2007年02月24日

☆ドゥンガのシャツ

最近、久しぶりにインパクトのあるものを見た、ような気がした。
ブラジル代表監督となっているドゥンガの着ていたシャツである。

別にドゥンガが普段どんなシャツを着ようが構わないし、興味がある訳でもないのだが、彼が6日にロンドンで行なわれたブラジル代表の国際親善試合ポルトガル戦で、「派手」「悪趣味」と揶揄されたシャツを着ながらベンチで采配していたもんだから、この日本にいながらもそのシャツ姿を目にすることになったのである。

ゲーム内容自体もお粗末なものであったので、余計に批判の対象になったものと思われるが、その姿でベンチに佇むドゥンガの姿は明らかに異様な感じがした。
彼が着ていたシャツは、白地に黒の花柄模様が描かれたド派手なもので、さらに肩からサスペンダー?・・・。

このシャツ姿が話題となり、批判を受けていたドゥンガであるが、13日にブラジルのTV局のインタビューで反論したようだ。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070214-00000056-ism-spo

ドゥンガのシャツは、ファッションを学んでいる娘さんがデザインしたもので、「もし両親が手を差し伸べず、後押ししないならば、子どもたちはドラッグやその手のものに陥りやすくなるんだ」と派手なシャツを着たのは親心から、と話した模様。
また「まず第一に、黒い花が描かれてはいるが、あれは白いシャツだということ。それに黒と白の組み合わせが、(批判されるほど)カラフルだとは思わない」と話した模様・・・。

鬼軍曹ドゥンガも人の子、自分の娘はかわいいんです。
親バカなんです。

さらにドゥンガは、「それにしても、今回のことは、サッカーの世界で物事を変えるのがどれだけ難しいかを証明している。(批判する)彼らは、チームジャージか伝統的なジャケット・ネクタイ姿のどちらかしか期待していないんだからね」と、ファッションに関して受けた批判に対し、逆に現在のサッカー界が変化を拒否している、と切り返した模様。

正直ドゥンガの発言は、問題を摩り替えて反論していないか?と思う。
ドゥンガがそのシャツ姿でベンチに入った場所が、フットボールの母国イングランドであったことで、伝統に物申す的な確信犯的行為だったかどうかはわからないが、個人的には彼の今回のシャツ姿はどうかと思う。

僕は監督が公式戦のベンチでどのような格好で試合に望んでいるかで、その監督の普段の選手に対するスタンスや考え方、指導法などが現れていると思っている。
個人的には監督は試合にはフォーマルな格好をすべきである、と思う。チームジャージを着ている監督も多くいるが、それもあまり好まない。
選手たちがユニフォームという彼らの正装でピッチで戦っているのに対して、その選手を送りだす立場の監督が、ベンチでアンフォーマルな格好をしているのは失礼じゃないのか、という感じがする。
まして今回のようなドゥンガのような極めてカジュアルな格好は問題外であると思う。
今回の件は、ドゥンガも親善試合ということでOKだろうと判断したものだろう。
彼が普段娘さんのシャツを着ようがそれは別に構わないが、ブラジル代表という極めて「公」の立場にある時に、不釣合いなシャツをあえて着ている訳だから、当然宣伝行為、売名行為だった訳である。

ドゥンガはもう少し自分の立場をわきまえるべきであったと思う。カジュアルなシャツ姿はキャンプ中とか、インタビューの時とかいくらでも披露の機会は他にあったはずだから。

サッカー選手に限らず、著名なスポーツ選手や芸能人、公人まで、スポンサー契約によってもたらされる巨額の副収入によって、そのメーカ品を「着さされている」という昨今で、ファミリーのつくったシャツを着て佇むドゥンガの姿に温かいものを感じなくはないが、その目的が娘さんのデザイン服のブランド化推進という極めてビジネスライクの匂いが漂うものだけに、この件に関するドゥンガの発言にはあまり説得力はない。

posted by おおちゃん |20:00 | ☆世界のサッカーに思う | コメント(2) | トラックバック(0)
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2007年02月21日

☆背番号の系譜 清水エスパルス

1997年、Jリーグは背番号をそれまでの各試合舞に先発メンバーに1~11を振り分け、ベンチメンバーに12~16を振り分ける方式から、あらかじめシーズン開幕前の選手登録時に各選手の背番号を割り振っておくという固定番号制をとるようになった。

