2007年07月25日
オシムに対する「深情け」
エーかなり強引で長い話になります。 実は、モーリーさんのブログ「サッカー狂の詩」の中での「共通理解の話」と「アンビバレント」の話、negroさんのブログ「outside」でのオージー戦に対する各種意見、また、桐谷さんのブログ「キリタニブログ」の中でのオージー戦についてのやり取りを読んで、考えたことなのであるが。 オシムは、日本人の特徴として「アンビバレント」な「ポリバレント」また、「結果ではなく過程を重視する傾向のある特異な国民性」に驚いた的なことを言っていたように思う。 「ポリバレント」については、メディアでも再三取り上げられたが(やや一人歩きの感があるが)、恥ずかしながら、「アンビバレント」についてはモーリーさんのコラムを見て再認識させられた。「相反した価値観の共存」―この言葉の意味するところは大変大きい。 モーリーさんは、「アンビバレント」を日本の宗教史にその特性を見出している。なるほど、日本は、歴史の中で宗教戦争(代理戦争と思わしき物はあるかもしれないが)が無かった国である。日本の神道、外来の仏教も(廃仏毀釈などもあるものの)、結果的には、部分的に融合し、共存している。(一向一揆、島原の乱等は宗教戦争とはいえないような気がする) 民族対立や宗教対立に翻弄されたオシムにとって、相反する価値観―宗教・思想―が共存している「日本」は大変驚くべき特徴を持っていると感じたのだろう。また、欧米流の結果至上主義ではなく「過程を重んじる文化」が根ざしていることについても、新鮮に感じたかもしれない。 数多くの宗教と思想が共存すると言う「アンビバレント」-また、東洋思想と西洋思想の相反する価値観を共存させて発展してきた日本。「相反する価値観を共存させることで得られた多様性」そして「多様性を生かして、相反する価値観を共存させてきた」という、ある一つの事実。とすると、ここでいう「ポリバレント」とは、「汎用性」に近い「多様性」というよりも、考え方・ものの見方としての「多様性」であるように思われる。つまりは、この「ものの見方としての多様性」の為に、「結果ではなく過程を重要視する国民性」が得られたのではないか。 確かに、「相反する価値観が共存」することは、同一の方向へ進む際に障害と成り得るし、「多様性」を重視すれば「専門性」が損なわれる。さらに、「結果よりも過程を重要視」することは、責任の所在が明確にならず、傷の舐め合いになる可能性が大きい。 しかしながら、相反する価値観が共存し、多方向からのものの見方が存在する中から、同一の方向性が見出された時、それは、あらかじめ統一された価値観・ものの見方から生み出される力よりも、はるかに大きな力となるのではないか。そう、大木監督の言う「カオスの力」ではないのか(モーリーさんの引用を借りますが)。このカオスから生まれた同一の方向性が目指すべき「共通理解」ではないのかと。 例えが悪いかもしれないが、戦前の日本と戦後の日本を考えるに、戦前は、列強に追いつくため「富国強兵」に向かい統一された思想の下(思想の多様性は認められていなかった)、発展しようとしていた日本。戦後は、与えられた価値観が崩壊し、混乱の中から、自由の思想を持ち、生まれだした戦後復興という共通意識(ただ々豊かになりたいと言うものであったかもしれないが)による発展は、どちらがよりよかったか(様々な意見はあるだろうが)は、想像するに難くない。最近ので言えば、資本主義経済を導入した中国の発展なども、良いにしろ悪いにしろ、 一例と言えるだろう。 そう、オシムは「アンビバレントなポリバレント」から生まれる「共通イメージ」ができれば、日本人のサッカーは大きな可能性があると感じているのではないか。そのためには、長い時間がかかるであろうが、幸いかな日本には「結果だけではなく過程をも重要視する文化」が根ざしている、土壌はあるのである(結果は重要ではないと言っている訳ではないことにご注意いただきたい)。 勿論、オシムは厳しい環境の中で生き抜いてきた人なので、この日本人の特性の欠点なんぞは分かっているだろう。(そのへんは、オシムのコメントからも読み取れるところである。)そのうえで、日本代表を指導している。そう「共通理解・共有イメージ」が生まれるように「指して導いて」いる。トルシエのように「秩序をあたえる」だけでなく、ジーコのように「自由に任せる」でもなく。 蛇足になるが、「リーダシップ」の話も良く出るが、この「共通理解」がなければ、その「リーダーシップ」は空回りに終わるのである。それは、ドイツでの中田英寿を例にあげられるのではないだろうか。 