待感とか。
>どうでしょうか。あれが本能だとすると異常に知的な本能かも。
この点はJAZZでアドリブの名手と言われる人たちはかなり近いものがありますよね。人間的に破綻してる人も多いです。まぁ人間的に破綻してるから良いプレーできるってモノでもないですけど。
>クラシックピアノは大きなうねりのような感覚を大切にし、
>ジャズピアノはリズミカルな感覚を大切にします
これ、どっちのジャンルでも、両方切り離せないようなきが。曲の解釈で違いが出てくるのが面白いのに。クラッシクはあまりわかんないけど、アドリブだけでなく、jazzの曲アレンジの違いを聞くだけでも相当面白いですもん。あぁ、あの曲をこうやっちゃうんだみたいなね。
だから、現在の組織的な運動量重視のサッカーだって数あるアレンジの一つ。それも十分面白いんですよ。だけど、全く別のアレンジも見てみたいと思ってしまう、素人の浅はかさなんですね。
なんというかな、上手く書けないな。一つの事柄をかくと、もう一方の事柄が逃げていくな。
>これは流行的解釈か、それとも新しいものほど真実であるのが当然なのか。
けっこう、どの事柄でも、新しいから真実と思ってしまうことが多いですよね。でも、案外真実と思ってる間は、当然と言う前提で動いてしまいます。
>流行と知らずに、前線からのプレッシャーが必須、とか諸々いう人々には無理かな。柔軟に仮説論証を脳裏で展開できる人だけが、たぶん特権的に考えることができるでしょう。
えっと、自分にかんして反省する点が。
「前線からのプレス」と言う点を評価して、試合の感想を書くと、それなりに上手くまとまると言うか、なんとなく、解った気になってしまうと言う点があるのです。正直に言えば。
だから、「なんのため」に、「今この状況で」前線からのプレスが必要で、それを行っているか。そういうところを、見られるようになれればな。確かに、この間のU-22アウェイのカタール戦を見て、柏木の運動量だけを評価してしまうことがかなり変なことなのかなと。場面場面での必要性も考えずに、「前線からのプレス」とか「運動量」のみを語るのは変かなと。
ペレファンさんが意図する話からはそうとうずれました。
椅子の歌ってのは面白い表現ですよね。私はピアニストの歌といえば、バド・パウエルを思い出しまして。指に伝えきれない旋律が唸りとなって聞こえてきます。でも、ブルーノートの録音技師はかえって喜んでたりして。
>音楽は結局再生アートで、本を読んだりするのと似てるかも。譜面どおりって、同じ文章読んでも受け取るものは異なりますし、それを表現しようとすると。
クラッシクは本当にそうですよね。
>『John Coltrane And Johnny Hartman』、聴いてみますね。
歌モノなので、ブリバリのコルトレーンを想像するとがっかりするかも。
>でもなぜか今、唐突にスプリングティーンが空耳で...どうしてだ?
ペレファンさんのベースはアメリカン80sロックだったりして。
posted by HemRock | 2007-10-27 14:01
weedさんへ
コメント投稿者ID :
いえいえ、私は、推敲無しに思いつたことを書きなぐってるだけです。文章を、理解できるように独特の表現を交えながら纏めるのは、weedサンの方が上手いと思います。
>共通目的の為に共通の約束事があって、チーム全員がおのおの確率論と効率に則っての戦術的ポジションを取り、一糸乱れず受けて、体を張って相手の攻撃を無力化していく守りの美学というか、哲学というか、守備が奏でるハーモニーというか、そういうものに美しさを感じ、好んでしまう
まさに機能美ですねー!確かに、これはそうですね。音楽においても、統一性は重要ですもの。
>前述の一糸乱れぬ受け、アプローチ、カバーの繰り返し、その規則性が確かなら守備に芸術的なものすら感じる私は変わりもんなのかもしれません。
もう、存分に楽しみ方が確立されてますね。「連動した動き」これは確かにカッコいいい。
>点の余り入らないサッカーというゲームは得点を取るより取らせない事を楽しめる数少ないスポーツ
!!そうそう!!上手いこと言いますね。最近、得点シーンだけでなくで、得点を取る取らないのせめぎ合いってのも凄く面白く思うんですよね。
>アドリブを余り好まないサッカーファンて自分的にはどうなんだろうといつも思います。
サッカー観戦において私は完全なクラッシック派という事ですね。
そのアドリブを読みきって、組織的な動きや規律が勝ったシーンというのは鳥肌モノで感動しそう。機能美と機能美の対決ってのはどうだろう。息の詰まる攻防ってのもいいですね。こういう対決シーンは是非みたいですね・・。
jazzでも、ブリバリのアドリブを受けきったバックスには「おおーすげぇ」という楽しみもあるんですよね!
