2008年01月08日

新年一発目。

「今日から3学期が始まりました」と、ニュースで言っていましたので、自分も疎かになっていた日記更新をはじめたいと思います。
今年2008年は、メジャーリーグファンならずとも、野球好きにとって楽しみな展開が予想されます。黒田選手はドジャースでどこまでいけるのかやら、福留選手はカブスで100年ぶりのワールドシリーズ制覇を経験するだろうやら、やっぱり日本人リリーフ陣がアメリカでの評価をさらに上げてくれるやら、そんな会話が新年会で繰り広げられている事でしょう。

20080108-00.JPGと、アメリカ球界日本ブームの中、ある事柄を初めて目にしました。
日本と違い、アメリカにはとてつもない数のプロチームが存在するため、ネット上に求人広告を出す事は良くあります。そこで、今年から元ロッテの小林投手が在籍するクリーブランド・インディアンスがマイナーリーグのアスレチックトレーナー募集を載せていたんですが、その詳細に「バイリンガル(二ヶ国語を話せる人)だとなお好ましい」と書いてありました。
この場合アメリカ球界で言えば、英語+スペイン語が当たり前ですが、その枠には「Spanish or Japanese」となっていました。
別にここで雇われたトレーナーが小林選手の通訳になる訳ではないでしょうが、インディアンスは確実に日本マーケットを意識しています。もちろん他チームも当たり前の様にアジア圏にスカウトを送り込み、日本をはじめ韓国や台湾に情報網を張り巡らしていますが、トレーナー求人で「日本語も喋れる人」と条件を出しているのは初めて見ました。個人的に、この求人で仕事を頂いた人が、はたして日本語を喋れる人なのか、今まで通りスペイン語も喋れる人なのか、はたまたトライリンガル(三ヶ国語)なのか気になります。求人は11月に掲載されていたのでもう決まっている事でしょう。それがわかり次第ここに載せてみたいと思います。

最後に私事ですが、今季の仕事が未だに決まっていません。実は、年明け前(早くて昨年8月頃)からいくつかおいしい話を頂いている訳ですが、自分の目指す条件、というか納得のいく環境を吟味し続けている結果、現在に至ってしまいました。たかが1年経験しただけで、ここまで偉そうになってしまうんですねー。困ったもんです。
昨年は2月に仕事が決まりましたが、それはアメリカで働く際に必要な就労許可証待ちをしていた矢先に、あるチームから内定をもらい、細かい話をしていくうちに、待てるくせに「待てない」となり、その後別の仕事を振られ、どうしようか悩み始めた翌日に「別の人雇った」となり、選択肢がなくなった途端にブルージェイズが拾ってくれたラッキー状態で遅くなりました。
今年は色々話があって嬉しいんですが、全ての話が一度に同じタイミングで来るはずがないので、最初の方にやってきた話には断りを入れている状態です。
というか、すぐにでも飛びつきたい話ほど、なかなか詳細の連絡が来ない、というのが現状です。
ふと思うのは、仕事によっては「日記書けなく成るんじゃないかな?」ってのもあります。ただ、自分が定めた目標を達成するには、インターネット上で自分の意見を発信する事は必要事項の1つであると思っています。
まー、焦らずにジックリやっていくだけ?ですかね。
今年もよろしくお願いします。

写真:去年はこのロッカーから。今年はどんなロッカーでしょう。


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2007年12月16日

薬物問題、大問題。

先日日本のニュースでも大きく取り上げられた、メジャーリーグ大物選手の薬物使用が確認された報告書の公開。特に自分が10月1日の日記にも名を上げた、300勝投手ロジャー・クレメンスが大きく報道されていました。歴代本塁打記録を更新したバリー・ボンズに続く、もしくは引けを取らない程の大物による反則行為に、本人は否定の方向でしょうが、ファンはさぞガッカリしたことでしょう。日本でプレーしていた、もしくは現在もどこかしらに所属している選手の名も多く見られたのは、日本野球界の薬物テストに対する「甘さ」なのかもしれません。
前々から名が挙がっていた、自分の遠い先輩ジェイソン・ジアンビー(写真は学生時代のもの)も再登場してしまいました。