さらには、サッカーファンとしても、この「共通理解」がなされていけば、日本のサッカー文化としておおきなプラスとなるのではないか。そのためには、様々な見方、意見等を共存させ、そこから生まれる「共通理解」が必要なのではないか。だからこそ、negroさんのサイトや桐谷さんのサイトでやっているように、様々な意見を出し合うことは必要なことではないのか。無下に、様々な意見を否定することは、「アンビバレントなポリバレント」とはいえないのではないかと思うのである。我々も、「アンビバレントなポリバレント」を重要視しなければならないと考えるのである。 まぁ、オシム当人が「こんなことは考えてねーよ」と言ってしまえばそれで終わりなのであるが。 所謂、私が「醜女の深情け」であるだけなのだな。今風に言えば「勘違いストーカー男の勝手な妄想」というところだろう。まずは、オシム体調が心配であるが、長く頑張っていただきたいものである。
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posted by HemRock |14:38 |
オシムに関して思うこと |
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勝ってよかった。本当によかった。みんなよかった。 【メタボ君の独り言】
サウジ戦を引き分けたことで勝ち点で並んでカタール戦をホームで迎える。 つまりホームでの戦いが「負けられない」ではなく 「絶対に勝たなきゃいけない」状況になる。 そんな重圧のかかる状況を回避するためにもサウジ戦はアウェーとはいえ 相手が10人なんだから勝ちにいってほしかった。 そんなこともあって週末は消化不良気味だった。 でも今日のカタール戦は、 「なんとしてでも勝つ」「絶対勝つ」 みたいな気迫が感じられた気がする。 重圧もプラスの力に変えていた気がする。 絶好機を邪魔されて主審に怒るデカモリシ、 とにかく
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Re:オシムに対する「深情け」
コメント投稿者ID :
サッカーからずいぶん深化したところまで言及なさってて感心しました。
アンビバレント論、福沢諭吉の「多事争論の推奨」みたいで興味深く拝見しました。
わたしもオシムが好きで、記者の問いに反問したりするところは、多面的なものの見方を諭す教師のようで、喜んでます。
だけど、ちょっと異なる意見を申しあげます。
日本では、「相反する価値観―宗教・思想―」が、ある程度まで理解しあえて「共存」してるのではなく、理解を深めず関係しあわないという「単なる並存」状態が続いていると思います。
真に寛容な文化が根付いている、そういう事情で日本に宗教戦争が起こらなかったのではなく、信仰を突き詰めない慣習が伝統的だからでしょう。
いざとなれば大勢に従い、争わずに転向する、隠れるということです。
これに反して一向一揆・島原の乱などは、困窮が底流にあるにせよ、ある種の信念に殉ずる宗教心が芯にあった抵抗だと言われています。
この手の殺しあいには反対ですが、考え方自体には立派な面が多々あると思います。
無節操な平和並存スタイルも、遥かに全体主義や戦争よりはましです。
でも、トルシエ流・ジーコ流・オシム流、どれを選択しようが勝手気まま、単なる流行好きに陥りやすくなり、またそれを批判しづらくなります。
そして、ジーコ解任運動を黙殺する権威を永らえやすくもするし、ワールドカップの総括を曖昧にし、オシム招聘の不始末を水に流すことにもつながります。
こういうことは、一種の統制順応文化を促進します。多事争論の反対に、全会一致・無責任になります。
突き詰めないことがいいことばかりでないのは明らかです。
真剣に理解したけど、自分の考えは違う、でも積極的に共存しよう。そんな民意が大勢を占めれば、説明責任を全うしやすくなるだろうし、ミスを認めて改めやすい社会になるでしょう。
オシムはどう考えているでしょうか。長くがんばって欲しいものです。
ほんとうにアンビバレント許容の多事争論文化へ進化するには、こうしたブログも力になると思います。
単なる感想だけでなく、論理を公表されるところが素晴らしいと感じ、コメント欄を汚しました。
最後に、言い辛いことですが、一言。
「醜女の深情け」はブスのやきもち・ジェラシーを指す言葉で、否定的な意味合いが伝統的ではないでしょうか。
とすると、この場合には使えないと思います。
どうも失礼しました。
posted by ペレファン | 2007-07-25 18:26
いらっしゃいませ!
