2008年05月15日
記憶に残るエラー
「野球は筋書きのないドラマ」とはよく言ったものだが、野球に限らず「筋書きのないドラマ」はスポーツ全般にそのシナリオが用意されている。 勝利を九分九厘この手に握りながらするりと勝利の女神が逃げてしまい、その直後に劇的な幕切れを迎える。スポーツシーンにはしばしば見られるドラマだ。 その意味で野球の「逆転満塁さよなら本塁打」ほど劇的なものはない。しかも打ったバッターが代打というケースは長いプロ野球の歴史の中でたった7人しかいない。 私がテレビを通して目の当たりにした七分の一は1971年、巨人の広野功選手が対ヤクルト戦で放った一打だった。広野はこの年、西鉄からトレードで移籍してきた選手だが、5対3のスコアで迎えた9回無死満塁の場面で代打として登場した。相手投手は前年入団した会田照夫だった。会田は5月の時点ですでに5勝をあげており、有力な新人王候補だった。しかし広野に劇的なホームランを打たれたショックからか、その後1勝しかあげられず、シーズンを終わってみれば新人王は巨人の関本にさらわれてしまった。 「逆転満塁さよなら本塁打」は確かに劇的だが、悲劇なのは野手のエラーである。 エラーによる「筋書きのないドラマ」は1961年の日本シリーズ、巨人対南海戦で起きた。 巨人2勝1敗で迎えた第4戦目、南海が3対2とリードして、9回2アウトまでこぎつけ、巨人は藤尾を代打に送り出した。リーリーフのスタンカが投じた内角球につまらされた打球はふらふらと一塁ベース前の小飛球となり、誰もがゲームセットと思ったその瞬間、一塁手寺田のファーストミットから白球がポロリと落ちた。 一塁方向から捉えられたこの瞬間のテレビ映像には南海ファンが撒いた紙ふぶきが映っていた。南海ナインはこの落球に動揺したのか、続く長島の平凡なサードゴロを今度は三塁手小池がハンブルして一打さよならの場面を迎えてしまう。 さらに南海にとっては信じられないことが起きる。次打者宮本に投じたボールがきわどいところで円城寺球審にボールと判定される。マウンドから血相を変えたスタンカが走り降りてくる。キャッチャー野村は判定への不服をなんども飛びはねて、全身で抗議する。 球場全体が異様な雰囲気に包まれる。信じられない二度のエラー、そしてきわどいボールの判定、目の前にありえないことが続けて三度も起こったのである。 この試合の結末は宮本のライト前ヒットで南海は逆転負けを喫し、4勝2敗で巨人が日本シリーズを制した。 痛恨の落球を苦にした寺田は自らトレードを志願して、翌年中日に移籍したものの、この一件が重荷になったのか満足な活躍もできず、シーズン終了後、寂しく引退してしまった。
posted by futbolwold |16:37 |
野球 |
コメント(2) |
トラックバック(0)


