2007年11月15日
(行者偶感)思い出プロレス・荒鷲の優しさ
かつて昭和の金曜午後八時。格闘ロマンと興奮の坩堝の時間にも、会場で、そしてお茶の間で男たちが嘆息をもらす瞬間があった。 それは「世界の荒鷲」こと坂口征二が相手のバックをとり、その身を軽々と持ち上げた瞬間だ。「嗚呼、またアトミックドロップだ。。。」 バックドロップというプロレスの王道、大技を繰り出すことなく、相手の尾てい骨に痛打を与える一撃を毎回選択する荒鷲。この技を食らった外人レスラーが尻を押さえて飛び跳ねる様。まるでカマを掘られたノンケのようだ。 荒鷲の十八番は、四角いジャングに「過激なプロレス」とは一線を画すコミカルなシーンを召喚するのである。 が、今日、97年のWWFのカミングアウト、高橋本の暴露によって、プロレスが何であるかを認めさせられた我々は、あの日の荒鷲のアトミックドロップに別の感慨を抱く。 ご本人の腰痛をおいても、トップスターにして経営陣の一人である荒鷲が、興行の中で選手を傷つけることなど、許されることではなかったのだろうと。 2メートル近い荒鷲が、持ち上げた相手をハイスピードで後方に投げつけたなら?それはきっと担架と救急車の世界だろう。ありえる話だと思うヨ。荒鷲が相手から「人間不信」の言葉を頂戴しかねない。 そう言えば、荒鷲はいつも試合中は億劫そうな顔をしていた。男が「仕事」をしている時は、たいていそんな顔をしてるんだろうなあ。 そんな荒鷲が自らタブーを破り、バックドロップを放ったシーンを金曜八時に一度だけ見たことがある。その時の会場の驚嘆、どよめき。お茶の間にも響いたことだろう。 放心する小生の横で父が「やれるじゃないか!坂口!」と満足そうに独りごちたのを思い出す。凡夫として暮らす彼は、でしゃばらない荒鷲に自分の姿を重ねていたのかも知れない。 本稿を綴る際にネットで調べたのだが、このバックドロップの洗礼を浴びたのは、かのアニマル・気合・浜口選手のようだ。荒鷲の禁じ手は、信用できる受け手のみに使われたということか。アニマルは、ドラゴンの大事な復帰第一戦の相手を務めた男でもある。 現在、荒鷲二世が総合格闘技の世界で奮闘しているようだ。いつか真剣勝負の舞台で、父親譲りのジャンピングーニーパットを、アトミックドロップを、そして禁じ手バックドロップを、と彼に期待するのは、昭和のプロレスファンの悪い癖かも知れない。 (敬称略) ~人気blogランキング登録中です。→Click here プロレス記事多数。行者の雑念ブログ、【行者のログ道★迷い筆】はこちらから→Click here }}
posted by gyoja_busyo |06:04 |
格闘技・プロレス |
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