2008年04月11日

今の日本代表って?

しばらく書いていなかったのですが、理由としてはオシムさんが倒れて、岡田監督になって、様子をみていたためです。
監督が変わっていきなり何かコメントをするのもどうかと思ったので…

W杯予選の2試合を含めて、今までの試合を見た感想ですが、「思った以上に前監督の考えが伝わっていなかったんじゃないかな?」という事でした。
試合を重ねるごとに試合内容の質が下がり、最終的にはバーレーン戦のような「考えて走る」サッカーでなく、「考えもなく蹴る」サッカーとなってしまい、敗戦という残念な結果となってしまった。

その最大の要因としては、すべて監督任せという感じで、昔と比較すると、選手同士のコミュニケーションがなくなったというか、自主性がなくなってきたのかな?と思う。
ジーコの時は選手同士で戦術の確認をする事もあっただろし、トルシエの時はユースの時の小野-本山、アジアアップでの名波-中村という左サイドを起点としたホットラインがあって、選手同士の連動性があり、監督の考えプラスアルファを体現していたのではないかと思う。
昔の事が美化されがちである事を差し引いても、今はホットラインという息のあったコンビが少なくなってしまったのではないかと思う。(タレントだけの問題じゃない気がします。)
代表のメンバーがコロコロ変わる状況で意志の疎通が難しかったのかもしれないが、それでも全くそういったものが見られないのも問題だと思う。

岡田監督の評価はまだできる状態ではないと思っている。というのも、何の策を打っていないからで、前監督の戦術の浸透ぶりを確認したのではないかという感じがした。
といっても、カタールバーレーン戦までの準備期間を無駄にしたという部分は、責任があるとは思うが…

結果としては、一から再度作り直す必要があると再認識した上での今回の発言なのではないか?と思う。
管理サッカーは今の日本と岡田監督の能力を考えたらごく自然の事じゃないかと思うし、まだ個々のアイデアに頼るレベルに日本は達していないのではないかと思う。
徹底した組織での戦い、そして多くの決まり事をベースにチームを連動して動かすような形を作った上で、その後バリエーションを増やしていくようなやり方が今の日本には合っているのかもしれません。
今の名古屋グランパスの「徹底した両サイドからの崩し」が好例で、あのようなサッカーが日本的なのかもしれない。といっても名古屋のようにトップに長身の計算できるFWがいないので、同じサッカーはできませんが…
「世界を驚かす」のであれば、独創性というよりも、相手をトコトン研究して、相手の弱点を徹底的につくような頭脳的なサッカー、もしくは極限にまで統一された組織サッカーで世界を驚かせる方が現実的じゃないのかな?と思ったりもします。(極端な話ですが、それ以外で世界を驚かせる事って難しいと思う。)

「監督が変わったらチームも変わる」のは事実だが、まずは岡田監督が監督らしい事をして、その上での結果を見てみたいと思う。
監督としての能力に多くは期待していませんが、格好いいサッカーはできないにしても、日本人の身の丈にあったサッカーをできる能力はあるのではないかと思う。

まだ手遅れというわけではないが、かなり切羽詰った状態である事は間違いないので、それを選手がしっかりと認識して、「監督に任せっきり」というのではなく、自主性を発揮して、「どうすれば点がとれるか?どうすれば点がとられないか?」という事を真剣に皆で考えて取り組んで欲しい。
監督の能力は世界的に見れば、大したレベルではないので、それを補うためにも選手同士が知恵を出し合いながら、よりいいチームを作っていくために全力を尽くせば、少なくともカタール戦のようなサッカーにはならないと思う。

だんだん日本代表のユニフォームが軽くなってきているような気がする。代表として戦う事の重みを感じて、何としても勝つ、勝つために最大の知恵を絞り、力を発揮する事を選手全員が感じてくれるとうれしく思う。気持ちは見ている人にも伝わるもので、それが今の日本代表の人気低下につながっているような気もする。
精神論を語るつもりはないですが、気のせいじゃないような気もします。

ダラダラと長くなってしまったので、この辺にします。
もし、読んでいただいた方がいたら、まとまらない文章で読みづらくなってしまい、申し訳ありません。(久々だったので、いろいろ書いてしまいました。)

  • 共通ジャンル:

posted by hanakerose |19:20 | サッカー | コメント(26) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加