2009年06月17日

久々のオシム登場、しかし・・・

6月16日付の朝日新聞朝刊に久々にオシムのインタビュー記事が掲載されていた。

日本にいた頃よりも少し痩せた印象の顔写真だが、元気そうな様子だ。インタビューの狙いはWC予選突破した日本の印象を聞くことである。
オシムが日本代表に求めていたサッカースタイルは「2人の俊足のサイドプレーヤー、2人の高いセンターFW、ずしりと安定した2人のDF。中盤には本物の実力を持った選手たち」の組み合わせだという。
しかしオシムいわく現実は高いセンターFWの巻、矢野、高原はオシムが期待したほどのプレーを見せることができなかった。そしてこうも言っている。
「67キロの玉田に対してイングランド代表DFテリーは90キロ。1対1の戦いは学べるがいくら勇敢だったとしても駄目なものは駄目」と小さなFWを切り捨てている。

「世界の流行は前線に身長の高い選手がいること」だから小さな玉田や岡崎、田中達らは世界に通用しないと言わんばかりである。
ここまでの記事を読むと、「おやおや、オシムさん」といわざるを得ない。
大男ぞろいのオランダ、北欧と違い日本には背の高い一流選手の層はもともと薄い。だからJリーグでは通用しても、世界に通用しないのが巻であり矢野である。

日本的サッカーとはそうした如何ともしがたいフィジカルのハンディを克服するために、オシムは試行錯誤して日本にあったサッカーを目指していたのではないのだろうか。そして日本のサッカーファンはそんなオシムに目からうろこの新鮮なまなざしで、希望と期待をかけたのではなかったか?

オシムはまたこうも言っている。
1年前の欧州選手権でスペインが優勝した。そして今季の欧州チャンピオンズリーグはスペインのバルセロナが見事なパスサッカーで欧州を制覇した。
オシムは現在のスペインが自分の望むサッカースタイルで、かつ日本に向いたサッカースタイルであると。

限られた紙面でオシムの真意をきちんと伝えているかどうかわからないが、背の高いFWを起用してフィジカル的に負けないFWを起用することと、細かいパスと走り負けない運動量のサッカーを目指す現日本代表を評価することにオシムのなかで論理的矛盾はないのだろうか。

玉田は岡田ジャパンの元に再び戻ってきた。試合によって好不調の波はあるにせよ、大柄な外国人DFに対して、細かい変化で彼らを十分慌てさせている。瞬間的な切れ込むスピードは彼らも苦手にしている。絶好調の岡崎もけして大きくはない。しかし、2人のDFに囲まれてもしっかり点を取って結果を出している。少なくとも玉田と岡崎のコンビのほうが巻と矢野の起用より、はるかに頼れるFWの組み合わせである。

前向きに考えれば、日本が「世界の4強」になるためにはやはり世界的標準、あるいは普遍的標準とでも言うべき「2人の俊足のサイドプレーヤー、2人の高いセンターFW、ずしりと安定した2人のDF。中盤には本物の実力を持った選手たち」でなければ目標は達成できない、そうオシムは長期的な視野で、言外に言いたかったのだろうか。

だとするとオシムの日本的サッカーとはいったいなんぞや、と考え込んでしまう。

posted by futbolwold |15:36 | サッカー全般 | コメント(9) | トラックバック(0)
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2009年02月03日

一対一の勝負を見直せ!

このブログを含め、多くのブログに寄せられるコメントのなかに、あるひとつの傾向があり、この傾向のコメントを読むと私はいつも釈然としない気分になる。

それは、システムとポジションにかかわる記述に対するコメントである。

システムはいわばチームの戦い方の基本的な共通認識を具現化したものであると私は理解している。戦い方の基本コンセプトと言い換えてもいい。そして11あるポジションはそのシステムに沿った選手の立ち位置、役割を明示したものである。

試合直前に先発イレブンがアナウンスされると、監督は今日のこの試合をどう戦おうとしているのかが、ある程度見えてくる。
長期にわたって行われるリーグ戦の最中に、大きなシステム変更がなされることはそうそう頻繁にはないが、アナウンスされる11人のポジションから逆にシステムが明らかになり、この試合における監督の意図することが伝わってくる。

しかし、一旦試合が始まると、相手の出方や戦況の変化に合わせてポジションは流動化し、左右のMFが入れ替わったり、ツートップでスタートしても、トップ下の一人が上がり、スリートップになったりと臨機応変にポジションが変わり、システムも試合開始直後のそれとは違ったものに変わっていくのは当然である。

サッカーは野球のようにポジションが固定化されたスポーツではなく、守備の最後尾にいる選手が、ボールを持ってスルスル相手ゴール前まで進み、そのままゴールを狙うこともある。
反対に、最前線にいるべき攻撃の選手が、ピンチと見るや味方のゴールラインまで戻り、守備をすることも日常的な光景である。

すなわち流動化し続ける試合において、当初アナウンスされた各選手のポジションは、極端に言えば有名無実化してしまうのだから、ゲームを振り返って評論、印象、感想をブログに書く段になれば、ポジションの表記が仮に左右取り違えていても、別段書く側にとっては大きな問題ではない、と私などは考えてしまう。

スタートで右にいたMFが左にポジションを変え、そこで印象的なプレーをして、またもとの右に戻ったとしても、見る側、書く側からすれば、彼はあくまで左のMFである。
それをいちいち、「スタートでは右MFにいた○○選手が、左にポジションを変え、決定的な仕事をして、試合終了間際には元の右に戻り」と表現しても、ことの本質とはほとんど無関係だと思う。

しかし、記録係のような人が「○○選手のポジションは右のMFですよ~」とコメントを送ってくれると、やっぱり釈然としないのである。

この一件と深くかかわることで、サッカーにおいては、いや団体の球技全般にいえることだが、基本は選手同士の「一対一」の勝負であるということだ。
ポジションが固定化された野球でも投手とバッターの「一対一」からゲームは始まり、そして終わる。
野球のようにポジションが固定化されにくいサッカーではよりいっそう「一対一」の勝負が重要になってくる。

