2008年08月18日
フジの柔道のオリンピック中継がひどくて、できるだけ見ないようにしていました。
古田さんは、「キャスター」という役回りは向いていないように思います。
相武紗希さんは、かわいいしスポーツ経験者ということで、あの席に座っているようですが、五輪の選手のストイックさを受け止める技量はないように思いました。
アナウンサーは、まるで素人だし。
井上康生さんは、もうちょっとちゃんと解説してくれたらいいのに。
古田さんのふった言葉に「そうですね」とか、「頑張ってほしいですね」とか。
そういうことで見ないようにしていたのですが、今、陸上をライブでやっているので仕方なくみています。
短距離の中継は、NHKの?アナと解説の伊東さん。
ずーっと中継しておいてくれたらいいのに、日本選手が走ったあとに、まるでお茶の間のような古田さんと相武さんの会話を聞かされる不愉快さ。
400メートルの予選が終わったあとも、古田さん、相武さん、女性アナの3人はしゃべっていて、実力者のアメリカのウォーリナーの走りがすごいと言っている。
実力のある選手は、1次予選を流して走っている姿をみて、「強い」とは思うけど、そんな感動していただいてもなぁ。
それから、音楽もよくないですね。
レミオロメンだったかな。
「あきらめないで」
でもさぁ、負けたときって、あきらめないと仕方ないときあるよね。
負けた選手に対して、「あきらめないで」って、人が言うことと違うと思う。
あきらめないかどうかは、自分で決めることやから。
テーマソングといいメインキャスターといい、ハマちゃん連れてくるところといい、酷すぎ。
中継がスタジオにきたら、すぐに消音するようにしています。
posted by hanako |11:17 |
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2008年04月27日
簡単に印象に残ったことを羅列します。
GP1万男子・
木原くんはすごい。
最初は外国人についていって、その後、離れるもズルズルと交代することはなく最後まで。
彼は、箱根駅伝の予選会でも、モグスが先行するなか2番を独走して最後まで走りました。
ペースメーカーがついたら、28分前半は十分に出せると思います。
GP1万女子
渋井さんが積極的なレースで、トップを走り続けました。
最後はフェリス選手と競って、同タイム着差ありでしたがA標準を大きく突破。
やはり日本記録保持者は違うというところをみせつけてくれました。
ゴールのあと、フィリス選手とハイタッチして喜びあうところをみて、さらに嬉しくなりました。
マラソンでは、思うように走れないことが続いて、ようやくトラックでスッキリのレースができたのではないでしょうか。
ほんとうに嬉しそうでした。
高校男子5000
福士くん優勝!
学年下の志方くんを抑えました。
昨年あたりからようやく実力発揮してきました。
兵庫にきてよかったと言ってもらえるように頑張ってほしいです。
高校女子3000
湯田さんが終始トップ。
最後は3年生にトップを譲りましたが、いいスタートをきれたようです。
福士くんも湯田さんも静岡県のご出身。
静岡県の方々にはちょっと歯がゆいかもしれませんが、もっている力をより伸ばすということで、前向きに捉えていただけたらと思います。
佐藤悠基選手も、佐久長聖での練習が力になったと言っていますから。
posted by hanako |23:00 |
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2008年03月24日
三大駅伝 1年生
2004年10月11日、出雲駅伝。
主な1年生で出走したのは、
阿久津くん(日大)、鈴木くん(駒大)、上野くん(中大)、北村くん(日体大)、松岡くん(順大)、佐々木くん(大東大)。
北村くんは2番目に長い3区8.5キロを走り、区間5位。
1年生のなかでは、4区の6.5キロを走った松岡くんが区間賞。
その他、1年生で駅伝デビューした上記の選手は、すべて区間5位以内です。
なんと素晴らしい。
2004年11月7日、全日本大学駅伝。
同じく主な1年生で出走したのは、
阿久津くん、上野くん、山本くん(山学)、松岡くん、北村くん、伊達くん(東海大)、佐々木くん、篠藤くん(中学大)。
