2008年08月23日

“八年前の悔しさを晴らす日” 泉川正幸

 前回、青山繁のことを書きました。
何週間か前には、中垣内祐一についても書きました。
ならば、順番的に次のターゲットはあの選手かな、と。
私が最初に好きになったバレー選手。
今になっても、私の中で、彼を越える“好きな選手”はいません。

 泉川正幸。全日本&東レのエースとして、90年代の全日本を
中垣内・青山・荻野らと引っ張っていった選手です。
そのプレーを初めて見たのは、W杯99の後に行われた
Vリーグで、東レ対富士フィルムの試合を観戦したときです。

 当時の私は完全なミーハーで、W杯に出た加藤や青山らの
プレーばかりを目で追っかけていました。 
泉川に関しては、パンフレットに載っているプロフィールを見て、
「この人も全日本で活躍していたんだ」と分かったくらいでした。
この選手が、90年代の全日本を代表する一人だってことを、
その時は全く知らなかったのです。

 ファンになったのはその日ではなく、テレビ放映された
決勝ラウンドの試合を観てからでした。
しびれました。次々とスパイクを決めていく姿に。
その試合で東レは劣勢だったのですが、決めてほしい場面で
泉川は必ずといっていいほど決めていました。
気迫もすごかったですね。一本決めるたびに、コートを駆け回り
大声でチームを鼓舞していました。
かっこいい、かっこよすぎる……。
その日から、泉川の大ファンになりました。

 前回の青山の記事で、青山に全日本コーチをやってほしいと
書きました。それには二つの想いがあります。
一つは単純に、青山の技術を全日本に叩き込んでほしいということ。
もう一つは、青山が五輪の舞台に立っている姿を見たいということ。
選手としては、バルセロナ以降は出場できませんでした。
その“悔しさのようなもの”を、指導者と立場を変えて晴らしてほしい
と思っているのです。

 泉川は98年の世界選手権、99年のW杯に出ていません。
どちらも怪我で12名から外れました。
91年の代表デビュー以降、ほとんどの国際大会でコートに
立っていたので、2年続けて大きな大会に泉川の姿が
なかったことは、どこか“不思議な感覚”だったのかもしれません。
(もし、リアルタイムで観ていた方がいらっしゃったら、ぜひ
教えていただけませんか。全日本に泉川がいない光景に、
どことなく“もやもやした感じ”を覚えたかどうか)

 それでも、シドニー最終予選の12名に、泉川は戻ってきました。
しかし、泉川は3試合で、ただの一度もコートに立つことは
ありませんでした。これは、12名の中で一人だけです。
調子が悪かったわけではありません。
当時、青山がこんなことを言っていました。
「こんなに調子のいいピート(あだ名)は見たことがない」
それでも、出られませんでした。
中垣内・加藤がそれぞれ好調だったので、出るタイミングが
ほとんど無かったのです。

 01年のグラチャンには、世代交代を進める全日本の
“若手のまとめ役”として出場しました。
それ以降、泉川が全日本に選ばれることはありませんでした。

 泉川には思い入れがありすぎるので、どうしても個人的な
希望として、泉川が五輪の舞台に立つ姿を見たいと思うのです。
考えられるとすれば、全日本のコーチとして、になります。
青山のように“技術担当”というよりは、どちらかというと
“厳しい練習担当”って感じですかね。
8年前の悔しさを晴らす機会が訪れるのか、あまり期待は
していませんが、ほんのちょっとだけ楽しみにしています。 

 

posted by ganvolley |01:21 | 個人もの | コメント(4) | トラックバック(0)
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2008年08月22日

“バレーボールのお手本” 青山繁

 一人のバレーファンとして、いつかは見てみたい光景という
のがいくつかあるのですが、そのうちの一つがこれです。

 「全日本男子のコーチを務める青山繁」

 北京の試合を見ていて、歯がゆく思ったプレーがあります。
悪いトスを不十分な体勢で打つ際に、ただ闇雲に思いっきり
ブロックに当ててシャットアウトされるというもの。
もうちょい工夫できないものか、と思いました。
要するにブロックを利用したプレーですね。
そして、“ブロックを利用したプレー”といえば、ついつい
思い出してしまうのが、“精密機械”こと青山繁。

