2009年02月22日
鹿島の新人、大迫の活躍が報じられている。久々の大型ストライカー出現への期待が膨らんでいる。
平成以降の高校サッカー選手権、得点王の顔ぶれを見るとA代表に上り詰め、活躍したのは実質的に大久保一人だけという寂しい現実がある。
現清水の大前元紀は平成19年度の得点王だが、入団後の動向についてはほとんど情報が入ってこない。
大前の活躍ぶりを見てきた一人として、大前の点を取るセンスに高い評価をしていた。しかし、Jリーグのトップはそれほど甘くない、の一言で片付けられない何かひっかかるものを感じてしまう。
プロ野球のドラフト1位選手が必ずしも大成しないことは知られているが、サッカーもまた同じなのか? レベルの違いと片付けられてしまうのか?
野球と違って選手生命が短いサッカーの場合、十代の選手たちが世界のトップ選手として活躍しているのはどう捉えたらいいのだろうか。
個々の選手の能力に属する問題なのだろうか。
監督・コーチの指導者を含め、日本サッカー全体に潜む、ある構造的な欠陥が若くて有望な選手が伸び悩む原因になっているのではないか、そう思いたくなるほど、歴代得点王たちの大半が期待するほど輝いていない。
前から気になっていたこの疑問だが、「ツカネット新聞」で“高校サッカー得点王のその後は”という記事が載っていた。
以下はその一部を紹介する。
平成以降の高校サッカー選手権得点王(()内は当時の所属高校)
平成元年度:西田吉洋(愛媛・南宇和)
平成02年度:浜田祥裕(福岡・東海大五)、中園忠和(埼玉・武南)
平成03年度:松波正信(東京・帝京)
平成04年度:江原淳史(埼玉・武南)
平成05年度:野見山秀樹(鹿児島・鹿児島実)
平成06年度:森崎嘉之(千葉・市立船橋)
平成07年度:吉原宏太(和歌山・初芝橋本)
平成08年度:北嶋秀朗(千葉・市立船橋) 、日下亮(千葉・市立船橋)
平成09年度:金古聖司(福岡・東福岡)、 河村優(静岡・藤枝東)
平成10年度:林丈統(兵庫・滝川第二)
平成11年度:石黒智久(富山・富山第一)
平成12年度:大久保嘉人(長崎・国見)
平成13年度:片桐淳至(岐阜・岐阜工)、柴崎晃誠(長崎・国見)
平成14年度:平山相太(長崎・国見)
平成15年度:平山相太(長崎・国見)
平成16年度:山下真太郎(鹿児島・鹿児島実業)、福士徳文(岩手・盛岡商)、糠谷祐真(群馬・前橋商)
平成17年度:迫田亮介(鹿児島・鹿児島実)
平成18年度:小室俊之(岡山・作陽)
平成19年度:大前元紀(千葉・流通経済大柏)
巨人V9監督の川上は選手の資質を見極める方法として、選手の両親をよく観察することを薦めていた。
現楽天監督の野村は新人選手を前にして【女の話】をして、敏感に興味を示すかどうかで選手の将来を判断していた。ちなみに最もよく反応したのが古田だったと明かしている。
川上、野村両人は選手の内面的なところに着目して、大成するか否かを独自で判断していたということだ。プロになる選手たちは素質的にほとんど大差はない。選手の考え方、気持ちの持ちかたで将来が決まる、ということをいいたかったのだろう。
一つ一つのプレーを監督のサインによって指示されることの多い野球とピッチ上で、自分が考え判断を下さなければならないサッカーでは、日ごろの練習方法からおのずと違ってくる。
特にサッカー選手は指示待ち族では大成しない。指導者もまた、選手自身に考えさせ、結論を自ら下すように日ごろから指導しなければならない。
選手の育成は10年先に結論が出る息の長い仕事である。大迫が期待通り、釜本以来のストライカーになるかどうかを、注目したい。
大迫は鹿島の育成力を試めすリトマス試験紙のような存在だ。
posted by futbolwold |12:58 |
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2009年02月20日
引き分け狙いのオーストラリアを攻め続けた日本、しかし相手の思惑通り堅い守備を崩せず無得点に終わった先の試合。
得点力不足という日本の大きな課題がまたしても積み残されたままだ。得点力不足の要因はすでに言い尽くされているが、あえて繰り返しになることを承知であげてみると・・・
1、シュートの正確性・確実性不足
2、攻めにかける人数不足
3、攻めのアイデア、バライティ不足
4、決定的なストライカー不足
思いつくまま、書き出してみたが勿論これ以外にあげられる要因はまだあると思う。
たとえば、ペナルティエリア近くにボールを運ぶまでの時間の問題がある。