こうやってピックアップしてみると、やはり1年生から駅伝を走る選手は違いますねぇ。
北村くんは2区を走って区間4位。
1位は日大のサイモンくん(1年なんですけどね)、2位は駒大の斎藤くん、3位は上野くん、4位が北村くん、5位が伊達くん。
松岡くんは1区で5位でした。
2005年1月2、3日箱根
20チーム×10人、200人の出走した選手のうち1年生は約20人。
1区は上野くんと城西大の森田くん、拓大の磯くん。
上野くんと森田くんはともに佐久長聖の出身です。
上野くんの箱根は、区間19位のほろ苦デビューでした。
森田くんは6位でした。
このうち2区を走ったのは、伊達くんと松岡くんと専修の座間くん。
伊達くんは区間2位で1区からトップの座を譲らず、往路優勝に貢献します。
松岡くんは区間11位。5区で今井くんの11人抜きで往路は4位でしたが、結果的に順大は2~4区で今井くんの「ごぼう抜き」の伏線を作ってしまうことになります。
この年は今井くんの「山デビュー」が鮮烈でしたが、1年生が3人、山に挑んでいます。
北村くん、佐々木くん、そして早稲田の駒野くん。亜細亜大の小沢くん。それから中央学院大の伊藤くんは、4年間5区を走ることになります。
区間順位は、1位今井くん、2位は同タイムで村上くん(駒大)、中村くん(中大)、4位が北村くん、5位が越川くん(東海大)、6位が佐々木くん。駒野くんは12位でした。
北村くんは、たしかこの年、腕か脚がけいれんして立ち止まっていたように思います。
大きなアクシデントかと心配しましたが、往路5位、復路3位、総合2位の成績に貢献します。
復路では、東海大の前川くん、亜細亜大の菊池くん、拓大の久野くん等が1年生箱根デビューをしています。
posted by hanako |11:33 |
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2008年03月23日
北村くんは日体大に進学しました。
「四天王」の伊達くんは東海大学、松岡くんは順天堂大学、上野くんは中央大学にそれぞれ進学しました。
高校の卒業前後に行われる、千葉クロカン、福岡クロカンの結果がわからないのですが、北村くんは2004年に世界クロカンに選ばれているので、たぶんいい成績だったのだと思います。
世界クロカンでは、ジュニア24位(日本人2位)だったようです。
このときの日本人1位は、佐藤秀和くんだと思います。
大学に入って最初の大きな試合は、関東インカレとなります。
参加標準記録をクリアするのが目標になる大学生も多いなか、1年生がいきなり活躍します。
(大学での記録は、おもにsaijoさんのサイトhttp://www31.ocn.ne.jp/~j_saijo/を参照させていただいています。
5000メートル1部で1位の伊達くん(14分32秒)に次いで14分09秒44で2位に入ります。
松岡くんは、14分11秒38で5位。
上野くんは、中大入学後すぐは故障していたと思います。
伊達くんは1万メートルでも2位と、入学後、いきなり絶好調です。
そして6月には兵庫県で開催された日本ジュニアにエントリー。
そのときの観戦記があるので、下記に貼り付けます。
男子5000
エントリーは13名。いつも観ている5000のレースとは人数が違うので、じっくり見れそうと思ったら、そういうわけにはいきませんでした。一度にたくさんの選手の動きをみるのは、やはり難しかったです。
藤原くん(中大)は、スタート後すぐに先頭に。横に並ぶような感じで13人の集団で動いていました。1キロは2分52秒。
1キロをすぎたところで、北村くん(日体大)が前にでます。
北村くん、佐藤秀和くん(仙台育英)、藤原くん、藤森くん(早稲田)が前に2列くらいにいました。先頭を引っ張るのは、北村くんです。2キロは5分45秒。
前から順に、北村くん、佐藤秀和くん、藤原くん、藤森くん、小野くん(前橋育英)、松下くん(埼玉栄)、石橋くん(早稲田)、佐藤悠基くん(佐久長聖)。
2.5キロを過ぎたあたりで、小野くんが集団の前にでます。小野くん、北村くん、佐藤秀和くん、藤原くんで1周くらいいきますが、3キロすぎで再び北村くんが前に出ました。3キロは8分44秒。
そして、集団がはじめてばらけて、山本くん(山学)と石橋くん(早稲田)が集団からはなれていきました4キロは11分38秒。