 私は、青山には必ずこのキャッチフレーズをつけます。 
“バレーボールのお手本”と。
スパイク・レシーブ・サーブなど、バレーボールにおける
すべてのプレーを高いレベルでこなすのが青山です。

 青山を象徴するプレーは何といってもレシーブです。
Vリーグのレシーブ賞は5回獲得しました。
サーブレシーブの安定感はもちろんのこと、青山の場合は
スパイクレシーブも普通の選手とは違うところがあります。
普通の選手なら、とりあえず上がるだけでも、青山は
“セッターの近くにボールが上がる”のです。
しっかりとしたフォームあってこそ、です。

 青山のスパイクが完璧にシャットアウトされるシーンを、
あまり見た記憶がありません。
私が今まで見てきたなかで、最もブロックが上手いと思う
日本人選手、朝日健太郎はインドア時代にこう言っていました。
「青山さんのスパイクが一番止めづらい」

 青山の身長は188cm。スパイクジャンプも特に高いという
わけではありません。それなのに、止められないのです。
青山のスパイクをスロー再生でじっくり見たいですね。
どうやって打っていたんだろう。
ブロックアウトを取れる技術力っていうのは、世界の強烈な
サーブに崩されることの多い日本にとって、かなり重要な
ものになります。これも、青山コーチを熱望する理由です。

 青山は“取り返せる選手”でした。
たとえば、スパイクの調子が少し悪くても、レシーブやサーブで
その分を取り返すことができたのです。
すべてのプレーに安定感があり、さらには高いレベルで
こなせるので、大崩れすることがない。
なので、スタメンでも途中出場でも同じように力を発揮する。
全日本や富士フィルムで、長年、チームの要として
活躍できたのはそういう理由だと思います。

 私が高校生のころ、青山が監修したバレーの教本を買いました。
青山のプレーが連続写真で載っていて、それを青山が
解説するというものでした。
ただ、私にとってこれは教本というよりは、むしろ“美術の教科書”
と表現したほうが適当だったように思います。
見ていて、魅了されるのです。フォームの美しさに。
安定感はここから生み出されるのだなと思いました。

 越川・石島・清水・福澤らは、たしかにパワーやスピードのある
スパイク、サーブを持っています。
しかし、レシーブ、あるいは細かいプレーにはまだまだ
改善の余地が多くあるように感じます。
それらを叩き込むのは、青山が最も適役ではないかと思うのです。

 前述の教本には、青山のこんな言葉が載っていました。
「オリンピックには愛着があって、何とかもう一度出場したいと
思っているのですが……」
現役を終えた今、指導者としてあの舞台に立つ青山の姿を、
いつか絶対見てみたいです。
 

posted by ganvolley |00:01 | 個人もの | コメント(10) | トラックバック(0)
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2008年08月02日

エースに対する最高の褒め言葉~中垣内祐一について~

 このブログはよく昔のことを書きます。
それに対して届くコメントも、当然のことながら昔のことが
書いてあるわけですが、よくあるのがこういう内容のもの。

 「中垣内は本当にすごかった」

 わたしは99年からバレーを見始めたので、実は中垣内の
プレーというのはあまり見たことがありません。
いや、正確に言うなら“良いパフォーマンスの中垣内”を
あまり見たことがない、ということになります。

 シドニー最終予選の中垣内は確かにすごかったです。
打てば決まる状態。同じく絶好調だった加藤とともに、
新旧エースの華々しい共演を見せてくれました。

 ただ、それ以降の中垣内は、引退するまでの間、
ほとんど満足なプレーはできていなかったように思います。
ジャンプも、スイングも、どこか“ごまかしながら”のプレーに
見えました。前述の「あまり見たことがない」というのは、
こういうことです。

 全盛期というと、大体89~97年あたりでしょうか?
このころは、Vリーグのベスト6に、毎年当たり前のように
入っていました。まさに日本を代表するエース。
このころのプレーを見てみたかったなあと、今にして思うのです。

