2009年07月12日

横パスの浦和、縦パスの広島

昨夜の埼玉スタジアムにおける浦和VS広島のゲームを一言で表せば、表題のようになる。

もちろんチームの戦略が異なれば試合展開に違いがでるのは当たり前のことだ。フィンケの掲げるパスによるポゼションサッカーは細かいパスとこまめな運動量で相手を崩すサッカーならば、どうしても攻守の切り替えに時間がかかり、パス交換の頻度も高くなり、バックパス、横パスが多くなる。

対して広島のサッカーは裏のスペースへの走り込みとタイミングのよいワンタッチパス、そして長いパスと頻繁なサイドチェンジによる、縦への意識がはっきりしている。

前半は特に柏木と佐藤のコンビによる、攻撃がさえて浦和ゴールを襲う。決定的な広島のチャンスを何度も浦和守備陣がしのぎ、柏木の空振りにも助けられ、最少失点で押さえることがかろうじてできた。

サッカーの質から言えば質の違いを考慮しても、圧倒的に広島のサッカーのほうが質的に高い。
結果は広島の拙攻に助けられたという印象が強い。それは前半終了時点ではからずも、浦和に向けられたサポーターからの珍しいブーイングが的確に表現していた。

昨年から高原、エジコンビの得点力不足が深刻だったが、高原の復調でコンビにわずかな明るさが見えてきた。

したがってこれまで浦和再建のキーワードがいかに点を取るかに集中していたが、ここへ来て田中マルクスを核にした守備陣のほころびがあらわになってきた。
昨夜は守備のキーマンである坪井と細貝がそろって欠場していたので、なおさらの感が強いが、それにしても阿部の動きもいまいちで、何度も佐藤に守備がかき回されたのはいただけない。
オフサイドで事なきを得たシーンは何度となく見られ、飛び出しの鋭い佐藤とパスサー役の柏木のマークが甘すぎる。

ペナルティー付近でも広島の縦への意識は高く、簡単なパス交換で浦和の最終ラインはいとも簡単に破られていた。きちんとした対人マークがなされてない証拠だ。

この夜のゲームでさらに気づいた事は新人が恒常的に使われて、フィンケのシーズン前の構想が着々と実行に移されているという感じがした。
原口の強引とも思える縦への突破は、浦和全体の縦への意識の薄さに、無言の抗議をしているようなプレーだった。

posted by futbolwold |13:37 | 浦和レッズ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2009年07月11日

少ないJ2情報を!

J2に関する知識、情報をほとんど持ち合わせない私ですが、時々気になって順位表程度は確認しています。

現時点でトップを走っている湘南の監督はあの元五輪監督の反町氏でした。五輪の惨敗で相当たたかれた(私も彼には失望して、相当たたいた一人でした)反町氏だがここまでは結果を出しているのですね。
2人のFW、トゥットと丁の契約切れで退団し、変わって若いブラジルの2人のFWが期限付き移籍で獲得したニュースを見ました。

J2にはJ1からの降格チーム名がかなり見ることができますが、2人の三浦がいる横浜FCはダントツの最下位です。名門、東京ヴェルディもJ2の常連になりつつあるようですね。ということは湘南が随分がんばっているということなのですね。

残念なことにJ2に関する情報はネットに頼らざるを得ないため、往々にしてJ1に比べて情報不足になりがちです。J2専門チャンネルのような番組はないのでしょうか。
TV放映権の管理はいまだに(社)JFLが握っているようで、数少ない地上波放送は、ここぞっというときの好ゲームが中継されないことが多いようです。

全チームが公平にTV観戦できるようにというJFLの配慮ですが、どうなんでしょう、悪平等のような感じも受けます。優勝争いとか山場と思われる重要なゲームが中継されず、はっきりいってどうでもいい中位争いのゲームは見たくないでしょう。小数の熱烈サポーターを除けば。

無料で見られるゲームが頻繁にTV中継されれば、入場料を払ってスタジアムに足を運ぶ観客は減るのでしょうか?
大昔、プロ野球も同じ発想でTV中継に反対する意見が多く出されましたが、フタを開けるとその逆で、生の試合を見てみたいという人のほうが多かったという歴史があります。

Jリーグもそろそろ発想を変える時期かもしれませんね。
もちろん放映を支えるスポンサーが付かないと話にはなりませんが。
地域地域のご当地チームの試合だけを中継する専門チャンネルのような番組はあるのでしょうか。

地方の時代といわれる状況なので、地元チームへの熱いサポーターの情報は地元だけでなく、それ以外の人にも面白そうな気はします。

あるいはJ2の活躍で名古屋に移籍したダビはカタールのオイルマネーで強奪されたけど、
J2の有望選手情報なども定期的に受信できるような、メディアがほしいものです。

日本代表の底上げは何もJ1に限られるわけでもないので、J2を含めたJリーグ全体の課題でもあると思います。

posted by futbolwold |07:14 | Jリーグ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2009年07月06日

