阿佐智の「アサスポ・ワールド・ベースボール」

イタリア野球情報~イタリア野球経験者にインタビュー①(前田勝宏氏:フォルティトゥード・ボローニャ/2003年)

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イタリアプロ野球IBLにチャレンジした日本人選手第一号は、ご存じのとおりGG佐藤だが、現在はアマチュアリーグになったセリエAには、これまでに7人の選手が挑戦している。彼らのほとんどは、日本のプロ野球(NPB)でプレーした経験をもっていた。
現在も状況はあまり変わっていないようだが、IBL発足までのセリエAには、外国人選手が有給で参加していた。彼らに日本人選手も「助っ人」として海を渡ったのだ。決して日本では大きな成功を収めたわけではない彼らでも、やはりWBCチャンピオンの国のプロリーグ出身だ。さぞかし、大活躍したのだろうと思うかもしれないが、彼らのほとんどはイタリアでも目立った成績を残せなかった。イタリア野球のレベルは、日本でダメだった選手が簡単に活躍できるような場ではないことをこのことからも理解できる。まあ、ブルペンもない球場もあるという、NPBと比べれば雲泥の差の環境も彼らのプレーに影響したことは想像に難くはないが。
 この内、2人にイタリア野球について話を聞いてみた。

 前田勝宏投手の名を覚えている人は、もうほとんどいないだろう。西武ライオンズにドラフト2位で入団し、剛腕投手として将来を嘱望されたが、1995年オフ、野茂英雄に続けとばかり、日本球界を飛び出した人物だ。当時の金髪姿から、悪役イメージが強いが、実際は礼儀正しいスポーツマンだ。

 ヤンキースと契約し、3Aまで上り詰めたものの、結局アメリカでは夢かなわず、日本球界に復帰することになった。2001年、中日ドラゴンズと契約を結んだが、悪童のイメージがすっかり身についた彼に目をかける指導者はこのチームにはおらず、結局1年でクビ。この後彼は、2008年に日本の独立リーグ、四国九州アイランドリーグ(当時)の長崎セインツに入団するまで、台湾や中国でプレーをする流浪の野球生活を送ることになるのだが、その彼の流浪先の一つがイタリアだった。
 
肩の故障に悩まされていた彼だったが、2002年にプレーした台湾で復活、150キロ超の速球が蘇ったと思ったのだが、その途端に、非情な戦力外通告を受けてしまった。そして帰国後、尚も現役続行をあきらめずトレーニングを続ける前田氏にエージェントがもってきたのが、イタリアの話だった。

 当時、イタリアのリーグは正式にはアマチュアで、サッカー同様、頂点のセリエA1からCまでにランク付されたリーグが、縦に連なり、上位リーグの下位チームと下位リーグの上位チームが入れ替えを行うという、いわゆる「オープン・システム」で成り立っていた。各クラブは地元の篤志家の下で運営されていて、スポーツの盛んなお国柄、どんなに小さなクラブにでも、1つや2つスポンサーがついていて、下位リーグでも試合に出場すればお小遣い程度の手当てが出ていた。そのため、草野球に毛の生えた程度のCランクのチームでも選手契約を交わしていたらしい。
 しかし、選手の試合出場に手当てが出るのは、ヨーロッパでは常識のようで、私の知り合いのサッカー選手も、プロ選手になるという夢を抱いてドイツに渡り、5部リーグだったか、とにかく最下層のリーグでプレーをし、試合に出れば、日本円にして数千円のギャラをもらっていたが、これは選手に対する必要経費の補助のような性格のもので、この手の金銭をもらう程度では労働ビザも必要ないらしい。上位の「プロ」として指定されているクラブでプレーするのには、労働ビザが必要となり、彼によれば、プロアマの境目はここにあるとのことである。

 契約した球団は、名門フォルティテュード・ボローニャ。NPB経験者でマイナーとは言え、名門ヤンキースの一員であった前田氏でもイタリアでは特別扱いと言うことはなかった。契約条件は、月給1800ドルと住居に携帯電話、それに日本との往復航空券だけだった。航空券ってどういうことだと思う人もいるかもしれないが、これも結構重要な契約条件で、大物メジャーリーガーなんかだと、ファーストクラスで、何往復分、家族もOKなどという条件が付いたりする。MLBとのマイナー契約では通常、どこの国の選手でもアメリカまでの運賃は球団がもってくれるが、独立リーグだと、自腹などということもある。メキシコなんかも代理人がしっかりしていないと、アメリカ・メキシコ間は球団が出してくれるが、日本からアメリカへは自腹を切らされるケースもある。 
 当時のレートでも20万円に届くか届かないかという、毎日コンビニでアルバイトをやっていれば手に入れることのできるような薄給だったが、当時のセリエAでは、これは最高ランクに属するものだった。
「月給」とあったが、給料に関しては、「年俸」などというものは、日本やメジャーだけで、そのほかのリーグは月給制であることが多い。それもシーズン中の数か月だけの支給で、セリエAでは、キャンプの始まる3月からシーズンの始まる7月まで支給された。