前から北村くん、佐藤秀和くん、藤原くん、小野くん、佐藤悠基くん、サムエル・ガンガくん(世羅高)、松下くん、森くん、藤森くん、伊藤くん(仙台育英)、松岡くん(龍大)、山本くん、石橋くんの順。(小野くんがもう少し後ろで、松下くん、森くんのあたりだったかもしれません。) 4キロは11分38秒。
4キロをすぎて、残り2周あたりから集団がさらに動きだします。5人くらいが遅れて8人の長い集団になります。藤原くんはたぶん、残り600くらいで離れたように思います。
ラスト1周あたりで、佐藤悠基くんが前にでてスパート。ガンガくん、森くんも前にでますが、バックストレイトでは佐藤悠基くん、佐藤秀和くん、北村くんの順で、スパートする佐藤悠基くんを追いますが、追いつくような感じではなく、北村くんは少しはなされる感じで最後まで行って、佐藤悠基くんは1位を確信しながら余裕のゴールでした。
(結果) 1位 佐藤悠基(佐久長聖高) 14分14秒63
2位 佐藤秀和(仙台育英高) 14分14秒92
3位 北村聡(日体大) 14分14秒92
4位 森誠則(諫早高) 14分17秒85
5位 藤森憲秀(早稲田大) 14分19秒20
6位 伊藤和一(仙台育英高) 14分23秒34
7位 松下朋広(埼玉栄高) 14分25秒09
8位 藤原章生(中央大) 14分31秒18
9位 小野裕幸(前橋育英高) 14分33秒20
10位 松岡悟司(龍谷大) 14分34秒89
11位 山本真也(山学大) 14分44秒50
12位 石橋洋三(早稲田大) 14分46秒56
サムエル・ガンガ(世羅高)14分20秒82
7月の日本5000メートルでは、ダビリくん、伊達くんに次いで3位(14分05秒02)と、順調に大学での競技をこなしていったようです。
posted by hanako |22:22 |
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2008年03月03日
プロ野球しかり、最近では箱根駅伝しかり。
テレビというメディアを使って、スポーツを大イベント化している日テレ。
「表」の中継だけではなく、取材の様子を取材するという「ウラ」番組を制作するなど、1イベント何度でも美味しいとばかりの報道の仕方には、かなりうんざりしている。
わたしは、箱根のあとは、あまり日テレを見ないようにしている。
24時間テレビでは、24時間で超長距離を芸能人に走らせて、「感動」を演出している。
日本で開催されている100キロマラソンの制限時間が14時間前後ということをわかっている者にとっては、「24時間で100キロ」の意味をどう理解していいのかわからない。
その日テレが2月17日に東京マラソンの中継をした。
日テレのアナウンサーが何人か走ったようだ。
わたしは関西なので、午前中までだったが、関東では夕方近くまで中継があったと聞く。
その後の日テレの番組で、アナウンサーが走った様子が映され、女子アナがやたら「感動、感動」と言っていた。
42.195キロという距離を走るのは、たしかに大変だ。
何時間かかったのかよく知らないが、最後まで走ったということであれば、そのことには、敬意を表したい。
ただ、日テレのアナということで、伴走者がつき、カメラがつき、目立つようにか緑色のビブスを着てと、特別待遇と一目でわかったであろうから、応援もひときは多かっただろう。
もちろん沿道の人たちは、走っているランナーすべてを応援していただろうが、「有名人、カメラ」とくればその応援の声は、一段と大きかったに違いない。
一般の大会で、仮装ランナーが大きな声援を受けていることを思えば、当然のことであろう。
そんな特別待遇で走り、人一倍の声援をうけ、完走して、それを「感動、感動」と言われてもなぁ。
大多数のランナーは、当たるかどうかわからないのに500円のリスクを覚悟で申し込み、当たったら当たったで、フルマラソンにしてはびっくりするような高額なエントリー料を払って走っているのだ。
もちろんフルマラソンにはそれぞれの「ドラマ」がある。
走る動機も違えば、目標も違う。
フルマラソンのスタートに立つまでの経過も人それぞれだろう。
それを広く口外することもなく、それぞれに受け入れているのだ。
「たかがフルマラソン」を走ったくらいで、「感動、感動」と言われてもなぁ。
それは、特別待遇のなかで走ったゆえのことなんだから。
