2008年05月05日

☆サッカーの街 清水

今日は清水のサッカーの歴史について、簡単ですが整理しておきます。
まず(NPO法人)清水サッカー協会のHPを参考にしたいと思います。
http://www.nposhifa.net/info/history.html

清水のサッカーのルーツは大正8年にまで遡るとしています。これは多分にサッカーの街 藤枝の存在を意識したものでしょうか。
但しこの頃、小花不二夫氏が静岡県にサッカーをもたらした一人であって、この小花氏が清水のサッカーのルーツであるとしています。
小花氏の功績によって、大正12年以降、県内中学校にいくつかサッカー部が誕生します。大正14年には第1回近県中等学校大会が開催され、清水から、当時の庵原中(現在の県立清水東高等学校)が出場しています。
昭和30年代、日本サッカー界は「サッカー御三家」と呼ばれていた広島・浦和・藤枝を中心に展開していました。この頃まだ清水はごく平凡なレベルの一地域に過ぎなかったのです。

清水がサッカー王国静岡の中で、サッカーの街として発展していくことになるのは、昭和30年代と昭和40年代に清水に登場しサッカーに携わることになった2人の人物の存在が大きい。
この清水のサッカーの歴史を語る上で欠かすことのできない人物とは、堀田哲爾先生と綾部美知枝先生。
勿論この2人以外にもたくさんの方々が清水のサッカーの発展に関わってきたことは言うまでもない。しかし、この2人の存在が清水サッカーへ寄与した役割の大きさに異論を挟むものはいないだろう。

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posted by おおちゃん |01:11 | ☆サッカー王国静岡 | コメント(0) | トラックバック(1)
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