「これに、自家用車と携帯電話、それにスポンサーからの昼食チケットがついてましたね。街中のスポンサー系列の店で使えるんですよ。住むところも用意してくれて、最初はほかの外国人選手と一緒にキッチン共同のアパートに3人放り込まれていたんですけど、途中で家族呼び寄せるようになってからは、一軒家借りてくれましたね。」

 現在は、スポーツ店で働いている前田氏は、イタリアでの待遇をこう語ってくれた。給料は決して高くはなかったものの、遠征先での食事も提供されていたと言うから、先に聞いた、試合後は球場売店の残り物はタダでもらえるというアメリカ人助っ人の話と合わせると、野球に専念していれば、金を使うことはほとんどないので、確かに苦にはならないかもしれない。ただし、家族を呼び寄せた後は、結構生活も大変だっという。
 前田氏がここで残した成績は6勝1敗。外国人投手は週1回の登板しか許されないという制限を考えると、大車輪の成績と言っていいのだが、シーズン終盤に我慢していた腰痛が悪化するとあっさり解雇された。
 彼が語る当時のイタリア野球はこのような感じだ。
イタリアと言えば、サッカーの国といったイメージが強いが、北部では、野球も盛んで、当時のセリエA1も、現在のIBL同様、多くのチームはレッジオ・エミリア州に本拠を構えており、また、下位リーグは遠征費の負担なども考えて、近隣のチームと優勝を争う地域リーグとして組織されていた。しかし、ネットーゥーノなど中部のチームとの対戦では、バスでの移動も結構長時間かかることもあったと言う。
 ホームのボローニャだけでなく、中部まで出かける遠征先のいくつかでもスタンドはそこそこの入りになった。まあ、これについては、彼自身が登板するのは外国人が先発投手を務める連戦の初戦だったということもあるだろう。ファンの方もわかっていて、イタリアでは、実力が一番の外国人投手が先発する初戦に一番客が集まる。
 レベルに関しては、実質上のセミプロという事情から、選手のレベルはまちまちで、選手の力量の上下差は激しかったと言う。私もアテネ五輪の時、日本代表が合宿を行っていたパルマを訪問したが、セリエAの選抜チームとの練習試合を見ていると、いかにも素人というちっちゃなオジサンが、松坂大輔の唸るような剛速球に太った体をくるくる回していたのに思わず噴き出したことがある。この時のイタリア選抜チームのメンバーは、そのほとんどが前年まで2Aクラスあたりでプレーしていたアメリカ人助っ人や、キューバ人で占められており、平日の昼間にも関わらず、「記念に日本代表チームとやってみたい」というイタリア人選手は、わざわざ年休をとって参加していたらしい。きっと今頃は、あのオッチャンも、衛星放送のMLB中継を見ながら、「俺は奴と対戦したんだ」みたいなことを、家族や飲み仲間に吹聴していることだろう。
 総じていえば、アメリカのルーキー級よりは上だったが、A級くらいだったのではないかと彼は言う。同等のレベルの選手を集めるMLBのファームとは違い、セリエAには様々なレベルの選手が集まってくるので単純な比較は難しいのだが、自らがのちに身を投じ、指導もした日本の独立リーグよりは確実にハイレベルであったという。実際、四国アイランドリーグや関西独立リーグでは向かうところ敵なしだった彼は、イタリアでは、腰痛の再発という不運もあったが、結局のところクビになっている。

「ただ、チーム内の選手の間でも、リーグの各球団の間でも差は激しかったですね。選手が足りないのか、僕らが投げない2,3戦目のダブルヘッダーには、練習なんかろくにしていないコーチがマウンドに立ったりしていましたからね。」

 前田氏はこの答えにくい質問に対して最後にはこう答えてくれた。
 選手やチームの雰囲気も、プロのそれとはほど遠いものだったという。海を渡ってくる外国人選手は、純粋に金を稼ぐためプレーしているので、必死だったが、イタリア人選手の大半は、他に本業を持っているということもあって、実にのんびり野球を楽しんでいたという。土曜日のダブルヘッダーの後は、必ずと言っていいほどバーベキューパーティーがあり、選手たちは野球を楽しんだあとの締めをワイン片手に行って、月曜からの仕事に備えているのだ。つまりは、彼らにとって、野球は労働などではなく、小遣いのもらえる娯楽なのだ。日曜の草野球のあと、飲み屋でビール片手にその日のプレーについて侃々諤々の議論を重ねる草野球を思い浮かべればいいのかもしれない。
「そこで、すっかりワイン覚えてしまいましたわ。」
 前田氏は、そんなイタリアののんびり野球を懐かしんで豪快に笑った。

maeda
ボローニャ時代の前田氏




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