2008年10月09日
観客席からのパス。
先日、東京都のサッカースタジアムに行って来ました。 座席は、少し他よりは温度が高めのゴール裏。 僕はどちらのファンでも無く、観たいように、観たい選手を眺めるだけ。 だから、ジャッジが多少ぶれていても気にならなかったし、 トータルではバランスが取れていたように思えた。 もちろん、局地的に観れば酷い。 人が人を判断するってのは、職業であれ難しい。 そんな試合中の事。 アウェーチームの選手が、ホームの選手にアフタータックル気味で スライディングをした。 ジャッジによっては、イエローを出す方もいるだろうし。 僕の中では、注意程度で済ませそうなファウル。 「ふざけんな、死んじゃえ。」 後列の中年から発せられた言葉。 自分の応援するクラブの選手だ。そんな宝を怪我させられそうになる 不快な気持ちは、分かる。 でも、その中年の他の言葉。 前線に誰も選手がいない時に、「縦パスだ、縦だっ!」 審判がファウルを流した時に、「お前、サッカー分かっているのかよ!」 別に、顔も知らない中年のサッカー好きをどうこういうつもりはないが。 とても違和感を感じた。 的を射たような指摘であれば流せるものの、 その大人は耳に残る不快な言葉達を発していた。 また、別の所では、3-0とビハインドの劣勢の状態で、 リードしているアウェー側が攻め切れずバックパスした時に、 「お前、ビビッているのか!?」を繰り返す人。 相手に確認するのは、自身が萎縮している証拠。 人の数だけ、判断があり、またそれ以上に言葉というものは存在する。 愛を伝える言葉も相手を間違えれば、脅しになるのだから、 万国共通の正解の言葉は数が少ない。 でもね、自分のコトバには、自分なりの理由を持った方がいいと思う。 僕も人のことを小馬鹿にし、茶化すのはとても好きである。 しかし、本当に、不快で、嫌いで、蔑みたい人間には、言葉を出さない。 それは、あくまで僕個人の考えであり、 人にとってはそれが不快極まりない事にあたるかもしれない。 その時は謝れば済むとは思ってもいないし、きっと謝る事もしないと思う。 僕には僕の考えがあり、人には人の考えがあるのだから。 でも、傷つけてしまった時は、考え直さなければならないけれども。 もちろん、傷つけてしまう可能性についても。 こんな事をふと思ったのは、 先日、ヴェンゲル監督がいかなる罵倒も許さないという姿勢を示したから。 事の発端は、ポーツマスのソル・キャンベルがトットナム戦にて、 同性愛及び人種差別的な暴言を受けた事。 以下、ヴェンゲル監督の発言 世界中のどんな人間がどんな人間に対して行ったものだとしても、暴言に情状酌量の余地はない。人種差別に関するものだけがフォーカスされているが、暴言に対しての対応は現状では甘すぎる。スタジアムで受ける暴言は、人種差別に限った話ではないのに、皆、人種差別の時にしか関心を示さない。どんな種類の暴言も許されるべきではないだろう。イングランドはまだこういった類の件については、適切な対応をしている方だ。だからこそ、今回の様な事件もクローズアップされている。 だからこそ、彼は、イングランドが他の国の模範になる事を信じているようだ。 暴言、罵倒、ののしり。 礼を欠き、激しく、汚い言葉、で相手に発する事。 失礼にあたらないように茶化すのは難しい。 でも、スタジアムに行ってよく思うのは、 サッカーの前に、言葉についてもたまには思い出して欲しい。 声や拍手は、僕らにも許された選手へのパスなのだから。 愛、おぼえていますか? ストーカー的な愛は、クソくらえですけどね。
posted by gunnershigh |11:09 |
雑記 |
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