もう少し、そういうところ割り引いてくれないかなぁ。
それをマスコミに求めるのは無理としても、やっぱりわたしは、マラソンを冒とくしているとしか思えない。
頼むし日テレ、スポーツをおもちゃにするのはやめてください。
posted by hanako |23:44 |
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2008年02月15日
昨年の紅白歌合戦は、紅(女性)、白(男性)のどちらが勝ったのか、わたしはそもそも見ていないので知らないのですが、たぶんそれを覚えている人は、あまりいないだろうし、覚えていたからといって何になるわけでもない。
巨人がリーグ優勝して、中日が日本一になったことを覚えていれば、何か役に立つこともあるだろうが、紅白歌合戦の勝敗などどうでもいい。
でも、なぜ紅白歌合戦が「合戦」であり、勝敗を決めなければならないのだろうか。
「大晦日に聞きたい歌ベスト50」で足りるだろう。
実際、歌う順番が男女交互ということを除けば、そういうことになる。
なのになぜ豪華審査員(その年、あるいは翌年のNHKにとって話題の人たち)を揃えて、審査をして勝ち負けを決めるのだろうか。
紅組が勝ったからどうってことはないし、白組が勝っても同じ。
でも、番組終了前の「勝敗」を決める瞬間は、それなりに盛り上がっているようだし、勝ったほうは嬉しそうだ。
何が嬉しいのかわからないけど、でも、点数が多く入る、「勝つ」ということは、意味がなくても嬉しいものなのだろう。
スポーツというものは、だいたいそういう人間の心理をついたものなのだろう。
単に走るというだけではなく、ここからここまでという距離を決めたとき。
そして、何秒で走ったかとタイムをとり始めたとき。
そして、チームを組んで合計タイムを測り始めたとき。
速かったらどうかということを抜きに、自ずと競争心、闘争心をあおられてしまうのだろう。
遅いことはだれでもできる、みんなが速く走れるわけではない。
「速く走る」ということに価値観がおかれて、みんなそれを目指す。
そこに「競走」というスポーツが生まれる。
人より速い、人とは違う自分、それを目指しているのだ。
「ナンバー1になれなくていい」という歌詞に感動しながら、その歌を聞いた2分後には、「どっちが勝つか」っていう勝負をしている紅白歌合戦に違和感がないのだから、人間って勝手なものだ。
それもいま一つというか、まったく基準のわからない「勝敗」をつけて盛り上がっているのだから。
「ナンバー1」ではなく、人とは違う自分。
できないことを目指している自分。
それがスポーツということか。
42.195キロを誰よりも速く走ることを目指す人。
人と競うのではなく、自分の自己記録と戦う人。
記録ではなく内容に価値をおく人。
「ナンバー1」を目指す、負けるより勝つほうがいい。
そういう原始的な感情がスポーツの原点なのかもしれない。
posted by hanako |01:22 |
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2008年02月13日
2月11日、姫路の書写夢前コースで開催される10マイルのロードレースです。
結果は、姫路市のサイトにでています。
http://www.city.himeji.hyogo.jp/kyo-sports/sinntyaku/roadrace/roadrace48.htm
例年は、とっても寒いのですが、今年はびっくりするくらい暖かかったです。
スタートとゴールしかみていないので、どういうコースかは知らないのですが、参加した選手のお話では、相当、タフなコースのようです。
今年は、青梅が中止になって、高岡さんが急きょエントリーされたためか、心持ち沿道の応援が多かったように思います。
都道府県女子駅伝の野口さん、大阪女子の福士さんというように、陸上もビッグネームが参戦すると、観客が多くなるようです。
レースのほうは、残り1.5くらいで高岡さんがトップに立って、余裕の優勝だったようです。
わたしは残り500メートルくらいのところでみていましたが、そのときにはすでに高岡さんのトップは確信できるものでした。
この時期のロードということで、大崎さんのようにびわ湖の調整で出られる選手もいらっしゃいます。