相手守備陣が体制を整える前に攻めのスピードを上げられるかどうか、ということがあるだろう。
オーストラリア戦の前か後か失念したが、俊輔がTVのインタビューで興味深いことを話していた。
それはオーストラリアの守りの堅さを突き崩すための手段として、攻めを早くするというアイデアに対する俊輔の答えが「NO」だったことである。
オーストラリアだけではなく、日本が負ける、あるいは失点するパターンは攻め急ぎすぎて、精度の低いパス、センタリングを前線に放り込み、相手の高い守備に跳ね返され、そのセカンドボールを拾われ、一気にカウンターを食うという過去の例を持ち出したこと。
自分なら攻撃の確実性を重視して、組織としてスペースを探したり、スペースを作るような動きをしながら、得点を狙うことを選択したいという主張である。
良くも悪くも現在の日本代表は俊輔頼みのチームである。
攻撃のスピード性を重視するサポからすれば、俊輔頼みの代表の現状に疑問と不満を抱くであろう。
しかしどんな組織でも、核となる選手を据えて、その核のよさを引き出し、活かしている。
チーム戦術とは核となる選手(一人とは限らないが)の特徴を活かすために、周りの選手との相性、連動性を考えることである。
先ごろ日本サッカー協会の理事会が開かれ、技術委員会の見直し、変更が決まった。
技術委員会はこれまで強化・育成の二つの仕事を担当し、技術委員長は小野剛が就いていた。
今回の決定で組織名を技術本部と改め、本部長に大仁副会長が就任し、強化と育成担当を分離した。強化担当を原博美、育成担当を小野剛がつとめる。
その新任の原強化委員長が就任前の2008年9月発行の「サッカー批評」のなかで「戦術とは何か」というテーマで話をしていた。
「並べ方やシステムよりも実は出場している選手の特徴とか、監督がやりたいことのほうが戦術的には大きな意味を持っています。―中略― 並びが同じとしても、選手を入れ替えることでガラリとサッカーが変わる」
監督が理想とするサッカーがまずありきで、それを具現化できる選手を代表に選ぶ。監督は手持ちの駒(選手)のなかから最も輝いている駒を選び、その駒の特徴を最大限に引き出す、幾通りかの組み合わせを考える。システムとはその組み合わせ結果にすぎない。
私たちは引いた相手を崩すのは容易でないことを、過去の経験から学んでいる。
「マイアミの奇跡」といわれた対ブラジル戦の日本代表が選択した戦術は、徹底して守り抜くことだった。ブラジルの繰り出すシュートを神がかり的に防いだGK川口を中心に、日本は全員が守りに徹した。あのブラジルでさえ、日本の守備を崩すことができなかった。
日本がプレミアリーグなどで鍛えられたオーストラリアの守備陣を崩せなかったのもある程度理解できる。
しかし結果としてオーストラリアの堅守の前に冒頭に挙げた日本が抱える4つの問題点が鮮明に浮き彫りになった。
最も簡単な解決策は4番目の決定的な仕事をする天才的ストライカーが現れるのをじっと待つことである。
しかし、天才の出現をじっと待つというのも間抜けな話だ。
その前にやるべきことはある。そのヒントはラクビーの平尾元日本代表監督が常々言っていることである。
海外の選手はプレイのモチベーションが自分自身の「極めたい」という探究心にあるが、日本選手の場合は先生に叱られるから、他人に見られて恥ずかしいから、あるいは先輩などにあれこれ言われるから、だから仕方なくやる、という感覚である。
モチベーションの持ち方に決定的な差があると平尾は言う。
少し長いが平尾の言葉を引用してみる。
「海外のトッププレーヤーは苦しい競り合いになったときに、その競り合いを楽しんでいるかのように見えます。自分自身をどこまで追い込んでいけるのか、自ら賭けを楽しんでいるかのようなのです。しかし日本の選手は自分自身に対するモチベーションが低いですから、極限の競り合いになると諦めが早く、失敗した後の言い訳ばかり上手になります。自分自身に対して律することより、人に説明することにばかりエネルギーを使うのです。」
過去のラクビーの試合でよく出くわした光景だが、ゲームが切迫しているとき、日本人選手は必ずといっていいほどイージーミスをする。
ラインがそろい、絶好のパスがわたった、と思った次の瞬間、信じられないノッコンをする。
サッカーも同じボールゲームとして同じようなシーンを目にしてきた。日本人選手のテクニックは年々磨かれてきているが、厳しいマークのなかで同じように精度の高いプレーができるかどうか。
プレッシャーが強くかかっている場面で練習時のような基本的動作における確実性、精度、正確性を実践で発揮できているかどうか。