20071216-01.JPG皆の入手方法は様々で、インターネットやら、知人を通じてやら、母国(主に中南米)で購入やら。NHKのニュースでも取り上げられていましたが、メキシコでは簡単に入手できるのも事実。地理的にアメリカと国境を挟んでつながっているメキシコは、近いと言う以前に、何の確認もなしに国に入れ、簡単な確認のみでアメリカに戻って来れる為、処方箋無し、医者の許可無し、薬局で普通に購入可能なステロイド等は、あっさりと手に入れられます。
ちょうど1年前に、メキシコのティファナという町を訪れたのですが、歩いて入国後即目に付くのは、周りのお店と比べてやけに小奇麗な薬局の目立ちっぷりです。他の食堂やお土産屋さんは、木造で何となく中米な雰囲気で陽気に客引きしてきますが、一方の薬局は、店先が前面オープンのコの字型で、キレイなガラス張りのショーケースにズラッと薬品が並べられています。お店の人もしっかりとした白衣を着ており、他のメキシコ人と比べると一目瞭然状態。そんな所にアメリカ人のスポーツ選手がふらっと立ち寄って、禁止薬物を購入していくそうです。特に高校生ぐらいな人も多いとか何とか…。今度行く機会があれば、絶対使用はしませんが購入してどんな物が写真を載せたいと思ってます。

メキシコ事情が長くなりましたが、こんな調子では、本当に北京五輪を最後に野球競技が消えてしまいそうですね…。クレメンス本人は五輪代表に非常に興味を示しているそうですが、今回の報告書によって実現する可能性はかなり低くなった事でしょう。


posted by harukijapanese1 |00:30 | 出来事 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2007年12月04日

星野ジャパン五輪出場歓喜の脇で。

まず最初に私事ですが、激動のマイナーリーグ1年目を終え、先月母国に帰ってきました。来季はまだ未定でして、現在は様々な可能性をじっくり検討しつつ、自分にとって最適な道を選んでいる最中です。現在あるオファーが全滅でもしない限り、来季も野球界に関わって行くつもりです。

20071204-00.JPGさてさて、話し変わって星野ジャパンですが、韓国戦は観ているこっちも緊張してしまいました。テレビ観戦でしたが、じっとしていられず部屋の中を行ったり来たり…。まさに国際大会でのライバル対決の醍醐味に引き付けられてしまった有様です。ダブルデイズの優勝決定戦も、ベンチからソワソワしていたかもしれませんが、そこはスタッフとして、いちチームメイトとして、どっしりと構え、それなりに声をかけ、プレー毎に一喜一憂していたつもりです。だけど今回のテレビ観戦の方が疲れました(一人で)。
そして昨日(3日)の台湾戦。初回しかテレビ観戦できませんでしたが、終わってみれば大差で勝利。「やっぱ日本はつえ~や!」と思ってダイジェストを見たら、途中で逆転されてるじゃないですか!完全アウェー+日本への対抗心は絶大ですね。
しかし満塁の場面で意表をつく同点スクイズ、その後即逆転。そしてその場面を演出してしまったのは、今年のチームメイト(エクステンデッドスプリングトレーニング中のみ)であり、ルームメイトでもあった耿伯軒(ケン・ポウシュアン:写真)。今年は腰の怪我でシーズンに出遅れ、回復後も予想されていたチームより一つ下のレベルに送られ、シーズン中も思う様な結果が出ずややもがいていた感がありました。ですので、敵国所属ながらも、こいつだけには期待を込めて好投を願ってたんですがー…。
日本ではほとんど報道されないに等しい、マイナーリーグシングルA所属の選手ですが、台湾では名の通った代表常連選手です。母国のバラエティー番組に出演する事もある程です。だからなんじゃいって感じですが、気がかりなのは五輪出場を逃したため、次の機会は他大陸代表チームも参戦する来年3月の大会。スプリングトレーニング真っ只中での代表参加は有り得るんでしょうか?そこで巻き返し、そして北京五輪での日本代表との再戦をぜひ観てみたいもんです。


posted by harukijapanese1 |19:51 | 出来事 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2007年11月11日