ACLでの日本守備陣は一昨年のカカ、作年のルーニーと相対して「一対一」の勝負で決定的に負けていた。特に本気モードになったルーニーには手も足も出ないという印象だった。

日本の失点シーンと同様、日本の攻撃陣の得点力不足は相手守備陣との「一対一」の勝負で勝てないことが最大の原因である。

いつだったか忘れたが、日本代表の欧州遠征で、確かチェコ戦において、久保がしっかりマークについてきた相手守備陣をフィジカルの強さ、俊敏性で突破して、ゴールを奪ったのが強く印象に残っている。
絶好調時の久保のような選手が複数いれば、日本の得点力不足はたちまち解消してしまうだろう。

ところが、現実には久保のような選手はいまだ現れない。
だから特に守りの場面では「一対一」の勝負ではなく、「一対二」、時として「一対三」を作れと大半の指導者は言う。
個で勝負できなければ複数、組織で何とかしろ、というわけだ。

人数をかけて守り、人数をかけて攻める

現実的な対応策としてはけして間違いではないだろう。
しかし、その一方でいつかどこかが「一対一」の勝負を基本に据えて取り組まないかぎり、格上の強い相手に善戦はしても、勝てない。反対に格下の弱い相手に、圧倒的に攻めていても、勝ちきれない。
そんな状況が変わりなく続くような気がする。

試合の流れが手詰まり状態になったとき、あるいはいやな流れを変えるのは、最終的に個の力だ。
「一対一」の勝負に挑み、踏ん張り、勝ってこそ、状況を打破することができる。
勇気あるひとつのプレーで組織全体が活性化し、ムードが変わり、ゲームの流れを自分たちのものに引き寄せられる。

個の能力アップと組織力の強化は同時並行的に目指し、取り組まなくてはならない。
しかし、サッカーを取り巻く日本の現況は「人数をかけて守り、人数をかけて攻める」に比重がかかりすぎている、と個人的には感じてしまう。

考えすぎかもしれないが、だから多くのブログのコメントもこの延長線上にあって、システムにポジションに、その表記の違いに神経質になるのだろうと、推測してしまうのである。

posted by futbolwold |10:51 | サッカー全般 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2009年01月02日

2008年最後の試合、天皇杯

元旦の恒例行事、天皇杯決勝が行われた。サッカー選手にとっては2008年締めくくりの試合である。

G大阪がACLと天皇杯の2冠を手にした。ACL優勝の自信が天皇杯優勝に結びついたような感じがする。肉体的疲労のピークの中でも、監督も選手も落ち着いてゲーム戦術を貫き通した。
柏の作戦は早いうちに先制点をとり、G大阪が攻めざるを得ない状況を作り、G大阪の連戦からの疲労を増幅させ、戦意を喪失させようという意図だった。交代枠を早々に3つ使い果たし、90分で決着をつけようとしていた。

ガンバの勝因はこの早い仕掛けの柏の猛攻を何度もファインセーブしたキーパー藤ケ谷の活躍だ。
西野監督は最初から延長を予想していたかのように、90分での交代枠は使わなかった。
じっくり体力を温存し、相手の攻め疲れの状況を見抜いて、切り札、播戸を投入するタイミングをはかり延長に入ってから勝負にでた。
しかし、西野監督の意志の強さ、忍耐力、精神力の強さには驚きだ。思い通りの展開と結果に満足だったのだろう、試合後のインタビューでは感極まった様子だった。

この試合、120分の長い戦いで、最少得点差による決着だったが、その内容はスリリングで濃いものだった。特に柏のフランサの個人技は見ていて楽しい。

2009年のシーズンまでの当分の期間は、移籍の話題で占められるだろう。
浦和は中盤の補強としてレバノン代表MFアンタルの獲得に動いているという情報がある。
田中をはじめ数人の海外移籍の噂もちらほら聞こえているが、入ってくる選手の噂は少ない。
気になるところだ。

posted by futbolwold |09:07 | サッカー全般 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年12月31日

2008年、サッカー漬けの一年

このブログを立ち上げたのが、08年3月31日。

サッカーをメインに今日を入れて、149回のエントリーを重ねてきました。この間、9ヶ月で81万のアクセスをしてもらいました。
感謝、感謝です。

ブログの表題が「サッカーを愛する人へ」の通り、「スポーツ全般」が6回、「野球」はたったの4回のエントリーで、残りの139回がすべてサッカーに関するものでした。
しかし、このブログの9ヶ月を振り返ってみて印象深いのが、記事ジャンルとしては最小のエントリー「野球」でした。

表題は「プロ野球にバイバイした理由」にコメントが56件、「炎上」一歩手前という非常事態を招いてしまいました。「野球」派からの猛烈な抗議、「サッカー」派からの巻き返し的反論が入り乱れ、一向にバトルがやむ気配がありません。
気軽な気持ちで書いたところが、思わぬ「野球」派の憤慨攻撃にさらされ、「恐るべし野球」ファンの思いを新たにしました。

スポーツとしての「野球」と「サッカー」の優劣を論じたつもりは毛頭なかったのですが、稚拙な私の書き方で、思わぬ展開になったことは汗顔の至りでした。しかし、いろいろな角度からの意見を読ましてもらい、私自身には災いを転じて福となすの「事件」でした。

コメントバトルが沈静化したころあいを計り、同じ内容で不適切な文言と表題を改め、「巨人に別れを告げた個人的理由」と変えて再掲載しましたが、瞬時に35件のコメントが寄せられ、その中には前回同様の蒸し返しコメントも散見され、ブログの反響の大きさを再認識させられ、いい教訓となりました。

私は今年、還暦を迎えました。

コメントの中には「こんな年寄りが、サッカーのブログ」を開いている、と妙な関心をされたものもありました。私自身は外見はともかく、気持ちは若いつもりでいたので、なんとなく痛痒い気持ちにさせられました。

私はサッカーファンであると同時に「浦和レッズ」サポーターでもあります。
149回のエントリーのジャンル別内訳は・・
「日本代表」     41回
「サッカー全般」  32回
「Jリーグ」       29回
「浦和レッズ」    25回
「アンダー23」    12回