うん、クラッシク的かJazz的かあまりその差を論じるのは意味がないかな。
jazzにおいてもユニゾンのかっこよさもあるし、統一感、一体感の楽しさもあるしなぁ。細かいジャンルのちがいはあれども。
試合と同じで、出来上がったセッション・演奏がどれだけ面白いものになるのか。で、色んなアプローチからみても、面白いってものが名試合であり名演奏なんだろうなぁ!
posted by HemRock | 2007-10-27 15:02
JAZZとサッカーの素敵な関係。
コメント投稿者ID :
四色問題、地図の塗り分けの話です。
>守備に芸術的なものすら感じる
こういうのはありますね。特に人手をあまり割かない場合に感じることが多いように思います。
それは確かに規則、基準が大きいでしょうが、状況に応じた即時性は意外にアドリブ感覚に近似かも。
さて、それを常にがちがちの四角四面に履行しようとすると、もしやどこかのオリンピック予選になったりして。
>取らせない事
それだけっていうことだと、単に破壊かもしれないですね。
家屋の解体作業にも詩的なパートはあるでしょうし、種々難題も解決しなきゃいけませんよね。しかしそれも跡地の活用と込みで捉えた方が正当という考えも。
で、やはり建設の方が困難で、ついでに美しくなる可能性を多く秘めてますね。一点多くとればいいだけですし。
>柏木の運動量だけを評価してしまうことがかなり変
彼はそれのみの選手じゃないようですね。
しかし、それのみを重視するコーチもいるのかも。
運指の間違いを聞き逃すまいとする先生や聴衆、、、いやどうも強引なこじつけですね。
ハートマンだけでなく、エリントンも借りました。これがバラードとセットなんですね。いい感じ。でも確かにマイ・フェイバリット・シングスとかも聞きたくなります。
あ、この歌は大野えりが透き通るように歌ったのが一番好きだったんですが、CD化してあるんでしょうか?
posted by ペレファン | 2007-10-28 18:47
JAZZとサッカーの素敵な関係。
コメント投稿者ID :
私にも関係あるのでしょうか?
ネガとポジのようなものかと、
>特に人手をあまり割かない場合に感じることが
だとすれば、日本代表の守備では、私はいつまでもアートを感じる事なく愛せなくなりそうで?
少しの毒針だけを武器に、集団で知恵と規律と勇気を武器に、先のワールドカップでスゥエーデンに挑んだトリニダート・トバコ、
私の感性ではと断った上で彼らも1つの芸術に思えて、
>取らせない事
それだけっていうことだと、単に破壊かもしれないですね。
同じ大会のイタリア対フランスの決勝戦、延長に入ると貝のように閉じこもり、PKにもつれこむ事だけを狙ったイタリア、
姑息なまでのケガ人続出の時間稼ぎと暴言で退場も誘発する駆け引き総てこみこみの守備で、
結果はPKでの優勝。単に破壊かも、しかしイタリア的カタルシスの打ち方はインターネットの発達した現代ですらも健在なんだと内心で舌打ちしたりして、イタリア人はイタリア人かなと。
これもカルチョ式ドラマ製作です。
ジュリアーノ・ジェンマが皆殺ししたマカロニ劇のインディアンは実は日本人に近い人種と判った最近、あの時何が楽しかったんだろうと最近自問自答が多くなる。
強豪といわれたルーマニアが、優勝候補のコロンビアが、無敵艦隊スペインが、スーパーイーグルスのナイジェリアが、絶対的優勝候補ブラジルが、不利と思われたチームに攻撃力をはかなく無力化された試合の守備の美しさ、私の感性ではと断った上でそれらもやはり芸術なのかと。
