2007年12月05日

代表監督とは

私が大学を卒業後、古河電工に入社したとき(ごく普通の社員)、サッカー部のキャプテンをされていたのが、岡田さんでした。また、以前岡田さんのジョギングコースと聞いたことのある逗子海岸の近くに今住んでいることから、岡ちゃんには親近感をもっています。

と言うことで、この度日本代表監督に就任した岡田監督の追っかけをブログ上ですることにしました。

岡田監督がどういうサッカーを目指して行くかは、まずコーチングスタッフをどうするか、次にどの選手を選ぶかがわかるまで、私たちには見えて来ないと思っています。
”オシム監督の路線を継承できる人”なんて記事に書かれているものもありますが、そんな約束をして引き受ける人なんて普通は考えられません。

そもそも代表監督とはどうあるべきか、今回の北京オリンピック・アジア予選の日本代表を見ていて感じたことがありました。
たぶん、ジーコ監督が決定したときのTVだったと思いますが、”代表監督を誰がやるかでなく、まずその国のサッカースタイルがあり(例えば、ブラジルなら個人技、イタリアならば守備重視等々)、それをベストに実現できる人を代表監督として当てはめて行くというのが、本来正当な手順であり、監督が替わる毎に、日本サッカーが”トルシエ・ジャパン”、”ジーコ・ジャパン”と呼ばれて、その方向性が変わるのはおかしい。」と発言されていた評論家がいました。正にその通りでしょう。

さて、野球の日本代表ですが、王監督と星野監督はペナントレースでは明らかにチーム作りや方向性に違いがありますし、性格はさらに顕著に違います。しかし、日本代表チーム監督としては、WBCでも今回のオリンピック予選でも”スモール・ベースボール”という一つのコンセプトで統一されています。そのことは、選考選手の顔ぶれや4番打者が新井選手であることを考えれば、明らかでしょう。

確かに、サッカーの日本代表の方が、国際試合に慣れているため、
◇ 代表戦が戦争であること
◇ 代表戦が情報戦であること
◇ ルールすれすれのしたたかな行動を仕掛けてくること
◇ ホームとアウェーの違い
◇ グランドコンディションや審判の違い
等々に、野球の日本代表より数倍長けていると今回でも感じました。野球の日本代表は、ちょっとした想定外の出来事に免疫ができてなく、おどおどしたところがありますし、緊張感も過剰過ぎると感じられます。

しかし、それらは周辺の事柄であり、一番コアとなる”日本の野球はどうあるべきか”、”日本のサッカーはどうあるべきか”という点では、野球の方が明確であり、統一感があります。もちろん、歴史の差と言ってしまえばそれまでですが、それでは日本サッカーの発展はないので、岡田監督の今後の軌跡とともに考えて行きたいと思っています。オシム監督も「日本サッカーの日本化」と唱えていたことですし.....

20071205-00.jpg ITものがたり短編集<私のブログ小説です>



posted by 沢村大和 |16:47 | 全般 | コメント(4) | トラックバック(2)
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1997年11月16日 ワールドカップ アジア第3代表決定戦 ジョホールバル/マレーシア 日本VSイラン 一度もW杯に出場したことのない日本が、初出場を決めた試合。 W杯初出場を決めた劇的な試合、という捉え方をされているかもしれないが、もし、負けていたとしたら・・・・。 おそらく、今、岡田さんが再度代表監督になるということは、なかっただろう。あのとき、W杯出場を決めたからこそ今、岡田さんの名前がメディアに大きく露出しているのだと思う。 あの試合、岡田さんの印象的な采配がある。 前半、中山のゴールで先制点を

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代表監督とは

サッカーの代表監督は日本人が望ましい。 この日本人待望論は随分昔からありました。 

それは日本の税制面での拘束があり、外人は一年に最低一ヶ月は外国に出ていないといけない。 そうでないと、日本人と同じに扱われ、法外な所得税が課せられるからです。 この税制面での束縛を取り除かない限り、優秀な監督なんか来てくれないからです。 

一ヶ月も日本を不在にして、良い強化は出来ない。 だから日本人監督が良いに決まっている。 

でも誰がいる? 