となっていて、代表関連(アンダー23を含め)で36%も占めてしまいました。振り返ってみると案外、「浦和レッズ」のことに触れてないことが、判明しました。

「浦和レッズ」のエントリー時期は後半に多くなっていました。「日本代表」と「アンダー23」の試合がなくなったので「浦和レッズ」を取り上げる回数が増えたことは事実ですが、やはりレッズの後半戦のふがいなさに比例して増えたのは否めません。大半のエントリー記事内容が「怒り」と「失望」と「嘆き」に収斂していました。

「浦和レッズ」ジャンルでもっともコメントを多くいただいたのは「来シーズンのスタメン予想」の15件でした。私を含め、レッズサポータの多くが今シーズンを見限り、来シーズンに思いをはせた、現実逃避型のメンタリティーがサポーターに広がっていたと見ることもできるでしょう。
来年3月のJ開幕では「浦和レッズ」ジャンルのエントリーが多くを占め、威勢のいい記事内容を載せたいものです。

レッズサポ!お互いがんばりましょう。

しかし、そうは言ってもやはりレッズと同なじくらい気になるのが日本代表の存在です。

2月11日のオーストラリア戦のチケットはいま、私の手元にあります。
オシムの呪縛から解き放たれた、岡田監督が最大のライバル、オーストラリアとどう戦うのか、いまから楽しみです。点の取れる日本代表が見られるか、はたまた「決定力」不足を露呈してしまうのか、代表で大ブレークする選手が出てくるのか、それは誰か、そんなことを考えていると、やはり来年も「日本代表」ジャンルに記事が集中するかもしれません。

こうしてブログの1年をあらためて振り返ると、たかが「サッカー」で一喜一憂する我が身が時々可笑しくなりなりますが、されど「サッカー」でもあるのです。

また来年もレッズに代表に、追いかける我が姿が見えてきてしまいます。

「サッカーを愛する」皆さん、来年もまたよろしくお付き合いください。そしてよいお年をお迎えください。

                                                            平成20年12月31日

posted by futbolwold |12:19 | サッカー全般 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年11月27日

犬飼さん、勘違いなさってはいませんか?<その一>

漫画ばかり読んでいて漢字がわからなくなってしまった麻生総理、度重なる失言はとどのつまりは言葉が持つ力を理解できなかった積年のつけが、いま廻ってきた感がする。

安倍、福田、二人の元総理もお粗末だったけど、それ以上にがっかりさせられる今度の総理。


言葉の持つ意味をあまりにも軽ろんじる人がサッカー界にも現れた。

いわずと知れた犬飼JFA会長、その人だ。
Jリーグの「秋~春制」問題をめぐってJリーグの鬼武チェアマンとギクシャクしたかと思えば、今度はJリーグ球団社長を「素人」呼ばわりをして反発を買っている。

JFAの公式ホームページに会長コラム「芝生で語ろう」が不定期で掲載されている。

2008年8月4日の就任発言から、直近の11月17日の記事を含め過去10回、時々のテーマの中で犬飼会長が自説を展開している。
犬飼会長の失言の背景にはなにがあるのか、「芝生で語ろう」からそのあたりを探ってみた。

以下は8月4日付の就任挨拶の内容に沿って、新会長の胸の内を忖度したもので、まず、犬飼会長は自分をこう紹介している。

「大学では経営学を学べる商学部を選択。大学でもサッカーを続け、主将も務めました。卒業後は三菱重工業に入社」し、赴任先のオランダから「帰国してから浦和レッズの社長をやらせてほしいと直談判したんです。しかし、国内の乗用車営業を司る責任者を命じられ、引き受けることに・・・。 念願のレッズ社長に就いたのは2002年の6月」というから、自らを売り込む術は車のセールスの経験が生きているのだろう。


サッカー界に自ら望んで身を投じてわずか6年後には日本サッカー界の頂点である、JFA会長の座を射止めたことになる。絵に描いたような上昇志向の強い人であることがうかがえる。

出世街道をひた走った人によく見受けられる、自信と過信。

周りの人間が馬鹿に見えてしまうのか、自分の意見が通らないと、とたんに切れてしまうのは、このての人種にありがちな傾向である。

新会長としてのご自分の果たすべき役割は「代表戦の興行価値を上げ、収益を確保すること」と明言している。

JFAの理念である「サッカーを通じて、豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する」ためにまず収益源である代表の試合に多くの観客を集め、TV局に放映権を高く売り、財源を確保することこそ、新会長としての最大の仕事であると自らの役割を規定している。

ここのところ代表の試合が不人気で、ひところのような収益が上がっていないため、財政基盤の再整備が緊急の課題という認識である。

新会長にとって代表の試合とは「「良いサッカー」を見せ、なおかつ勝たなければならない。負けたら終わりなんです。代表チームが強く、輝いていることで、サッカー界全体の求心力が持てる・・・」だいじな存在
である。

ありていに言えば金のなる木である代表興行がうまくいかなければ、サッカー界全体がしぼんでいくということを言いたいのだろう。

その代表の選出母体である、Jリーグの現状は新会長の目には「Jリーグが開幕して16年、サッカーは野球と並んで人気スポーツになり、経済的にも環境面でもある程度満たされ、選手の気持ちにマイナスの意味での充足感が蔓延している」と映っている。

代表に選ばれた選手たちには代表への思い、誇り、情熱が感じられず、それが観客の足を遠のかせている原因だと信じている様子である。

つまり、新会長は今日のJリーグと選手のあり方に大いに不満と危機感を抱いているのである。
何とか代表を強くし、良い試合を見せ、かつ勝たねば、お金は入ってこない、という焦燥感がひしひしと伝わってくる。

そこで唐突に感じられるほど新会長が秋~春制をぶち上げたのが10月6日の記事掲載である。

2010年にはどうしても秋~春制に移行したいと言っているのは、ひとつには海外組を良いコンディションで代表に加え、なんとしても勝ちたい、という意思がはっきり見えている。