来年の日本人メジャーリーガーは。

まずいです。すっかりネタ切れで、更新が大幅に遅くなってしまいました…。とは言うものの、来季メジャーに挑戦する日本人選手のニュースで、毎日の様に何かしらの動きがあるように思えます。

広島カープの黒田投手に対して、なんと20もの球団が獲得に興味を示しているとの事。アメリカ野球界に数年携わっている知り合い曰く、手を挙げていない残りの10球団は、単純に考えて予算が少ないチーム(中西部にあるチーム、最近チーム名を変えたチーム、などなど)。どうやら我がブルージェイズも少数側に含まれてるだろうという予想です…。

そして多少別の話題ですが、一方でアトランタブレーブスがまたしても日本人高校生とマイナー契約を交わしました。ブレーブスは毎年の様に日本の若手に触手しており、現在でも2~3名の選手がルーキーリーグ、もしくはシングルAレベルでプレーしているはずです。
しかしいつも思うのは、日本人マイナーリーガーよりも台湾と韓国勢マイナーリーガーの成長の方が著しく感じます。その流れに従うように、あるチームでは中国語か韓国語が喋れるストレングスコーチやトレーナーを探しているらしいです。日本人はすでに溢れ返っていますけどね。
スプリングトレーニング中に自分のルームメイトだった台湾人選手の意見に限って言えば、彼らは本国のプロ野球をあまり良い目で見ていないらしく、プレーするなら日本かアメリカが理想な様です。なので自然とマイナーリーガーが増え、荒波に揉まれ、成長して行く訳です。日本人でもそれは可能なはずですが、なぜだか「マイナーの下の下からメジャーに駆け上がりその後大活躍」という選手はまだいませんよね。ダメだったら日本で挑戦する、と言う選択肢があるからでしょうか。自分が中学高校の頃は、マイナーリーグ契約を交わした日本人選手が多かった印象ですけど、彼らの名前はそれっきり聞かなくなってしまいました。でも韓国台湾系は上まで登りつめる事が多々ある。何の差でしょうかね?その代表格と言えば、ヤンキースの王建民(チェンミン・ワン)投手が有名どころでしょうか。

最後に、現在台湾で野球のW杯なるものが開催されています(第37回IBAFワールドカップ)。自分のチームメイトも、台湾代表やらパナマ代表やらアメリカ代表やらで、日々お国のために戦っております。興味のある方は「IBAF」とネットで検索してみてください。各試合の結果とともに動画も見れます。

posted by harukijapanese1 |18:15 | 出来事 | コメント(4) | トラックバック(1)
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2007年10月27日

現役引退選手の行く先。

前回の日記と同じ様な始まりですが、オフシーズンに突入したチームがほとんどの現在、日米共に来季の選手の契約状況、コーチングスタッフ陣の発表がネット上で確認できます。そこで一つ、自分としては非常に「気になる」事が起こりました。
それはソフトバンクホークス田之上選手の現役引退、そして「2軍コンディショニング補佐」に就任、というニュース。先に田之上の経歴をお伝えしますと、1989年にドラフト外で当時のダイエーに入団、2001年には最高勝率を獲得するなど、18年間ホークス一筋活躍された投手です。今回の引退発表後は即現場入りし、現在行われている秋季キャンプから早速指導を開始しているとの事。
日本と米国プロ野球界のシステム上、日本では現役引退選手が1軍2軍に関わらず、即コーチングスタッフに入閣する事は多々あります。一方米国では、メジャーリーガーを止めコーチに転向後も、マイナーの下のレベルから再びメジャーを目指す事になります。
日米どっちの方が良いか?と言う話以前に、米国には7軍程度まで下部組織が存在するからこの様になる訳でして、逆に言えば日本には2つのレベルのみなので、引退後再びトップレベルでコーチとしてやれる、という単純な感じだと思います。

