2009年06月29日
毎年のようにJ1の得点ランキングの上位を外国人プレイヤーが占めている。
今年は日本人選手で上位に顔を出しているのが、FC東京の石川(8得点)、広島の佐藤(7得点)、横浜の渡邊(6得点)、以下5得点には岡崎ほか6人が団子状態で続いている。
少なくとも現時点では、石川は今年突然のごとくブレークし、横浜の渡邊は新人だから、コンスタントに点取り屋として活躍し、実績を残している日本人FWとしては佐藤一人といっていいだろう。
有望なMFを排出してきた日本だが、FWらしいFWは釜本を別格とすれば、個人的には広島の久保竜彦をあげたい。久保は現役でまだ33才。過去の人のような取り上げ方になるには本人、ならびに久保ファンには失礼だが、久保を取り巻く現実は厳しい。
久保の身長は181センチ、FWとしては小さくはないが、けして大きいとも言えない。
しかし、久保の全盛期のジャンプ力は並外れていて、高さと滞空時間が日本人離れしていた。久保のJリーグでの成績を振り返ると、そのすごさが伝わってくる。
1シーズン、10得点以上あげたのが98年から2001年までの4年間で、通算51得点(111試合)、1試合平均得点が0,46得点である。その後2年間10得点以上記録できなかったが横浜Fマリノスに移籍して、2003年シーズンは25試合で16得点(1試合平均、0,64得点)をあげている。
しかし翌2004年からは調子を落とし、出場試合も得点もともに激減して2008年までの5年間で91試合、14得点(1試合、0,15得点)というさびしいものだった。
久保は福岡出身で野武士のような外見と、寡黙な九州男児の典型のような男だ。
いつも遠くを見ているような男で、日本代表に選ばれても心ここにあらず、もっと先を見据えたような印象があった。
久保のプロフィールをあらためてみてみると、好きなもの、それは意外にも「本」だった。
特技も「本を早く読むこと」だが、「本」は漫画かもしれないし、絵本の可能性もある。
サンフレッチェの公式HP上に載せるアンケート用紙に久保はめんどくさそうに「本」と書き込んだのかもしれない。ギャップの大きさを他人がいぶかしがるのを、本人が楽しむように。
久保という男はそんな連想を抱かせるキャラクターである。
TVインタビューワー泣かせのコメントしか言わず、いつだったか「サッカー選手以外でなりたい職業?」と問われて即座に「トラック運転手」と答えた。しかも、今でもトラック運転手になりたいと、付け加えていた。
久保なら本当にそうするかもしれない。けしてクラブスタッフで残るとは思えない。きっぱりサッカーとは縁を切った人生を歩むような気がする。
久保のシュートのすごいところは、豪快さと繊細なシュートテクニックを併せ持ったところである。
意外な位置、遠さから信じられないミドルシュートをゴールにぶち込むかと思えば、キーパーに詰め寄られても、冷静にキーパーの動きを見切り、ふわっと頭ごなしにゴールに運ぶループシュートも得意だった。
得点を取る久保の嗅覚は動物的だ。
しかし久保の最大の不幸はサッカーファン最大の不幸でもあるが、彼の全盛期にWCイヤーとかさらなかったことである。いまさらながらだが、久保がいればと、今でも強く思うことがある。
33才、まだまだ若い。もう一花咲かす久保の姿を見てみたい。
posted by futbolwold |12:10 |
Jリーグ |
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2009年06月28日
駒場スタジアムで唯一J1公式戦が行われる神戸戦を観戦してきた。
埼玉スタジアムに比べ、駒場は浦和駅からも近く、タクシーを使っても千円以内ですむ。
それに試合後、浦和駅周辺には飲食店も多く、勝利の美酒を味わうには便がいい。昨夜は「力」の支店で7人が集まり、盛り上がった。
試合は今季はじめてユース上がりの若手3人(山田、原口、永田)が先発に起用された。故障の坪井が欠場した事情もあったが、フィンケの若手登用策がじわじわと実行に移されてきているようだ。途中交代も山田→西澤、永田→高橋と若手を起用した。
そのせいがすべてではないが、若手が3人同時にピッチにいると試合の流れがスムースになる。特に後半の左サイドの狭いエリアで、神戸の密集マークをかいくぐって、若手3人の息のあったつなぎで、スルスルとマジックのように抜け出たプレーが印象的だった。
1点目は右サイドのスペースにうまく入り込んだ山田がヘットで中央に折り返したプレーがエジのゴールにつながった。原口は久々にシュートを放ち、ここ数試合のもやもやが吹っ切れたような動きをしていた。
全体的な動きは気温の高い厳しい条件の中でも、比較的スムースだった。そのため、高原の今季J1公式戦での初ゴールも生まれ、評判の悪いエジ、高原コンビから得点が生まれた。
いいことばかりではなく、この試合で目に付いたのがバックパスの多用である。意識して数えたわけではないが確かワンプレーで3回連続でバックパス交換をしていた。これはバックパスする側の問題もあるが、前でボールを受ける側の動きの少なさ、工夫のなさも影響していて一概には言えないが、それにしても消極的なパス交換はいただけない。
不用意な失点の多くは横パス、中途半端なバックパスを相手にかっさらわれケースが多い。
やはり前を向いて、パスは縦につないでいかねば早い攻めは展開できない。
それとゴールが見えたら、思い切ったシュートを打ってみることだ。細貝は何度かサイドを破り、自らシュートすべきタイミングでもパスで逃げてしまっている。