コメント投稿者ID :
Re:ペレファンさん
コメント本当に有難うございます!
本来であれば、本とか、発言の正式なソースとか、もっと推敲してから書くべきことなのでしょうけども、「今おもったこと」の重要性を鑑み掲載してしまいました。・・言い訳がましいかな?
>福沢諭吉の「多事争論の推奨」みたいで
この本読んでみます!!!実は「学問のススメ」すら読んだことないんですが。こういうの助かります。
>記者の問いに反問したりするところは、多面的なものの見方を諭す教師のようで、喜んでます。
そうそう!!!「ああ言えばこう言う」先生ね!上手い比喩です。言いえて妙ですね。私はこういう先生が大好きでした。でも、好んで議論を吹っかけるほど、私には根性が無かったことが、今となっては悔やまれます。
>日本では、「相反する価値観―宗教・思想―」が、ある程度まで理解しあえて「共存」してるのではなく、理解を深めず関係しあわないという「単なる並存」状態が続いていると思います。
それです!!!ここは、私も自分で書いててちょっと言いすぎかなぁと疑問に思ったところです。【理解を深めず関係しあわないという「単なる並存」状態】と言った方が、現状を正確に表していますね。しかし、この言葉は、端的に鋭くいまの私をえぐってくる言葉です。【理解を深めず関係しあわないという「単なる並存」状態】これ、今の自分におきかえると、かなり辛く思えるのは私ばかりではないのでは。いい言葉です。
此処からつながる、大衆迎合主義ですかね、以下でも仰っている、統制順応文化・全会一致・無責任につながってくるんですね。今の日本の利点であり欠点であると思われます。
しかしながら、ペレファンさんが言うように、ここから「真剣に理解したけど、自分の考えは違う、でも積極的に共存しよう。」と進んでいくこと、一般的に日本人は「積極的に共存」は得意だけど、「真剣に理解したけど、自分の考えは違う」って言う点が足りないですよね。私にも足りないと思います。こういうレスを安易に書いてしまう私も、迎合主義に毒されているのでしょう。
オシムが指導中に、選手の責任感の問題についてもコメントしていますが、(正確には思い出せませんが、)ニュアンス的には、この点を重要視しているように感じました。だから、私は「あ、今までと違うな」と感じたところでもあります。実際はどうだかは分かりませんが。
「本当のアンビバレントの許容」そこから生まれる「共通意識」これは確かに気の長い話になりそうですね。個々が「本当のアンビバレントの許容」つまりは、「真剣に理解したけど、自分の考えは違う、でも積極的に共存しよう。」という考えが根付かなければならないわけですね。
>単なる感想だけでなく、論理を公表されるところが素晴らしいと感じ
自分では、感想を書いているつもりでしたが、「逃げてはいかん」と思ったらこうなっちゃいました。公表する事でペレファンさんみたいに、すごく参考になるコメントをくれる人が着てくれますからね。この機会を逃す手は無い。それがブログの効用だと思うのです。自分勝手ですけども。
ですから、コメント欄の汚しとは思わなくても結構です。自分の考えがより深まるのですから。
>「醜女の深情け」はブスのやきもち・ジェラシーを指す言葉で、否定的な意味合いが伝統的ではないでしょうか。
ああ、この点なのですが、自己卑下でございまして、勝手に自分の理想をオシムに重ねたので、オシムにとっては「醜女の深い愛情」のようにありがた迷惑かなと。そういうことでたとえてみたんです。そういうニュアンスないですかね?
