2007年06月21日

☆学研『ストライカー』を思う

現在、週刊、月刊、不定期刊のムックのようなものも含め、数多くのサッカー情報誌が刊行されるようになりました。
またインターネットの普及により、世界のサッカー情報がいつでもタイムリーに確認することができるようになっています。
まさにワールド・ワイドの時代です。

でもほんのちょっと前まではこんなことって有り得ませんでしたよね。
僕らが子供の頃は、Jリーグも開幕していませんでしたので、サッカーもマイナースポーツのひとつ。
「サッカーは日本ではマイナーかも知れないが、世界では一番メジャーなスポーツなんだ!」って、この頃のサッカーを紹介する本には必ず書いてあったような気がします。
世界のサッカーを見る機会って、トヨタカップか「ダイヤモンドサッカー」くらいしかありませんでしたもん。

それはさておき、僕が日本、世界のサッカー情報を確認するために10代の頃、ほぼ欠かさず読んでいたのが、学研から出版されていた『ストライカー』という雑誌です。1986年7月に創刊号が出て以来、サッカー専門誌として親しまれて来ました。

この『ストライカー』に懐かしさを感じる方も多いんじゃないでしょうか。
僕もこの『ストライカー』には思い出があって、1992年頃、読者通信欄で草サッカーチームを新しくつくるので参加者を募集する、ということがあって、説明会に参加しました。とにかく多くの人数が集まっており、結局、そのチームには参加をしなかったんですが、説明会にてチーム名を決めました。チーム名は説明会を実施した会館の名前である「セシオン」となったことを覚えているんですが、今もそのチーム、活動しているんでしょうか。

Jリーグ開幕によるサッカー界の盛り上がりによって、『サッカーマガジン』や『サッカーダイジェスト』が月刊誌から週刊誌へと移行していったのに対して、『ストライカー』はJリーグ開幕時の1993年に一時期月2回刊になりましたが定着せず、すぐまた月刊に戻り、結局、月刊誌による他誌との情報のタイムラグが大きなハンデになっていったんでしょう、2004年夏より月刊から不定期刊に変更になったようです。
僕もいつも間にか書店で『ストライカー』を目にすることがなくなり、『ストライカー』は他誌との争いに負けてしまい、もう廃刊になってしまったものだと思っていました。

しかし2005年2月より隔月刊の『ストライカー・DX』にリニューアルされていたんですね。
http://www.soccerstriker.net/
『ストライカー・DX』は、他誌のサッカー情報誌とは方向性を異なるものとすることで、生き残りをはかろうとしているようです。
「ストライカーDXは2007年も足ワザを徹底的に追いかけます!」とHPにありますが、読者層を少年層に絞って、そのテクニック上達を目的とした特集が毎回組まれているようですね。

てっきり無くなってしまった、と思っていた『ストライカー』・・・。
個人的にはとても好きな雑誌でしたので、懐かしく思い記事にしました。

posted by おおちゃん |00:09 | ☆エッセイ・雑感 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年06月14日

☆サッカーの街 藤枝

サッカー王国静岡の中でも、藤枝清水と並んでサッカーの街として有名である。
現在も全国的に県立藤枝東高等学校(以下、藤枝東高校)はサッカーの強豪高校として有名であるが、その藤色のユニフォームは藤枝を象徴するものである。現在もジュビロ磐田の中山雅史選手や浦和レッズの山田暢久選手をはじめ、数多くのJリーガを輩出してきました。また藤枝東高校は県内でも有数の進学校。まさに文武両道の精神を伝統にした学校である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E6%9E%9D%E6%9D%B1%E9%AB%98 ウィキペディア(Wikipedia)参照
またアビスパ福岡は、中央防犯藤枝ブルックスという社会人チームが前身となっていることも忘れないでもらいたい。

藤枝のサッカーの歴史については、藤枝市役所のHPで概略が紹介されています。
http://www.city.fujieda.shizuoka.jp/asp/f0040.asp?eno=L698184462

藤枝のサッカーの歴史は大正13年(1924)にまで遡る。
ある一教師の英断によって、藤枝にサッカーが定着することになるが、歴史的にはサッカー王国静岡を牽引しリードして来たのは藤枝であった。
清水は全国的に日本のサッカーをリードする存在であった藤枝を目標とすることによって、自らをサッカーの街としていったのである。
近年、こうした歴史を持った藤枝の位置づけが曖昧にされてしまっているように思えたので、まとめて見ました。

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posted by おおちゃん |00:15 | ☆サッカー王国静岡 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年06月07日

☆八咫烏に思う

JFA旗やエンブレムに八咫烏(ヤタガラス)がデザインされていることはもうすっかり有名ですよね。

JFAのHPをみるとこの八咫烏がデザインされたシンボルマークが誕生したのはもう75年も前のことのようです。
http://www.jfa.or.jp/fanzone/faq/jfa/answer/index.html#answer1
このシンボルマークを僕が最初に見たのは少年団でサッカーを始めた頃でしたが、少年の心にも「何でこのカラス三本足なの?」、いやいやそれ以前に「何でカラスなの?」と思ったもんです。

結局何で八咫烏を採用したのかは、もう随分前の話で理由はよくわからなくなっているみたいですね・・・。じゃあ、ついでに八咫烏についてもう少し調べてみます。何かのヒントがあるかも知れません。

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posted by おおちゃん |23:55 | ☆エッセイ・雑感 | コメント(0) | トラックバック(0)
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