これまでもレギュラー選手はほぼ毎試合つける番号は定まっていたので、実質的にはそれ以前から背番号と選手のイメージは定着しつつあったのだが、固定番号制の導入によってきっちりと明確化したのである。
清水エスパルスが誕生した1992年、Jリーグのプレ開幕となったナビスコカップのスタメンでは、1・真田、2・マルコ、3・平岡、4・堀池、5・三浦、6・澤登、7・大榎、8・トニーニョ、9・ミランジーニャ、10・長谷川、11・向島(第2節マリノス戦より)となっていた。
この年は10を大榎選手が着けたり、7を堀池選手が着けたりと同じ選手であっても背番号に変更が見られたが、このチーム創設初期のエスパルスでは清水三羽烏、堀池選手、長谷川選手、大榎選手がそれぞれ7、9、10を背負い、背番号からもチームを背負う看板選手であったことがわかる。
またトニーニョ選手が8を背負ったことにより、チームのポイントゲッターが8を着ける伝統が定着する。トニーニョは読売クラブでもエスパルスでもストライカーというイメージが強いが、ブラジルでの本来のポジションがオフェンシブハーフだったことで8を背負ったものと思われるが、以後オリバ選手やアレックス選手が8を背負い、チームのポイントゲッターとして活躍する。
2をセンターバックが背負うという伝統も、マルコが2をつけたところから始まる。ブラジル代表では近年2が右サイドバックで、4がセンターバックの選手が背負うのが定番となっているが、かつては2がセンターバックで、4が右サイドバックの定番だったようありで、ブラジルの古き伝統を継いだ流れと言えよう。

翌年1993年のJリーグ開幕戦では、1・真田、2・マルコ、3・内藤、4・堀池、5・大榎、6・平岡、7・エドゥー、8・トニーニョ、9・長谷川、10・澤登、11・向島となっている。
ミスターエスパルス、10番澤登の誕生である。
開幕当初は三浦泰年選手が病気で欠場していたこともあって、大榎選手が5をつけたが、シーズン途中に復帰後は5をつけたので、以後清水三羽烏は4が堀池選手、6が大榎選手、9が長谷川選手として定着していく。

固定番号制が始まった1997年には、1・真田、2・斎藤、3・安藤、4・堀池、5・サントス、6・大榎、7・伊東、8・オリバ、9・長谷川、10・澤登、11・森岡となっている。
ディフェンダーの森岡選手が11をつけることになり、以後昨シーズンまで彼が身につけていたため、エスパルスの11番と言えば森岡として定着するが、元々はエスパルスでもオフェンシブな選手が身に着けていた番号である。
向島選手、ジャウミーニャ選手、マッサーロ選手といった「記憶に残る」タイプの選手が身に着けていた。
この番号はJリーグ開幕前のキング・カズ移籍騒動が実現していたならば、間違いなくカズが背負っていただろうが、カズがエスパルスの11のユニフォームを背負うことはなかった。その後、何度か移籍のチャンスはあったが、残念ながら現在までのところ実現していない。

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posted by おおちゃん |00:01 | ☆清水エスパルス | コメント(2) | トラックバック(0)
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2007年02月20日

☆ロナウドは伝説になれるのか

やっぱりロナウドはまだまだ怪物のようだ。

先日のシエナ戦でロナウドは前半15分に、ピルロのクロスにヘディングであわせて先制ゴールをあげた。このゴールは彼にとってセリエAでは2002年4月28日以来のゴールとなったが、彼の不得意なプレーと言われがちのヘディングによる得点と言う点が面白い。「不得意」の次元が並みの選手とは違うんだろう。さらにロナウドは後半36分にもカカからのパスを押し込んで2得点。
試合は自体はこのまま終わらずシエナが追いつき3対3となるが、ロスタイムにミランが勝ち越して逃げ切った。

この勝利の立役者は2ゴールをあげたロナウドだったのか、あるいは3失点をしてゲームそのものを膠着化させた原因にロナウドの前線での運動量の不足があったのか、見方は人それぞれあろう。
しかし、得点をとる、という仕事に関して言えば、現在も彼の才能は突出しているということに異論はないだろう。

5シーズン半を過ごしていたレアル・マドリーをロナウドは今冬、追われるように出て行った。
彼の移籍先は、ACミラン。
言わずと知れた超名門チームで、決してステータス的にはレアル・マドリーに引けをとらない。
彼にはベッカムのようにMLSという、言わばサッカー人生のセカンドキャリアという表現も可能なリーグも選択可能であったが、まだまだ第一線でのキャリアを継続することを選択した。

彼にとってはミラノの街は、かつてインテル時代に過ごした場所でもあり、初めての土地ではないし、セリエAのリーグも経験済だ。
ミラノの街はロナウドにとっては大きな怪我と辛いリハビリ、そして復活という人生の大きな節目を経験した場所である。

