2007年06月13日

西武ライオンズが放っていた強烈なオーラ

新生球団、西武ライオンズが誕生した時、それは強烈なオーラに包まれてました。 

とにかくやる事が派手。 
ただその派手さの全ては敢えて見せない。 
見せない事での神秘性を狙ってました。 

「噂の凄いヤツ」  
そんなコンセプトで一環してました。 

他球団の有名選手達を根こそぎ獲得する。 
まずそれだけで大きな話題を呼びました。 

その象徴は阪神タイガースのスーパースター田淵幸一の獲得です。 

堤オーナーがライオンズを強さと品格を持つ球団にする為にどうしても欲しい選手、 
それが田淵だったのです。 
田淵にはその品格があったのです。 
全国にアピール出来て、日本人好みの品格がありました。 

ファンやマスコミはこのスター軍団が一体どんなチームになるのか 
大いに興味をそそられました。 
しかし敢えてキャンプやオープン戦は全てアメリカで行い 
日本ではその全貌を一切明かさなかったのです。 

国内ではあの西宮球場での阪急戦に平日に 
2万5千人を集めて一気に人気球団になりました。 

また本拠地の西武球場は大都会を敢えて避けて狭山丘陵に、 
自然の中に日本で初めてのメジャーリーグテイストの美しい球場を建設しました。 

これもコンセプトは「噂の凄い球場」でした。 

前身の西鉄やクラウンの脆弱な経営のイメージをアッと言う間に払拭し 
新しい経営者の堤オーナーの強さが全国的に世界的に知れ渡る事になり 
ライオンズに対しての斬新な経営戦略と共に 
西武王国、堤王国が始まったと思います。 

巨人との「球界の盟主争い」と言われた日本シリーズも 
西武王国の力強さを感じさせました。 

強いリーダー堤オーナーの存在も大きかったと思います。 
強烈なカリスマ性でチームにも球界も影響力があり、 
そのオーラでライオンズも包まれていて、またチームもオーラを発していました。 

しかし時代は流れていきます。 
ライオンズのコンセプトは「敢えて全部は見せない事に依る神秘性」だったと思います。 
またこれはパリーグだから出来たのだと思います。 

しかしパリーグであってもあれだけ強く、黄金時代も築いた事で、 
全貌が見えてしまった為に新鮮味に欠け、新興球団のイメージも時と共に無くなってしまいました。 
そしてコンセプトがコンセプトだっただけに、次の新しいイメージが今は見えてこない。 

九州には多くの熱いファンがいたし、OBもいるのですが、 
西武ライオンズがあまりにも新しい手法で経営をした為に、 
九州の泥臭いイメージと相容れない為に、取り込めていません。 

この歴史的な連敗は「新しい西武ライオンズ」が誕生する為の陣痛かもしれません。 

色んなところで痛みを伴う出来事も多々ありました。 
しかし一方で輝かしい実績も残しました。 

猛烈な勢いでライオンズは走り続けたと思います。 
黄金時代が過ぎても常にAクラス入りです。 

今はちょっと休憩して、またパリーグに新しい風を吹き込んで欲しいものです。 

http://www.geocities.jp/kuroharu1218/ (試聴HP) 




 

  

  

   
  

  
          
          
          
          
          
          
          
          
          
          
 
 
  

20070613-01.jpg



posted by 黒川治基 |02:09 | 野球 | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加