ジャズの事はよく判らない、薀蓄も判らず、音楽を聴く事は私にはそれほど楽しみではないですが、音楽をプレイするのは大好きでして、
掃除をしながらジョニーB.グッドを歌い、ボール遊びならマシュ・ケ・ナダを歌う。
オン・ザ・ロックで1人飲む時はアズ・タイム・ゴーズ・バイやバードランドの子守歌を歌う。
女を口説く時にはジザ・フィナートやイパネマの娘をムーディに歌い、
おっさんらと合唱する時はメリージェーンや煙が目にしみるを歌う、
車の中ではマダム・バタフライや私のお父さんを熱唱し、
場末のスナックのおねえちゃんに促され、君の瞳に恋してるやボズ・スギャッグスを歌う、
壁のチャップリンのポスターを見ながらスマイルを寂しく歌い、
落ち込んだ時はエディット・ピアフのナンバーをメドレーで歌う、
ノリノリの時はリック・ジェームズやアイスTのラップを歌って40代後半のおっさんがブレイクダンスを踊る。
そして年末には第9を合唱しにいく。
でも音楽については全く詳しくない。
何の知識もない。
私には曲を聞いても特に感慨のようなものが起こらないが、歌うと喜怒哀楽が曲に乗る。
そういえばLet it beやインシャラーは小学生の時から歌ってましたわ。
posted by weed | 2007-10-29 09:24
ペレファンさんへ
コメント投稿者ID :
はや!早速借りましたか。私はまだ、ゴルドベルク変奏曲はまだ聞いてないですよ!
コルトレーンのマイフェバリットソングはアトランティックのやつですか?あのソプラノはすげえいいですよね。
大野えり・・・は聞いたことが無いのです。っていうか知りませんでした。調べてみたらベテランのボーカリストなんですね~。
posted by HemRock | 2007-10-29 14:18
JAZZとサッカーの素敵な関係。
コメント投稿者ID :
HemRockさんには今回は失礼しました、とお断りを入れたうえで、
今回は少し言葉遊び的に書いてみたんですが、
レット・イット・ビーもインシャラーも同じような意味で、
あるがままとか、神の思し召すままにとか、
片やキリスト教、片やイスラム強を連想する言葉のようでして、
同じ聖地をいただく、兄弟のような宗教であり、
同じような意味の言葉でありながら、
両者の立場も考え方も違い、
それは長い時間の経過があっても解決しない問題のようで、
ジュリアーノ・ジェンマのマカロニウエスタンはアメリカと何の関係もないイタリア製西部劇なわけですが、
フットボールではないカルチョの何か一味違うものと似て感じ、
ライフルをぶっぱなすジェンマのそれは、殺戮であり、破壊でもあり、
しかしながら違う価値観で見ると、娯楽作品でもあるわけで、
それぞれの価値観、感じ方についてはレット・イット・ビーやインシャラーという事なのかと。
私はどちらもありとは感じてますが。
posted by weed | 2007-10-29 15:05
weedさんへ
コメント投稿者ID :
>少しの毒針だけを武器に、集団で知恵と規律と勇気を武器に、先のワールドカップでスゥエーデンに挑んだトリニダート・トバコ
そういえば、話題になってましたね!トリニダード・トバコ。この言葉をみると、トニニタードvsスゥエーデン戦を見たくなりますね。ドワイド・ヨークでしたっけ?