そこで自説をおしすすめるにあたり、「先日、Jリーグ選手協会の会長を務める藤田俊哉選手(名古屋グランパス)、副会長の秋葉忠宏選手(ザスパ草津)、石川直宏選手(FC東京)、監事の高木義成選手(東京ヴェルディ)の4選手が、僕が会長に就任したということで訪ねてきてくれたんですが、彼らも秋~春制を歓迎」していたことを明らかにしていた。

憶測だが選手たちも表敬訪問して、いきなり新会長に反対しずらいだろうから、社交辞令としてあいまいに賛意を示したという程度であろう。
選手全員の総意はこのような社交辞令の場で示せるわけもなく、新会長のきわめて政治的発言と捉えざるをえない。

というのも藤田選手たちの賛成の理由が「家庭を持つ選手の多くが、子どもとの余暇や家族旅行ができないから、夏休みの間はオフにしてもらうのがありがたい」といったのを賛成の根拠としているのは、どうしても解せない。

立ち話でチラッと言った程度の発言を、選手会の総意と発表されては、選手たちはたまったものではない。

<つづく>

posted by futbolwold |14:51 | サッカー全般 | コメント(11) | トラックバック(0)
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2008年11月24日

プレミアリーグに暗い影を落とす世界同時不況

アメリカのサブプライム問題が表面化したとき、日本のある経済評論家はこう言った。


金融商品に占めるサブプライム証券のシェアは小さい。
したがってそれほど大きな影響は世界的にも起きない。

特に日本はヨーロッパと違ってサブプライム証券を購入しているケースはほとんどない。日本にはなんら影響はないだろう。つまり対岸の火事と認識していたことになる。

しかし、いまやこの見方がとてつもなく甘かったことがはっきりしている。
この国ならずとも、経済評論家のいうことが正しかったことは極めてまれだ。


15年前のJリーグ開幕から、しばらくの間、海外の有名プレーヤーがJバブルに招き寄せられ、来日した。
海外のサッカーニュースでしか見たことがなかった世界的名選手、生身のスーパースターがこの目で見られることに、わくわくどきどきしたものだが、あるときからパタッとその数が減ってしまった。


世界のサッカープレーヤーは押しなべてヨーロッパへと吸い寄せられて、日本のJリーグは相手にされなくなった。そのうち潤沢な中東オイルマネーが、かつてのJリーグと同じように、ピークを過ぎたスーパースターをアラビア半島に吸い寄せ、極東の島国にまでおこぼれにあずかることができなかった。


イギリスは金融、住宅バブルが長らく続き、今回の世界同時不況の影響が大きいといわれている。
イギリスは海外からの資本を積極的に取り込み、好景気を享受してきたが、今回のサブプライムローンを端緒に、大不況のリバウンドはイングランドサッカー界にもじわじわと迫ってきたといわれている。


資産家の個人オーナーの金融資産が大幅に目減りして、オーナーの座から降りる可能性は高まっている。
ロシアのオイルマネーも原油価格が高値から3分の1の水準に落ちてしまったいま、どこまで余剰資金をサッカーに投じ続けることができるのか。
金あまりからサッカー界になだれ込んできた巨大マネーが、潮が引くように引き上げられたら、プレミアリーグは大きな危機に瀕してしまう。


それでもサッカー好きな英国国民はせっせとスタジアムに足を運び、関連グッズを買いあさり、この方面での売り上げには大きな影響は出ないという論調もある。
しかし、企業が大リストラを行い失業率がポンと跳ね上がれば、いくらサッカー好きな国民といえど、サッカーにうつつを抜かしてもいられなくなるだろう。高止まりの入場料も、庶民の懐には重い。


かくして、移籍金うん十億、うん百億などという、法外な金が飛びかっていたこと自体異常なことで、おそらく急速にサッカー選手の年棒、移籍金はしぼんでいくはずである。
イングランド代表の不振が続くが、日本の食糧自給率が極端に落ち、農業が衰退したように、イングランドの海外依存体質が、代表を疲弊させてしまった。


ヨーロッパ一極集中体制が崩れ、世界のサッカーが多極化していく。
というよりバブル前の元の形に戻っていく。
これは世界のサッカーが健全化していくと前向きに評価して良いのではないか。


C・ロナルドやデコ、ルーニーら好みのスタープレーヤーが、Jリーグのピッチを駆け回っている。このことを想像するだけでも楽しくなる。円高のプラス効果がこんなところに現れてくればいい。


Jリーグにとっては世界同時不況の思わぬ副産物となるか、これから英国を含めたユーロサッカー事情に目が離せなくなる。

posted by futbolwold |09:58 | サッカー全般 | コメント(6) | トラックバック(0)
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2008年07月15日

人を慰めるときの言葉・前園の心中を思う

慰める相手の性格、人柄、そして慰めるときの相手の状況にもよるのだが、かける慰めの言葉の選択は難しい。
相手がどの程度落ち込んでいるのか、慰める側がそれを見極められるかどうかにかかっているが、それによってかける言葉は違ってくるであろう。
好きな人にふられ、傷深く心に刻み込まれ、それを生涯引きずる人と、ふられた直後は自殺しかねんばかりに落ち込むのに、次に出会ったら新しい恋人と楽しそうにしている恋多き人にかける言葉の選択は違ってくる。

私なら後者の恋多き人へは「ふった相手は君にふさわしくない。君にふさわしい相手をがんばって探そう」と声をかけることが出来る。
前者は難しい。しかし「がんばって君にふさわしい相手を探そう」とは言いにくい。なぜならふられた相手以上の人はいないと思い込んでいる人に、(結果的に一生、そう思い込んでいる人に)別な相手を推していることになり、これでは慰めにならないばかりか、傷口に塩をすりこむに等しいことになるから。

心に深い傷を負った人には、その人と同じ次元に立って、いっしょに大泣きしてやればいい。傷を心から共有して相手の傷の何分の一かを背負ってやる。そうすれば相手が背負う傷の深さ、重さが幾分なりかこちら側に乗り移り、その分軽くなるような気がする。「がんばれ」という励ましの言葉は逆効果であり、禁句である。