前節の横浜戦の悪いイメージを払拭するような神戸戦だったが、選手個々のコンディションの違いだけで、こうもチームががらっと変わるものなのか。コンディションだけで片付けられないものがある。私自身はそれが若手の積極的な起用による結果と考えている。
posted by futbolwold |11:40 |
浦和レッズ |
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2009年06月25日
昨晩、BS朝日で「鹿島・FCソウル」、「名古屋・水原三星」の2試合が同時中継されていた。
「鹿島・FCソウル」をメインに、途中ちょこちょことチャンネルを変えて「名古屋・水原三星」の試合をみる。
勝敗は別にしてこの2試合はJリーグとKリーグの比較が見られる意味でなかなか興味深く観戦することができた。
ACLは一昨年の浦和、そして昨年のG大阪のJリーグ勢が2連覇したことで、日本のマスコミが大きく取り上げたこともあり、相乗効果で関心が高まってきた。世界のサッカーを見据える前段階としてアジア全体のサッカーレベル、サッカーシーンを把握できるいいチャンスにもなっている。
昨晩の日韓トップクラブの激突は巻き返しを図るKリーグの意気込みの強さを感じるものだった。
日韓両国の間には不幸な歴史が横たわっている。
サッカーの世界にもその不幸な影が色濃く残っていた時期があり、李承晩政権時代の日韓サッカー戦では「負けたら二度と祖国の土は踏ませない」という李承晩大統領自らの有名な発言が、当時の日韓関係を象徴的に言い表わしている。
そんな思いがFCソウル、水原三星の両クラブに引き継がれていたのかもしれないが、2試合とも試合内容では韓国勢が日本を上回っていた。鹿島は判定勝負で言えば、PK戦の前ですでに負けていた。名古屋は少ないチャンスをゴールに結びつけて、逃げ切ったという印象が強い。
韓国が日本を上回った点は、まず玉際の強さ、ボールへの寄りで一歩早く韓国はぬきんでいた。反則まがいの強いあたりとタックルは気迫の表れか。
小笠原の退場は鹿島の勢いをそぐ不用意な行為だが、試合の流れや審判の気持ちや傾向を読み取れない拙さが、退場に結びついた。
あるいは2失点目のフリーキックのように、やってはいけない場所での不用意なファウルが多すぎた。日本選手は試合の流れをピッチ上で敏感に感じ取る感性が鈍すぎる。
WCアジア最終予選の最後の3試合を見て感じたことだが、日本サッカーの負の特徴である、パススピードと正確性、裏を返せば受けて側のトラップの未熟さが、昨晩のACL戦でも随所に見られた。
ゲーム展開のスピード、具体的には攻守の切り替えのスピードと言い換えてもよいが、日本代表も鹿島も、ともに遅い。
切り替えのスピードを担保するのはパススピードそのものもさることながらパス出しのタイミングにもある。
鹿島にはダイレクトパスがほとんど見られない。
かたやFCソウルは数本、サイドへの球出しにダイレクトパスを使っていた。またペナルティー内に進入する際にもダイレクトパスを多用して、何度も決定的なチャンスを演出していた。FCソウルの詰めの甘さに救われたが、前半で3点は取られてもおかしくない試合展開だった。
また日本はヘッドによるパス交換が相変わらず下手だ。相当程度、余裕があるはずなのに相手にボールをパスしてしまう。
先のオーストラリア戦でも感じたことだが、日本は一つ一つのプレーの質において世界標準に達していない。パスを受けてから周りを見るプレーが多すぎる。
ダイレクトパスがなぜ日本は不得意なのかといえば、パスを送る前に周りの状況を正確に把握できていないからだ。
すなわち次のやるべきプレーをイメージできずにいるからだ。
先の小笠原の不用意な退場劇が試合全体の流れを読めないことと、密接に関連している。
ゲーム全体のイメージと個々のプレーのイメージを膨らませることにおいて稚拙すぎる。
考えながらプレーをする、プレーしながら考える、これはサッカーの本場、英国の国民性を象徴する言葉「考えてから歩き、歩きながら考える」に符合する。
はたして日本勢のACL3連覇なるか興味は尽きないが、それ以上に日本のアジアにおけるレベル、世界とのレベルの差をしっかり把握できるいい機会である。
posted by futbolwold |09:10 |
Jリーグ |
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2009年06月22日
ワールドカップアジア最終予選のために約1ヶ月、中断していたJ1が再開した。
浦和はあまり相性のよくない横浜スタジアムで、マリノスと対戦した。代表組のトゥーリオ、阿部、都築が戻り、ナビスコで結果を出した高原を先発に起用して、久々のエジとのコンビでスタートした。
試合全体の印象は攻撃にも守備にもリズムが感じられない。
中盤でごちゃごちゃと細かいパス回しをしているだけで、少しもゴールに近づかない、そんな印象である。
とにかく積極性を感じさせない横パスばかりだ。パスの精度、スピードもなく、いたずらにパスゲームを繰り返しているうちに、パスをかっさらわれマリノスの速攻に2失点を喰らう。
中断1ヶ月の間にナビスコ予選を3試合見てきたが、ゲームの流れにスムーズさがあった。
息の合った若手主体の3試合だが、パスは前へ前とつながり、全員の動きが有機的にかみ合っていた。いい感じの攻撃のリズムは守備にも伝播して、実に安定感があった。