平尾によれば、選手、コーチ全員が日常的なサッカーへのかかわり方を変えない限り、根源的な解決方法はないと言っている。
しかし見方を変えれば、モチベーションを自分自身の領域・問題として捉えていれば、誰もが優秀なストライカーになれる可能性があるということになる。
100年に一度の天才を待たなくていいのである。
とは言うものの、人がその考え方を根底から変えるというのも、結構時間がかかる。事後的に考えれば簡単なことでも、そう決断し、実行に移すというのは難しい。
日本の得点力不足の解消方法で、小手先的変革のそしりは免れないが、ひとつ手はある。
それは日本の中盤にはタレントが豊富であるという特色を強調した方法である。
攻めに関していえば、中盤の選手に積極的に点を取らせるよう意識付けをすることである。つまり、ワントップ、あるいはツートップという固定概念から自由になり、前の5人がフォワードと中盤を兼務し、ポジションを固定しないことをチームの約束事として、とにかく5人で点を取るという意識付けである。
2列目が前に飛び出しシュートを狙う、という意味合いとも違う。列という考え方そのものから自由になるというイメージである。
まあ~これは素人の考えることだから、これをうまく実践につなげるにはさまざまな障害、矛盾が出てくるだろう。
それは専門家に任せておくとして、いいたいことはパンドラの箱を誰かが開け放たなければ、いつまでたっても課題が課題として残ったままの状況が続くということだけは断言できよう。
posted by futbolwold |15:56 |
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2009年02月16日
2010年WCアジア最終予選はA・B両グループとも折り返しの4試合が終わり、日本が属するAグループはオーストラリア、日本が負けなしで1・2位を占め、他の3チームに頭ひとつ抜け出ている。
かたや、激戦のBグループはサウジアラビアが4位と不振で、代表監督の辞任のニュースが流れてきた。韓国、北朝鮮、イランの順位だが、北朝鮮が2位と健闘している。しかし、やはり不気味なのが1勝3分けの負けなしで3位につけているイランだ。
最終的には韓国、イランが抜け出しそうな感じがする。
Aグループの日本はホームでオーストラリアに勝ちきれず、引き分け狙いを至上命令にしてきたオーストラリアにまんまとしてやられた格好だ。
日本はオーストラリアに勝っておけば、ほぼWC出場が見えたと思うが、3位につけるバーレンがウズベキ相手に押されながらも、ロスタイムのフリーキックを決めて、最終予選突破に首の皮一枚残して、息を吹き返した。
これで3月28日のバーレン戦(埼玉スタジアム)がにわかに注目を集めることになった。
前売りチケットも好調で、かなりチケット入手も困難な様子らしい。ネットがつながりにくく、何とか友人にとってもらうことができた。
チケット入手といえば、3月7日のJリーグ開幕戦、浦和対鹿島(鹿島スタジアム)も前売り好調らしい。
浦和は2月15日に大原でJ2栃木と練習試合をしたが、ファンが多数押しよせ、大原は大混雑だったらしい。
ゲームの様子は人の頭越しにチラッとしか見えなかったようで、友人も前半であきらめて帰宅した、というメールが入った。
スポニチのネット記事によれば、17歳の原口元気が起用され、ドリブル突破で相手3人抜きのゴールを決めたそうだ。原口は練習試合6試合で4得点をきめた。
やはり予想通り、フィンケが若手を積極的に起用しているようだ。
3月7日の開幕戦のチケットも確保できたから、いまから楽しみである。
これから1ヶ月近くは、明けても暮れても、ニューレッズのメンバー予想が脳の大部分を占めることになるだろう。
posted by futbolwold |11:31 |
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2009年02月13日
ブログを書いている一人として、他のブログを読むのは楽しみでもあり、同一テーマで視点の違いに触発させられたりで、日ごろから大いに参考にさせていただいている。
そんな楽しみにしているブログのひとつに「キリタニブログ」がある。
2月12日の「WC最終予選 対オーストラリア戦評」を読ませていただいた。
「キリタニ」さんはこのゲームをTV観戦(衛星か地上波かは不明)して、その印象を書きとめられていた。
一方、私は試合当日、横浜スタジアムのメイン、1階ほぼ中段前席でスタジアム観戦していた。