ゴールの東洋大姫路高校の敷地には、今、走っていた選手がそこここに普通にいらっしゃって、ただの陸上ファンのわたしはドキドキしてしまいます。
ミーハーに写真など撮れる雰囲気ではないのですが、表彰式だけは撮ってきました。
高岡さんは、レース終了後もたくさんの記者たちにかこまれていました。
posted by hanako |01:35 |
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2008年01月26日
2003年1月の都道府県男子駅伝の1区。
ここで素晴らしい走りをみることになります。
1位は松岡くん、2位は北村くん、3位は土橋くん、4位は3位と同タイムでさん三津谷くん、5位は高井くん。
ここまでが区間最高記録を出します。
上野くんは5区で区間1位、区間最高記録でした。
そして新学年になった春季記録会で、1万メートルで28分台を出すというこれまた快挙で、4月下旬の兵庫リレーカーニバルに出場します。
わたしはそのときの観戦記を書いているので、引用します。
西脇工業と報徳が9人ずつ、26名中18名が2つのユニホームで占めてしまうのが兵庫県ゆえにそういうことになるのでしょうか。
注目はなんといっても2週間前に1万メートルで28分台を出した西脇工業の北村くんの走りです。
2周目からトップに出て、北村くん、圓山くん(篠山産)、藤原くん(西脇工)、永井くん(西脇工)、山本くん(報徳)と、西脇工の濃紺(なのでしょうか?)のユニホームが前に固まります。最初の1周は67~68秒。1キロは2分50秒と、大会記録(14分16秒 奥田くん 1997年)が更新される予感は十分にありました。
4周目くらいまでは1つの大きな集団でしたが、5周目あたりから、先頭が6人になります。北村くん、藤原くん、東野くん、永井くん、山本くん、竹澤くん(報徳)。
そのあとに堺くん(飾磨)、坂口くん(洲本)、貝阪くん(西脇工)、石田くん(報徳)、越田くん(洲本)、石谷くん(報徳)。このなかでは、紺に大きな「S」マークの飾磨の堺くんが頑張っているという印象でした。
6周目から先頭が4人(北村くん、藤原くん、東野くん、竹澤くん)。さらに北村くんはペースをあげてひとり飛び出して、先頭1人にそのあと3人という状態でレースが
すすみませした。周回がすすむにつれて北村くんだけが先行していきました。
(北村くん)、(藤原くん、東野くん、竹澤くん)、(永井くん、山本くん)、(堺くん)、(貝阪くん、坂口くん、長谷川くん(西脇工)、越田くん)と飛び出した北村くん以下の状況です。
2キロは、5分40(2分50秒)、3キロは8分34秒、4キロは11分27秒(2分53秒)でした。北村くんはさらに66秒くらいまであげて、3位グループに堺くんが入って、順
位変動はありませんでしたが、最後で竹澤くんがスパートして2位集団のなかで1位になりました。北村くんは14分12秒で大会記録を塗り替えました。
このように2500メートルくらいからひとり飛び出し、そのままどんどん加速をしてゴールするというすごいレースでした。そしてあの「長崎総体」です。
http://www.pref.nagasaki.jp/yumesoutai/inter/index.html
1位 ジョセワト ダビリ(流経大柏 千葉)13分36秒14 大会新
2位 サムエル ワンジル(仙台育英 宮城)13分38秒98
3位 ジェームス ムワンギ(青森山田 青森)13分39秒00
4位 メクボ モグス(山梨学付 山梨) 13分45秒83
5位 上野裕一郎(佐久長聖 長野) 13分51秒99
6位 伊達秀晃(大牟田 福岡) 13分55秒95
7位 北村聡(西脇工 兵庫) 13分57秒19
8位 松岡祐起(洛南 京都】 14分9秒83
9位 佐藤悠基(佐久長聖 長) 14分13秒64
10位 佐藤秀和(仙台育英 宮城) 14分14秒98
この結果をみたとき、長崎で一体なにが起こったのかと思いました。
13分台が3人ですから。
1~4位の外国人選手を除けば、5~8位が同じ学年で四天王。
9、10位がW佐藤。
まさに役者が揃ったという感じです。
posted by hanako |01:48 |
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2008年01月25日
