2008年10月11日

大分国体にも台風がその3

 大分国体が終わりました。台風の影響がありましたが、本日開幕した障害者スポーツ大会では遠慮してほしいと思います。
 前回、昭和54年「日本のふるさと」宮崎国体でも台風直撃を受けたことを話しましたが、平成4年「夢きらめいて宮崎の空の下」全国高校宮崎総体の新体操競技でも、台風が直撃しました。今回はその時の話です。
 まず、印象深く残っていることは、当時の全国体操部の役員であった新井・田中両先生の百戦錬磨の手腕振りでした。台風直撃が確実になった夕刻、全国体操部と本県体操部が対策会議を行いました。台風銀座と称される宮崎県で生活する本県体操部は、台風情報については的確に説明しましたが、大会対策は暗中模索で狼狽していました。状況を確認した両先生は、まず「選手団宿舎に電話を入れて実施したいか、中止で構わないか見解を聞こう」と話されました。結果は「競技が大幅に遅れてもやりたい」ということでした。次に、審判員の確認をしました。そこで、両氏は「実施する」ことを確認して宿舎に帰りました。本県体操部は、明朝5時から準備作業を進めることで宿舎に帰りました。
 風呂に入り、おにぎりを食べながらウトウトしていた21時頃でしたか、全国体操部より電話が入りました。「今から会場で打ち合わせをしたい」ということでした。激しい風雨の中宮崎県体育館に参集しました。
本県体操部は何事なのかという感じでした。そこで、目の前に提示された資料は、2時間遅れて開始した場合、4時間遅れて開始した場合の競技や公式練習のタイムスケジュールでした。本県体操部は事の重大さにようやく気づき、目が覚めました。
 説明が終わると全国体操部は宿舎に帰りましたが、本県体操部は会場で準備作業を進めることにしました。競技役員と補助員引率者に、可能な限り先述のタイムスケジュールを電話で説明していきました。その作業は深夜に終了しました。全国体操部の両氏の判断力と指導力には敬服させられました。
 外はますます激しい風雨に見舞われていましたが、大方の競技役員の理解を得ることができて本県体操部には安堵感が漂っていました。
ホッと一息ついた時、とんでもないことが発生しました。続く

posted by gymmyzk |18:58 | トラックバック(0)
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