席はメインスタンドから見て左サイドのほぼゴールライン延長線上付近だった。したがって前半は角度的に日本の攻撃を右斜め前方、遠くから見るような位置である。
反対に後半は長友、内田の両サイドからゴール中央に供給されるボールをめぐる攻防がすぐ目の前で繰り広げられていた。
私は埼玉スタジアムでも他のスタジアムでも、ゴールやや斜め後ろのこのあたりの席を定番にして観戦している。
こうすると対角線上にゲームを見ることができ、立体感を感じることができる。かつ、ゴール前の迫力ある攻めぎあいも目の前で展開され、スタジアムの興奮度に連鎖して、また自らもゲームにのめりこむという楽しさを感じている。
ゴール真裏だと遠近感が失われ、平板な印象がして、あまり好まない。
全体を俯瞰して見られるのは、2階席中央だが、ゴール前の迫力ある攻防を楽しむにはあまり適さない。客観的にゲームの流れを把握できるが、ゲームにのめりこむ面白みにかけるきらいが残る。
何事も一長一短がある。
一長一短といえばTV観戦についても当てはまる。
TVの長所は選手の表情、汗までも映し出し、その激しい息遣いも伝わってくる。短所は切り取られた四角い画面の外側が見えないことである。俊輔や遠藤、そして田中、玉田らの動きをカメラがアップで追いかけている間は、その周囲の選手の動きが画面からかき消されてしまう。
TV観戦とスタジアム観戦の最大の違いはこの一点に集約されるかもしれない。TVディレクターの意思で絵になる選手中心に画面構成がなされると、視聴者は作り手側の意図に沿うようにゲームの印象を焼き付けてしまうことがある。
私は自他共に認めるレッズファンだから、都築、トゥーリオ、田中達也、そして長谷部の動きを無意識に注目してしまう癖がある。
一昨日のゲームの前半は日本のシュートが枠に全く飛ばなかった。
得点の臭いを感じたのは相手ゴール前右サイドの小さなスペースに田中達也が走りこみ、相手バックのマークをかわして、グラウンダーの早いボールを走りこんできた玉田にパスしたワンシーンだけだった。
前半は日本の攻勢の時間が長いものの、決定機は2回のフリーキック以外は見られず、淡々とした試合運びの感が強かった。
遠くから見ていたせいか、前半の特に「キリタニ」さんが強調していたほど田中達也の動きに目立ったものは少なかった。いや、むしろ達也が消えていた時間のほうが長かったくらいの印象だった。
同行観戦した仲間も、同じ思いで達也の体調の悪さが原因かなと、顔を見合わせたくらいである。くしくも、後半の頭から達也を引っ込め、フィンランド戦で見せてくれた裏への動き、飛び出しに秀でた岡崎に交代するのがベストチョイスと意見が一致したくらい、達也の動きに本来の鋭さがなかったように感じていた。
当然、TV画面を見ていない側からすると、個々の選手の動きは把握することが難しい。スタジアム観戦者は全体のゲームの流れを追わざるを得ない。ゆえにTV観戦とスタジアム観戦のゲームから受ける印象は微妙に異なることになるのだろう。
「キリタニ」さんは、オーストラリアにミスが多いことを指摘していたが、私の印象は異なる。
トゥーリオが前半2回、後半にも1回、集中力を切らしたようなミスパスをした。失点にいたりはしなかったが、一瞬凍りつきそうな危ういミスだった。
TV画面では、3回のミスパスシーンがどんな映像で捉えていたかは確認する術がない。しかし単純なミスの多さは日本のほうが多かった、というのが正直な感想である。
私の理想のTV中継は基本がセンターラインの位置で俯瞰するような画像をメインにして、決定的なゴールシーン、もしくは1対1の激しい戦いはアップにしてみるというものだ。
これを今すぐ個人レベルで実行しようとすれば、スタジアムの2階中央に陣取り、手には液晶ハンディテレビを持参しながらスタジアム観戦するのが最も現実的なベストチョイスになるのだろう。
いずれにしてもTV中継とスタジアム観戦の相違に気づかされたという点で「キリタニブログ」を興味深く拝読させてもらった。
posted by futbolwold |16:14 |
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2009年02月12日
オーストラリアの戦い方が試合前に予想したものとは大きく外れた。
敵はコンディションの悪さを考慮して、徹底的な引き分け狙いで望んできた。
前線へのロングパスを長身のケネディに合わせる、と予想していたがそのケネディは先発メンバーに入っていない。後半の40分に顔見世程度に交代で出ただけだった。
