2008年06月22日
世界にあって日本に欠けるもの
日本サッカーのよさの一つにスピードの速さをあげる人は多い。 一口にスピードといってもいくつかの状況で意味は変わってくる。 例えば、ボールを持ったときのスピードなのか、ボールを持たないときのスピードなのか。 ボールを持たないときのスピードとはむしろ走力といったほうがよいかもしれない。サイドを駆け上がるときの長い距離を走るスピードと、ペナルティーエリアに入り込む短い距離での一瞬のスピード。これは走力の質、つまり持続力と瞬発力の違いからくるスピードの違いと考えられる。先日のオマーン戦の後半、コンディション的には有利なホームのオマーン選手が暑さと疲労で足をつる選手が続出した。日本選手はアウェイのハンディにもかかわらず、「スピード」は極端に落ちなかった。こうした傾向は今回のオマー戦に限らずたびたび目にする。長友の90分間の衰えを知らぬ走力に象徴されるとおり、日本選手は外国人選手より走力の持続性において優れていると思う。 したがって「スピード」と「走力」は分けて考え、サッカーにおいてはボールを持ったときのスピードに限定して考えてみたい。 サッカーにおける「スピード」は2種類ある。「走る」スピードと「判断」するスピードである。日本選手は一昔前に比べると格段にボール扱いがうまくなった。ボールを持ったときのスピードとそうでないときのスピードの差がほとんどなくなった。ジダンやロナウドのようにはいかないけれどボールが足にくっついたようなコントロールが出来るようになった。 問題は「判断」のスピードである。これは世界にあって、まだまだ日本に欠けるところの一つである。マイボールになってディフェンダーからMFへのビルドアップの時間がかかりすぎる。その原因はいくつかの要素が絡み合っているが、一つはボールを受ける体勢の悪さがある。敵のマークが厳しくなければ半身になってすぐ前を向けるようにすべきところを、相手ゴールに完璧に背を向けてボールを受けている。さらに前に向き直って味方を探す、つまりボールをもらう前にあらゆる状況を把握すべきなのに、判断が後手にまわってスピードアップが遅れる。もちろん周りの味方が、同時並行してパスを受けやすいポジションに先回りして動いていなければならない。パスの出し手と同じように受け手側も常に「判断」のスピードを心がけなければならない。 こうしてみると、日本のサッカーはけして守から攻、攻から守への切り替えのスピードが速いとは思えない。世界の一流同士のスピーディで流れるようなゲームを見た直後に、日本代表の試合を見ると、コマ送りが何テンポか遅れたような印象を強く持つ。 日本が世界を相手に戦うために欠けるもの、それは選手同士のコミュニケーション不足があげられる。 オシムがその著書「日本人よ!」で書いていることをすこし長めだが以下に引用してみる。 「ジェフの監督として来日した当初、試合のある局面で不可解なことが頻繁に起こり、何かがおかしい、私がこれまで見てきた試合と違うと不思議に思ったことがあったが、その原因は二人の選手間のコミュニケーション不足だった。そのコミュニケーション不足がもっと多くの選手間で起きていたら、どうなっていたか。」 これまで日本代表の選手たちがピッチの内外で濃密なコミュニケーションをとってこなかったことが、マスコミ報道で明らかになっていた。合宿先での夕食後、選手はすぐに自室にこもりTVゲームに興じていると報じられていたことを思い出す。 オフトが代表監督をしていたときの左サイド、都並は当時の代表の雰囲気をこう証言している。 ラモス、柱谷、カズら、いいたいことをはっきり自己主張する連中の間に入って、食事中もそのあとの飲み会でも延々とサッカーの話をしていた。翌日の練習では、前夜の話をひとつひとつなぞるようにプレーに心がけ、ラモスの鼻をあかしてやりたい一心で努力したという。 一人一部屋、部屋にはTVもあり、さらに携帯電話の普及によって人はますます「孤立化」していった。社会的環境が人と人とのつながりを希薄化していくなかで、サッカー選手もその影響に無縁ではない。先輩や上司が飲み会を誘うと「うざい」の一言で逃避してしまう若者が増えた。同世代の仲良しグループの中で互いに傷つけあうことを恐れる優しい若者たち。価値観の違う人やグループと積極的に交わることをのぞまなくなって、熱い議論もディベートもどこかに置き忘れてしまった。 でも、サッカーを職業にするプロはこれではダメだ。ダメだとわかっていても長年の習慣や価値観はおいそれと変えることが出来ない。 