2008年03月27日

国旗・国歌

YAhoo!ニュースの記事からの引用です。

「大阪府門真市の市立第三中学校で今月13日に行われた卒業式で、約170人の卒業生のうち男子生徒1人を除く全員が、国歌斉唱時に起立せず、その多くが斉唱もしなかったことが26日、分かった。
式に出席していた3学年の担任、副担任計11人のうち9人も起立せずに斉唱もしなかったという。」


自分的には、170人のうち唯一起立した生徒はスゴイと思うのですが。

ほぼ間違い無く教師が先導していると思われますよね。

日の丸・国歌を拒否する人達の場合、スポーツの国際大会に出場しても自国の国旗・国歌を拒否するのでしょうか?

一生に一度の卒業式ですし、ニュースになって世間の注目を浴びるというのはどうなんでしょうね。


posted by 球衆 |19:53 | コメント(2) | トラックバック(0)
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この記事に対するコメント一覧
国旗・国歌

スポーツこそ、国旗や国歌は本当は必要無いと思いますね。

卒業式での国旗や国歌は、日本と言う共同体の中で教育を受けた事への感謝や、その公の教育を社会に還元する事を表すものだと思うので、まぁ有りですね。
それでも起立や斉唱は自由だと思いますけど。

この卒業式の場合は、起立や斉唱をしない人は、多分、戦前の帝国主義や天皇主義何かと絡めて批判的なんでしょう。
だとすると、起立や斉唱を強いるとすれば、公に対する感謝よりも、公に対する忠誠の強制を表す事になって、これは本意ではないでしょう。

と、言ったように、国旗や国歌は日本と言う社会を表すシンボルであって、真に政治的なものだと思うんですよね。

一方のスポーツは、本来的に政治とは切り離す事こそ望ましいとされてる訳で、政治的なシンボルとしての国旗や国歌とは相容れないでしょう。
例えば、旧東側の国家のように、自分達の政治イデオロギーの勝利とスポーツの勝利を混同して、組織的なドーピングをしたり、法外な報償を与えたり、非人道的な選手育成を行ったりするなんてのは大きな間違いです。
そこまでいかないにしても、本来、選手は国家なんてものを背負って出る必要は無いんだし、周りへの感謝は国旗や国歌に依らなくても、それこそ内心に有れば良いと思うんですよね。

って事で、僕はスポーツにおける国旗や国歌はあくまで、便宜的なものとして捉えるもんであって、だからこそ絶対的に必要な程、重い物だとは考えられません。

posted by tori | 2008-03-27 21:55

国旗・国歌

うーん、どうなんですかねー。
難しい問題ですねー。

国旗国歌斉唱を拒否するのは、戦前・戦中に軍国教育を行なうように強制又は誘導された教師側の反発や抗議だと思うのですが。
その教師側が、今は生徒達に自分達の思想に沿うように誘導しているということであれば、「それはどうなの?」って感じです。

スポーツの場合は、オリンピックやサッカーW杯でも、世界中の人が熱狂したり注目したりするのは、国や国旗を背負っているからだと自分は思うのですが。

posted by 球衆 | 2008-04-01 10:28

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