輝きを失った前園はチームを転々と移るたびごとに、何故、どうしてと自問し、苦しんだことだろう。自分のプレーに切れがどんどん無くなっていくことへの焦りと空恐ろしさに、押しつぶされる毎日だっただろう。弟分のような中田は順調に階段を上っていく。イタリアでの中田の活躍を見たであろう前園は、本人がどれほど中田を意識していたかは知る由もないが、眩しすぎて中田の雄姿を直視できなかっただろう。そう、前園は己のサッカー選手としての「惨め」さを十分味わっていたはずだ。自信もプライドもずたずたに引きちぎられて・・・。

そんな前園が目に前にいたら、あなたは「がんばって!」と無味乾燥な記号のような言葉をかけられるだろうか?OFKベオグラードのテストにも落ちて、プロの資格なしと最後通牒を突きつけられた前園に、それでも「がんばれ!」といえるだろうか。
私には言えない。前園の「惨め」さにとことん無言で付き合うことを選択するだろう。

それが適切な慰めだと、私はおもう。

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2008年06月30日

スペイン優勝の意味

世界のサッカーの流れへがいい方向へと向かうためにもスペインには勝ってほしかったが、日本時間の今日未明に行われた2008、ユーロ決勝はスペインの完勝だった。

これまでのスペインは前評判の高さが、結果に結びつかず長い間、見るものの期待を裏切ってきた。古い話だがクライフ率いたオランダが革命的なサッカーを展開して、現在のトータルフットボールの礎を築きながらも、勝負に負けたことを思い出す。

オランダもスペインと同じように前評判を裏切り続けているところがよく似ている。楽しいサッカー、観客を魅了するサッカーが勝つサッカー、あるいは負けないサッカーと同義語となりがたかったのが、これまでのサッカーの歴史だったようにおもう。

しかし、今回のスペインのサッカーはその前歴を覆すような勝利だった。平均身長でドイツに大きく劣り、ことに中盤の4人は170センチそこそこの小さなテクニシャンぞろいだったが、けして当たり負けをせず、最後までスタミナも切らさず、ドイツを圧倒した。

ダイレクトパスが大男のドイツ選手の間を何本となくつながり、小気味よいテンポでゲームはスペイン主導ですすんでいった。サッカーがけしてフィジカルだけのスポーツでないことがよくわかるようなスペインのプレーぶりだった。
スペインは決定機を何度も作り、あとすこし女神が微笑んでくれたら3対0の完璧な勝利を勝ち取ったかもしれない。

ドイツの勝負に対する執念は常に十分賞賛に値するものだが、サッカーの進歩という側面からいえば、スペインの勝利は実に意味深い。
全員で攻めて、全員が守る。空いたスペースを誰かが埋めると、パスが決まりごとのように目の前にやってくる。この動作の繰り返しがゴール前まで連続して、最後のシュートに結びつく。ドイツの守備は完全に翻弄され、崩され、ドイツ選手のエネルーギーの大部分が守備に費やされ、最後の15分はほとんど自陣に釘付けになっていた。
点差は最小だが、勝負の行方は時間がたてば立つほど明らかにスペインに傾いて、ドイツの勝利の確率は相当低いものと感じられた。

ドイツが受けた敗戦のショックは相当根深いものと想像される。
試合後のドイツ代表監督の「選手たちはかなり打ちひしがれているが、われわれが胸を張ってドイツに帰れない理由はない」という試合後のコメントに、多分に虚勢を感じのは私だけだろうか。

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2008年06月13日

第最終回 ひでの引退

実は前回(その十八)でひとまず、「サッカー談義」を終えようと思っていた。そのとき、中田の突然の引退声明が飛び込んできた。
で、思い直しもう一度書くことにした。

ひでは孤高の存在としてひときわ異彩を放っていた。若者の理想とする一人として抜群の人気があった。ひではその才能から、サッカー以外でも十分成功する逸材だと思う。勝手な憶測だが、サッカーを一時忘れて別な世界で活躍するのではないか。
ひでの引退については多くの人がこれからも語るであろう。だから私は今回のW杯におけるひでの発言に的を絞って注目したい。

引退宣言の言葉で冷静なひでの発言とは思えない意外な言葉をみつけた。

「おれは今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。いまの日本代表選手の技術レベルは本当に高く、そのうえスピードもある。」

その前日、事実上日本代表監督に就任したオシムの次の言葉と比べてみてほしい。
「今の日本代表はできるサッカーと、やろうとしているサッカーにギャップがありすぎる。W杯一次リーグで敗退して、みんなガッカリしている。その気持ちは分かる。だが、日本はW杯に出場できただけで満足すべきだった。なぜなら他の国も着実に力をつけているからだ。今やアジアの中でも「この国には絶対に勝てる」といえる国は少なくなっている。世界のサッカーは発展しているのだ。」

どちらが日本の現実を正確に言い表しているか一目瞭然だ。
引退という感傷的な気分が、きっとひでを支配していたのだろう。W杯以前のひではいまの日本では本大会を戦い抜く実力はない、と言い切っていたではないか。

いまとなっては遅きに失したが、ひでに望みたかったことは、彼の正しい危機感を他の選手に共有させるように努力して、そこをばねに全員で戦ってほしかった。
しかし、ひでがそれをできなかったことをひで自身が一番歯がゆく感じていたはずだ。それが引退を決断した最大の理由なのかもしれない。
  

<2006年のドイツ大会期間中、私はあるブログに20回にわたり、サッカーに寄せてきた私の思いを交えながら、「これまでの四年、これからの四年」と題した話を書き綴った。
そのあとがきにはこう書いた。(一部抜粋)
「Jリーグ発足以降にサッカーの虜になった人たちは、それまでの日本サッカー受難の時代を知る由もない。この人たちになかにはワールドカップを少し、甘く見ているような気がしてならなかった。若手で人気のあるサッカー評論家の発言や著作の端々に「日本がワールドカップに出るのは当然」というニュアンスが感じ取れたのも引っ掛かっていた。マスコミの取り上げ方も、日本の実力を結果的に過大評価していたと思う。というより、正確な情報を知ろうとしなかったように感じる。この一文はその事に警鐘を鳴らすつもりで書いた」
そんな思いから2年前の6月を思い出して、当時の文章を一切手を加えず、転載させていただくことにしました。>
                                             <終わり>