それだけに、攻める日本、守るオーストラリアのパターンが90分を通して続いた。
しかし、結果はスコアレスドロー。
その原因は・・・・
オーストラリアの守備の堅さ、強さ、高さ、そして何よりも冷静だったこと。
特に後半、日本の左右のサイドから、何度もいいセンタリングが中央に送り込まれた。しかし、守備の要、ニールを中心にしてきわどいセンタリングを冷静にゴールラインの外にけりだしていた。ニールはプレミアリーグ、ウエストハムの選手で名だたるプレミアリーグの点取り屋たちとしのぎを削っている、歴戦のつわものだ。日本の攻撃の圧力をあまり感じてないのだろうか。
日本の攻撃陣にも問題がある。
それは引いた相手に比べ、ゴール前に詰める人数が決定的に少なかったこと。せっかく早くて低いセンタリングをあげても、そこに飛び込む選手の絶対数が足りないため、簡単に跳ね返されていた。やはりゴール前に数人いれば、ゴールのチャンスも増えてくるし、敵も冷静さを失うことがある。そんなシーンがひとつだけあった。キーパーと見方バックが重なったシーンである。
こんなシーンが立て続けに出てくれば、得点は必ず生まれてくる。
課題として私があげた1対1の勝負では、玉田、松井、長友、大久保らが競り合いに勝っていた。スピード、テクニックの面ではオーストラリアと対等以上の動きをしていたのが目に付いた。
しかし、最後の最後では相手の守備力を凌駕するほどの分厚い攻めができずに、無得点に終わったのが最大の課題である。
また前半のいい位置での二本のフリーキックを決められなかったことも痛い。中村、遠藤の二人が絶好の位置からフリーキックを放ったが、どちらかが決めていればと悔やまれる。
posted by futbolwold |11:46 |
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2009年02月11日
今夜いよいよ、WCアジア最終予選の山場を横浜スタジアムで迎える。
2日前に来日したオーストラリアに対し、ホームで入念な準備をしてきた日本。
常識的には日本に有利な条件が整っているが、勝負事は下駄を履いて見なければ解からない。
オーストラリアは欧州の各クラブに所属する大男たちで、ドイツWCでの対戦時と同じように、ロングボールを前線にけりこみ、長身フォワードに合わせ、そのこぼれたボールを拾い、シュートに結びつけるという展開を選択するだろう。
日本にとっては中盤を省略されて、いきなり前線での勝負を挑まれると苦しくなる。
中村、遠藤でゲームを組み立てたい日本にとって、二人のゲームメーカーの頭越しにボールが通過してしまい、日本のペースは乱される。
こうなると、中澤、田中の両センターバックが相手フォワードとどれだけ競り勝つことができるかが大きなポイントになる。さらに連動して、そのこぼれたセカンドボールをどちらが支配できるかもポイントになる。
つまり、ひとつひとつの局面において、オーストラリアのフィジカルの強さに日本選手が競り負けないかどうかが、勝負の分かれ目になる。
攻撃面では両サイドの攻防がポイントになるだろう。
ここでも、相手との勝負に負けずに、サイドを突破できれば日本に勝機は十分ある。しかし1対1で簡単に負けて、敵にボールを奪われると、前かかりになったその隙に手薄なゴール前に単純にボールをあげられ、一転して大ピンチになる。
攻守いずれの局面でも、個々の勝負に勝てるかどうかがポイントになる。
フィジカルで劣っていても、相手より一瞬早くいいポジションに入ればボールを支配することができるし、気持ちでは絶対負けない、というメンタルも重要になってくる。
実力的に拮抗している相手に競り勝つためには、一瞬の気の緩みが致命傷になる。90分間、集中力を切らさず、1対1の勝負に勝ってやる、という気持ちの強さが勝負の分かれ道になる。
戦術、戦略、システムは次なる次元の話である。
今夜のゲームのチェックポイントは、日本代表のイレブンが一つ一つの局面で敵に勝ったか、負けたかを注目するつもりである。
posted by futbolwold |14:16 |
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2009年02月08日
11日のオーストラリア戦を控えて、緊張感が増してきている。
2月7日、横浜市内でオーストラリア代表監督ビムが記者会見を開いたが、その内容は日本代表を挑発する内容だった。
先の日本代表のフィンランド戦を観戦していたビム監督、詳細なメモを取っていたようだが、どんな分析結果を得たのだろうか?