1月20日に行われた都道府県男子駅伝の兵庫の最終区(7区)の北村くんは、1位の長野とは2分3秒、2位の愛知とは1分52秒、3位の秋田とは18秒差でで襷を受けました。
5位の埼玉とは1秒差、6位の岐阜とは3秒、7位の大分とは8秒と、以下、神奈川、佐賀、熊本と、11秒、12秒、13秒と10位までの差は僅差で、中継では「入賞争いが面白くなる」というアナウンスがされています。
北村くんを含め「4位集団」の7人でレースが進むのかと思えば、北村くんは「入賞争いは自分の居場所ではない」という雰囲気で積極的に前に出て、すぐに秋田の松宮佑行くんを抜き、は北村くんについた熊本の河添くんも早々に離して、2位の山本くんを追いました。
北村くんは、区間2位の河添くんに17秒、3位の世界陸上代表選手の三津屋くん(トヨタ自動車九州 福岡)と19秒の差をつけての区間賞。
すばらしい走りでした。
北村くんは、お正月の箱根駅伝で、3年間5区をまかされ、ようやく4年で2区にエントリーされました。
箱根は区間8位と、北村くんにとっては不本意な結果だったと思いますが、それを払拭するような走りでした。
箱根4回はだけではなく、北村くんは、出雲駅伝にも日本大学駅伝にも4年間すべて、つまり3大駅伝をそれぞれ4回、走っていることになります。
それだけでも、十分すごいのに、今年の箱根は区間8位でしたが、それ以外は、すべて5位以内に入っています。
通年を通して強い選手だったということが、それだけでも十分に伝わってきます。
このデータは、「古豪中央大学陸上部 応援ホームページhttp://homepage2.nifty.com/chuo84/の大学別3大駅伝成績をもとに書いています。
12回の駅伝にすべて出るということはどれだけ難しいかというと、まず、チームがすべての駅伝の出場権を有していないといけないという、根本的なところがあります。
中央大学の上野くんが12回の駅伝に出走できる条件がそろっていましたが、2006年の出雲を走っていません。
上野くんも区間賞やそれに近い成績ですが、ただひとつ1年のときの箱根が19位と、ふるっていません。
東海大は2005年、2006年に全日本大学駅伝に出場していませんが、伊達くんが1年のときの出雲に出ていない以外は出ています。
伊達くんの区間成績も区間賞ありで5位以内ですが、唯一、2年の箱根が区間18位となっています。
中央学院大の篠藤くんは8回、、大東文化大の佐々木くんは9回と、出場権のある駅伝はすべて出走しています。
日大の阿久津くんは12回のチャンスがありましたが、2回、補欠になっています。
12回の駅伝、すべてに出て、エースとしての走りをしてきた北村くんの凄さを感じます。
以下はHYOGO TRACK & FIELDのサイトを参考にさせていただいています。
[http://www.hyogo.michezo.org/athletics/index.php?Wiki%A1%F7%CA%BC%B8%CB%CE%A6%BE%E5
わたしが北村くんを初めて見たのは、北村くんが高2のときでした。
ただ、それはわたしが気付いていなかっただけで、高1のときからすでに活躍していました。
高1で出場した全国高校駅伝では5区(3キロ)を走り、区間賞。
西脇工業も仙台育英、九州学院に続いて3位に入っています。
2002年、高2の全国高校総体。(茨城総体のサイトより。http://www.edu.pref.ibaraki.jp/board/soutai/inter/index.html
コピーして編集しました。以下も同じです。
1 ジョセファト ムチリ ダビリ 流通経大柏(千葉) 13分42秒09
2 ジョン カリウキ 滋賀学園(滋賀) 13分44秒61
3 サムエル ワンジル 仙台育英(宮城) 13分44秒80
4 中山 慎二郎 九州学院(熊本) 14分 9秒47
5 今井 正人 原町(福島) 14分 9秒82
6 三津谷 祐 尽誠学園(香川) 14分11秒56
7 北村 聡 西脇工(兵庫) 14分12秒18
8 松岡 佑起 洛南(京都) 14分12秒70
9 稲垣 晃二 西脇工(兵庫) 14分13秒65
10 土橋 啓太 大牟田(福岡) 14分14秒88
11 中村 泰之 常葉学園橘(静岡) 14分17秒43
12 鷲見 知彦 豊川工(愛知) 14分18秒33