イタリア的カタルシスっていうと、破壊によって鬱憤を晴らしちゃうみたいなもの?いや違うか。私は、カタルシスって言葉の意味が感覚的に理解できていないのです。
しかし、真っ向から、相手の攻撃をいなし切ってしまう組織力っていうのは、確かに美しさがともなうかと。チーム内での理解度とか連携とか。全ての攻撃を読みきって一手先を潰してしまうとか。将棋とかチェスみたいな戦術的なやり取り。そこにも、アドリブというか、閃きが介在するのかなぁとも思ってしまいます。そして、そのひらめきがチームとして機能する。これ、攻撃も守備もそうか。
へへ、音楽をヤルのが好きな人は幸せです。やろうにもやれないので、聞くことで楽しみを見出している次第。ひたすらシビレる音楽を求めてます。
昔、楽器やったけど、中途半端。歌は・・・だめだなぁ。歌えない。
そういえば、昔、こんなこと言ってたギタリストがいたな「歌を上手く歌えるんだったら、何もギターなんかやってねぇよ」だって。
いいですね、歌に喜怒哀楽が乗るって言うのは。
しかし、シャンソンからジャズスタンダード・ポッス・ロック・クラッシック。いや、相当に範囲が広い。
アダモは聞いたこと無いけど、let it
beは、小学校の時、兄貴のテープを盗み聞きして知った。ジョージハリスンのギターソロにやけに感動したっけ。こっからビートルズに入って、音楽に興味がでたんでした。懐かしい。
でも、未だに歌えないですわ!!!ははは。
posted by HemRock | 2007-10-29 15:06
weedさんへ
コメント投稿者ID :
あら!解説ありがとうございます。
>フットボールではないカルチョの何か一味違うものと似て感じ、
ライフルをぶっぱなすジェンマのそれは、殺戮であり、破壊でもあり、
しかしながら違う価値観で見ると、娯楽作品でもあるわけで
そういえば、ハリウッド映画の一昔前の勧善懲悪だって、アメリカの価値観から見れば娯楽だもんなぁ。
>それぞれの価値観、感じ方についてはレット・イット・ビーやインシャラーという事なのかと。
私はどちらもありとは感じてますが。
なるほど、そういう意味でしたか。ちと、読みが浅かった!アダモの歌しか思い浮かばんかった。
そういや、「let it be」もマリア様がささやいたとか何とか言ってました。
違う価値観があって、そういう見方もあるのかという認識が得られるのもまた、楽しいと思うのですよね!まぁ、だからといって何か貢献することはあるかどうかってのは考えてませんけども。
posted by HemRock | 2007-10-29 15:34
JAZZとサッカーの素敵な関係。
コメント投稿者ID :
あらら、殆ど同時にコメントアップしてたりして、
コメントのやりとりは時間もかかるしで、仕事にも差し支えるかもで、今回はコメントを返していただかなくてもいいのですが、
>カタルシスって言葉の意味が感覚的に理解できていないのです。
泉ピンコが赤城ハルエにさんざん苛められるも、最終回になると「あなたがいてくれてよかったわ、感謝してますよ、さつきさん」みたいな、
たまってた鬱憤を晴らすような結末という感じでしょうか。
私の思うイタリア的カタルシスとは、ドロドロして薄暗くて、ワールドカップ決勝のような晴れの大舞台で姑息なまでに痛がったり、暴言を吐いたりで攻める気もなくて、それでも伝統守備
は誇示し、結末には優勝して胸を張って誇る、
何か変じゃないのかコイツら、しかし面白い?
そもそもフットボールはイギリス的なぶつかりとか、男と男の勝負とか熱いもののようなのに、
カルチョになると、ドロドロしまくりで、それでも結末は晴れやかだったりして。
マカロニウエスタンも何でイタリア人が正義づらしてインディアンと戦って殺すのか、
他に勝手にハイチの人間を映画でゾンビにしてみたりで、
自分の価値観だけのどっか壊れてて、それでも楽しい?結末があるような、
オペラのプッチーニ私のお父さんの歌詞にも、
結婚指輪を買いに行きたいが、おやじが反対するなら川に飛び込んで死にます、ああ神様死ぬのを許して下さいといって父親を脅迫するような、イタリア人て極端なのかもですね。ムダ話で失礼いたしやした。
posted by weed | 2007-10-29 15:42
weedさんへ
コメント投稿者ID :
へへ・・どうせ他人の仕事が上がらんと進まんのです。其れが来たらちょっと大変。ちっとエントリーまでしちゃったりして。どうしようもない社員です。
>たまってた鬱憤を晴らすような結末
なるほど、そういうことか!説明ありがとうございます
>他に勝手にハイチの人間を映画でゾンビにしてみたりで、自分の価値観だのどっか壊れてて、それでも楽しい?結末があるような
これすげー受けました。って「ゾンビ」ってイタリア映画なの?と思って調べてみたら・・・ジョージ・A・ロメロってイタリア人なのね。知らんかったっす。
posted by HemRock | 2007-10-29 19:32
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