日本側から見ればフィンランド戦は結果はともかく、内容的にはフィンランドが仮想オーストラリアの対象にならず、期待はずれだった。
しかし、オーストラリアから見ればどうなのだろう。意外にいまの日本は侮れない、と感じたのかもしれない。
岡崎の2得点はいずれも大男ぞろいのフィンランド守備陣の裏を取った得点で、ビムはオーストラリアの守備陣に失点シーンを重ね合わせ、不安を覚えたのかもしれない。
試合の2日前に来日するオーストラリア選手のコンディションを考えると、まさかとは思うがフィンランドの守備陣と同じように、やられる!と思ったのかもしれない。
そう考えると、7日の記者会見は自分の不安を払拭するためにも、あえて強気な、というより挑発的な受け答えをしたのだろうか。
日本代表の練習非公開を非難したり、中澤の守備に辛口批評したのも、不安の裏返しともとれる。
さらに言わずもがなの、戦う相手監督の試合後の去就にまで言及するのは、あまり例がない。現時点ではオーストラリアの優位性を強調するのは、万が一日本に敗れても、まだ対等であるというビムのエクスキューズにも聞こえる。
ビムのこれまでの監督としての実績をみれば、京都の監督時代、セカンドステージ途中で、成績不振により事実上更迭されたこと、ドイツWC後に韓国代表監督に就任したが、やはり結果を残せずアジアカップ終了後、解任された。このことが脳裏にちらついたのか、今回、相手監督の去就に触れたのは、実は自分の去就のことで頭がいっぱいになっていたことの裏返しではないだろうか。
ここまではあくまで推測だが、推測が真実だったかどうかは11日の結果が、すべてを明らかにしてくれるだろう。
posted by futbolwold |16:04 |
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2009年02月07日
2009年のJ1第10節までの日程詳細が、発表された。
どんなシーズン幕開けになるのか、興味津々である。3月7日の初戦、浦和は敵地で鹿島といきなり対戦する。
監督が代わった浦和だが、まず注目するのは、スタメンメの顔ぶれである。どんなサッカーを見せてくれるのか、近頃、猫も杓子も「チェンジ」を標榜するが、浦和の「チェンジ」はどこがどう変わるのか、ぜひこの目で確かめてみたい。
その前に、昨シーズンのJリーグを振り返って見ることにする。
昨シーズンは稀に見る混戦で、上位チームが一塊になってゴールになだれ込むような展開になった。最後はオリベイラ率いる鹿島が混戦を抜け出し、2連覇をなし遂げた。
その上位争いの中で好対照な二つのチームに注目して振り返ってみることにしたい。
なにが好対照なのかといえば、チームの戦い方のスタイルである。
こういえば「はは~ん」とお気づきの方も多いと思う。
ナビスコを制して、初タイトルを取った大分はリーグの順位も4位と大躍進した。
34試合で総得点33、総失点24はJ1、18チーム中ダントツの最少失点だ。次に続くのが鹿島で30失点だから、守りの堅さが大分の最大の特徴だった。1試合1点未満の攻撃陣を支える堅守は今年も健在だろうか。
かたや、G大阪はACLでマンU相手に、点を取られても取り返す、シーズン中のスタイルを貫き通し、喝采を浴びた。リーグの成績は8位で総得点46、総失点49は大分の倍以上失点をしたことになる。
得失点がマイナスなのは上位9チームの中では、唯一G大阪だけである。点を取られても取り返すスタイルは、見る側にとっては確かに面白い。
こんな荒削りなサッカーでは監督はたまったもんではないけれど、西野監督はあまり意にかえさないようで、チマチマ小手先でほころびを繕うことをしない様子だった。頑固者、西野監督の面目躍如の昨シーズンだった。
今シーズン、大分は堅守に磨きをかけながら、同時に得点力アップを課題にして攻撃陣を強化すればよい。反対にG大阪は攻撃的スタイルを変えることなく、もう少し守備に力を入れて修正すれば、昨年以上の成績が見込まれる。
しかし、これが現実的でないことは誰もが知っている。誰もが考える優等生的な思考法は
知らずすらずにバランスを崩し、気がつくと自分たちのいいところまでが、弱体化してしまうことが、しばしばおきる。
よって大分は昨年以上に守備を強化し、G大阪は昨年以上に点が取れるよう、練習することだ。
「二兎負うもの、一兎も得ず」の喩えどおり、弱点を直すことより、得意なところを伸ばすようにしたほうがよい。子供の学習能力を高める方法と同じだ。
監督もまた自分が信じるサッカースタイル以外のことをやろうとしないほうがよい。スタイルを変えたければ、フロントがそれにあった監督を呼んでくるほうが手っ取り早いし、互いの幸福のためにもよい。
さて話は最初に戻る。浦和のフィンケのサッカースタイルはどうなんだろう。彼の経歴の概略は既報の通りで、現有戦力のなかで特に若手を育てることに実績がある、ということから、思い切った若手の登用を予想する向きが多い。しかし、具体的なサッカースタイルになると、あまり情報は伝わってこない。