たしかに、ペレファンさんが言う意味もあるんでしょうけど、今のところ、このままで行ってみます。やっぱり、自分がその言葉にもつイメージってのもありますから。でも、ご指摘ありがとうございます。調べてみてみます。
今後とも宜しくお願いします。
posted by HemRock | 2007-07-25 20:26
Re:オシムに対する「深情け」
コメント投稿者ID :
お邪魔します。
僕のブログの宣伝活動ありがとうございます(笑)勝手に使ってくださればよかったのに・・・
それはともかく、どの国も為し得なかった他宗教の共存・・・オシムの幼少期のサラエボは当然のようにその姿があったそうです。自分の事を無神論者と言い切る割には、「自分の宗教はサッカーだ!」と言い、どちらかといえば左より・・・と自分を分析する割には、強烈なパトリオットである我が国の代表監督。懐疑主義者と言いながら、強烈に人間を信用したい・・・という願望が見え隠れするオシム・・・僕の想像の範囲ですが、彼に矛盾はなく、「アナーキストかもしれない・・・」というあたりは、僕の尊敬する思想家そっくりで、普通に人間として尊敬しています。
「菊と刀」が日本人から見れば???な感覚を宿しているように、はたから見れば日本人の倫理観や宗教観は理解しがたいものかもしれません。
それでも「神・仏習合」から始まり、朱子学や陽明学を受け入れるあたりに、日本人の「共通の感情を見出す感性」のようなものを感じればいいのだと思います。
宗教の価値観は、突き詰めればぶつかり合うしかないかもしれず、争いは必然のように感じますが、当時の日本人は「なぜ?そのような価値観や宗教観」が生まれたかをあらゆる角度から探り、その上で共通の感情を見つけて理解したからこそ、共存することが可能だったというのが僕の個人的な感想です。
一神教である「キリスト教」が普及しなかったのは、僕からすれば必然。宣教師の傲慢があっただろう事は想像に易く、過去を捨てなければキリスト教側が受け付けなかったからだろうと思います。
一神教の欧米人からすれば日本人は「倫理がない」という風に見えるのだそうですが、僕は全くそんな事は思わず、「武士道」などは日本人の倫理観を表したもの・・・だと思っています。
そういう事を思えば、日本もそういう世の中(非寛容)になりつつあるように感じ、オシムが嘆く「世界のアメリカ化」がそこにあるのかもしれませんね。
それでもオシムが何らかのシンパシーを日本に思ってくれているのであれば、僕は祖母井さんや、千葉のサポーターに感謝しなきゃ!といつも思います。
オシムは「自分が日本を好きだという事を強調しないで欲しい」と言っていますが、多分彼の行為の源泉にその感情は少なからずあるのでは・・・なんて勝手に思っています(笑)。願望かもしれませんが・・・
難しいことへのチャレンジ。大変立派です。長いコメントは応援の意味合いもwwwこういうの大好きですから、頑張ってください。
ただ、オシムは「サッカーはサッカーだ!!」と笑いながらいうかも・・・
乱文失礼しました。(コメントになってないかも)
posted by モ-リー | 2007-07-25 20:40
Re:オシムに対する「深情け」
コメント投稿者ID :
おお、早速ご返信いただいたのですね。
ありがとうございました。
>一般的に日本人は「積極的に共存」は得意だけど、「真剣に理解したけど、自分の考えは違う」って言う点が足りないですよね。
すいません、おっしゃる意は同じだろうと思うんですが、微妙に言葉が違います。
上記のような関わり合いは日本人が得意とする、神仏習合などの「単なる並存」。異論をぶつけあえる、それでも関わり合っていける状態を「積極的な共存」と表したかったのです。
書き方が不親切だったかもしれません。
えー、ほかにも誤解を招く記述をしてしまい、重ねて申しわけありません。
福沢諭吉に「多事争論の推奨」という著書はないです。
多事争論の効能などについてよく書かれた福沢著作は
「文明論之概略」です。
これに言及した名著として下記の三分冊が有名です。
丸山真男 著「『文明論之概略』を読む」 (上・中・下)
ほかに、近年の曲解的類似品として
子安宣邦 著 「福沢諭吉『文明論之概略』精読」などもありました。
三つとも岩波の文庫、新書で入手可能でしょう。
上のふたつは、公立図書館ならどこにでも蔵書してると思います。
>「醜女の深情け」...
