2008年12月04日
■Good-bye Nomo!
1995年、アメリカに渡った1人の日本人選手がいた。その年はストライキ明けということもあり、メジャーリーグの人気は低迷。ようやく4月末にシーズンは開幕したが、空席が目立つスタジアムも多かった。そんな中、野茂英雄が全米にトルネード旋風を巻き起こす。デビューからなかなか勝ち星には恵まれなかったが、その独特な投球フォームから繰り出される切れ味鋭いフォークボールと威力満点のファストボールに相手打者は翻弄された。その年、野茂は13勝6敗、防御率2.54、ナ・リーグ最多の236個の三振を奪い、新人王に輝く。さらに3完封を記録。これはグレグ・マダックスと並び、この年のナ・リーグ最多。ア・リーグではマイク・ムシーナがMLB最多の4完封。ランディ・ジョンソンも3完封を記録した(表1)。マダックスとムシーナは今オフに現役引退を表明。唯一ジョンソンだけが、あと5勝に迫った通算300勝を目指して、来季もマウンドに立つ。3人に比べると、野茂はメジャー通算勝利数で見劣りするが、日米通算では201勝を記録している。鮮烈なメジャーデビューを飾った野茂だったが、日米間の細かい違いには戸惑っていた。95年に記録したボーク5回はこの年のメジャー最多。翌年以降もボークの数は減らず、99年までの5年間で計17回のボークを記録している(表2)。しかし、2000年以降はボークを一度も宣告されることはなかった。ベテランの域に達し、マウンド上でそれまで以上の落ち着きを持って投球していたのだろう。またルーキーイヤーの野茂は、ワイルドピッチの数もメジャー断トツの19個を数えた。これは空振りを取るために投じるフォークボールがほとんどだったと推測できるが、2年目以降もその数字は増え続け、通算109個。これは走者が進む(生還する)という観点では褒められる数字ではないが、野茂のフォークにそれだけの切れと落差があったことを物語っている。
1995年5月2日に、ドジャースの先発投手として敵地サンフランシスコでデビューを飾った野茂は、2008年4月18日、サンフランシスコから程近いオークランドで、敗戦処理として最後の登板を果たした。現役最後に投じたのは低めのフォークボール。打者のバットは空を切り、メジャー通算1918個目の奪三振となった。そして野茂は13年前と変わらないクールな表情でマウンドを後にした。 執筆担当: 山添 智之
【略歴】 山添 智之(やまぞえ ともゆき) 1976年生まれ 和歌山県出身
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posted by global |18:05 |
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鮮烈なメジャーデビューを飾った野茂だったが、日米間の細かい違いには戸惑っていた。95年に記録したボーク5回はこの年のメジャー最多。翌年以降もボークの数は減らず、99年までの5年間で計17回のボークを記録している(表2)。しかし、2000年以降はボークを一度も宣告されることはなかった。ベテランの域に達し、マウンド上でそれまで以上の落ち着きを持って投球していたのだろう。またルーキーイヤーの野茂は、ワイルドピッチの数もメジャー断トツの19個を数えた。これは空振りを取るために投じるフォークボールがほとんどだったと推測できるが、2年目以降もその数字は増え続け、通算109個。これは走者が進む(生還する)という観点では褒められる数字ではないが、野茂のフォークにそれだけの切れと落差があったことを物語っている。
1995年5月2日に、ドジャースの先発投手として敵地サンフランシスコでデビューを飾った野茂は、2008年4月18日、サンフランシスコから程近いオークランドで、敗戦処理として最後の登板を果たした。現役最後に投じたのは低めのフォークボール。打者のバットは空を切り、メジャー通算1918個目の奪三振となった。そして野茂は13年前と変わらないクールな表情でマウンドを後にした。
執筆担当: 山添 智之