わくわくするような魅惑的で理詰めのサッカーを展開していた。
マリノス戦での若手起用は山田直と原口の2人のみ。山田は持ち前の運動量で動き回るが、周りとうまく絡み合わない。原口もしかり。
これが同じチームか、と思うほどの変わりようだ。代表組のコンディションに問題があったのであれば、思い切ってナビスコの勢いをそのまま、再開初戦にぶつけてみてもよかったように感じる。
代表イコールレギュラーという妙な安心感を持っているようだったら、ここは思い切ってショック療法、荒療治を施すのも一つの手である。
27日のヴィセル戦で試してみてはどうだろう。目の前で若手の活躍を見せつけられれば、チームにいい意味の緊張感と緊迫感がはしり、中堅、ベテランも目の色を変えるだろう。
鹿島の好調を支えているのは、公正な競争原理が働いているからだ。浦和は鹿島同様、選手層は厚い。ナビスコでの結果はけしてフロックではない。十二分に若手主体で戦えることが証明されたではないか。
フィンケ監督に望む、このままでは鹿島に独走を許してしまう。思い切った手を打つタイミングである。リーグ終盤では結果第一で手堅いゲーム運びが要求されるが、まだいまなら冒険は許される。
私自身はけして冒険とは思わないが。
posted by futbolwold |12:37 |
浦和レッズ |
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2009年06月18日
3年前と同じようにケーヒルにやられた。
オーストラリアの基本戦術は3年前と根本的に変わっていない。
長身のケネディをトップに据えて、ロングボールを放り込んでくる。頭で落としたボールをひろいまくり、シュートに結びつける。
オーストラリアには得点の形がある。けしてスマートさもなく、シンプルな戦術だが得点を狙う意識が高い。
昨夜はケネディと彼へのパスの出所をしっかりマークして、オーストラリアの攻撃パターンは押さえ込んだ。しかし、セットプレーでの2失点は彼らの得点への執念と泥臭い強さにやられた。
最初の失点はボールの落下点に入ったのが田中マルクス一人。かたやオーストラリアはケーヒルともう一人。田中がオーストラリアの2選手に挟まれる格好になった。本来はその逆でなければならない。阿部が空中で相手に体をぶつけていれば、という失点だった。
2失点目もゴールを横切るセンタリングにケーヒルをマークしていた阿部が足を出すことができずやられた。
ここ一番の集中力の差が明暗を分けた。中村のフリーキックが入ったと思った瞬間、ゴールラインにいつの間にか戻っていたのはニールだろうか、ヘッドでクリアーされてしまった。危険を察知する感覚、集中力はさすがだ。
オーストラリアは攻撃も守備の意識も日本より一歩先を行っている。
オーストラリア選手の大半が欧州各国のリーグでもまれている。その経験の差がそのまま結果となって出たゲームだった。
ここぞというときの集中力の差がはっきり出てしまった。この差がまさに世界との差なのだろう。
オーストラリアのとの差を感じたのはもう一つ。
れは中長距離のパスの速さである。
日本は意識してサイドチェンジを試みていたが、そのパススピードがオーストラリアに比べて遅い。右サイドの内田へのパスが何本か通ったが、パススピードが遅くて、その間にオーストラリア選手が戻り、しっかりマークさせてしまう余裕をあたえていた。
高くて固いオーストラリア守備網を崩すには早い攻撃が絶対条件だ。そのためには強いパス、速いパス回しが求められる。
サイドチェンジの有効性は相手守備陣が戻りきれない速さにある。
サイドの選手がトップスピードで走りこんだその先にパスが届くイメージでパスしなければならない。
右サイドの内田が大きなアクションでパスを要求しているシーンが何度かあったが、送られてくるボールが内田のその足元では意味がない。
なぜパスが弱いのかはパスの出し手の問題だけでなく、受ける側のトラップ技術の問題でもある。
後半途中から交代した矢野がパスを大きくトラップミスをして、チャンスをピンチに変えてしまったシーンが象徴的だった。
一人一人のプレーの早さ、確実性が積み上げられて、チームとしてのスピードが上がる。
ウズベキ、カタールの2戦よりも昨夜のオーストラリア戦のほうが、チームとしてのできはよかった。日本代表とオーストラリアのとの実力差はほとんどないといってもよい。
しかし勝敗の明暗を分けたものは、プレースピード、基本技術、集中力、闘争心、勝負にこだわるメンタリティーなどほんのちょっとしたところの差にある。
しかしこの差を埋めるのが実はとても時間がかかる。
手っ取り早く、有効なのが海外のクラブに移籍して厳しいゲームを経験するか、ACLやアジアカップ、年代別の世界選手権のような真剣勝負の国際試合を数多く経験することだろう。
最も基本的な強化策はJリーグのレベルの底上げが代表強化に直結する。
ワールドカップ本大会まで一年。
わずか一年、世界との差を埋めるには、まして「世界の4強」になるにはあまりにも短すぎる気がする。
posted by futbolwold |14:33 |
日本代表 |
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2009年06月17日
6月16日付の朝日新聞朝刊に久々にオシムのインタビュー記事が掲載されていた。
日本にいた頃よりも少し痩せた印象の顔写真だが、元気そうな様子だ。インタビューの狙いはWC予選突破した日本の印象を聞くことである。
