2007年11月28日

(行者偶感)思い出プロレス・逆転!ジャンボ鶴田のオーッ!!その時歴史が動いた

鶴田 平成のプロレスファン、総合ファンの諸君らは、今は亡きジャンボ鶴田というレスラーにどのような印象を持っているだろうか。

 優れた身体能力、アマチュアレスリングでの実績。そこから類推してセメントでも一級の実力者では?という憶測をする御仁もおられるかも知れない。

 が、我々昭和のプロレスファンが見ていたジャンボ鶴田は、「善戦マン」の名のとおり今ひとつ冴えない、トボけた二代目であった。そう、ある時点までは。
 
 *善戦マン  若き日のジャンボのニックネーム。伊東四朗の人気バラエティ『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』のキャラクター「電線マン」をもじったもので、善戦するが勝てないの意。

 赤いパンツのノンキ者、その二代目の得意のパフォーマンスは、皆さんご存知の「オーッ!」だ。ジャンピング・ニーパットで敵を蹴散らしては右手を上げて「オーッ!」。時には頭を掻きむしる意味不明のアクション付きで、本当に頭は大丈夫かと少年行者は心配したことさえある。

 この「オーッ!」には、解説席のG馬場社長が「余計なことをせずに早く次の技に行け」とお小言をもらしてられた。そしてその不満は、社長のみならず、会場やお茶の間の不満でもあった。プロレスは真剣勝負、勝ちにこだわるべきだ。そんな声が聞こえそうなジャンボの「オーッ!」だった。


 さて、80年代初頭は「過激なプロレス」の新日ブーム、そしてこの落とし子とも言えるUWFの登場と、ジャンボ所属の全日本プロレスには向かい風の状況にあった。米国に強力な招聘ルートを確立していたこともあって、全日本プロレスのイメージはアメリカンスタイル。

 当時のプロレスファンの中では、「全日=アメリカ的=ショー的」というイメージがかなり一般化していたように思う。一方の図式は「UWF・新日=格闘技的=真剣勝負」というもの。馬場社長の「プロレスと格闘技は別」との見解もこの認識を補完してしまった。

 (このあたりは、少なからず行者の主観も入っているので、必ずしも正確無比なものではないが、80年代半ばまでの雰囲気を知る人であれば、上の図式が当時のプロレスファンの気分からそれほど離れていないことを認めてもらえると思う。)

 そんな雰囲気の中で、そろそろエースとしての貫禄が欲しいジャンボが相変わらずの「オーッ!」だから、会場にはついに失笑が生まれ、あろうことかジャンボの「オーッ!」を真似る輩まで現れた。

 ジャンボは後に米国で大学教授にもなる知性の持ち主。ただのノンキではない。そんなジャンボが会場からの揶揄に気づかないわけがない。そこでジャンボはどうしたのか。「オーッ!!」のお返しである。それもより一層大きな。

 「何がストロングスタイルだ!何がUだ!俺はジャンボだ!レスリングで俺に勝てるンか!?オラッ!オラッ!オーッだ!!」

 あたかもそう叫ぶような、この怒髪天を衝くメッセージに会場は肝を冷やして、そしてジャンボに跪(ひざまず)き、この「怪物」を崇拝しはじめたのだ。プロレス的と嘲笑の的であったジャンボの「オーッ」の価値が逆転した瞬間。この時、歴史が動きました。

 この一件が「プロレス的で何が悪い!?」という新たな価値感を生み、後に、いわゆる「純プロレス」なる言葉を生んでいくことになったのではないかと思う。「王道」という言葉が強調されはじめたのもこの頃ではなかったか。

 その後「善戦マン」は「怪物」と化して、そのバケモノぶりで日本プロレス会を恐慌に陥れていくことになるが、その端緒は怒りの「オーッ!」にあったように思い出すのである。

怪物否、若大将、安らかに。

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posted by gyoja_busyo |13:29 | 格闘技・プロレス | トラックバック(0)
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