ただここからが本題でして、コーチ、コーチと言っても、野球技術指導とは別物の「コンディショニングコーチ(チームによってはストレングスコーチ、トレーニングコーチと、呼び方は異なる)」は、現役を引退した選手が就任するのには「???」が付きます。元選手がやるのがオカシイと言っているのではなく、やるのがオカシイと言う事です。特に、その仕事がしたくて大学に通って現場で経験を積んで、という過程を数年かけてした人ら(自分を含む)にとっては、何となくしっくりこないはずです。
確かに、このトレーニング・コンディショニングという部門には、多少の決まり事、研究により証明された一般知識が存在しますが、大雑把に言って、怪我無く、選手の状態を維持、発達、そして結果が付いてくれば、どんなタイプのトレーニングをしてもそれで仕事が成立してしまいます。パワーをつけるなら、ダンベルを出来るだけ早く爆発的に動かせ、という理論もあれば、常にコントロールしながらできるだけゆっくり持ち上げろ、という理論もあります。理論は何百と存在するが故に、鍼灸師や医者の様に国家で定められた免許は有りませんし、学校に行かずとも、ある程度勉強すれば取れてしまう資格は多いです。よって、引退した選手がコンディショニングコーチにはすぐになれても、トレーナー、理学療法士、チームドクターにはすぐなれません。
何が言いたいのかと言えば、日本ではまだまだ馴染みが薄く、トレーナーと勘違いされやすいこの分野の知名度向上、成長、地位確立の為、もうちょっと時間を置いてから就任して欲しかったなー、が本心です。選手と深く関わるため人間性は非常に大事だし、長年の就労が可能なため人の入れ替わりが非常に少なく、選手になるよりも狭き門であるが故、一般公募せず、知り合いやら、俗に言う「コネ」やらで新任探しをするのが普通だと聞いた事があります。今回の田之上選手の場合も、18年もホークスにつくし活躍してきた選手だし、球団側も彼の性格と人柄を完全に把握しているがための決定と予想しますが、んー、なんかなぁー。
ただ、コンディショニング補佐との事なので、これから色々学んでくださいという意味もあるでしょう。
ただし、田之上選手が現役中に選手生活そっちのけで、めちゃくちゃ勉強してて今回の就任に至る、と言う事でしたら、それはそれで意見して申し訳ありません、としか言えませんけどね…。

posted by harukijapanese1 |13:28 | 出来事 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2007年10月23日

NYヤンキースや読売巨人の監督は大変。

アメリカでは(オカシナ呼び名の)ワールドシリーズが、日本では日本シリーズがもうすぐ開催しますが、これらに関係ない球団は来季に向け着々とスタッフの人選が行われています。悪い結果を残してしまったチームは、監督のみならず、コーチ陣にも解雇や降格の処分が下され、球団関係者も非常に忙しい時期でしょう。

そこで気になったのが、ヤンキースの名将ジョー・トーリ監督の辞任。確か12年の監督生活で12度ヤンキースをプレーオフ出場に導いています。素晴らしいじゃないですか!と思っていたら、結局は「ワールドシリーズ制覇12回」って訳じゃなく、ここ最近はリーグ優勝すら(?)していないので、チーム側からは減給単年契約で出来高付きのご提示。結果として彼に対する評価は下がってる事になりますが、30球団存在するメジャーで8チームのみがプレーオフ進出可能で、さらにプレーオフ出場にご縁の無いチームもある中、これは厳しいって思うのは自分だけでしょうか?

自分のいたマイナーチームとは、比べてしまっては悪い位、責任やら重圧の比が違うとは思いますが、我がダブルデイズの監督デニス・ホンバーグは就任後6年間で6度プレーオフ出場。地元アーバーンで彼を知らないファンはいませんし、その功績を称えられ、球場に隣接する選手、関係者用駐車場の道は「Holmberg Way」と彼の苗字が道の名前になったくらいです。今年を除き、過去5年は頂点に立てず、プレーオフの途中で敗退しています。だからと言って過去に、監督を変えようなんて話は無かったはずですし、むしろこれからもずっと続けて欲しいと最大の評価を受けています。
ま、要するに、ヤンキースの監督ってワールドチャンピオンに成り続けないとダメなんだなと、大変な職だなと、思ってしまう訳です。同じ様に、読売巨人もリーグ1位通過したのに、クライマックスシリーズという「運」も大事な勝利要素に入る短期決戦で敗退してしまったが為に、「よくやった」という声より、どこが悪かった、誰がブレーキ、今後誰が必要、って状態です。
ペナントレースの結果は監督の責任ですが、短期決戦も同じ様に扱ってしまうのは酷な様な…。一般企業と違う、多くの注目を集めるプロスポーツの世界ですら、これぐらい当たり前なんですかねー。でも予算と歴史のあるチームをトップに仕立て上げるのは、頭の毛が自然に抜け落ちる程の作業でしょうね。

