2008年12月25日

【F1今昔物語】ファリーナからベッテルまでの今までに優勝した偉大な名ドライバー達 ③ 70年代〜60年代に輝いていた偉大なドライバー達



No.64 ジャン-ピエール・ジャブイーユ 『2勝』
フランス 79⑧フランス ルノー
No.63 ジル・ビルヌーブ 『6勝』
カナダ 78⑯カナダ フェラーリ
No.62 パトリック・デュパイエ 『2勝』
フランス 78⑤モナコ ティレル
No.61 アラン・ジョーンズ 『12勝』
オーストラリア 77⑫オーストラリア シャドウ
No.60 ジャック・ラフィット 『6勝』
フランス 77⑧スウェーデン リジェ
No.59 グンナー・ニルソン 『1勝』
スウェーデン 77⑦ベルギー ロータス
No.58 ジョン・ワトソン 『5勝』
イギリス 76⑪オーストリア ペンスキー
No.57 ピットリオ・ブランビラ 『1勝』
イタリア 75⑫オーストリア マーチ
No.56 ジェームス・ハント 『10勝』
イギリス 75⑧オランダ ヘスケス
No.55 ヨッヘン・マス 『1勝』
ドイツ 75④スペイン マクラーレン
No.54 カルロス・パーチェ 『1勝』
ブラジル 75②ブラジル ブラバム
No.53 ジョディ・シェクター 『10勝』
南アフリカ 74⑦スウェーデン ティレル
No.52 ニキ・ラウダ 『25勝』
オーストリア 74④スペイン フェラーリ
No.51 カルロス・ロイテマン 『12勝』
アルゼンチン 74③南アフリカ ブラバム
No.50 ピーター・レブソン 『2勝』
アメリカ 73⑨イギリス マクラーレン
No.49 ロニー・ピーターソン 『10勝』
スウェーデン 73⑧フランス ロータス
No.48 ジャン-ピエール・ベルトワーズ 『1勝』
フランス 72④モナコ BRM
No.47 フランソワ・セベール 『1勝』
フランス 71⑪アメリカ ティレル
No.46 ピーター・ゲシン 『1勝』
イギリス 71⑨イタリア BRM
No.45 マリオ・アンドレッティ 『12勝』
アメリカ 71①南アフリカ フェラーリ
No.44 エマーソン・フィッティパルディ 『14勝』
ブラジル 70⑫アメリカ ロータス
No.43 クレイ・レガッツォーニ 『5勝』
スイス 70⑩イタリア フェラーリ
No.42 ヨッヘン・リント 『6勝』
オーストリア 69⑩アメリカ ロータス
No.41 ジョー・シフェール 『2勝』
スイス 68⑦イギリス ロータス
No.40 ジャンキー・イクス 『8勝』
ベルギー 68⑥フランス フェラーリ
No.39 デニス・ハルム 『8勝』
ニュージーランド 67②モナコ ブラバム
No.38 ペドロ・ロドリゲス 『2勝』
メキシコ 67①南アフリカ クーパー
No.37 ルドビコ・スカルフィオッティ 『8勝』
イタリア 66⑦イタリア フェラーリ
No.36 リッチー・ギンサー 『1勝』
アメリカ 65⑩メキシコ ホンダ
No.35 ジャッキー・スチュワート 『27勝』
イギリス 65⑧イタリア BRM
No.34 ロレンツォ・バンディーニ 『1勝』
イタリア 64⑦オーストリア フェラーリ
No.33 ジョン・サーティース 6勝
イギリス 63⑥ドイツ フェラーリ
No.32 ダン・ガーニー 『4勝』
アメリカ 62④フランス ポルシェ
No.31 ジム・クラーク 『25勝』
イギリス 62③ベルギー ロータス
No.30 グラハム・ヒル 『14勝』
イギリス 62①オランダ BRM
No.29 イネス・アイルランド 『1勝』
イギリス 61⑧アメリカ ロータス
No.28 ジャンカルロ・バゲッティ 『1勝』
イタリア 61④フランス フェラーリ
No.27 ウォルフガング・フォン・トリップス 『2勝』
ドイツ 61②オランダ フェラーリ
No.26 フィル・ヒル 3勝
アメリカ 60⑨イタリア フェラーリ
No.25 ジム・ラスマン 『1勝』
アメリカ 60③インディ500 ワトソン


