阿佐智の「アサスポ・ワールド・ベースボール」

月別アーカイブ :2016年04月

湯上谷竑志(元南海・ダイエー)インタビュー6 引退、その後

 身売り後も低迷を続けていたダイエーだったが、王政権になって4年目の1999年に移転後初優勝を飾る。しかし、この時湯上谷はすでにフィールドの主役ではなくなっていた。 「あの年、僕はシーズン途中からだったんですよ。オープン戦で怪我したんですよ。寒い雨の日でした。横浜での試合でね。若田部が滅多打ちされて、試合終わんのかよって感じだったんです。それで、別に無理する必要なかったんですけど、ダイビングキャッチ......続きを読む»

湯上谷竑志(元南海・ダイエー)インタビュー5 大阪から福岡へ

南海時代、現在のホークスの人気をしか知らないファンには信じられないだろうが、本拠、大阪球場の観客は少なく、まさに閑古鳥が鳴いている状態であった。 「確かに南海時代はそう思ってましたね。『ああ、少ないな』って。それに暗いし。けど、最終戦ですか、近鉄戦。満員のスタンド見たとき、最初からこれだけお客さん入るんだったら、大阪から出ていくことないやんて。球団なくなるときに反対とか言ってたけど、いやいや、球団な......続きを読む»

湯上谷竑志(元南海・ダイエー)インタビュー 4 身売り

身売り  湯上谷は、南海、ダイエー、ソフトバンクに至るホークスの歴史を体感している。つまり2度の身売りを経験しているのだ。これは、一般社会人でもなかなか経験できないことだ。  最初の身売り、つまり南海からダイエーへの球団譲渡は、昭和最後の年、63年のシーズン中に決まった。当時、湯上谷は4年目。初めて規定打席に届いたその瞬間、球団名が変わることとなった。 「僕は、その当時まだ寮にいたんで、そんなに場......続きを読む»

湯上谷竑志(元南海・ダイエー)インタビュー 3 南海時代の先輩

湯上谷が初めてプロのプレーをその目で見たのは、ドラフトの直前、1984年秋に行われた日米野球だった。 「それまで、プロの試合も金沢であったけど、自分の練習で精いっぱいで。高校野球が終わって、巨人とオリールズの試合、見に行ったですよ。おふくろと夜行列車に乗って。後楽園のジャンボスタンドの一番端。ダフ屋からチケット買って。 どこでチケット買っていいかわかんなかったもんで。5000円くらいとられたのかな。......続きを読む»

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さまざまな世界の野球、野球界の「すきま」を紹介します。
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