posted by harukijapanese1 |15:48 | 出来事 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2007年10月09日

優勝祝賀会?

ダブルデイズがリーグ優勝したのはもう当の昔?の話ですが、まだ本拠地のあるニューヨーク州アーバーン市ではそれに関するイベントが行われているそうです。まず始めにですが、選手も監督もコーチも、誰も現地にいません。いるのはマスコットぐらいです。それでも、優勝記念セレモニーが市役所前で開かれれば、ファンが集結し、地元テレビ局に加え新聞記者達がインタビューをしていきます。こちらでその模様がご覧になれます。優勝の瞬間もチラッと見れますが、一人だけ短パンでいるのが自分です。探してみてください。
セレモニーは先月の話ですが、今月も引き続き優勝カップがアーバーン市内のレストランやショップに飾られ、マスコットと一緒に写真が撮れるそうです。興味のある方は是非行って見てください(そして実行した人はここに必ず書き込み願いします!そんな人はいないと思いますが…)。チームでは、優勝を記念してチームメンバーの名前入りのTシャツやパーカーが作製、販売されており、いくら小さなチームでもこんなところはやっぱりプロチームだな、と思います。

話し変わって、先週土曜にフロリダで行われていたインストラクショナルリーグ(秋季キャンプの様なもの)が終了しました。これで正式に今年のブルージェイズとしての行事は終了しました。あとはチーム側からの派遣ですが、選手個人でハワイウィンターリーグや、アリゾナフォールリーグに参加します。一方、ラテンの国々ではこれからウィンターリーグが始まり、年明けの1月に行われるカリビアンシリーズでラテンのチャンピオンを決定します。毎年、ドミニカ、ベネズエラ、メキシコ、プエルトリコの4カ国参加ですが、今年のプエルトリコは予算不足らしく不参加となりました。ちなみに、日本人メジャーリーガーのパイオニア野茂選手はベネズエラのカラカスという街にあるチームに参加します。自分がトレーニングさせてた選手も同じチームでプレーします。自分としては、冬の間は試合よりも集中的にトレーニングに励んで欲しいんですけどね。そいつは去年のウィンターリーグで肘を怪我して、今シーズンの半分はリハビリに費やしてましたから…。
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posted by harukijapanese1 |04:25 | 出来事 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年09月23日

シーズン終了。

「家に帰るまでが遠足」と小学校の時先生言われましたが、自分のマイナーリーグ1年目のシーズンも、通っていた大学がある南カリフォルニアに戻る事で終わりを迎えました。とはいえ、生まれがアメリカではない自分にとって、ここに家族がいるわけでもないので、また新たなアパートに入居し学生時代に戻った様な感じは否定できません。
マイナーレベルのストレングスコーチなら、どのチームも大体はシーズン契約なため、シーズンが終われば給料も出ないし、何のサポートも無い。来季の仕事もオファーがくるまで未定状態で、今度は少し上のレベルのマイナーチームに所属したいな~、という気もあれば、就労ビザ等の煩わしい問題に取り付かれない日本で就職するものありかな~、と色々な思いが交錯しています。今回の仕事が決まったのは今年の1月。次回の仕事も今の時期に早々と決まるわけがないと覚悟の上で、次は自分に何が必要なのかしっかりと考えながら日々過ごしていく予定です。それまで、自分の親友、様々な機会をくれた人々がいるここロサンゼルス周辺に2ヶ月程度滞在の予定です。