今回は70〜60年代の優勝ドライバーを書きました。
約20年分なので、流石に多いです。

しかしまぁ時の流れとでも言いましょうか…
ニキ・ラウダ、マリオ・アンドレッティ、ジム・クラーク、エマーソン・フィッティパルディなどは聞き覚えがありますし、ヨッヘン・マス、ジャッキー・イクスといった所はルマンなどの他のカテゴリーでその名を聞いた事はありますが
私にとってその他の大半が『あっどうも、初めまして』なんです。

なんせ私が生まれる遥か前に活躍された方々ですから…。


ところで私が無知なのを承知で皆様にお聞きしたいのですが

ジル・ビルヌーブ(ジャック・ビルヌーブのパパさん)の凄さ、偉大さって一体どこにあるのでしょう…?

ジル・ビルヌーブ…
ニキ・ラウダ達と同じで私もその名は知っています。
F1に参戦し6勝しているので良いドライバーなのも解ります。
しかし他の歴史に名を残しているドライバーと比べると勝利数『6勝』は決して多くは無い(むしろ少ない?)ですし、ワールドチャンピオンにもなっていませんよね。

しかし何故F1ファン(特に私よりも年上の方々)の間でこれほどまでに伝説として語り継がれているのかが、若輩者の私にはイマイチよく解らないのです。

アルヌーとのバトルが伝説となっているらしいですけど、私は見たことが無いのでどれほど凄かったのかもよく解らず…。

人間性?
ドライビングスタイル??
生き様???

彼の凄さ、魅力とは一体何なのでしょうか?

是非教えて頂きたく思います。

しかし彼は生で、この目で見てみたかったドライバーの一人ですね。

posted by 管理人 |13:03 | コメント(6) |
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【F1今昔物語】ファリーナからベッテルまでの今までに優勝した偉大な名ドライバー達 ③ 70年代〜60年代に輝いていた偉大なドライバー達

コメント投稿者ID :

ジル・ヴィルニューヴ
では、さっそくおっちゃんが総論だけ・・・。

最初の衝撃は76年だったかな(77年)、さすがに小僧だttのでよく覚えてない。
昔むかーし、FISCOで行われたF1インJaoanで3台目のフェラーリに乗り出走(だったと思う)。
それまで情報の乏しい日本(拙が小僧だったからか)では名前も聞いたことがなかった。
マクラーレンとフェラーリでテストドライブし、翌期からシーズン・デビューを控えての急遽デビューでした。
テストの結果、マクラーレンのテディ・メイヤー(まだロン・デニスじゃないんだ)はパトリック・タンベイ(仏)を選び結果ジルがフェラーリに入ることになったらしい。
理由は「タンベイのほうが安定している」という判断だったそうな。
そう、ヴィルニューヴはアグレッシブだったのだ。
豪雨のレースにおいて1コーナーで理由はハッキリしないがロニー・ピーターソン(スェーデン)のティレル(たいれる)P34B(6輪車)のリアタイヤに絡み空を飛び1コーナーアウトのヘェンスを直撃しました。
そこには大勢の観客が・・・。おまけに信じられない事ですがフェンスの内側にも観客と警備員がいたのです。破れていたフェンスの穴から多くの人がエスケープ・ゾーンに入り込んでいたため警備員がロープを張って規制していたのです。
結果大勢の死傷者が出て、ヴィルニューヴや大会関係者などが起訴されました。