オシムが日本代表に求めていたサッカースタイルは「2人の俊足のサイドプレーヤー、2人の高いセンターFW、ずしりと安定した2人のDF。中盤には本物の実力を持った選手たち」の組み合わせだという。
しかしオシムいわく現実は高いセンターFWの巻、矢野、高原はオシムが期待したほどのプレーを見せることができなかった。そしてこうも言っている。
「67キロの玉田に対してイングランド代表DFテリーは90キロ。1対1の戦いは学べるがいくら勇敢だったとしても駄目なものは駄目」と小さなFWを切り捨てている。
「世界の流行は前線に身長の高い選手がいること」だから小さな玉田や岡崎、田中達らは世界に通用しないと言わんばかりである。
ここまでの記事を読むと、「おやおや、オシムさん」といわざるを得ない。
大男ぞろいのオランダ、北欧と違い日本には背の高い一流選手の層はもともと薄い。だからJリーグでは通用しても、世界に通用しないのが巻であり矢野である。
日本的サッカーとはそうした如何ともしがたいフィジカルのハンディを克服するために、オシムは試行錯誤して日本にあったサッカーを目指していたのではないのだろうか。そして日本のサッカーファンはそんなオシムに目からうろこの新鮮なまなざしで、希望と期待をかけたのではなかったか?
オシムはまたこうも言っている。
1年前の欧州選手権でスペインが優勝した。そして今季の欧州チャンピオンズリーグはスペインのバルセロナが見事なパスサッカーで欧州を制覇した。
オシムは現在のスペインが自分の望むサッカースタイルで、かつ日本に向いたサッカースタイルであると。
限られた紙面でオシムの真意をきちんと伝えているかどうかわからないが、背の高いFWを起用してフィジカル的に負けないFWを起用することと、細かいパスと走り負けない運動量のサッカーを目指す現日本代表を評価することにオシムのなかで論理的矛盾はないのだろうか。
玉田は岡田ジャパンの元に再び戻ってきた。試合によって好不調の波はあるにせよ、大柄な外国人DFに対して、細かい変化で彼らを十分慌てさせている。瞬間的な切れ込むスピードは彼らも苦手にしている。絶好調の岡崎もけして大きくはない。しかし、2人のDFに囲まれてもしっかり点を取って結果を出している。少なくとも玉田と岡崎のコンビのほうが巻と矢野の起用より、はるかに頼れるFWの組み合わせである。
前向きに考えれば、日本が「世界の4強」になるためにはやはり世界的標準、あるいは普遍的標準とでも言うべき「2人の俊足のサイドプレーヤー、2人の高いセンターFW、ずしりと安定した2人のDF。中盤には本物の実力を持った選手たち」でなければ目標は達成できない、そうオシムは長期的な視野で、言外に言いたかったのだろうか。
だとするとオシムの日本的サッカーとはいったいなんぞや、と考え込んでしまう。
posted by futbolwold |15:36 |
サッカー全般 |
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2009年06月13日
ほんのついさっきまで、俊輔は古巣マリノスに復帰するという情報が確実視されていた。
それを信じて21日(日)の浦和戦のチケットを早々に手に入れているが、どうやら「俊輔復帰第1戦」は幻になりそうな気配だ。
俊輔は現日本代表のなかでは年齢、実績ともにピカいちの頼れるベテランである。
若手からの信頼も厚く、俊輔のほうから積極的に代表メンバーにアドバイスをしていると聞く。円熟したベテランと伸び盛りの若手がしっくり融合すればチームはいい状態になる。
チーム内のコミュニケーションも自然に濃密になり、チームに一体性が生まれてくる。
俊輔は自らぐいぐいと引っ張るタイプのリーダーではない。しかし、静かな語り口のなかには経験に裏打ちされた珠玉のヒントが詰まっている。若手は俊輔から多くのものを吸収する絶好のチャンスだ。
俊輔は現時点では間違いなく精神的支柱であり、チームリーダーである。彼の元でチームが一つになればいい。
ドイツ惨敗の大きな要因はチームがバラバラだったことを、当時の代表選手は口にしている。はっきりと口にはしないが、バラバラの根っこは中田秀にあると見ている。
チーム内で孤高の姿勢をとり続けたヒデだが、彼の強烈過ぎるほどの個性はチームを一つに纏め上げる要因にはならなかった。ヒデが悪いのか回りの選手たちが甘すぎたのか、どっちもどっちなのか、いずれにしても日本にとっては不幸な組み合わせであり、最悪の結果を招いてしまった。
ドイツ以降、日本代表のゲームは盛り上がらず、サッカー離れ、いや代表離れといったほうが正確だろうか、街の関心はサッカーから少し遠のいたことは事実だ。この間にWBCの異常な盛り上がりにも左右され、日ごろプロ野球に関心のない主婦の間でもWBCの話題で持ちきりだった。
かたや、WC南アフリカ大会の出場をかけたアジア最終予選の話題は、いまいち盛り上がりに欠けた。
しかし現在の代表チームの状態はけして悪くない。チームとしてのまとまりがあり、控えとレギュラーの差も少なく、結果も付いてきている。来年には間に合わないかもしれないが、10代の伸びしろの大きい有望な若手も育っている。
ACLでアウエーでの厳しい戦いをJリーグの4チーム以上がすでに経験しているが、代表予備軍の選手も貴重な国際試合を経験していて、ドイツのときとは大きく環境が違ってきている。偶然かもしれないが、今回の最終予選で日本はすべて敵地で勝っている。