追記的ですが、帰りの飛行機では散々な目にあいました。まず、アーバーンから1番近いシラキュース空港での便が昼の12時過ぎ発なくせに、チームが出したバスで空港に連れて来られたのは朝9時頃。ロビーで3時間待ち。シラキュースからノースカロライナ州のシャーロット空港で乗り換え待ち4時間。待ちに待って飛行機に乗り込み、離陸前に機内で寝入った自分は、45分後に目が覚めるもまだ出発していない→??。その後機内放送で「エアコンの故障」が発覚し、1度飛行機から下ろされ別便で再出発も、予定時刻から2時間の遅れ(東海岸時間午後8時)。カリフォルニア州のロサンゼルス空港に到着したのは西海岸時間で夜11時前だったので、東海岸時間に置き換えると、翌日の午前2時でした。結局、アーバーンからロスまでに18時間を費やしましたとさ…。
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写真:クラブハウス内での記念撮影(自分は手しか見えてません)


posted by harukijapanese1 |12:18 | 出来事 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年09月19日

ニューヨーク・ペンリーグ制覇!

改めまして、我がアーバーンダブルデイズは、2007年のニューヨーク・ペンリーグチャンピオンという、最高の形でシーズンを終える事ができました。前回の優勝は9年前の1998年。しかしながらその時は、集中豪雨により追加日程無く止むを得ず「Co-Champions(2チーム優勝)」でして、単独優勝を成し遂げたのは1973年…。自分も生まれていない、実にウン十年前の出来事です。親チームが現在のブルージェイズになったのは監督デニスの就任と同年の2001年ですから、ブルージェイズにとっては息子の初の栄冠。更に細かい話をすると、1977年にトロント・ブルージェイズがメジャーリーグに設立されてから、傘下チームの優勝は、ルーキーリーグ(1982年)、ダブルA(2004年)に続き3度目だそうです。デニスに至って言えば、通算37年間の選手、監督、コーチ生活で初のリーグ優勝。そう考えると、チームスタッフの自分とトレーナーのダンは1年目でこんな思いをさせてもらい、本当に幸運としか言い様がありません。

20070920-00.JPG優勝を決め、カップが授与され、クラブハウスに戻ってシャンパンかけをしたわけですが、飲んでみると薄いリンゴジュースの様で甘い。良く見ると「アルコール分ゼロ」の表示が…。敵地だからなのか、今年からアルコール規制が厳しくなった米野球界の影響なのか、本数が少なかったのもあって、バカ騒ぎは10分程度で終わってしまいました。やっぱり本拠地の方が融通が利きますね。それからはフロリダから観戦に来ていたマイナーリーグディレクターが監督室に訪れ自分らを祝福し、メジャーやマイナー担当の記者がコメントを取りに集まり、チームスタッフとGMとオーナーと再び球場に出て記念撮影をしました。

そして、ここからがメジャーとマイナーの違いです。前出のディレクターはチームオフィスに電話をかけ、アーバーン到着後の予定、その後の各選手の帰宅方法などを確認。全てが整った後に、バスに乗り込み、球場隣のホットドッグ発祥の地「Nathan's(早食い競技が行われる所)」で食事をし、5時間の北上を開始しました。祝勝ムードも程々に、アーバーンに付けば皆各地に散らばって行く訳です。なぜこんなにも急ぎなのかと言いますと、ひとつはビザの問題があります。アメリカ人選手はもちろん関係ないですが、短期の就労ビザで米国内に滞在しているラテン系を主に、カナダ、台湾出身の選手らは「シーズン終了=ビザ切れ」という事実があり、野球をする事無く少しでも長くアメリカにいてしまうと「不法滞在」になってしまう為です。これがメジャーリーグレベルになると、貰えるビザの種類も違い、シーズン後も基本的には好きなだけアメリカに残れるという訳です。