明暗分ける鹿島と大分、その原因をデータで探る

サッカーの面白さに魅了され始めたS40年代、格言のように言われてきたフレーズの一つが、「試合開始と終了間際に点が入る」だった。人間の心理のあやとして、集中力が散漫になるのが試合開始直後と終了間際である。

Jリーグの全試合の時間帯別得失点記録を調べたわけではないので、はっきりしたことはいえないが、今シーズンのこれまでの首位鹿島と最下位大分の2チームを引っ張り出して、調べてみた。
鹿島と大分を選んだ理由は首位と最下位という対照的な立場以外、3連覇を目指す鹿島の強さの秘密と昨年の好調さが嘘のように、泥沼にあえぐ大分の原因を探ってみたいという素朴な好奇心も手伝った。

リーグ折り返しまで1試合を残した第16節までのデータを整理すると、いくつかの傾向が読み取れる。

まず鹿島の強さだが得点25に対し失点は10、得失点差の数字は他チームを断然引き離すほどのものでもない。(新潟の得失点差は13、川﨑は12)しかし勝ち点差は2位以下を8ポイント離し、現在首位独走中という印象が強い。相手を完膚なきまで叩き潰すという強さより、終わってみればやはり負けなかったという手堅さ、試合巧者という言葉が今シーズンのこれまでの鹿島を言い表している。

総得点25の内訳は前半12点、後半13点とバランスがいい。さらに時間帯別の得点を見てみると前半の前半と中盤までの29分までに11点取っている。後半は前、中、後半4点、4点、5点と満遍なく着実に得点している。

つまり攻撃に関しては前半の中盤までに早々と点を入れて、後半に入っても全く動きに衰えを見せずに、あるいは手抜きをせずにしっかり動き回って得点している。

一方失点10の中身を見てみると前半が7失点、後半はわずか3失点に過ぎない。
時間帯別に見ると前半の前半が4失点、後半の3失点はすべて後半の立ち上がり14分までの失点である。このことは試合の立ち上がりに失点が集中しているが、ゲームが落ち着き始める中盤以降は、集中力が研ぎ澄まされて、ほとんどミスしないという姿が浮き彫りになる。
逆に言えば鹿島を倒すには彼らの集中力が散漫になる隙に、点を取らないと勝てないという結論にたどり着く。

昨晩の川崎戦の得点シーンは象徴している。川﨑、寺田の不用意なバックパスをマルキーニョスが掻っ攫い、左に並走していた興梠が落ち着いてキーパーをかわし、虎の子の1点を挙げた。両チームの集中力の差がもろに出たシーンだった。

さて昨年目覚しい躍進を遂げた大分だが、一転して今シーズンはいまだ1勝にとどまり、シャムスカ監督の更迭はもはや時間の問題になってきた。シーズン前の準備に手抜かりがあったとも聞いているが、やはりチーム全体の気持ちの部分で問題がなかったか。

鹿島と同じようにこれまでの得点と失点の中身を詳しく見てみよう。
得点11に対して失点は29点。守備のチームがこれほどの失点を重ねていては、チームは完全に崩壊したといってもいいだろう。建て直しには相当な時間がかかる。気の毒だが現時点でJ2への降格は免れないだろう。

まず失点の時間帯別データを見ると、前後半、それぞれ14、15失点と満遍なく失点を重ねている。前後半の立ち上がり14分まではそれぞれ2失点、3失点とまずまず合格点をつけられるが、中盤以降は前後半ともどもがたがたと総崩れ状態になっている。

得点のほうは11得点のうち前半が7得点、後半はたったの3得点である。前半に失点を喰らった時点で、戦意喪失、勝負あったと選手自身があきらめたかのように後半はほとんど点が取れていない。

大分の処方箋は守備の建て直ししかない。点が取れないからといって強力FWを補強しても、点を取る側から失点を重ねていては、チームの戦意はけして上がらないばかりか、さらに低下していきそうな感じがする。ここは守備の指導に定評がある指導者に代えたほうがよいだろう。人心一新である。

鹿島はチームとしての完成度がピークに達していると思う。負けないチームとして3連覇の可能性はかなり高いと見る。監督、選手の意識が統一されて、隙がない。
他方大分は残念ながら来年を見据えた長期的視野で戦力の建て直しに着手したほうがいいだろう。

posted by futbolwold |10:47 | Jリーグ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2009年07月05日

10代の有望プレーヤーが伸び悩むわけ

鹿島の大迫、浦和の原口、山田、G大阪の宇佐美ら有望な10代選手が目に付く今シーズンだが、かつてマスコミにもてはやされた若手が20代になると、途端に色あせて、ただの選手になっていく例を散々見せられてきた。

20歳を過ぎても順調にステップアップできたのは中田ヒデと俊輔くらいである。
ヒデもセリエAの下位チーム、ペルージャだったからレギラーで活躍できたものの、ペルージャ退団後はお世辞にも欧州リーグのトップチームでレギラーを張って大活躍していたとはいいかねる。