従ってドイツでの苦い経験を活かし、俊輔と中澤を核にして、チームが一つにまとまれば、もしかして「世界の4強」もあながち岡田監督の戯言には終わらないかもしれないし、ぜひそう願いたい。
posted by futbolwold |11:30 |
日本代表 |
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2009年06月11日
昨夜のカタール戦は「世界の4強」を目指す日本代表としては、かなり物足りない。
ウズベキ戦の肉体的、精神的な疲れを引きずったように、選手の動きが重たい。
開始早々のカタールのオウンゴールで、日本のゴールラッシュを期待したが、ウズベキ戦同様、またもや尻すぼみになってしまった。アジア相手にこれだけ手こずる日本を見ていると、世界の前にアジアでの圧倒的な強さを確立するのが先のような気がする。
ウズベキ戦では日本はずるずると守備が下がりすぎて、前線との間が間延びし、セカンドボールを支配できなかった。
守備が下がりすぎる理由はフィジカルの弱さを、数的有利でカバーしようとするため、全員がペナルティー近辺に集まりすぎてしまうからだ。
守り一辺倒になると苦し紛れにボールを蹴り返すだけだから、相手の厚い中盤にボールを拾われてしまう。
うまく前線に跳ね返したボールが味方につながっても、相手守備二人に囲まれると簡単にボールを奪われ、ボールをキープできない。
負の連鎖を断ち切るには、やはりフィジカルの強い選手が個人技でボールをキープしたり、ときに強引に力で突破できないと膠着した局面は打開できない。ウズベキ戦などは特に後半、相手のリズムから抜け出ることができず、一方的に攻められていた。
攻撃ばかりでなく昨夜のカタール戦のように守備でも同じことがみてとれる。今に始まったことではないが、相手一人に日本選手が二人でマークしていても、浮き球の処理が苦手な日本選手を見ていると不安が募る。上半身の強い外国人に勝つためには、フィジカルの強化とともに、ボールの下に相手より先に入るセンスを磨くべきだ。
前線に単純なボールを放り込まれ、そのバウンドしたボールの処理にひやひやさせられることがたびたびある。
この二試合、岡田監督は俊輔と本田を併用しなかった。それは二人のポジションが重なるというのが大きな理由だと思うのだが、俊輔と本田のプレースタイルは似ていない。本田は身長、体の強さにおいて俊輔を上回っている。
昨夜も右サイドで遅すぎる途中交代だったが、本田は二人のマークを力で振り切り、ゴールライン際まで一人で突破したプレーを何度か見せていた。得点に結びつかなかったがゴールを引き出すプレーをしていた。
俊輔ならば周りの味方を使って、局面を打開する。このあたりは同じ右サイドでもスタイルは全く違う。
俊輔はむしろ日本では右サイドではなく、トップ下でボールを散らしたり、2列目からミドルシュートを狙い、ときに前線を追い越して飛び出すプレーをしたほうがいい。今の中村憲の位置のほうが俊輔のよさを引き出せるような気がする。
憲剛ファンには耳が痛いかもしれないが、彼がフロンターレで活躍しているのは強力な外国人フォワードトリオの存在に、逆に助けられている側面がある。
似たようなタイプの選手の中に、個の力でドリブル突破できる選手の存在は組織のアクセントとしてぜひ必要である。特に岡田監督は運動量の多さ、数的有利の保持、ショートパスの多用を選手に求めてきて、ある程度成果を収めてきているが、フィールドプレーヤー全員が似たもの集団になると、負の連鎖からなかなか抜け出せなくなることが多々ある。
一方的に攻められる時間帯が長すぎるのは、組織の中にいい意味での異端がいないことである。異端は適切な表現ではないかもしれないが、プレースタイルの違う選手を適材適所にちりばめ、組織に多様性を持ち込むのである。
金太郎飴のような組織は日本的強さでもあるが、その裏に弱さ、もろさ、恐さが潜んでいる。右サイドは俊輔と本田の定位置という固定観念を払拭して、本大会での残り一年を柔軟な思考でのぞんでもらいたい。
余談だが、アジアの審判の技術レベル、公正意識の低さは目に余るものがある。すべてのアジアで行われる国際試合は、第三の中立な地域(当該国以外のアジアの国ではない)から選ぶべきである。戦う前から11対14(3人は審判)では不公平極まりない。
posted by futbolwold |15:10 |
日本代表 |
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2009年06月09日
6日、日本、オーストラリアそして韓国がそれぞれ2試合を残して早々に2010年ワールドカップ南アフリカ大会への出場が決まった。
日本にとって残り2試合は消化試合となり、メディアの扱いは小さくなるだろう。
6日のウズベキ戦のTV視聴率、街のスポーツバーの入りもそれぞれ低調だった。やはりドイツ大会での惨敗の影響だろうか、ミーハー、にわかサッカーファンがごっそり抜け落ちたのだろう。
それはそれで、熱烈サッカーファンにとってはチケットが手に入りやすくなるので、歓迎するところだ。
さて10日のカタール戦の見どころといえば、常識的には1年後を見据えて、新戦力あるいは新布陣をテストする試合の位置づけであろう。
しかし、岡田監督はウズベキ戦後のインタビューで「これでスタートラインにたった」と答えている。
この言葉を真正面から受け止めれば、新戦力のテストをしている余裕があるのか?