さて、バス内で自分はいつも通り音楽を聴きながら途中から爆睡だったんですが、バス後方ではビール飲んで騒いでたやつらもいましたね。真夜中のアーバーン市内に入ると、パトカーがサイレン無しでライトを照らしバスを先導。球場に着くと、数名の球団職員をはじめ、熱心なファン数名とテレビカメラ1台が自分らを待ち構えていました。当日の新聞も既に出版されている時間で、スポーツ欄には「Champions」の文字がデカデカと。
それからというのも、飛行機で地元に、もしくは秋のフロリダキャンプに行く選手らクラブハウス内で空港送迎バスを待ち、車を持っている選手らは各自で一足先に散らばって行きました。

つづく


posted by harukijapanese1 |05:51 | 出来事 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年09月14日

プレーオフ決勝ラウンド第2戦 対Brooklyn Cyclones

更新が大変遅くなってしまいました。と言うのも、試合後は本当にバタバタしてしまい、やっと今落ち着いてパソコンをたたいている訳です。これだけで結果がどうなったのかお分かりと思いますが…。

リーグ優勝を決める最終ラウンドの初戦を、見事に本拠地で勝利したダブルデイズ。負けたブルックリンが試合後5時間の道のりを帰る中、ダブルデイズの選手らは自宅でゆっくりと休みを取り、翌朝9時半にアーバーンを出発となりました。昼過ぎの3時にブルックリンに到着した際には、空はどんよりとしており、今にも雨が降り出しそうな雰囲気。結局、雨は降りませんでしたが、球場が海沿いにあり、浜風が入り込んでくるのも重なって、肌寒い中での試合となりました。

ダブルデイズの先発シース(Brett Cecil)は左のエースであり信頼感は抜群。しかし、先頭打者の2球目にいきなりホームランを打たれるスタート。やはり彼でも当日は緊張した事と思います。しかしそれからの投球は人生最長の7イニングで今季最高の投球。ブルックリンは本気で優勝したいのかなんだか知りませんが、3番キャッチャーはカストロ(Ramon Castro)という現役メジャーリーガー。出場理由は、怪我によるリハビリ中で調整試合という事ですが、リーグ優勝決定戦に出すのはどうかと思いますけどね。とは言え、先ほども書いた通りシースは圧巻の投球を見せ、特にカストロに対しては全3打席でダブルプレー、三振、三振と完璧に押さえ込み、むしろ勢い付けさせてもらいました。

相手投手も小憎い投球で4回まで2安打のみの好投。試合が動いたのは5回表ダブルデイズの攻撃。プレーオフ3戦連続ホームランのイーモが四球で出塁後、元大学USAチーム代表キャッチャーのジェーピー(JP Arencibia)。やはりドラフト1位になるような選手は何か違う「モノ」を持っているのか、散々苦しめられてきた相手投手の緩いチェンジアップを豪快に救い上げ、レフトにあるスコアボードを高々と越える、逆転の2ランホームラン。超特大弾でした。相手もこれでガックリときたのか、次の回にディー(Darin Mastroianni)も2ランを放ち4対1と優勢に。シースに変わって8回、9回をリリーフしたアラン(Alan Farina)も相変わらず絶好調で、2回を5奪三振とまた好救援。最後の打者には鋭いスライダーで中途半端に振らせ試合終了。

その瞬間、ベンチとレフトファールグラウンド側にあるブルペンから選手が溢れ出し、マウンドに向け一直線。皆揉みくちゃになって重なり合って、人差し指を上に掲げながら小さくジャンプを繰り返し、気勢を上げ一人一人と抱き合いー・・・。と、とりあえず訳が分からなくなるくらい騒ぎまくりました。自分もコーチ陣の1人として選手の後から輪に加わろうとしましたが、優勝の瞬間はそれが抑えきれず、数名の選手よりも一足お先に輪に飛び込んで行ってしまいました(笑)。でも後から来る選手らに押しのけられる様に、結局輪の外に追いやられ、ほとんどが自分より背の高いやつらなので、中心に集まった人差し指の群れにも届かず…。何はともあれ、リーグコミッショナーよりカップが手渡され、皆で記念撮影し、クラブハウスに戻ってシャンパンかけ祝賀会。その1時間後にはバスに乗り込み、再び5時間かけてアーバーンへ向かいました。

つづく。
20070918-00.JPG


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