レースはこの最終戦までチャンピオン争いをしているニキ・ラウダ(フェラーリ312T2)とジェームス・ハント(マクラーレンM23)の最終決戦でしたが、この雨じゃキケン(なにせこの年ニュルブルクリンクのレースでクラッシュして大火傷している)とニキ・ラウダは数週ゆっくり回ったところでリタイヤ(棄権)し、完走してポイント(何位だったか忘れた)を取ったハントが逆転チャンピオンとなりました。ちなみに優勝はマリオ・アンドレッティ(ロータス77)数年ぶりのロータスの勝利だった。

そんなデビューをしたヴィルニューヴだが、これまた新加入のジョディ・シェクター(南ア)のナンバー2としてチームに貢献する役割をこなした。
79年にはシェクターはチャンピオンとなりました。そして翌年はご褒美として、サポート役から開放されたらしいが、前年登場したロータス78(初グランドエフェクト・カー)の進化バージョンのロータス79が猛威をふるいまったく歯が立たなかった。時代はグランドエフェクト・カー時代に突入した。
ロータスの後は新興チームのウィリアムズFW07が猛威を振るいアラン・ジョーンズ(豪)、ケケ・ロズベルグ(フィンランド)がチャンピオンになりました。
この頃から、グリップの無いフェラーリのマシンをグリグリ振り回してアグレッシブに走るヴィルニューヴの人気が高まって行きました。
フェラーリも当然ウイングカー化しましたが、なにせフェラーリのウイングカーはエンジンが水平対向12気筒ですからサイドの空気の流れが悪く十分なグリップを生み出さないのです。

タイミングを同じくしてルノーの登場、ジャブイユーが優勝するに至り、ここにグランドエフェクト&ターボの超高速時代がやってきました。
フェラーリもV6ターボとなり戦闘力が回復しだしました。ルノーから台頭する新人アラン・プロストとの確執によりルネ・アルヌー(仏)がやってきました。
ここで熾烈なチーム内エース争いが起こりました。
当時激しいチームの争いのため、フェラーリはなんと予選でもチーム・オーダーがあったそうです。交互にどちらが予選で前になるか決めてあったそうです。
しかし、ヴィルニューヴの番のレースでアルヌーが再アタックしてタイムで上回る。それを受けて終了間際にジルは再アタックへ出てすでにアタックを終えスロー走行していたヴィンケルホック(独)、プロストをパスする再に接触クラッシュし他界した。

そして伝説の27番となった。
この27番は元々はウィリアムズのカーナンバーであったが下克上でチャンピオンとなったためフェラーリが長く27、28となることとなった(当時は新たに1番を付けるチームの旧カーナンバーを旧1番をつけていたチームが付ける慣例となっていた)。

それに、フェラーリのチーム・オーダーは絶対厳守となった。

たった6勝なのは、弱かった時のフェラーリにいたから。そして調子が上向いて来た頃にクラッシュ死したから。

彗星のように現れ(元スノーモービル・レーサー)、走りは熱いがダーティじゃない、そしてコクピットで死んだ。
そんなトコじゃないかな(長!)。

posted by トム・プライス | 2008-12-26 00:24

コメント有り難うございます。

コメント投稿者ID :

『トム・プライス』様
⇒彼の総論について細かい所まで長く書いていただき、本当にありがとうございました。

『たった6勝』、しかし『6勝も』とも言えるのですね。

もちろん彼の魅力は『走りがダーティじゃない』などいろいろあるかとは思いますが、私は最初から最期まで何か『運命的』(←うまく表現出来ませんが…)な『何か』を感じます。
それが何なのかは解るような、解らないようなって感じですが…。

posted by 管理人 | 2008-12-27 21:30

【F1今昔物語】ファリーナからベッテルまでの今までに優勝した偉大な名ドライバー達 ③ 70年代〜60年代に輝いていた偉大なドライバー達

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ちょっと訂正、ヴィルニューヴの最初のチームメィトはカルロス・ロイテマン(アルゼンチン)だったかも、その次がシェクター(弟&父)になった、だったたかも。