元来うっとうしい嫉妬ごころのことですが、それを一回転させ、倒錯した使い方にした文も読んだ記憶があります。
顔は悪いが気立てはいい、みたいな。だから、ブスは美女より愛情深い(よい意味)という表現でも使えるんですかね。
「やばい」を、悪い意ではなく、凄い=良いの意に逆転させた感じと似てるでしょうか。
でもちょっと違うかもしれないですね。
ええとそれよりも、とりあえず個人的には、HemRockさんをしこめと捉える前提を有してないので、まずそこから「どういう意味?」となっちゃいました。
また、文化・サッカーについての真剣なご考察を期待いたします。
ありがとうございました。
posted by ペレファン | 2007-07-25 22:05
モーリーさんへ
コメント投稿者ID :
Re:モーリーさん
いらっさいませ!あのブログ見て考えてたら、こんなことになっちゃいました。
オシムは内在する「矛盾・相反する価値観」を認識しているから、ああいうものの見方になるんでしょうね。
ユーゴ代表監督時代の話を読むと、この「葛藤」が良く伝わってくるようなきがします。「懐疑主義といいながら・・」ってのは今の日本代表についてもそうかも。
自分自身に内在する矛盾、異なる価値観があること、これに我慢できない時期もありましたねぇ。「絶対の価値観」を求めて、聖書を読んだ時期もあったなぁ。いや、そんなん直ぐ飽きたんですけど。結局、クリスチャンである遠藤周作が書いた「沈黙」を読んで衝撃を受けるわけですが。まぁ深刻な話でもないんですがね。
「菊と刀」はまだ読んだことがないです。ベネディクトとか言う人の日本人論だっけ?恥ずかしながら、桐谷さんのところで「武士道」も引き合いに出したけど、未読なんですよ。
こんな私が書くのも何かなとも思うのですが、「日本において、宗教が共存」していることについて、私はある種の「誇り」を感じていたのです。それこそ、ペレファンさんがいう「無節操な平和並存スタイルも、遥かに全体主義や戦争よりはまし」と思ってました。今もそう思ってます。しかしながら、「学問として理解する」のと「信仰として理解する」ことの違いと言うか、そこまで突き詰めないでおいて、「異なる価値観を理解したうえでの共存」と言い切ってしまうのはある種の「傲慢」なのではないかとも感じたのです(語弊がありますが)。うまく表現できないですね。
キリスト教・イスラム教が生まれた環境を考えると、そんなに多くの価値観を許容していたら、明日も生きられないような過酷な砂漠地帯ですからね。まぁ今の現状、倫理観の欠如を指摘されても、私自身にかんしていえば、否定はできないかも。
>「自分が日本を好きだという事を強調しないで欲しい」
って言いながらも好きなくせにーって。でも、根幹は「サラエボ」ですよね。だからこそ、そういうウエットな感情を排したいんじゃないかな。というか、それで「傷の舐めない」にならないように、自分を戒めてるとか。
>ただ、オシムは「サッカーはサッカーだ!!」と笑いながらいうかも・・・
そうですね!それが「落ち」です。大円壇です!でも、こういうの考えるのも面白いんですよね。
コメント有難うございました。
posted by HemRock | 2007-07-26 21:14
ペレファンさんへ
コメント投稿者ID :
Re:ペレファンさんへ
あぁ、そこはそういう意味で取ってます。単なる引用の間違いでしたすみません。【日本人は「単なる並存」は得意だけど、「真剣に理解したけど、自分の考えは違う」と言うことを議論し合うこと】ってするべきでしたね。
あと、正確な出典を教えていただいて、ありがとうございます。いずれ読みたいと思います。読めるのか??!
