2007年12月15日

(行者偶感)プロ選手、山口素弘が引退。

 速報的な記事になりますが、長年応援していた元日本代表MF山口素弘選手が引退しました。

 引退と知った時の落胆から、自分がいかにモトさんのプレーを頼りに生活してきたのかを思い知りました。

 初めてモトさんをTV観戦した広島戦。当時素人ファンであった私にはディフェンシブ・ハーフという聞きなれないポジションで、オフト代表で名を馳せた森保選手を上回る技量の持ち主として紹介された男前に一目ぼれしてしまいました。

 あれから15年、容姿はもちろんのこと(笑)、それ以上にプレーやたたずまいというものに魅かれ、雑誌のインタビューでの知的かつ冷静なコメントに共感し、毎日「山口、山口」と言って暮らしてきました。

 思い出深い彼のプレーそして経歴。Jリーグで唯一「潰れたクラブ」のキャプテン。解散決定後、無敗で消滅したチーム、このときはJの覇者、磐田と鹿島を破っての賜杯です。名古屋、新潟、そして最後は横浜に戻ってきましたが、いつも彼の腕にはキャプテンマーク。

 宿敵・鹿島戦でのミドルシュートによるハットトリック、アジア王者を争ったタイファーマーズ戦でのダイレクトのスーパートラップと起死回生同点ゴール。J最後の試合では、王者浦和にベテランの矜持を見せつけました。

 そして代表での、あの韓国戦のループシュートとイラン戦の決定的なインターセプト。代表デビューのナイジェリア戦での果敢さ、イングランドのカップ戦での充実ぶり。ブラジルからあわやゴールを、というシーンもありました。

 長々となってしまいそうなので、最後にモトさんの人となりが出ているのではないかというエピソードを一つ。

 97年のW杯予選で代表が苦しむ中、代表のUAE戦を前にしてモトさんは、フリューゲルスの試合に出場しました。「僕が契約しているのはクラブ」と当時の岡田代表監督に言ったとか。

 98W杯出場は至上命題、代表最優先の当時の世論・風潮の中で、クラブを優先したモトさんにサッカーマンとしての信念を私は感じました。 


 長い間一人のプレーヤーの存在に本当に沢山の喜びと励ましをもらいました。そのことを思う時、プロとはなんたるかということにも思い至ります。

 私にとっては彼こそが「プロ」選手でした。モトさん、本当にお疲れ様でした。

 そして「次」を期待しています。「オヤジ」の果たせぬ夢、リベンジを期待しています。

posted by gyoja_busyo |19:03 | サッカー | トラックバック(0)
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2007年12月05日

(行者偶感)HERO’SはPRIDEを越えれない

 HERO’SはPRIDEを越えることは出来ない。それは大衆的なムーブメントとして、という意味においてである。何故か。目新しくないからである。


 「今年の年末は、PRIDEばっかりやろ」

 数年前の職場の先輩の言葉である。かのPRIDE、K-1ダイナマイト、猪木ボンバイエの三大会が同時に地上波で放送され、格闘技イベントが紅白歌合戦を食ったあの年の師走の某日。

 彼の「PRIDEばっかり」という言い方に引っかかったが、すぐに合点がいった。格闘技に関心の乏しい彼は、PRIDEというイベントタイトルを総合格闘技の競技名称として用いたのだ。

 それは誤認だったのか、

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posted by gyoja_busyo |15:31 | 格闘技・プロレス | トラックバック(0)
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