本大会ベスト4を宣言した岡田監督としてはこの1年で、数段のステップアップのためになにをするのかが次なる課題である。
とすれば現時点での最強メンバーで2試合を戦うのがこれまた常識だろう。
真剣勝負のテストマッチが少ない日本代表にとって、消化試合とはいえこの2試合は貴重な試合である。
しかし相手のモチベーションのあり方にも大きく左右される。
カタールが全力で試合に臨んでくれれば、貴重なテストマッチになる。オーストラリアも同様にベストメンバーでむかってくれば、貴重なテストになるだろう。
冷静に考えれば、現時点で日本が世界のベスト4を目指すには世界との差はまだまだ大きい。ある人は岡田監督の願望に過ぎないと思うだろうし、大風呂敷を広げた発言とも感じるだろう。
大会が近づけばイギリスのブックメーカーが優勝国予想の賭け率を発表する。日本を本命視する確率は著しく低いものになるだろう。
世界が日本をどう見ているかがよくわかる。しかしイギリスのブックメーカーの予想はそれなりに客観的で正確だ。
日本がベスト4にどこまで近づいているかは、この掛け率は案外冷静に分析しているのでおおいに参考になる。
posted by futbolwold |14:11 |
日本代表 |
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2009年06月07日
これが数日前の日本代表と同じチームなのかと思うほど、昨夜の日本代表はウズベキスタンの攻めに苦しめられた。
岡崎の泥臭い先制点、それに続く大久保の幻の2点目、ここまではキリンカップの2試合を髣髴させる日本代表だったが、そのあとがいけない。
ホームで絶対負けられないウズベキスタンのモチベーションは先のチリやベルギーの比ではなかった。
これが真剣勝負とゆるい親善試合の決定的な差である。
日本は敵地での試合、同じイスラム圏の身びいきによる、シリア審判団の露骨なウズベキ寄りの判定に悩まされた。試合の始まる前から、重いハンディを課せられたようなゲームで、いいパフォーマンスは発揮できるわけが無かろう。
ウズベキのサッカー協会会長は絶対の権力を持っていると聞く。審判団に甘い鼻薬を嗅がせるくらい、いとも簡単にやりそうだ。
ウズベキが日本のペナルティー内に侵入してくると、思わず「頼むからウズベク選手の体に触るな!」と思わず叫んでしまう。不可解なPKをとられては元も子もない。
日本が前半の途中からゲーム終了まで、リズムを取り戻せなかったのは無理からぬことである。日本の途中交代は思っていたとおり、中村憲と大久保だった。
中村憲は岡崎への絶妙なパスのあと、視野が突然狭くなり、センターサークル付近で短いミスパスを繰り返しはじめた。大久保もいいプレーを見せていたにもかかわらず、相変わらずの得点欠乏症を発症しはじめた。こうなるとチームへいやなムードが波及してくる。こういうときはタイプの違うフォワードと交代させ、リズムを変えるべきである。大久保には高さとポストでのキープができる選手に代えたほうがいいと感じていた。
結果はその通りになって二人は矢野と本田に交代したが、できればせめて後半のスタートから代えてほしかった。前半のようなリズムを取り戻すには、選手が落ち着いたところで、監督の意志を伝えることができるハーフタイムに、しっかり選手に伝えるべきだった。
交代のタイミングがずれたことも、苦戦の一因だと思う。
イエロー、レッドの枚数、フリーキック、コーナーキックの数を比較すれば、どんなに選手がいいパフォーマンスをしても、公正無比な試合の演出者がいなければ、いい試合、いいサッカーは成立しない。
そんな最悪の状況で、しっかり岡崎の虎の子の1点を守りきったことは、拍手を贈りたい。
選手たちがあせらず、パニックにならず、冷静に守ることができたのは大きな進歩だ。
これまでの日本代表の欠点は、絶対的に有利な状況にもかかわらず、なぜか慌ててミスを犯し、無用な失点を繰り返してきた。心の弱さ、心理的な未成熟さが目に付いたが、昨夜の試合に限ってはその弱点も克服しつつあるように見えた。
やはり、ゆるい親善試合、表向き強化をうたった興行利益優先の代表戦のあり方を、根本から変えていかねば世界に追いつくことは難しい。
posted by futbolwold |09:18 |
日本代表 |
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2009年06月06日
今夜、日本代表はタシケントでウズベキスタンと戦う。
キリンカップでのチリ、ベルギー戦の結果をオーバーラップさせてしまうと、ウズベキスタン相手に楽勝を重ね合わせてしまいがちだが、それはやめたほうがいいだろう。
チリもベルギーも気持ちが入らない親善試合ムードでやってきて、結果はあの通りだ。
真剣勝負の戦いとは程遠い。
ウズベキスタン戦はタイトなマークと堅い守備網で日本は苦しめられるだろう。虎視眈々とカウンターを狙う作戦に日本は手こずり、けして楽な相手ではない。