>醜女の深情け
ああ~深情けが嫉妬って意味になるわけですね。
ん~と、オシムにとっては、私の愛情は「ブスの深い愛情のように、ありがた迷惑だ」と言う意味でして。その「深い愛情」=「勝手な理想」かなと。まぁオシムにとっては「勝手な理想を押し付けんなよ!めいわくだよ!」って考えだったんですはい。
今後ともよろしくです!
posted by HemRock | 2007-07-26 21:28
オシムに対する「深情け」
コメント投稿者ID :
いまだに、まずルイ・アームストロングを、レスター・ヤングを、そしてコールマン・ホーキンス、チャーリー・パーカー、その辺りから素晴らしさがわかってくるんだと、そう言う方もいます。あ、いや、それが多数派かと思えますね。
だからいきなり死刑台のエレベーターだったりした自分は、遡って通になるための学習をしなきゃいけません、ほんとは。
だけど何となく素人判断や食わず嫌いとかに流されちゃいます。
理屈言わずにアニタ・オデイを聞いてた方がいいや、とか。
ん、脱線ですね。とりあえず古典というものからが、一番リーズナブル。それに、貧乏だと、ある種効率を考えざるを得ません。
でも、無価値なものに意義を見いだすのが趣味でもありますからねえ。
はっきりしてるのは、これだけ様々なものが氾濫してたら、何を聴くか、何を読むか、何を見るか、こうしたことは、つまり何に関わらないかというのが核心であること。そしてつまらぬものよりは、やはりクオリティ。それはある程度先人の見解に頼るのが楽です。いや、それしかないんですね。
それを無視できるほどに度胸がつくまでは、何事であれクラシックを主にするのが吉。ま、サッカーには無いようですけれど。
でもサッカーの場合はルールと選手に劇的な変容がなく、百年ほどの間に出尽くした種々の本質が輪廻してるかのようです。ジャズもそれに近づいてるのでは?