 中垣内についてのコメントには、ほぼ必ずといっていいほど、
ある“形容”が中垣内に対して付けられます。

 「ここぞという場面で、必ず決めてくれた」

 エースに対して、これ以上の賞賛の言葉はないと思います。
これはまさに、エースというポジションの“存在意義”です。
それを、枕詞のようにつけてもらえる中垣内はすごいです。
改めて、全盛期のプレーを見ていないことを悔しく思います。

 北京の後は、越川・石島・清水・福澤といったあたりが
全日本のエースとして引っ張っていくかと思われます。
この中で一人でも多くの選手が、中垣内と同じ枕詞をつけて
もらえるようになれば、また一歩、男子バレーが復活への道を
進むのかもしれません。

 シドニー最終予選で敗れたころの、月刊バレーボールに
こんな言葉が載っていました。
「中垣内を超えるエースが現れない限り、日本の本当の復活はない」

posted by ganvolley |12:24 | 個人もの | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年08月02日

大山加奈、大山未希について

 以前、「メグカナ世代だけで全日本を作るとしたら」という
記事を書いたとき、あまり予想してなかったコメントが届きました。
それは、「セッターは大山未希がいいです」という趣旨のものです。
大山未希ってけっこう人気あるのかな、と思いました。
(以下、大山は略させていただきます)

 今まで、会場やテレビなどで未希のプレーを観たことは、
実はそれほどありません。
なので、未希のセッターとしての技量がどの程度のものなのか、
正直よく分からないのです。
もし、詳しく分かるかたがいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

 ただ、性格はなんとなく分かる気がするのです。
たぶん、底抜けに明るい人なんだろうなって思います。

 「Vリーグ チームの顔」という本があります。
毎年、必ず買うのですが、よく東レの紹介ページで未希が
社内行事などで歌ったり踊ったりしてる写真が載っているのです。
そういうのが、かなり好きらしいです。
東レのホームページの選手紹介を見れば、それっぽいことが
書いてあるので、ぜひご覧になってください。

 セッターは試合をコントロールするポジションです。
技術的な部分(トス回し)はもちろんですが、東レの阿部のように
気迫でチームを鼓舞できる、そういう精神的な部分にも
司令塔としての役割があると思います。
前述のとおり、未希の技術的な部分はあまり知りませんが、
少なくともムードメーカーにはなれるんだろうな、と思うのです。

 
 「メグカナ世代だけで~」の記事に届いたコメントに、私なら
この12人を選ぶというのが、いくつかありました。
それに、必ずといっていいほど、大山加奈は入っていました。
きっと、復活を待ち望んでいるバレーファンは大勢いるのでしょう。
もちろん、私もその一人です。

 何度も書きましたが、初めて加奈のプレーを会場で
観たのは春高でした。
成徳の大山・荒木、三田尻の栗原が注目を集めた大会でした。

 実際に観て感じたのは、その“大きさ”です。
背の高さという意味ではなく、これから全日本を背負って立つで
あろうその“存在感”に対しての“大きさ”。
プレーの一つひとつが際立っていました。

 「全日本のエース対角は、加奈と栗原で10年は安泰だ」
当時、会場で思ったことです。
実際は怪我などで、そうはいきませんでしたが。

 気が早いですが、ロンドンへ向けての全日本は、メグカナ世代が
中心になっていくと思われます。
その舞台で、姉妹が揃ってコートに立っている光景を、
ひょっとしたら観ることが出来るのかもしれません。

 

posted by ganvolley |00:04 | 個人もの | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年06月11日

西村晃一っていいですね

 インドアが一息ついたってことで、今はビーチバレーに注目しています。
特に気になっているのが、西村晃一選手です。

 西村の身長は175㎝。私は178㎝なので、もし並んで立ったら
当然ながら私のほうが高いです。
ただ、砂の上で動き回る西村の姿は、私よりよっぽど高く見えます。
ビーチの世界でも、175㎝は小柄なほうでしょう。
それを感じさせない西村の動きの鋭さというか、特に跳躍力はすごいです。
「小さければ、高く飛べ」
以前にも書きましたが、好きな西村の言葉です。
その言葉をまさに体現している西村に、格好よさを感じます。