キリンカップ2試合はともに大量得点で決まった勝負。野球でいえば大量得点した次の試合は打線が嘘のように沈黙するように、点はなかなか入らないような気がする。
引いて守る相手には、本田、中村憲の正確なミドルが有効だ。単純に左右のサイドから真ん中にクロスを上げるだけでは、すぐに攻撃が手詰まりになる。ミドルシュートについで有効なのがサイドをえぐりペナルティー深くドリブルで進入するプレーだ。ドリブラー松井に何とか望みを託したい。
引いた相手を前に引っ張り出すには早めのゴールがもっとも有効である。そのためには先取点、それも早い時間にほしい。相手が攻めあがれば、日本の速攻も生きてくる。
そうすれば岡崎と矢野の得点シーンのような、ピンポイントで合わせる場面の再現が見られる。
それと有効なのは早いサイドチェンジだ。サイドからサイドへダイレクトに、しかも低くて早いボールを確実に逆サイドに蹴ることができるかどうかだ。キックの正確性が問われるがこれが期待できるのはやはり俊輔、遠藤である。
長友、駒野(内田)がサイドチェンジで薄くなった守りを深くえぐれるか。
早いサイドチェンジで相手を左右に揺さぶり、守備網を切り崩すことができるか。
しかし早めに点が奪えなくてもあせる必要はない。マスコミは日本の世界最速本大会出場を煽り立てるが、それに踊らされることなく自信と忍耐でじっくり点を取ることに集中すればいい。ジリジリとあせる気持ちは守備にも影響を及ぼし、つまらない失点を喰らうことがある。
とにかく精神的にはウズベキスタンは追い込まれ苦しい立場にある。相手の置かれた立場を考えれば、日本は心理的にも有利なポジションにいるはずだ。
相手を見下すくらいの余裕を持ったほうがいい。
がんばれニッポン!
posted by futbolwold |07:11 |
日本代表 |
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2009年06月04日
新潟戦に続いて昨晩、磐田を相手に戦った浦和のナビスコカップを観戦してきた。
正直なところ、これまでナビスコカップは自分の中では関心度合いのウエイトが低かった。
しかし今季、浦和はACLの出場権を失い、ナビスコカップがその代わりというわけでもなかったが、とにかく続けて2試合生観戦した。
浦和の主力が日本代表に取られ、残ったレギュラークラスが続々と怪我で倒れ、最悪の状況のなかでナビスコカップをどう戦うのか、というのが最大の興味になってしまった。
しかしこれが「怪我の功名」というものなのだろう。
これまでベンチを暖めてきた若手が、ナビスコカップという晴れの舞台でピッチにたつチャンスがやってきた。それも一人、二人ではなく、若手がそのままごっそりピッチに躍り出てきた。
先発の西澤、高橋、エスクデロ、途中交代3人のなかの永田、濱田は浦和ユース出身だ。
これに、代表と怪我で欠場の山田と原口が戻れば、ピッチ上に7人のユース上がりの選手が占める。
昨晩のゲームでは後半、立て続けに決定的なピンチに見舞われたが、それまで特に前半は、サッカーの教科書どおりの完璧なゲームを展開していた。流れるような人とボールの動き。ボールを持った選手の横をすり抜けるように誰かがオーバーラップする。守備も新潟戦の様な安定感があった。攻守のバランスがよく、サイドに手詰まり感が出てくると、遠目から正確なミドルシュートを放つ。
誰もが、頭の中にゲームのシナリオが叩き込まれ、忠実にそのシナリオを演じているようだ。
犬飼JFA会長が今季初めに浦和のスタメンをそっくりユース組みと入れ替えすべしと、例の軽口で提案したが、それが現実に近づいてきた。
古傷を痛め担架で退場したアレックス、彼が怪我が癒えて復帰しても、その間に成長、進化する若手に出場機会を阻まれるかもしれない。
ややオーバーかもしれないが、代表組みが戻り、ポンテも復帰すると、この2試合のいいリズムに微妙なズレが生じるのでは、という贅沢な悩みを抱えそうな気がする。
新潟戦を前にしてフィンケはかなり不安な様子だった。若手の潜在能力の高さは十分承知していても、どれだけやれるかは未知数である。ある意味若手の大量起用は大博打だった。
ぼろ負けすれば、批判はフィンケに集中する。しかし結果はその反対で、若手でも十二分にやれることが明白になった。まさに「怪我の功名」である。
いいときはいい方向に流れが変わるもので、選手生命の終わりをささやかれてきた高原が久々に点を取った。
若手と中堅、ベテランがレギュラー争いを展開し、チーム内競争がフェアに働けば、チームは必ず活性化していく。
浦和に限らず、若手の起用には慎重にならざるをえない側面がある。結果がでれば本人の自信につながるが、そうでなければ才能の芽を摘んでしまうかもしれない。期待が大きい若手ほど、その起用は難しい面がある。
大事に育てようとして、結果過保護になりすぎて、方向を見失うことはスポーツ選手だけに当てはまるものではない。若手育成は慎重かつ大胆にすべきだろうが、その兼ね合いは言うはやすし、行なうは難しである。
今回の浦和の賭けは、プラスと出た。このプラスをJリーグ後半戦にどうつなげていくか興味津々である。
