阿佐智の「アサスポ・ワールド・ベースボール」

月別アーカイブ :2014年10月

その後のサムライ達 長坂秀樹編 その6

「その次だっけなあ、湘南シーレックス(横浜ベイスターズのファーム)との試合あるからって連絡があったんです。それも面倒臭くて行く気なかったんですけどね(笑)。僕と同時期にサムライに合流してすぐにクビになった橋本(剛)って奴が行きたいって言うもんだから。僕が一緒でないと行きづらいって(笑)。あいつは僕がサムライ入ってすぐに仲良くなった奴だしね。結構打ってたんですけど、ほら、クロマティとそりが合わなくて切......続きを読む»

その後のサムライたち 長坂秀樹編5

サムライの短いシーズン後、帰国した一行は再集合し、「サムライ・ファイヤーバーズ」として日本各地を転戦した。この時期、まだ日本には独立リーグがなく、アメリカでのプレーをスカウトにアピールするためには「見本市」を開く必要があったのだ。 「僕も参加しましたよ」 と長坂は言うが、初戦の相模原クラブ戦には足を運ばなかった。 「会場が、東海大のグラウンドだったんで、じゃ行かないって」 と初め彼は参加しなか......続きを読む»

その後のサムライたち 長坂秀樹編4

 サムライベアーズの選手たちが口をそろえるのは、監督であった往年の名選手、クロマティとの確執だった。長坂もこの御多分にもれることはなかった。 「僕はクロマティに対しても批判的だったていうか、僕が初めてユマに着いて、2,3日経って先発した日があったんですよ。やっぱりそこでもエラーが出るんですよね。フライを落としたりとか、ゴロを捕れなかったりとか。それで、点も取られるんですよ。僕はそういうことに対......続きを読む»

その後のサムライたち 長坂秀樹編 3

実際に目した新興リーグのレベルはトップ独立リーグでプレーしていた長坂の眼にはどう映ったのだろう。 「非常に低かったと思います。正直大学生レベルだったですね。日本の大学と比べたら?うーん良くわかりませんね。ただ、若い選手が多かったのと、遠くから選手を呼び寄せるっていうより、地元ですごかったんだよっていう選手が多かったですね。早い話が、遠くから名の知れた選手を連れて来るようなレベルではなかったってことで......続きを読む»

その後のサムライたち 長坂秀樹編 2

サムライ入団を嫌がったという長坂だが、彼もまたサムライのメンバーたちと同じドロップアウト組だった。  高校時代は、少しは名の知れた存在だった。166センチの身長が心配だったのか、NPBのスカウトは「大学でもう少し鍛えておいで」と言って、将来を嘱望した。進学先の東海大では早々に頭角を現し、2年の時には、主力投手として大学選手権準優勝に貢献した。ここまでの長坂は、確実に野球エリートだった。NPBはばくぜ......続きを読む»

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