なぜジルが年寄り連中の伝説になっているのか?
私の私見です。
管理人さんが直接見てみたかった。とおっしゃると同じようにおっちゃんもよく見ていません。
だって、だって、当時はTVなんて2ヶ月に一度くらいの録画ダイジェスト(by TBS)くらいしか無かったんですから。

とにかく走りが熱い!という喧伝を受けていました。

最大の理由は以下のような伝聞を受けたことではないでしょうか?
「エンツォの寵愛を最も受けたドライバー」というものではないでしょうか。

比べると怒るかたもいらっしゃるかも知れませんが、エンツォ最後に選んだドライバー、ナイジェル・マンセルも通じるものがあったかもしれません。

お正月にDVDとかビデオを探してみてはいかがです。

posted by おっちゃん | 2008-12-28 21:46

【F1今昔物語】ファリーナからベッテルまでの今までに優勝した偉大な名ドライバー達 ③ 70年代〜60年代に輝いていた偉大なドライバー達

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どうも、物忘れが酷くて

たった6勝。

フェラーリの低迷期に走ったドライバー達
なんせマイケルの前にフェラーリでチャンピオンになったのは先に述べたニキ・ラウダですよ。20年。

ルネ・アルヌー、パトリック・タンベイ、ミケーレ・アルボレト、ジャン・アレジ、ゲルハルト・ベルガーなどなど。

posted by おっちゃん | 2008-12-28 22:05

コメント有り難うございます

コメント投稿者ID :

『おっちゃん』様
⇒「エンツォの寵愛を最も受けたドライバー」
これは最高の褒め言葉だと思いますね。
そしてテレビや現場で見ていらっしゃる方達が見ていてとても痺れるような走りをしていたのですね。
2ヶ月に一度くらいの録画ダイジェスト番組ですか…?
今それに近い事をやられたら私はとても耐えられないですね…。



ちなみに『たった6勝』と書きましたが、決して彼本人、及び彼のファンの方達を侮辱した意味で書いた訳ではないのでここで一応その事を書きます。

posted by 管理人 | 2008-12-29 21:48

【F1今昔物語】ファリーナからベッテルまでの今までに優勝した偉大な名ドライバー達 ③ 70年代〜60年代に輝いていた偉大なドライバー達

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走りが熱いとか人気があったそういった表現だけに終止してしまうことが多いからではないでしょうか。


これらだけを熱く語ってしまうから若い人達が亡くなったから評価が高くなったんだと誤解を招きやすいのではないのでしょうか。
単に誰もが分かるぐらい飛び抜けた才能を発揮したと言ったらいいでしょうか。たとえばアレジを例にしますと1勝しかしなかったからだめなんじゃないです。アレジが20勝したとしても彼らのような評価は得られることはなかったでしょう。もちろんアレジは素晴らしいドライバーでしたが「圧倒的に特別な才能」を持ってなかったからです。
このように成績が今ひとつで評価が高いという場合そう考えて間違いないと思います。

彼の他にもモス、リント、ペテルソンなどがその最たる例でしょう。彼らはF1史上でも最速のカテゴリーに分類されるようなドライバー達なのです。

でも何故かこのような天才ドライバー達は亡くなってしまうのですクラーク、リント、ペテルソンそしてセナ。セナを危惧していた関係者は多いです。(彼を批判していた人ではありません。むしろ彼と一緒に仕事をしたとかそういう人達です)・・・私は彼が登場した頃から知ってましたがPPを圧倒的な速さで獲得していけばいくほど不安になりました。
それは先ほどの速さと引き替えに魂を売ってしまったかのようなドライバー達を知っていたからです。

posted by れろれろ | 2009-12-16 01:23

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