2008年05月06日
サッカーの魅力、面白さ
サッカーを見続け、はや40年。 ワールドカップなんて手の届かない別世界と思っていた。我が人生尽きるまでワールドカップ出場はありえないと信じていた。それほど、日本サッカーは救いがたく弱かった。東南アジアの代表にもなかなか勝てなかったほど弱かった。メキシコ五輪以後、出口の見えない混迷というトンネルの底にズーッと沈みこんでいた。 それがあのドーハで「まさか勝つはずはない、でももしかして・・・」と思わせてから4年後、日本は中田のシュートのこぼれ球にスライディングした岡野のゴールで、フランスワールドカップのチケットを手に入れた。ジャージ姿の岡ちゃんが歓喜に両手を挙げて、ピッチに走りこむTV画像の後姿が今でも鮮明によみがえる。 Jリーグの成功がワールドカップを夢の世界から現実世界に引きずり出してくれた。これだけ短期間にアジアのトップに躍り出ることができたのは、ほとんど世界の奇跡といってよい。失われた10年間で自信と希望を見失い、品格さえ問われてきた日本だが、ことサッカーにおいては間違いなく誇っていい。 なぜ、自分はサッカーという一競技にこれほどまでに魅了され、熱中してしまったのか。 理由のひとつは、団体球技でサッカーほど自由度の高いスポーツは他にみあたらないことがあげられる。ルールという規制が極端に少なく、広いピッチを90分間、選手たちがスピーディーに一つのボールを取り合って動き回るダイナミックさ。バレーボールやテニスのようにコートをネットで二分せず、野球のように攻守が規則的に繰り返されるでもなく、ラクビーのように選手のポジションとその役割分担が決められるでもなく、とにかく「自由だ~」なのである。 1972年に社会人となり、以来、年とともに社会全体が管理型社会へとむかい、ネクタイが首に食い込むほどハンドルの「遊び」が狭められてしまったサラリーマン時代。 ピッチのなかではほとんど唯一の規制、オフサイドさえ犯さなければ、選手は自分で考え、縦横無尽に動き回ることが許される。自由と自己責任だけが存在するサッカーというスポーツの面白さと魅力。そこに惹かれたんだろうな、多分。 自分とサッカーの40年のかかわりを別の自分が俯瞰すると、こんな感じになるのだろう。 二つ目の理由はサッカーのプレーには、ひらめき、とっさの判断、持ち場を放棄しても、きな臭いところにすっ飛んでいく勇気と決断が求められる。男が浪漫を追い求めるときの姿、行動に重ね合わせることができよう。「男はロマン、女はフマン」の生き物だが、男にとってサッカーほど性にあったスポーツはみあたらない。 4年に一度のワールドカップに堂々と有給休暇がとれないサラリーマン生活に嫌気がさしたこと、晴耕雨読三昧のロマンを夢見て、早期退職したことも、サッカー好きと連動していると自分は思っている。家族からは非難ごうごうだったが。 見る側にわくわくどきどきさせるものは、プレーにおいては選手の創造性と意外性、ゲームにおいてはドラマ性だろう。 サッカーはスペースを作り、そのスペースを利用してボールを相手ゴールに運ぶゲームである。選手はチームの約束事を守りながら、限りなく自由な動きをすることで、味方同士互いにスペースを作りあい、空いたスペースにボールをもらいに走りこむ。 ボールをもらった選手はさらに味方のスペースを探し、そのスペースに走りこみを促すようなパスを送る。こうした動きを繰り返しながら相手ゴールに近づいていくのだが、自由度の高いサッカーでは味方、敵双方の選手の動きに応じて、常にゲーム状況は千変万化する。選手も観客も状況変化を把握するためには目を離すことができない。 スペースを空ける動きが効果的に、しかも複数の選手で行われていれば、ボールを運ぶための選択肢は増え、敵もそれだけ守りづらくなる。 スタンドから立体的に見渡せるはずの観客もしばしばボールにつられ、スペースに走りこむ選手やスペースを作ろうとする選手の動きを見逃すことがある。 そんなとき、同じ平面上にいる選手がそのスペースをすばやく見つけ出し、パスを繰り出すことがある。 虚を突かれたようなパスを繰り出す選手の発想や創造性に観客はたまらなく魅了される。 流れるような動きのなかで数秒の時間に相手ゴールまでボールが運ばれる情景を目の当たりにすると、複数の人間の意志がピタリとシンクロして、「美」すら感じさせてくれる。 一連のこの流れのなかで次のボールの展開を欺くような、意外性の高いプレーが織り込まれた瞬間、スタジアムに感嘆の声が響き渡る。 サッカーは点の入りにくいゲームである。人間の器官の中でもっとも器用な手を封じられたサッカーは、それゆえ多くの得点は望めず、しかも偶然の入り込む余地が高い。 圧倒的に攻め続けていても、ゴール前を敵に埋め尽くされれば、容易に点を奪うことはできない。真剣勝負の国際試合であれば、小が大を飲み込むまさかの悲劇がしばしば起こる。 120分戦って最後の最後にミスをしてやられる。 歓喜を体全体で表す勝者の傍らで、ピッチに泣き崩れる者、呆然と天を仰ぐ者、頭を抱えて微動にしない者、人目もはばからず、延々と慟哭する敗者がいる。 演出のないドラマを演じた22人の男達。サッカーほどドラマ性を内に抱えたスポーツは少ない。平坦な人生を歩んできた自分が、サッカーのなかにほとばしる激情とロマンを追い求める自分を見つけだす。
posted by futbolwold |12:10 |
サッカー全般 |
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この記事に対するコメント一覧
サッカーの魅力、面白さ
いや~御免なさい。かなり管理人殿は年上のようです(^-^)
仰る通りサッカーの急激な成長は正に奇跡と言ってもいいかも知れませんね~
理由のひとつにJリーグがあります。
ディアス、マッサーロ、エドゥー、リトバルスキー、ジーコのテクニック。オールスターなんかは世界選抜のようでした~
ドゥンガ、ストイコビッチ、サンパイオなどの現役代表プレーヤーが日本でプレーしてくれたのも、日本のレベルアップに貢献してくれたんでしょうね~
あとジダン、デルピエロなどの世代にも多大なる影響を与えた「キャプテン翼」も日本のサッカーのレベルを上げる要因のひとつだとも言えるんじゃないやろか・・・
オイラはサッカーは勿論ですけどバレーなんかも好きですね~パレーはサッカーと違いボールタッチが一瞬しか出来ません。しかしその一瞬に技術、センス、情熱を込める訳で、ドラマがあり中々面白いですよ。
日本のサッカー。今から上にいくのが大変なんでしょうね~韓国なんか見たら・・・今やっと韓国と同じくらいかな?
なんとか世界の壁というのを越えてほしいです。
posted by 夕焼け | 2008-05-06 23:20