一つの身近な成功体験例を物差しにしようとすれば、京都からステップアップして、いまや世界のトップレベルのクラブ、マンUで安定的に活躍するパクチソンを挙げてみたい。
しかし残念ながらパクのようなシンデレラボーイは日本人選手のなかからはいまだに現れない。

これまで多くの期待される若手が、尻つぼみ状態で並みかそれ以下の活躍しかできずに、消え去った例を散々私たちは見せられてきた。
こうした例はサッカーに限ったことではなく、プロ野球のドラフト1位指名選手が活躍できないまま球界を去った例は枚挙の暇もない。
だからサッカー界でも、注目された10代の有望選手が伸び悩みという厚い壁に跳ね返され、ぼろぼろになるのは至極当たり前なのかもしれない。

だから大げさに取り上げるほどの問題でもないといわれると逆に反発心がわき上がってくる。若手の底上げがないリーグや国の代表なんて、いつまでたっても世界に追いつかないではないか。この国のサッカーという競技自体が尻つぼみになっていってしまう。「サッカーを愛する」一人としてこれはやっぱり由々しき問題である。

私は若手の伸び悩みについて、日ごろからモヤモヤしたものを感じ、考えてきたが、目からうろこの雑誌記事が目に付いたのでご紹介したい。
その記事はスポーツ、なかんずくサッカーとは全くお門違いの音楽の分野を取り上げた記事だった。

タイトルは“「二流のピアニスト」だらけの日本”というショッキングなものだった。
盲目のピアニスト、辻井伸行(20歳)がヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝したその直前に掲載された記事だったから余計気になった。

私は音楽、特にクラシックは全くの門外漢なので、クライバーン国際ピアノ・コンクールがどのくらい権威があるものなのか、そして辻井伸行のピアノ演奏がどれほどすばらしいものなのか、全く想像がつかない。世間では大騒ぎして連日TVで取り上げられているが、その大騒ぎ振りが大きければ大きいほど“「二流のピアニスト」だらけの日本”にひきつけられた。

記事の内容をかいつまんで要約するとこうである。

日本のピアニストで上原彩子という女性がいる。彼女は02年、チャイコスキー国際コンクールのピアノ部門の日本人初の優勝者だそうだが、彼女のレベルは「テクニック一流、音楽三流」だそうである。その真意は彼女に限らず日本のピアニストは「難しい曲をやすやすと弾きこなす技術がある」が「演奏家の個性が感じられない、無味乾燥でつまらない」のだそうだ。

教育熱心な親と、長時間の練習に耐える子供、器用な国民性の三つがあいまって、正確無比なテクニックを小さな頃から身に着けてしまい、若くして国際コンクールで優秀な成績をおさめることを可能にしている。
また、才能を認められた子供は無味乾燥な練習曲ばかり練習するので、鍵盤を強く正確にたたくことには長けているが、弱く柔らかい音を出すことができなくなる。あたかもピアノ演奏をスポーツのように扱いがちになる。

日本のピアニストは演奏者の個性、独創性、創造性、芸術性を置き忘れた演奏家になってしまい、「20歳を過ぎるとただの人」になってしまう。

工場労働者を量産するかのような現在のピアノ教育は個性を殺すことはあっても伸ばすことはない。

以上が要約だが、ピアニストをサッカー選手と置き換えると、日本のサッカーが置かれている状況と酷似していることに気づかされるだろう。

そう、日本人のテクニックは世界に通じる、小さなスペースをスピードに載せてこきざみに動ごくことは優れている。しかしいざゴールに近づくと、練習どおりのパスをペナルティーのなかで交換することだけしか頭をよぎらず、肝心のシュートを打つ気配がない。
殻を破る勇気とクリエイティビティーのなさがゴールを選手自ら遠ざけてしまっている。

この国の子供教育の悪しき一面を見せられたような記事だった。
視野狭窄になりがちな国民性、あるいは木を見て森を見失いがちな傾向、スポーツは教育で遊びではないという改まらないスポーツ観、良いところを伸ばさず、悪いところを矯正する性癖、責任を取りたがらない大人に教育された小心な子供たち、平等と競争を取り違える大人たち、個の能力には差があるとういう紛れもない現実を直視しない社会風潮、これらが絡み合い、負の連鎖におちいっている。

天才的プレーヤーと持ち上げられ、欧州へ移籍した選手は多い。しかし前述のようにパク・チソンのレベルに達する選手はまだ出てこない。
10代で能力を目いっぱい使い果たしたような選手を日本のピアニストに重ね合わせてしまう。

この出口の見えない閉塞状況を打破する条件は二つ。
一つは「世界に通用する選手の育成」という目標を明確にすること、そしてその具体的な方法論はスポーツ以外の分野の協力を得て、多角的視点で問題究明を探ること。

二つ目は型にはまらない一人の突然変異的天才が現れるのを待つしかないのだろうか。

posted by futbolwold |14:15 | Jリーグ | コメント(13) | トラックバック(1)
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