posted by futbolwold |13:57 |
浦和レッズ |
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2009年06月03日
サッカーは野球のように個人成績が判然としない。
記録のスポーツが野球とすればサッカーはさしずめ記憶のスポーツといえよう。
サッカーにはファンタジスタという概念がある。野球にはサッカーにおけるファンタジスタのような曖昧さを含んだ概念は極めて少ない。唯一といってもよいのが王と長島の比較で語られる程度であろう。記録の王と記憶の長島といった具合に。長島は野球界の唯一のファンタジスタだ。
野球の世界では数字という客観的な結果を見れば、誰が一流(記録の順位が高いか低いか)かは明白だ。
サッカーにおける記録といえば、得点数、アシスト数、リーグ出場数、代表キャップ数などの例が挙げられる。ゴールキーパーの失点の少なさも記録されるが、バックや守備的MFがどのくらい失点をふせいだか、という記録はない。
しかし、サッカーでも国ごとに、また地域ごとに年間最優秀プレーヤーを選び表彰する制度がある。客観的な数字を基に選出されたわけでもないが、一般のファンを含め大方の人は選出結果におおむね賛意を示している。
つまり妥当もしくは適切な判断に基づく選出だったことを認めていることになる。
かくのごとくサッカーにおける一流か否かの判断基準に確たるものは少ない。
暗黙の共通認識としてあるとすれば、それは怪我が少ないこと、もしくは怪我に強いことであろう。多少の怪我でもコンスタントに試合に出て、活躍し続ける選手は否が応でも人の記憶にしっかり刻まれる。
中村俊輔はデビュー当時から現在まで、けしてフィジカルは強いほうではない。むしろ選手としては虚弱な印象を持たれてきた。トルシエは中村を評してさらにメンタルメンでの弱さを理由に起用することをためらった。
しかし、トルシエに反発するかのように俊輔は海外でフィジカルもメンタルもタフになった。いつも体のどこかが万全でなくても、何とか試合に間に合わせるように調整してくる。
日本代表への思いが強いのだろう、強行日程をおして代表戦に照準を合わせて、海のむこうからやってくる。
マリノスへの復帰か、現チームに残留か、それともスペインリーグでもう一花咲かせるか、3つのオファーがあるのも、一流の証だ。
天才といわれた小野伸二は怪我に弱い。ガラスの伸二といわれるくらい、怪我での欠場が特に多い。田中達也もしかり、サッカーは野球に比べ圧倒的に怪我に悩まされる割合は多い。しかし、そうはいっても程度問題である。
一流選手は怪我に強い。その意味では中山ゴンやカズは間違いなく一流である。地味だけど清水の伊東輝もまた一流である。同年代の選手たちが早々に引退するなか、伊東は一人がんばってチームを牽引している。
posted by futbolwold |12:47 |
Jリーグ |
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2009年06月01日
今週土曜にアゥエーでのWカップアジア最終予選、ウズベキスタン戦が控えている。
キリンカップはまさに最終予選の最終テストを兼ねた試合になったが、結果は2試合で得点8、失点ゼロの完璧な結果となった。
昨夜のベルギーは前半、引いて守り、プレッシャーもきつくなく、日本が自由自在にパスを回し、圧倒的にボールを支配していた。ベルギーは全員がゴール前に引いて、カウンターでの速攻ねらいの作戦だったが、その攻撃も単発で、前線へフィードするパスの精度も低く、全く恐さを感じさせない。
さすがに後半はがらっと戦術を変えて、日本陣内でボールを奪おうとプレスをかけてきたが、迫力、気力は感じられない。
国立での代表戦は久々の満員で、それはそれどいいけれど、もっと強い相手を招集しなければ、強化試合の目的は達成されない。達成されたのは興行としての試合である。
前から言われていることだが、「強化と興行」はなかなか両立しにくい。「強化」を最重要課題とするならやはり海外遠征で、手ごたえのある代表なり、クラブと試合をするべきだ。
今回のチリにしてもベルギーにしても、大量失点、無得点試合にプライドを傷つけられた怒りやイライラ感が彼らからまったく伝わってこない。淡々とゲームをこなしている、そんな感じが画面から感じ取れた。
敵地での真剣勝負の戦いは、今回のキリンカップ2試合のような楽なゲームはできない。なにが起こるかわからないのがサッカーという競技だ。
キリンカップの収穫といえば選手が「自信」という目に見えない力を得たことだ。しかし、それが即、勝利に直結はしないという気持ちを持たないと、痛い目にあう。
ウズベキスタン戦でいい結果を残して初めて、日本代表の評価が固まる。
posted by futbolwold |15:13 |
日本代表 |
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