2008年01月15日
☆清水三羽烏
清水のサッカーを象徴するものとして、これからもずっと語られ続けていく存在に「清水三羽烏」があげられます。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%B0%B4%E6%9D%B1%E4%B8%89%E7%BE%BD%E7%83%8F ウィキペディア(Wikipedia)参照 この「清水三羽烏」とは静岡県立清水東高等学校の主力メンバーとして、1982年の第61回全国高校サッカー選手権大会で全国優勝、翌年の第62回大会で準優勝を成し遂げた長谷川健太、大榎克己、堀池巧の同級生3人のニックネームです。 彼らの出身、清水東高校は、多くのJリーガーを輩出してきたサッカー強豪高であり、県内有数の進学校でもあります。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%99%E5%B2%A1%E7%9C%8C%E7%AB%8B%E6%B8%85%E6%B0%B4%E6%9D%B1%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1 ウィキペディア(Wikipedia)参照 清水東高校の青(ブルー)一色の伝統のユニフォームは、日本にプロサッカーリーグのない時代、当時のサッカー少年たちの憧れの的でした。清水東の伝統の青(ブルー)のユニフォームを着るために、サッカーだけでなく勉強も頑張って進学することを目指さなければならないのです。 その意味で、清水のサッカー強豪高の中でも、清水東は特別な存在であった、と言える訳です。 このサッカー少年たちの憧れの存在であった清水東高校の「三羽烏」は、清水東高校卒業後、長谷川選手は筑波大学から日産自動車へ、大榎選手は早稲田大学からヤマハ発動機、堀池選手は順天堂大学から読売サッカークラブへと進みましたが、3名とも日本代表に選ばれ、国内を代表するプロサッカーとなっていったのです。 この3人に転機となったのが1991年の「清水FCエスパルス」のJリーグ加盟決定です。 まず大榎克己がチームの契約第一号選手として入団、すぐに長谷川健太、堀池克己も続きます。こうして地元清水に誕生することになったプロチームに再び三人が集結することになります。 こうして高校時代に一時代を築いた清水東の「三羽烏」は、再び清水に帰り、清水エスパルスを象徴する「清水三羽烏」となったのです。
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posted by おおちゃん |03:03 |
☆王国列伝 |
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