2007年12月05日

(行者偶感)HERO’SはPRIDEを越えれない

 HERO’SはPRIDEを越えることは出来ない。それは大衆的なムーブメントとして、という意味においてである。何故か。目新しくないからである。


 「今年の年末は、PRIDEばっかりやろ」

 数年前の職場の先輩の言葉である。かのPRIDE、K-1ダイナマイト、猪木ボンバイエの三大会が同時に地上波で放送され、格闘技イベントが紅白歌合戦を食ったあの年の師走の某日。

 彼の「PRIDEばっかり」という言い方に引っかかったが、すぐに合点がいった。格闘技に関心の乏しい彼は、PRIDEというイベントタイトルを総合格闘技の競技名称として用いたのだ。

 それは誤認だったのか、

「ソウゴウカクトウギ」と発することの面倒さからくる確信犯だったのかは定かではない。が、彼のようにPRIDEという名を総合の象徴として認識していた人は少なからずいたのではないか。

 その頃は私も「PRIDEってどんなん?」との質問に受ければ、「真剣勝負のプロレスですわ。蹴っても投げても、何でもあり。」と、PRIDEのイベント概要ではなく総合のルールを大雑把に説明して聞き手の了解を得たものだった。PRIDEが総合の代名詞であったことをもの語る一つのエピソードである。

 かの年の前後、つまり2002年から2005年あたりの格闘技ファン以外をも巻き込んだ総合の一大ムーブメントは、何よりも総合という一般大衆にとって目新しい鑑賞スポーツへの関心、好奇心が大きな起爆剤ではなかったか。

 横綱・曙の参戦や、桜庭和志という日本人スターの存在も要素の内の一つであったが、この頃の総合格闘技には、ちょうどサッカーがプロ化した時の雰囲気、あえて言えばバブル感があり、これを盛り上げ上手なフジTVが拡大させたように思う。


 冒頭言った、PRIDEを越えなれないのは、HERO’Sだけでなく、立ち上げが発表されたWVRにしても同じことが言える。目新しさのない、これまでと同じ形態の総合格闘技イベントを行えば、固定客とそれなりの「戻り客」を得ることはできるだろうが、紅白歌合戦を越えるというような大それたものにはならないだろう。

 ふさわい規模での興行とファン層、それなりの放映枠。総合の地道な発展を見守るのが真摯な総合ファンのあり方だろうという声も聞かれるかもしれない。正論だろう。また、階級制の整備、安全性への配慮を通じてスポーツ競技として、総合を確立させるべきだという意見もあるかも知れない。
 
 が、視聴率20%を超える金曜八時のあの熱狂を知る身としては、総合が人気の娯楽として根付き、職場や学校で勝敗予想などを語らいながら、次の大一番を胸ざわつかせながら待つ、そんな光景をつい夢想してしまうのだ。

 「巨人・大鵬・玉子焼き」という「国民的」と冠がつく画一志向(嗜好)の時代に日本社会が戻ることはないだろうが、現在でも多くの国民の関心をひく鑑賞スポーツが存在するのも事実である。新しい仕掛けの総合がそのようなムーブメントを起こすことは出来ないか。

 その意味で、先日、HERO’Sを代表する谷川貞治氏が「新しい総合格闘技のコンテンツを」と語ったのが非常に興味深い。それはUFCにおけるTUFのようなものなのか。「ガチンコ!」でリアリティショーの成功事例を持つTBSであれば考えられるセンだ。

 が、この行者としてはこの「新しい総合格闘技のコンテンツ」がアメリカの先例のごとく、リーグ戦による継続性のある闘いであることに期待したい。「抗争劇」なる言葉のごとく継続性のあるものは、ドラマを生みやすい構造を持っている。

 ということで、以前、本ブログにて【総合2.0】と称して断片的なアイディアを披露した「総合リーグ構想」とそのシステムについて、コメント欄にいただいた、きびしいご指摘も踏まえた上で、次回に再度そのお話させていただいたいと思います。


 ご参考に→ 過去のエントリー【総合2.0】って何だ

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posted by gyoja_busyo |15:31 | 格闘技・プロレス | トラックバック(0)
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