 西村は中・高で全国制覇をしています。
立命館大学時代も、西日本インカレで優勝。
まさにバレーエリート街道をまっしぐらって感じです。
バレーはチームスポーツなので、一人の力では勝てませんが、
それでもこうやって結果を残しているあたり、西村がいかに
努力してきたかが伝わってくるようです。

 私がバレーを見始めたのが99年ごろ。
当時はとにかく西村・加藤・朝日の3人が大人気でした。
Vリーグオールスターの投票トップ3は彼らの指定席。
ビデオや写真集や関連グッズも山のようにあったかと思います。

 そのころの西村の言葉で印象に残っているのが「風が吹く」。
よく西村は、自分の調子がいいときに「自分に風が吹いている」という
表現をしていました。悪いときは逆に「風が吹かなかった」という感じで。
今、ビーチバレーという、屋外で風に吹かれながらやるスポーツを
やっていることに、何というか運命のいたずらっぽいものを感じます。

 シドニーの出場権を逃してからは、ついにはチームでもレギュラーを
大森に譲ってしまい、これから西村はどうなるのかなと思ったものです。
そんなとき、西村が勝負の場を砂の上に移すことにしたと聞いたときは、
驚いたのとともに何だか嬉しかったのを覚えています。
それまで、ビーチバレーを“ちゃんと”見たことがなかったので、
自分にとってきっかけになりそうだなと思ったのです。

 早速、ビーチバレージャパンを観にいったのですが、前述したように
とにかくよく動くんです。砂の上とは思えないくらいに。
前からビーチやってたの? って思いました。
適応能力の高さというんでしょうか、そういうのは本当にすごいです。

 西村の姿を見ていて思うことは、すべてこの言葉に集約されます。
これも西村が言っていた言葉。
「バレーに飢えているんです」

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2007年11月27日

加藤陽一について

とある記事に対するコメントの中に・・
「全日本には加藤陽一が必要だ」といったニュアンスの
ものが2つありました。
それを見て、久しぶりに“加藤陽一”選手の名前が頭に入ってきました。
(以下、敬称略)

加藤を初めてテレビで観たのはW杯99。
(グラチャン97、世界選手権98は観ていない)
当時のキャッチフレーズは「空翔ぶプリンス」だったかと。
スペインとの対決のときは、パスカルとのプリンス対決だって
三宅アナが言っていた記憶があります。

そのスペイン戦の第3セットで、加藤のプレーの代名詞のひとつ
センターからのバックアタックがあったんですが、
ジャンプの高さ・フォームのきれいさ・スパイクの威力
どれをとっても超一級品で、自分の中ではまだ、あれを超える
バックアタックはそういえば見た覚えがないですね。

シドニー最終予選でも、敗れはしましたが、
3試合でサービスエースが8本、スパイク決定率も高いものを残し、
同じく大活躍した中垣内の跡を継いでいくような感じにも見えました。

Vリーグでは、東レ時代はいまいち思うような活躍ができてなかった
ように思います。当時の東レは泉川や斎藤といったパワーのある選手が
サイドにいて、セッターの山口のトスが全体的に高めだったのが、
加藤のタイミングに合わなかったのかもしれません。

02年にはイタリアのトレヴィーゾに移籍。
全日本の選考基準に海外チーム所属の選手は
選ばないというのがあったため、協会は移籍に難色を示していました。
そのため加藤は自分で、チームに対しアピールを盛んに行いました。
当時、チームにはイタリア代表のサムエル・パピがいたため
なかなか最初は出番が無かったものの、パピの怪我でチャンスがくると
しっかりそれをものにし、リーグ優勝に貢献しました。

話は変わりますが、サムエル・パピは個人的にかなり好きな選手。
190cmと低身長ながら、層の厚いイタリアで常に代表スタメンの
座をキープしてきた彼のプレースタイルには、十分学ぶべきものが
あると思います。

その後もギリシャやフランスのリーグに参戦。
W杯03では主将もつとめました。

そんな加藤の経験が、全日本に与えるものは多いのではないでしょうか。
もちろん経験だけでなく、サーブやスパイクにおける加藤の
クレバーなプレーにも見習う点は多々あるように思います。
もう一度、あの空中で止まるようなバックアタックを、
日の丸をつけた姿で見てみたいと、この文章を書いていてふと思いました。

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