そこで協会はとりあえず若年層を対象にしたエリート養成のなかで、コミュニケーションの上手なとり方を一から教え始めた。これが世界との距離を縮める最初の一歩と信じて。 ここでのブログのいくつかを覗いてみて気がついたことがある。それは先のタイ戦を評論したもので、予選敗退が決まって、やる気のないタイ相手に、90分間、一本調子で攻め続けた日本代表を嘆いていたブログがあった。イタリアやブラジルのような世界の強豪国のように、攻めと守りのアクセントを自由自在にコントロールすべきだという主張である。 確かにそのとおりであろう。ただ現在の日本代表に試合をコントロールするだけの実力と、自信が備わっているかどうかは疑問である。さらに3対0の試合結果はまさに結果論であって、真剣勝負では何が起きるかわからない。試合に臨んでタイ代表が果たして「消化試合」と思っていたかはわかりかねる。仮にそう思っていたとしてもタイ選手が放ったミドルシュートがディフェンダーにあたってコースが変わり早い時間帯に日本のゴールを割ったとしたら、タイは「もしかしたら勝てるかも」と思うかもしれない。「消化試合」の裏返しで何とか日本に一泡吹かせようとモチベーションを高めるかもしれない。真剣勝負ほど何が起きるかわからない。特にサッカーというゲームおいては。 日本とタイ、あるいはその他の三次予選の相手チームとの間に超えがたいほどの実力差があれば、試合を自由自在にコントロールできるかもしれない。しかし現実はそうなっていない。はっきりいって「ないものねだり」をしても意味がない。それよりも「ないもの」をはっきりさせ、どうすれば「あるもの」になるかを評論すべきだろう。 「判断」のスピードとかかわることだが、世界にあって、日本に欠けるものは全体状況の把握が不十分であることだ。あらゆる団体競技に共通することだが、ゲームのなかにある一定のリズム、あるいは流れというものが確かに存在する。 自分たちのリズムを90分のなかでどれだけ長く保てるかが重要になってくる。このリズムを自在にコントロールすることが試合を支配することになるのだが、そのためにはいくつかの能力を身につける必要がある。 それは「全体状況の把握」とそれを論理立てて言葉で表現する「論証力」である。 サッカーエリート養成のプログラムの一つに「絵の分析」というトレーニングが行われている。 一枚の絵を見せて場所、季節、時間帯、人物構成、周りの風景をすばやく正確に読み取り、それを言葉で適切に表現する訓練である。 常に状況がめまぐるしく変化するサッカーのゲームでは、瞬時に全体状況を把握して次にやるべきプレーの準備をしておかねばならない。 同時に11人全員の状況把握がばらばらでは意味がない。人の感じ方には温度差がある。 選手全員がラインを下げすぎて相手のリズムにはまっていると感じとっていても、もう少しラインを下げたまま、様子を見ようと考える選手もいるだろう。反対に即刻思い切ってラインを押し上げるべきと感じる選手もいる。チームの総和としての意思が一つになれば試合の流れを自分たちのほうへひき付けることが出来る。 それぞれの意思を一つにまとめるためには、ピッチ上で声を掛け合い、チームとしてのやるべき方向性を決めなければならない。コミュニケーション能力がいまこそ必要になる。 イレブンの意思統一にはリーダーシップを発揮できる選手がその鍵を握る。ピッチ上の最終的な判断は強烈なキャプテンシーを持った男にを委ねるほうがベストだ。しかしおしなべて日本選手はピッチ上でおとなしすぎる選手が多い。これもまた日本に欠けるものの一つだ。 世界にあって、日本にないものはまだまだ数えればでてくる。フィジカルの弱さ、1対1の弱さ、基本プレーの精度の低さなどなどである。応急処理的なことで、ある程度解決できることもあるだろう。コミュニケーション能力のように長めの時間が必要な事柄もある。 しかし世界になくて、日本にあるものも当然ある。長所を活かして短所を隠してしまう方法もある。 折を見て「世界になくて、日本にあるもの」を考えてみたい。
posted by futbolwold |12:18 |
日本代表 |
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世界にあって日本に欠けるもの
納得です。ユーロのスペインをみてサッカーは体格でやるものではないと改めておもいます。スペインの中盤は日本人と体形かわらないですよね。でも日本人よりパスが正確、パススピードも速い、なにより判断が早い。このレベルに追いつくにはまだ時間かかるでしょうね。