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2008年06月12日

第十八回 世界ランキングで戦力比較はできるるのか

FIFAの世界ランキングをそのまま信じる馬鹿なマスコミ関係者がいる。

ゴルフは賞金獲得額とショットごとの詳細な個人データという判断基準がある。
テニスは四大大会をはじめとして多くの冠大会が行われ、トップ十人くらいが互いに頻繁に対戦しているから、世界ランキンは選手の実力をかなり正確に表しているといえよう。

しかしサッカーの世界では代表チームの真の実力は測りにくい。
代表同士の試合は思いのほか少ない。四年に一度のW杯本戦に向けた予選、その準備のためのナショナルマッチ、その結果を総合的にFIFAが勘案して世界ランキングを決めている。そもそも各国とも国内リーグ所属の選手だけで代表チームを編成することが難しい状況では、代表同士のゲームは多くはない。
したがって、少ない事例による世界ランキングはあまり、というかほとんど参考にならないと考えたほうがよい。

ならば、ほかに各国のより客観的な実力を測る物差しはないのか?
「サッカー談義 その五」で取り上げたように、ヨーロッパリーグでの各国選手の活躍度、評価を参考にすることである。
緒戦のオーストラリアの実力を甘く見たこと、日本の実力を過信したこと、特に日本の海外組みの実力度を正確に知ろうとしなかったことは悔やまれる。

海外で活躍している代表格の中田の例を挙げると六月現在(ワールドカップ開幕直前の試合結果)でボルトンは四十六試合消化して、中田がフル出場したのはたった十試合、途中出場、退場が十七試合、そして全く試合に出なかったのが十九試合もある。あげた得点はたったの一点。ちなみにボルトンはプレミアリーグで二十チーム中八位のチーム成績である。
けしてトップチームといえないボルトンでレギュラーも確保していない中田が日本の中心選手という現実。

マスコミの情緒的な報道に惑わされずに、自分なりの判断はいくらでもできる。インターネットでその気になれば一昔前には考えられないくらい情報はあふれている。
ブラジルも負けてアルゼンチンも舞台から去った。ヨーロッパで開かれる大会で、南米勢は勝ち目が薄い。ジンクスは情報の量と正確性を凌駕してしまう。
これだから真剣勝負は面白い。


<2006年のドイツ大会期間中、私はあるブログに20回にわたり、サッカーに寄せてきた私の思いを交えながら、「これまでの四年、これからの四年」と題した話を書き綴った。
そのあとがきにはこう書いた。(一部抜粋)
「Jリーグ発足以降にサッカーの虜になった人たちは、それまでの日本サッカー受難の時代を知る由もない。この人たちになかにはワールドカップを少し、甘く見ているような気がしてならなかった。若手で人気のあるサッカー評論家の発言や著作の端々に「日本がワールドカップに出るのは当然」というニュアンスが感じ取れたのも引っ掛かっていた。マスコミの取り上げ方も、日本の実力を結果的に過大評価していたと思う。というより、正確な情報を知ろうとしなかったように感じる。この一文はその事に警鐘を鳴らすつもりで書いた」
そんな思いから2年前の6月を思い出して、当時の文章を一切手を加えず、転載させていただくことにしました。>

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2008年06月11日

第十七回 人は経験の生き物

技術は年々進化を続け、かつ継承されていく。したがって技術は初歩的な段階に逆戻りしたり、後退することはまずない。

一方、人は一から経験を積み上げるも、その経験のすべてを伝えきることなく死とともに墓場にもっていってしまう。
「戦争は悪」と先人から学んでいても、いつもどこかで戦争は繰り返し行われている。残念ながら人は自ら戦争を体験してはじめて、「戦争は悪」を真に学ぶ。ゆえに人は経験の生き物たる所以である。

ジーコジャパンのサッカーも選手としてのジーコの経験が色濃く投影されていた。

ジーコの活躍していた頃のブラジル代表は四人のMFがゲームを組み立て、攻撃重視のサッカーを展開していた。

当時ジーコ、ファルカン、ソクラテス、トニーニョセレーゾのMFは「黄金のカルテット」と呼ばれていた。ジーコが中田、中村、小野、稲本を重用したのは、日本版「黄金のカルテット」を思い描いていたふしがある。しかもこの四人はヨーロッパ組みだ。
ジーコは選手がハイレベルな欧州で経験をつむことを重視し続けてきた。ジーコのオフィシャルサイトに日本人選手がヨーロッパでプレーすることの意味を説いていた。試合に出られなくとも、在籍するだけで得がたい経験を身に付けることができる。そのひとつにJリーグでは感覚的にとらえきれないフィジカルの違いを肌で体得できることをあげていた。

意外なことにジーコ自身、ブラジル以外でプレーをしたのは83年~85年のシーズンをセリエAのウディネーゼで過ごしただけである。この短い海外経験がヨーロッパ組み重視につながったかどうかは簡単に判断がつきかねる。

ジーコのブラジル仕込みの攻撃重視はサントスの起用法によく表れている。サントスのディフェンス能力は目を覆いたくなるほど世界水準とかけ離れているが、ジーコはそれに勝る彼の攻撃センスを評価し続けた。

ジーコがディフェンス面を軽視したとは言わないが、人に弱い宮本を使い続けてきたのは彼のキャプテンとしての能力の高さを重視した結果だろう。宮本は一時期、西野監督から所属のガンバ大阪でもレギラーをはずされていたことがあった。宮本の特徴は、身体的能力の劣勢をプレーの先読みでカバーしていくタイプのディフェンダーだ。一対一のプレーは苦手にしている。

ジーコは母国ブラジルの強さの源泉を家族に模した結束力にあると信じていた。宮本が中田とチームメイトとの融和にかなりのエネルギーを費やしていたが、ジーコはそんな宮本のピッチを離れたところでの調整役としてのリーダーシップに期待していたのかもしれない。

