2008年06月10日
第十六回 ジーコの四年間
トルシエが管理教育だとすれば、ジーコは自由放任教育だった。 トルシエの管理教育の限界は前回大会のW杯のトルコ戦ではっきりした。攻撃力に難のある日本にトルシエが要求したひとつの戦術が、アーリークロスといって早めにセンタリングをすることだった。相手の守備陣が整う前に、ゴール前に早めにボールをけりこみ、合わせる戦術だ。 ところが日本の手の内を知ったトルコ守備陣がその早目のセンタリングに足を出してカットしてしまう。日本人選手はセンタリングと見せかけたフェイントをひとつかませて、ボールをけろうとしない。何度もこれに似たシーンを眼にして、「これでは世界に勝てない」と実感した。 ジーコが代表監督に就任した直後から、いまのいままで、ゲームプランを事細かに指示しないことに異論を唱える人たちがいた。フォーメンションをつくりあげないジーコを監督失格とまで言う人もいた。その典型はスリーバックかフォーバックかのエンドレスな論争である。 いったんピッチにたてば選手の判断にゆだねるしかないサッカーというゲームでは、個人の自由度と創造性にゆだねるのが常識だ。なぜなら、試合ではひとつとして同じ状況に遭遇することはない。だから個人の状況にあわせた早い判断が不可欠である。その意味で選手個人の自由度と創造性そして能力の高さを求めたジーコはけして間違ってはいない。 しかし、大きな誤算はその選手個々の能力と意識の高さにおいて世界と大きな隔たりがあったことだ。この大会でこのことがこれほど鮮明になるとは正直、思わなかった。 ジーコの功績は日本がこれからめざす方向を愚直なまでに示し続けたことにある。登るべき頂ははっきりしたのだから、次期代表監督のオシムがなすべきことは、その頂にできるだけ速くそして確実に到達できることを求めたい。オシムのやり方はジェフを見ればおおよそ予想がつく。九十分走り続ける体力、激しいコンタクトに耐える力強さ、強くて正確なキック力、スピードに乗った攻守の切り替えである <2006年のドイツ大会期間中、私はあるブログに20回にわたり、サッカーに寄せてきた私の思いを交えながら、「これまでの四年、これからの四年」と題した話を書き綴った。 そのあとがきにはこう書いた。(一部抜粋) 「Jリーグ発足以降にサッカーの虜になった人たちは、それまでの日本サッカー受難の時代を知る由もない。この人たちになかにはワールドカップを少し、甘く見ているような気がしてならなかった。若手で人気のあるサッカー評論家の発言や著作の端々に「日本がワールドカップに出るのは当然」というニュアンスが感じ取れたのも引っ掛かっていた。マスコミの取り上げ方も、日本の実力を結果的に過大評価していたと思う。というより、正確な情報を知ろうとしなかったように感じる。この一文はその事に警鐘を鳴らすつもりで書いた」 そんな思いから2年前の6月を思い出して、当時の文章を一切手を加えず、転載させていただくことにしました。>
posted by futbolwold |15:52 |
サッカー全般 |
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この記事に対するコメント一覧
第十六回 ジーコの四年間
蹴導さん、有難うございます。
実はすこし前に、巨人ファンをやめた理由について、このブログで書いたとき、多くの批判を受けました。確かに私の書き方に誤解を生じさせるような不適切な表現があり、個人的日記といえど公開している限り、慎重な表現をすべきことを、学びました。
と同時に感じたことは、コメントをする側にもやはり同様の気遣いは求められるのでは、とも思いました。
そこで今回の蹴導さんへのコメントになったことをご理解していただければ、幸いと思った次第です。
今後ともよろしくお願いします。
posted by 管理人 | 2008-06-12 14:35
第十六回 ジーコの四年間
仰るとおりですね、リスペクトに書く言い方をして申し訳ありませんでした。
posted by 蹴導 | 2008-06-12 13:24
第十六回 ジーコの四年間
トルシエが選手に具体的に指示したプレーの一つに、アーリークロスを要求していたことは事実です。(単なる放り込みとは異なります)トルシエは日本人をサッカーにおいては”子供”と公言してました。ゆえにゴールに早く、相手の守備がととのわないうちに、早めにクロスをあわせろ、という戦術をとっていました。私はトルシエの戦術批判をしているのではなく、選手の応用のなさを見て、トルシエ型の徹底的な管理型指導法の限界を、トルコ戦で見たと、感じたのです。<本当に40年も見てきたのですか>とはあまりな言い方ではありませんか。このシリーズの1回から通して読んでみて下さい。
posted by 管理人 | 2008-06-12 00:55
第十六回 ジーコの四年間
失礼します…トルシエが放り込みサッカーって、本当に40年も見てきたんですか?トルシエのサッカーはコンパクト+ショートカウンター、そして何よりもダニッシュダイナマイト(以下DD)の改良型でしょう。火力はあるものの波の大きかったDDのバランス面を修正させた。その上で日本人の当たりの弱さを克服する為に、無理にあたらなくても良いフラットスリーを導入した。
大体、トルコ戦は日本サッカーにとってすでに未知の領域ですから。グループリーグ突破で殆どの選手が疲れきっていたのですから、そこだけの勝敗で限界だ、足りないと考えるのはいかがなものかと思います。あの時のサッカーとメンバーはやれるkとを十分にやったと褒めたいです。いえ、褒めるべきだと思います。
またサッカーを観る中で一試合に多く、これは練習の賜物だ、組織戦術の賜物だという部分に出くわします。代表やクラブだけではなく中高であってもです。組織もまた常識ではないでしょうか?
ジーコは日本代表の4年間を忘れることはないでしょう。自身の歴史において、大きな汚点です。ただジーコはこうも言うでしょう。
「あのときの私は監督として余りにも無知すぎた。だが、あの時の4年間があったからこそ、今の監督として複数の戦術を使いこなせる進化した私があり、これからの(トルコを離れて更に上を目指すことの出来る)私がある。」と。
posted by 蹴導 | 2008-06-11 21:22