13 長門 俊介 諫早(長崎) 14分22秒86
14 池辺 稔 倉敷(岡山) 14分28秒80
15 阿江 匠 西脇工(兵庫) 14分29秒99
16 高井 和治 白石(佐賀) 14分31秒31
17 川南 友佑 上野工(三重) 14分38秒08
18 加藤 一機 米子松蔭(鳥取) 15分 0秒43
外国人選手が複数で総体に出場するようになった頃だと思います。
上位3人が13分42~44秒。
日本人選手が14分9秒というレースでした。
佐久長聖→中大の上野くんは、予選3組9位で決勝に進んでいませんでした。
2002年、高知国体 少年男子Aで土橋くんとともに高校新を出します。(高知国体のサイトより。http://www.pref.kochi.jp/~kokutai
1 ジェームス ムワンギ 青森 青森山田高 13分42秒58
2 ジョセファト・ムチリ ダビリ 千葉 流通経大柏高 13分43秒03
3 土橋 啓太 福岡 大牟田高 13分44秒91 高校新
4 北村 聡 兵庫 西脇工高 13分45秒86 高校新
5 保科 光作 宮城 東北高 14分 0秒43
6 三津谷 祐 香川 尽誠学園高 14分 1秒42
7 高井 和治 佐賀 白石高 14分 1秒68
8 加藤 一機 鳥取 米子松蔭高 14分 2秒08
9 長門 俊介 長崎 諫早高 14分 3秒80
10 本多 浩隆 山口 下松高 14分 4秒48
11 今井 正人 福島 原町高 14分 7秒44
12 鷲見 知彦 愛知 豊川工高 14分 7秒49
13 板倉 具視 京都 立命館宇治高 14分13秒11
14 大野 龍二 鹿児島 鹿児島実高 14分22秒98
15 池邉 稔 岡山 倉敷高 14分25秒59
16 森 勇基 岐阜 中津商高 14分27秒27
17 川南 友佑 三重 上野工高 14分45秒89
18 北島 寿典 群馬 中央高 14分47秒72
タイムからすると、外国人選手に先行されずに走ったということになります。
その年の全国高校駅伝では、北村くんは1区を走って区間5位。
西脇工は、区間賞なしにもかかわらず優勝という、外国人選手で先行する高校と対照的なレースをします。
2002年の高校駅伝の記録が調べきれなくて、申し訳ありません。
長くなるので、以下、ページを変えて書きます。
posted by hanako |18:09 |
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2008年01月15日
徳本さんがご自身のブログで書いてられます。
http://blogs.yahoo.co.jp/ithizen1/MYBLOG/yblog.html
これまでどういうものを読んでもスッキリしなかったのですが、ようやくわたしの気持ちに近い考えに触れられました。
昨年の日本選手権で、彼女は豊田自動織機のブルーのユニホームで走ったのですが、わたしの席の近くには、おそらく動員されたであろう会社の応援の人たちが陣取って、応援していました。
レースが終わったあと、小林さんはその席にやってきて、「応援ありがとうございました」とあいさつし、応援の方々と記念撮影するなど、気を遣ってられました。
そのときは、まだ実業団登録ということは問題になっていなかったように思うのですが、岡山大学の学生さんと思っていたわたしは、ブルーのユニホームや応援の人たちに気を使う姿に違和感をもちつつ、企業の支援を受けている限り、当然のことであり、中学、高校と彼女の姿をみてきて、また新しい一面をみたような気になっていました。
その前の4月、兵庫リレカでのインタビューで、「自分の選んだ道(大学に進みつつ、競技を続け、企業の支援を受ける)でやっていけるように頑張る」と、力み気味に言っていたことを思い出しました。
やはり、大学進学を言ったあとに実業団に所属ということで、一悶着も二悶着もあったのかもしれないですね。
先日の女子駅伝で、区間賞インタビューで涙ぐむ様子に、走ることに対する彼女の本質をみたように思います。
世界という舞台で活躍してほしい。
ほんとうにそう思います。
(アスレティックスオン SNS 再掲)
posted by hanako |09:10 |
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