消去法という、日本人の最も得意とするマイナス思考の選択を実施すると、どうしても行き着くところは《岡ちゃん》しかありません。 それは彼が日本でただひとりワールドカップで指揮を執った経験者だからです。 彼が日本人のなかでただひとり、あのワールドカップの代表監督というプレッシャーを経験している。 

多分、岡田監督は逃げ出したかったはずです。 この大任から。 だって、1998年、スイスのローザンヌで合宿していた時の岡ちゃんはおかしかった。 練習試合で郵便局員を中心としたアマチュアのチームに2-1で負けているのだ。 いくらヨーロッパのサッカーが強いといっても、素人のチームにも負けている。 だから、ワールドカップ史上ワースト3に確実に入ると思われていたジャマイカにまで負けた。 

あのチームは、ある種の実験だったのです。 反射神経の優れたジャマイカ人の素人を鍛えると、果たしてワールドカップに出られるか? また、ワールドカップで勝てるか? 

あのキングストーンタウンの海岸で、アイスクリームを売っていたレゲーボ-イズは、チーム結成後数年にしてワールドカップに出場し、しかも日本に勝ってしまったのです。 

岡田監督は、郵便局員のチームに負けただけでなく、アイスクリーム売りの少年にまで勝利を献上したのです。 これはサッカー協会では、不問に付されるでしょうが、サッカーファンは決して忘れることは出来ないのです。 

posted by IXTYS | 2007-12-05 19:22

代表監督とは

確かにその国々によってスタイルってあると思いますが、
サッカー日本代表が監督によって全く違ったスタイルになっているとは思いません。

トルシエ・ジーコ・オシムと監督は変わりましたが、
日本は基本的に中盤でショートパスを多用し、
ポゼッション重視のサッカーをしてると思う。
それは、日本サッカーのストロングポイントが中盤にあるからだと思うし、
スモールベースボールをやってる野球とそんなに変わりは無いと思う。
日本野球がスモールベースボールに徹するのは、それが日本の長所だから。
サッカーも自分達の長所を生かそうとしてると思う。

ただ、”日本の野球がどうあるべきか”が明瞭なのは、
彼らがWBCで世界一になった世界チャンピオンであるからというのも大きい。
世界一になれば、「自分達のスタイルはこれだ!」と言い切れる。
野球だって最初から日本独自のスタイルがあったわけではないし、
シドニー五輪の時の野球日本代表、アテネの時の日本代表とも
あわせて考えるとまた違った感想も出るでしょう。
一方、日本のサッカーはまだまだ世界ではニューカマー。
世界と対戦し、その壁を痛感しながら、スタイルを模索しなくてはならない。
その過程で多少のマイナーチェンジは当然だと思う。
世界一になった野球とこれから世界で戦うサッカーを
同列で語るのは、ちょっと乱暴かなとも思う。

posted by モーリー | 2007-12-05 19:44

代表監督とは

>>まずその国のサッカースタイルがあり<<
>>それをベストに実現できる人を代表監督として当てはめて行くというのが、本来正当な手順であり<<

一見正論に聞こえますが、私は順序が逆だと思っています。
野球の日本代表が監督が替わっても“スモール・ベースボール”を選択しているのは、
それが日本のスタイルだからではなく、
対戦相手と自分たちとの比較において最善の方策をそれぞれの監督が自信の考え方に基づいて選択した結果、そうなったのです。
「アメリカや韓国とホームラン競争をしては日本は勝てない」と王監督も星野監督も思考が一致した結果であって、二人とも「まずスタイルありき」でチームを作ったのではありません。

サッカーの場合もそれぞれの監督が、日本人がその特性を生かして世界と戦うためにはどうしたらいいか、
それを独自のサッカー観と照らし合わせて戦い方を見いだして行くのであって、
結果、誰が監督になっても大きく違わない落としどころに落ち着くのでしょう。
ここの思考の順序を間違えて、
先に「日本はこういう戦い方をするべき」論で監督を縛るのは、決して良い結果を生まないと思います。

posted by 上の席 | 2007-12-06 14:31

代表監督とは

ここで語られている「こういう戦い方をすべき」とか「サッカースタイル」の内容はかなり抽象度の高い概念レベルの話ですので、このレベルの概念が決っている事は決して監督を縛る事は無く逆に道標になるのではないでしょうか。
これだけ多くの人の関心事になるとある個人の感性だけでチームを作るのは難しく、戦い方・スタイルに何らかの指針、方針がありそれに沿った感性を持った監督を選ぶというのは現実的な手法だろうと思います。

オフトさんが代表監督になった頃と違い我々も相当理解が進んできたので目からウロコが落ちるような戦い方・スタイルを提示してくる監督はさすがにもう居ないように感じます。その意味で先に方針ありきはデメリットよりもメリットの方が大きいと思います。

posted by iop | 2007-12-08 16:21

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