posted by serusio | 2008-06-22 14:00
世界にあって日本に欠けるもの
結局、代表も日本社会と同じ問題を抱えていると言うことか。今の代表はおとなしいっていわれるけど、自分がどういう選手なのか、何をしたいのか、相手に伝えることは大切。代表は集まる期間も短いし。海外で成功するにも必要なスキルだろう。
話はそれるが、代表の強化を考えるならアジアのこの予選は何とかならないかと思う。移動は長いし、気温は高い、おまけに湿度も高い。もちろん、時差もある。選手が疲弊しに行っているようなものだ。こんなコンディションでいいサッカーをしろと言うのは無理があし、疲労は蓄積されていく。アジアの予選の時期、移動負担が軽くなるような方向に行かないと、代表のコンディション維持は難しいと思う。 ちなみにユーロは、少し肌寒いらしいが選手にとっては最高の環境のようだ。
posted by オラ | 2008-06-22 16:46
世界にあって日本に欠けるもの
スペインの中盤のシャビやイニエスタとは、日本の選手もワールドユースで当たっているけれど、それほど決定的な差はなかった。むしろ本山や小野の方が上と思っていたけれど、その後を見ると、結局所属チーム、所属リーグの差なのかなと思う。
わりとユースレベルまでは、高いレベルで育成できているんじゃないかな。
posted by ツルシエ | 2008-06-22 21:35
世界にあって日本に欠けるもの
シュートをどんどん打とうという気持ちが足りないかな。ジェラードみたいなミドルとまではいかないまでも、スキあらば打つっていう姿勢が感じられない。ゴール前でパスして取られてカウンター・・・ドイツW杯の柳沢みたいなプレーはもう見たくない!
posted by ドンペリ | 2008-06-23 20:08
世界にあって日本に欠けるもの
とても共感できます。
いつも攻撃に時間がかかりすぎていて、ゆったりとしたイメージなんですよね・・・
的確な、そして速い判断が足りないと思います。
posted by じゅん・カビラ | 2008-06-23 21:01
世界にあって日本に欠けるもの
私もドンべりさんと同じ意見に賛成です。
日本選手はあまりにもシュートを狙える所でパスを選択しすぎていると思う。
だめ元でもいいからもっとシュートを打っていって欲しい(はずしすぎるのも問題だが・・・)、シュートこそ相手に与える最大の脅威なのだから。
posted by Power | 2008-06-23 21:12
世界にあって日本に欠けるもの
そのとおりだと思いますが、付け加えるならば日本人ハイリスクハイリターンを好まない種族だと思います。勝つサッカーなのか負けないサッカーなのかといえば今の日本人は負けないサッカーを主眼にしてそこから組みたてているように思えます。これもひとつの選択肢だと思いますが、もう何年間も決定力が…と言われ続けている以上3点取られても4点5点取り返すようなサッカーをしないと点は取れないでしょうね。最初はぼろ負けするかもしれませんが、W杯も捨てすべてをひっくり返すぐらいの覚悟じゃないとこのままがずっと続くように思えます。今の政治と同じですよ、尻に火がつくまで変わらないでしょうが
posted by papa | 2008-06-24 01:46
世界にあって日本に欠けるもの
その通りだと思います。
ただ一つ思うのは、選手だけではなく
国民がもっている関心の薄さや
サッカーに対してまったく無知な
日本のメディアにも原因があるんじゃないかと。
posted by mama | 2008-06-24 15:54
世界にあって日本に欠けるもの
おっしゃる通り
それぞれの意思をひとつにしたくても、
そもそも、個々がどれだけ確立できているのでしょうね?
自立心が、ないからコミュニケーションが乏しい。
十代半ばまでは、その自立心が、大きな差には
ならなかった。
それが二十代手前あたりから、その差が、
プレーに大きくでてくるのだろうと思います。
「自分は、こうありたい!」
それを他人のことを思いつつどれだけ考えられているのか?
プレーでもそうでしょうね。
posted by namnam | 2008-06-24 23:36
世界にあって日本に欠けるもの
丁髷つけてるときは結構戦闘的な民族だったのにね。
もう一度、丁髷にするか~(笑)
posted by kjhgfd | 2008-06-25 04:39