いずれにしても第10節までの結果である程度、フィンケのサッカースタイルが見えてくるだろう。結果についていえば五分の成績ならば良しとする、そのくらいの気持ちで見守ろうと思う。
posted by futbolwold |15:06 |
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2009年02月05日
5対1、結果だけ見れば上々のようだけど、果たして仮想オーストラリア戦になったかどうかは疑問だ。
はっきりいって、フィンランド選手の顔ぶれがかなり落ちていたような感じだ。
5点目など、明らかなキーパーの凡ミス。
収穫は内田の3アシスト、岡崎のゴール前でのボールをもらう動きに進歩が見られたこと、久々のセットプレーで点が入ったこと、この三つだ。
点にはならなかったが、長友のスピードが随所に光ったことも付け加えておこう。
おそらく、オーストラリア戦では今日の戦い方のようにうまくいくことはないだろうと思われる点が、2つ。
一つ目は両サイドからのセンタリングだが、昨日のような一本調子ではオーストラリアの高い壁に、すべて跳ね返されるだろう。
グラウンダーの早いボールをキーパーと相手バックスの間に通すようなセンタリングを織り交ぜなければ、オーストラリアの守備は崩せない。
二つ目は右サイドの内田が攻撃の面で、3アシストと活躍したが、オーストラリアの高さと強さ備えた攻めに、内田の守りがどこまで対応できるかということ。昨夜のフィンラド戦では、守りを試されるまで攻め込まれるシーンがほとんどなかったため、仮想オーストラリアのシュミレーションにはならなかった。
勝って弾みがつくことは、いいのだが、修正点をあぶりだすような相手でないと、試合そのものの意味が薄れてくる。
その意味ではひとつだけ修正点があった。
それはキーパーの守備だ。唯一の失点のシーンを思い出すと、都築が相手と競り合った際、パンチングが短すぎて、そのボールをダイレクトにシュートされた。楢崎、川口の欠場がどう響くか。GKのハイボール処理をもう一度確認したほうがよさそうだ。
posted by futbolwold |08:45 |
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2009年02月03日
このブログを含め、多くのブログに寄せられるコメントのなかに、あるひとつの傾向があり、この傾向のコメントを読むと私はいつも釈然としない気分になる。
それは、システムとポジションにかかわる記述に対するコメントである。
システムはいわばチームの戦い方の基本的な共通認識を具現化したものであると私は理解している。戦い方の基本コンセプトと言い換えてもいい。そして11あるポジションはそのシステムに沿った選手の立ち位置、役割を明示したものである。
試合直前に先発イレブンがアナウンスされると、監督は今日のこの試合をどう戦おうとしているのかが、ある程度見えてくる。
長期にわたって行われるリーグ戦の最中に、大きなシステム変更がなされることはそうそう頻繁にはないが、アナウンスされる11人のポジションから逆にシステムが明らかになり、この試合における監督の意図することが伝わってくる。
しかし、一旦試合が始まると、相手の出方や戦況の変化に合わせてポジションは流動化し、左右のMFが入れ替わったり、ツートップでスタートしても、トップ下の一人が上がり、スリートップになったりと臨機応変にポジションが変わり、システムも試合開始直後のそれとは違ったものに変わっていくのは当然である。
サッカーは野球のようにポジションが固定化されたスポーツではなく、守備の最後尾にいる選手が、ボールを持ってスルスル相手ゴール前まで進み、そのままゴールを狙うこともある。
反対に、最前線にいるべき攻撃の選手が、ピンチと見るや味方のゴールラインまで戻り、守備をすることも日常的な光景である。
すなわち流動化し続ける試合において、当初アナウンスされた各選手のポジションは、極端に言えば有名無実化してしまうのだから、ゲームを振り返って評論、印象、感想をブログに書く段になれば、ポジションの表記が仮に左右取り違えていても、別段書く側にとっては大きな問題ではない、と私などは考えてしまう。
スタートで右にいたMFが左にポジションを変え、そこで印象的なプレーをして、またもとの右に戻ったとしても、見る側、書く側からすれば、彼はあくまで左のMFである。
それをいちいち、「スタートでは右MFにいた○○選手が、左にポジションを変え、決定的な仕事をして、試合終了間際には元の右に戻り」と表現しても、ことの本質とはほとんど無関係だと思う。
しかし、記録係のような人が「○○選手のポジションは右のMFですよ~」とコメントを送ってくれると、やっぱり釈然としないのである。