ジーコの代表選びに際しては、これまでかなりの数の選手をセレクションしてきたが、最終的な二三人はほぼチーム結成当初の固定メンバーと大きく変わらなかった。ここでもブラジル流の結束力重視の傾向が読み取れる。

ジーコは選手選考、ならびに前日練習から先発メンバーにいたるまで、常にオープンにしてきた。その意味で外から見るとジーコのサッカーは相当わかりやすい。もちろん対戦相手からもわかりやすかったはずだ。オーストラリアを率いた百戦錬磨の曲者、ヒディングと何かと比較される所以だ。

ジーコは日本人選手に欠けている点の一つに「マリーシア(ずる賢さ)」をあげていた。いい意味での狡猾さ、試合なれしたかけひきとでも言うのだろう。
ジーコはこれまで見てきたように監督として正々堂々と振舞ってきた。しかし監督としてのジーコがブラジルでの体験をひきずらなかったものは皮肉にも「マリーシア」だった。

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2008年06月10日

第十六回 ジーコの四年間

トルシエが管理教育だとすれば、ジーコは自由放任教育だった。

トルシエの管理教育の限界は前回大会のW杯のトルコ戦ではっきりした。攻撃力に難のある日本にトルシエが要求したひとつの戦術が、アーリークロスといって早めにセンタリングをすることだった。相手の守備陣が整う前に、ゴール前に早めにボールをけりこみ、合わせる戦術だ。
ところが日本の手の内を知ったトルコ守備陣がその早目のセンタリングに足を出してカットしてしまう。日本人選手はセンタリングと見せかけたフェイントをひとつかませて、ボールをけろうとしない。何度もこれに似たシーンを眼にして、「これでは世界に勝てない」と実感した。

ジーコが代表監督に就任した直後から、いまのいままで、ゲームプランを事細かに指示しないことに異論を唱える人たちがいた。フォーメンションをつくりあげないジーコを監督失格とまで言う人もいた。その典型はスリーバックかフォーバックかのエンドレスな論争である。

いったんピッチにたてば選手の判断にゆだねるしかないサッカーというゲームでは、個人の自由度と創造性にゆだねるのが常識だ。なぜなら、試合ではひとつとして同じ状況に遭遇することはない。だから個人の状況にあわせた早い判断が不可欠である。その意味で選手個人の自由度と創造性そして能力の高さを求めたジーコはけして間違ってはいない。
しかし、大きな誤算はその選手個々の能力と意識の高さにおいて世界と大きな隔たりがあったことだ。この大会でこのことがこれほど鮮明になるとは正直、思わなかった。

ジーコの功績は日本がこれからめざす方向を愚直なまでに示し続けたことにある。登るべき頂ははっきりしたのだから、次期代表監督のオシムがなすべきことは、その頂にできるだけ速くそして確実に到達できることを求めたい。オシムのやり方はジェフを見ればおおよそ予想がつく。九十分走り続ける体力、激しいコンタクトに耐える力強さ、強くて正確なキック力、スピードに乗った攻守の切り替えである

<2006年のドイツ大会期間中、私はあるブログに20回にわたり、サッカーに寄せてきた私の思いを交えながら、「これまでの四年、これからの四年」と題した話を書き綴った。
そのあとがきにはこう書いた。(一部抜粋)
「Jリーグ発足以降にサッカーの虜になった人たちは、それまでの日本サッカー受難の時代を知る由もない。この人たちになかにはワールドカップを少し、甘く見ているような気がしてならなかった。若手で人気のあるサッカー評論家の発言や著作の端々に「日本がワールドカップに出るのは当然」というニュアンスが感じ取れたのも引っ掛かっていた。マスコミの取り上げ方も、日本の実力を結果的に過大評価していたと思う。というより、正確な情報を知ろうとしなかったように感じる。この一文はその事に警鐘を鳴らすつもりで書いた」
そんな思いから2年前の6月を思い出して、当時の文章を一切手を加えず、転載させていただくことにしました。>

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2008年06月09日

第十五回 オシムへの期待

川渕三郎はなかなか愛すべき存在だ。

W杯直後の記者会見で、次期監督候補に話題が移ったそのとき、まだ交渉中の次期監督名をポロッと口にしてしまった。その失態に気付いて弱わりきった表情を浮かべて「この話、聞かなかったことにはならんだろうな」と発言した。もちろん会見場は大爆笑だったことは言うまでもない。

ジーコの後継は千葉ジェフの現監督・オシムにきまりそうである。
オシムはサラエボ生まれの六五歳。旧ユーゴスラビア代表監督として名古屋グランパスに在籍したピクシーも信頼する名監督である。
Jリーグのお荷物とまで言われた弱小ジェフ千葉」を率いて、常に上位に食い込むチームに仕立て上げた手腕は相当評価してよい。

ジェフはここ何年間、チームのスター選手を他チームに引き抜かれ、財政難でその穴を埋めるトレードもままならなかった。しかし毎年、現有勢力でコンスタントにチームの成績を維持している。
毎期、契約更新時期になるとオシムは辞めてしまうのではないかと、ファンをやきもきさせたが、そのつど踏みとどまって今日まできた。

「オシムの話」によればオシムは経済的な理由からサッカー選手になったが、周囲からは数学の教師になることを期待されていた。オシム自身も教師を目指していたくらいだから人に教えることが得意なのだろう。
数学が得意といえば中田も数学が得意だ。中田は平面のグラウンドに立っていても、立体的にパスコースが見えてくるという。数学好きの思考回路は物事を俯瞰的にとらえることができるのだろう。

四年後は六九歳のオシムの年齢を心配するむきもあるが、「オシム語録」のとおり、含蓄のあるコメントがこれから頻繁に聞かれることが楽しみだ。楽しみといえばオシムの選ぶ代表の顔ぶれである。オシムのこれからの四年間の基本的な考え方が見て取れる。