posted by ペレファン | 2007-10-30 22:48
ペレファンさんへ
コメント投稿者ID :
私は、小さい頃グレン・ミラーとかペリー・コモとか耳にした記憶はありますが、自分で進んで聞き始めたのはビル・エバンスの「ワルツ・フォー・デイビィ」からだったかな。未だにピアノトリオの比率は高いのですが、聴いてる絶対数は少ないかも。ペレファンさんはマイルスでしたか。私、未だにエレベーター見たこと無いですわ。
サッチモ・レスター・ホーキンス・パーカー・・・特にパーカー語らずして「インプロビゼーション」を語るなというような感じはありますよね。
でも、無理やりこの辺りから、聞いても詰まらんだけですもん。自分の興味のあるところを突き詰めて聞いていったら、其の辺りに行き着くってのが大方のパターンみたいですねぇ。わたしも、頭でっかちに「パーカーを聞かねば!」などど無理クリ聞いては見たものの、心のそこから「ええわぁ~」ってはならなかったです。ベイシーは大好きだけど、レスターはいまいち解らないし。でも、身近にいるジャズマニアは結局レスターに帰結しちゃって、最近はクラッシックだとか。なんか、象徴的。まぁ、時期が来れば、機会もくるかなぁ。
と、こちらも脱線。
>とりあえず古典というものからが、一番リーズナブル。それに、貧乏だと、ある種効率を考えざるを得ません。
これは、其の通りだと。過去の名盤からってのは王道。すべてを把握する経済的・時間的余裕はないですからね。
>つまり何に関わらないかというのが核心であること。そしてつまらぬものよりは、やはりクオリティ。それはある程度先人の見解に頼るのが楽です。いや、それしかないんですね。
そうですね、エントリーで書いたように、過去の素晴らしいプレイといわれている映像を見ることも大変重要であるって言う所は、まさしく、こういう点ですね。私が全く言及し得なかったところ。納得です。そこから出発して、価値観を構築するしかないのかな。読書も然り。ただ、そこのみに埋没してしまって、今のものに触れていかないのもまた惜しい。いま生まれ出るものを感じる機会を失ってしまっているようで。全く新しいスタンダードが生まれる時代を、体感できないのではと。もちろん、未来には、くだらないものと評される物も多いこととは思いますが、その判断は現時点では判りえないものなのかなとも。
まぁ、サッカーについては、音楽に比べ(比べちゃいけない)、ソフト数が圧倒的に足りないような気がしますねぇ。私が、探していないだけかな。
>サッカーの場合はルールと選手に劇的な変容がなく、百年ほどの間に出尽くした種々の本質が輪廻してるかのようです。ジャズもそれに近づいてるのでは?
本質については、色々思うところもあるのですが、それは別として、本質=形式と読み変えれば、Jazzについてはそうだと思います。その輪廻から逃れるべく足掻き続ける音、その輪廻を認識することなく輪廻の中で紡がれる音。どちらにも、音楽として素晴らしいものは素晴らしい。ただ、輪廻から逃れても、また新たな輪廻が待ち受けるのかもしれません。サッカーについては、歴史を良く解ってないので、どうかはわかりませんけども。
こういう話も、思わぬ考えが出てきて楽しいですね。
しかし、ペレファンさん、何故にここのエントリーにコメント?「良いプレイをするのが名プレイヤーである。」のエントリーに影響大のコメントだと思うんですが。まぁ、どこに書いてもらってもいいですよ。
posted by HemRock | 2007-10-31 22:25
オシムに対する「深情け」
コメント投稿者ID :
統一を乱してごめんなさい、です。確かに間違えておりました。
なんとなく古いのをざっと読み返して、ついつい元へ戻らずにそのままうっかり書き込んでしまいました。
なんにも意図はありませんです、失礼しました。
参加感覚は嬉しいものですね。でも諦め気分。
新奇なのに手を出す余裕が無い、それに、やはりくだらないのが多いです。
いつのときも、いいものは少ない。
昔のプーマの広告で、マラドーナと同時代に生きてるのを誇りにしたい、とかなんとかありました。あれは本当にそうだなと感じましたけど。
あとは何でしょう。本だと、泡坂妻夫なんかは単行本デビュー以来だったか。
posted by ペレファン | 2007-11-01 18:09
オシムに対する「深情け」
コメント投稿者ID :
あ、なるほど、そう言う訳でしたか。
統一を乱すとかいう点ではなくて、此処に書き込んだことに意図があるのかどうか、ちょっと聞いてみたかったもので。いや、折角あそこの話を補完するような内容にもなってるので、勿体無いなと思った次第でして。
泡坂妻夫って推理小説家でしたっけ?読んだことはないナァ。推理小説で最近読んだのは、京極夏彦の妖怪シリーズかな。いや、結局ミーハー。
マラドーナと同時代に生きていることを誇りにしたい・・・正しくこういう感動が欲しいですね。
posted by HemRock | 2007-11-02 14:22
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