この一件と深くかかわることで、サッカーにおいては、いや団体の球技全般にいえることだが、基本は選手同士の「一対一」の勝負であるということだ。
ポジションが固定化された野球でも投手とバッターの「一対一」からゲームは始まり、そして終わる。
野球のようにポジションが固定化されにくいサッカーではよりいっそう「一対一」の勝負が重要になってくる。
ACLでの日本守備陣は一昨年のカカ、作年のルーニーと相対して「一対一」の勝負で決定的に負けていた。特に本気モードになったルーニーには手も足も出ないという印象だった。
日本の失点シーンと同様、日本の攻撃陣の得点力不足は相手守備陣との「一対一」の勝負で勝てないことが最大の原因である。
いつだったか忘れたが、日本代表の欧州遠征で、確かチェコ戦において、久保がしっかりマークについてきた相手守備陣をフィジカルの強さ、俊敏性で突破して、ゴールを奪ったのが強く印象に残っている。
絶好調時の久保のような選手が複数いれば、日本の得点力不足はたちまち解消してしまうだろう。
ところが、現実には久保のような選手はいまだ現れない。
だから特に守りの場面では「一対一」の勝負ではなく、「一対二」、時として「一対三」を作れと大半の指導者は言う。
個で勝負できなければ複数、組織で何とかしろ、というわけだ。
人数をかけて守り、人数をかけて攻める
現実的な対応策としてはけして間違いではないだろう。
しかし、その一方でいつかどこかが「一対一」の勝負を基本に据えて取り組まないかぎり、格上の強い相手に善戦はしても、勝てない。反対に格下の弱い相手に、圧倒的に攻めていても、勝ちきれない。
そんな状況が変わりなく続くような気がする。
試合の流れが手詰まり状態になったとき、あるいはいやな流れを変えるのは、最終的に個の力だ。
「一対一」の勝負に挑み、踏ん張り、勝ってこそ、状況を打破することができる。
勇気あるひとつのプレーで組織全体が活性化し、ムードが変わり、ゲームの流れを自分たちのものに引き寄せられる。
個の能力アップと組織力の強化は同時並行的に目指し、取り組まなくてはならない。
しかし、サッカーを取り巻く日本の現況は「人数をかけて守り、人数をかけて攻める」に比重がかかりすぎている、と個人的には感じてしまう。
考えすぎかもしれないが、だから多くのブログのコメントもこの延長線上にあって、システムにポジションに、その表記の違いに神経質になるのだろうと、推測してしまうのである。
posted by futbolwold |10:51 |
サッカー全般 |
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2009年02月01日
森岡、福西の日本を代表した二人のDFが引退する。
森岡33歳、福西32歳の若さである。
森岡は怪我をひきずっての引退のようだが、福西は場が与えられればまだまだ活躍できるはずだ。34歳の寺田が日本代表に入ったくらいだから、余計二人の若さが気になる。
DFというポジションは経験に裏打ちされたクレバーさが要求されるポジションだ。したがって世界的なDFは30歳を過ぎてから、一層輝きを増す。
Jリーグでまじかにみてきた浦和のブッフバルト、磐田のドゥンガ、鹿島のジョルジューニョ、柏のホンミョンボ、いずれも最後尾から的確な指示を与え、チームリーダーの役割を果たしていた。彼らは敵のプレーを先読みして危険な場所には必ずといっていいくらい顔を出し、深いタックルでピンチの芽を摘み取っていた。
カズや中田ヒデを嚆矢として、海外に渡る日本選手は多くなった。
しかし宮本を除いてDFの選手で海外移籍を果たした選手は見当たらない。その宮本も海外移籍の二年間に、ほとんど結果を出すことができなかった。
得点力不足ばかりが目に付く日本のFW陣だが、より人材不足なのがDFである。
宮本のプレーのよさは先読みの優れたクレバーな点である。
ポジショニングのよさで守備をするタイプだが、やはりフィジカルが強く、背丈の大きい外国人選手のなかでは、クレバーさだけでは勝負はできない。
日本人DFの中ではピカイチの中澤にも海外からの熱烈なオファーは来ない。現代サッカーはまずしっかり守備を固めることを基本にしている。FWにも守備を求められる時代である。それだけ守りを重視しているということだ。
日本人DFの育成が急がれるが、サポーターがその育成にかかわれることができるとすれば、守備のファインプレーに惜しみない拍手をして、選手を奮い立たせることくらいしかやるべきことはない。ファンの目が肥えれば、いつかは優秀なDFが現れてくるだろう。
気長に待つしかない。
posted by futbolwold |10:56 |
日本代表 |
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