走ることをチーム作りの基本においてきたオシムは技術はあるがスピードに難点のある、小野や俊輔を選ばない可能性もある。

走り負けた日本代表の意識を変えてくれることを期待したい。


<2006年のドイツ大会期間中、私はあるブログに20回にわたり、サッカーに寄せてきた私の思いを交えながら、「これまでの四年、これからの四年」と題した話を書き綴った。
そのあとがきにはこう書いた。(一部抜粋)
「Jリーグ発足以降にサッカーの虜になった人たちは、それまでの日本サッカー受難の時代を知る由もない。この人たちになかにはワールドカップを少し、甘く見ているような気がしてならなかった。若手で人気のあるサッカー評論家の発言や著作の端々に「日本がワールドカップに出るのは当然」というニュアンスが感じ取れたのも引っ掛かっていた。マスコミの取り上げ方も、日本の実力を結果的に過大評価していたと思う。というより、正確な情報を知ろうとしなかったように感じる。この一文はその事に警鐘を鳴らすつもりで書いた」
そんな思いから2年前の6月を思い出して、当時の文章を一切手を加えず、転載させていただくことにしました。>


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2008年06月06日

第十四回 中田の功罪

昨日のYHOOのトップニュース「W杯日本代表 その目は赤かった・・・中田選手のW杯終わる」(毎日新聞)のなかで「中田とイチロー」を比べる記載があった。

世界を相手に戦うアスリートとして二人を単純比較したものだが、ちょっと異論がある。
野球とサッカーの競技の違いはひとつの大きな違いを除けばあまり問題ではない。その大きなひとつの違いとは試合中の監督と選手の関係である。

野球は監督が一球ごとに選手に事細かに指示を出す。他方、サッカーはピッチ上のプレーヤーの判断にほとんどすべてをゆだねてしまう。監督のピッチ上でのプレーヤーへの唯一の指示は送り出した三人の交代選手によってのみ表現される。三人のホワードを投入すれば「攻めろ!」という指示である。

サッカーは一定の約束事を普段の練習の中で、互いに確認しあうが、いざ試合が始まれば選手同士のあうんの呼吸で、プレーは行われる。ひとつのボールを効率的に敵のゴールへ運ぶために十一人が有機的に動かねばならない。ここが野球と決定的に違うところだ。

常に孤高のスタンスを取り続けるイチローと中田。同列に扱いたくなるが、実はそうはいかない。イチローがWBCで発揮したリーダーシップはプレーの前後であり、プレー中は監督の指示を忠実に守らねばならない。一選手という点でイチローたりとも他のプレーヤーと同格である。
しかし、サッカーはピッチ上の十一人が一つの意思を共有せねばならない。サッカーは十一人の共通意思と信頼で有機的につながっていなければいいチームとはいえない。
試合が始まれば監督が口を挟むことができない。だから選手同士がひとつの意思を共有することは重要である。
つまり中田が他の十人とひとつの意思を共有しなければならないか、もしくは中田の意思に全員が沿うようにならなければいけない。

誰が悪いのか、残念ながらジーコジャパンはチームとして大きな欠陥を抱えて、W杯本番を迎えてしまった。

イチローと中田の似て非なるところは、チームメイトの二人に対する評価が微妙に異なる点である。イチローはメジャーの中でも偉大な記録を打ちたて、大きな実績を積み上げてきている。メジャーのトップバッターとして押しも押されぬ地位を築いている。
かたや中田は衝撃のセリエAデビューの二得点はあるものの、それ以後の活躍は並以下である。中田は人気先行、サッカー以外での話題に事欠かないサッカーカリスマタレントである。

中田のマスコミ向けの選手批判はいただけない。中田はチームメイトから信頼と尊敬は得られない。むしろ反発を買うだけだ。イチローと中田は野球とサッカーにおける役割と、プレーヤーとしての実績の点で決定的に異なる。
単純な比較は禁物だ。

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posted by futbolwold |14:38 | サッカー全般 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2008年06月02日

第十三回 世界は遠かった

世界がもっとも遠く感じられた一日だ。

世界最強の前評判の高いブラジル相手に、これだけミスを重ねて、よくぞこの点差ですんだというのが私の実感。

ミスの第一はディフェンス。前半のロスタイム、ボールを追いかけて、ロナウドをフリーにしてしまった、中沢のミス。

第二はミドルシュートを防げなかった川口のミス。キーパーのミスは決定的だ。それまでファインセーブをしていただけに悔やまれる。

第三は全員のミス。ミスパスが二桁以上あった。ボールを前に出そうとして、簡単に相手にボールを渡していては、ゲームにならない。このレベルではひとつのミスが致命傷になるほど、精度の高いサッカーをしなければならないのに、おそまつすぎる。

ブラジルは明らかに本気モードではなかった。日本は絶対勝利しなければならないのに、気の緩んだ相手に完敗した。残念ながら日本の今のレベルはオーストラリアに完敗した時点で今日の結果は見えていた。

ゴールが見えたらシュート、ブラジルは約束事のようにくりかえしてきた。日本の選手たちは・・・。
期待の俊輔はカタツムリのように動きが遅い。中田も闘志が空回りするシーンが何度か見られた。玉田のシュート以外、得点の臭いのするシュートが飛んでいかない。

日本サッカーの弱点がすべて炙り出されたようなゲームだった。
日本では中田を代表格に、俊輔、伸二、稲本など欧州組に過大な期待を寄せてきたが、欧州のトップリーグのそれもトップチームで、どれだけレギュラーで活躍していたか、マスコミを含め冷静に判断できていなかった。

これがオーストラリアに無残な負け方をした原因のひとつだろう。世界との比較に海外組の活躍度を十二分に考慮する視点をこれからは是非もちたい。

ユースの頃から世界と互角以上に戦ってきた海外組の彼らすれば、世界はもっと身近にあったはずだ。しかし、世界はさらに進歩していた。

中田の試合後の涙、俊輔の無言インタビュー、この意味するものは「こんなはずじゃなかった」という想いだろう。なぜ他国で黄金世代が順調に育って活躍しているのに、日本はフル代表の活躍へとつながらなかったのか、今後の大きな課題だ。

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posted by futbolwold |11:29 | サッカー全般 | コメント(0) | トラックバック(0)
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