ロナウドは、現在30歳となった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%83%89

1999年の右膝十字靭帯部分断裂、2000年の右膝十字靭帯完全断裂によって、「怪物」とあだ名され、客観的にはいとも簡単にゴールを奪っていたように見えた彼のプレースタイルの大きなアドバンテージであった爆発的なスピードが陰りを見せていることは否めない。

しかし、怪物ロナウドはまだまだ健在のようである。

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posted by おおちゃん |00:09 | ☆世界のサッカーに思う | コメント(3) | トラックバック(0)
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2007年02月18日

☆副音声中継に思う

先週末、NHKで放送されていたラグビー日本選手権を視る機会があったんですが、通常の実況放送の主音声の他に、副音声で解説放送が行われていました。

ルールがわかりにくく、とっつきにくい、と思われがちのラグビーのワンプレー、ワンプレーについて、その説明とルール解説を行いながらの放送でした。
ラグビーの放送でこうした副音声解説が行われていたのは、もう何年も前からだったでしょうか。こうした試みは、とてもいいんじゃないかと思います。
とかく主音声放送は、アナウンサーの過度な実況や解説者の解説具合によって、試合そのものを楽しんで視ることができない、という弊害を生んでしまうことも有り得ます。
必ずしも実況や解説が公平な視点でされるとも限りませんから、放送自体にアウェーの空気を感じる場合はむしろ実況や解説なんて無いほうが良い、と思う場合もありますよね。

勿論、後世に語り継がれるような名勝負には、素晴しい実況がセットとなって僕らの記憶に刻みこまれています。名勝負を演出する、感動を増幅させる効果を持っていますよね。
そこに主音声の醍醐味があることは事実です。

こうした実況はアナウンサーの技量の見せ所なんでしょうね。
とかくゴールシーンでは、ここぞとばかり「ゴール!ゴール!ゴール!」とアナウンサーが興奮の大実況するのがひとつのパターンではあるんですが、NHKの山本浩アナウンサーは、逆にゴールの瞬間に「ゴール!」と言う実況を一切行わず、場内の歓声と歓喜のシーンのみを際立たせるという手法をとった時、テレビ中継でも鳥肌が立つようなシーンを演出することができるんだ、と驚きました。
そんな山本浩アナウンサーの名セリフを集めたHPがありましたので紹介します。
http://www22.cds.ne.jp/~yasu/soccer/announcer.html#contents

スポーツの試合で、主音声の実況や解説はあくまでも王道としてあって然るべきだと考えますが、副音声については色んな可能性が考えられますよね。
先程のラグビーの解説放送もそうですが、近年は副音声に様々な酒肴を凝らした試みが行われています。
主音声では対戦チームのどちらにも公平な放送が求められることが前提となるでしょうが(されているかどうかは別として)、副音声に限ってはそこが必ずしも求められないので例えば日本代表の試合で芸能人など著名人を呼んで応援放送を行ったりしてますよね。
NHKBSでのプロ野球中継では、副音声が場内の音声のみとしています。場内の音声をもう少し臨場感あるものとして拾って欲しいと言う不満はあるんですが、この試みは決して副音声の手抜きではないのです。
ホームチーム側のサポーターやファンのスタンドの音声を拾ってもらえばひとつの応援放送にもなるでしょうし、試合そのものを集中して視ることができるので、僕個人的には場内の音声のみ、という場合がある時はこちらを選択しています。

副音声中継って必ずしもあるものではないですよね。
副音声にも実況をするアナウンサーや解説をする解説者を用意する必要があるからでしょう。しかし場内の音声のみを副音声にしてくれれば、こうした準備は必要ないですし、コストもかからないと思います。

今後、スポーツのテレビ中継もデジタル化の波に飲まれます。
是非、全てのスポーツ中継の副音声に、必ずひとつは場内の音声のみを設けてもらいたい、と思う今日この頃です。

皆さんは、どんな副音声中継が好みでしょうか?

posted by おおちゃん |01:25 | ☆エッセイ・雑感 | コメント(6) | トラックバック(0)
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2007年02月15日

☆バルサのエトー問題を考える

バルセロナがカメルーン人FWエトー選手の「出場拒否」問題と、その後の彼自身の発言をめぐって大いに揺れている。

事の発端は11日のカンプ・ノウでのラシン・サンタンデール戦の終了間際からの出場をエトー選手が拒否したことにあったようだ。
エトー選手の出場拒否の理由は、フランク・ライカールト監督をはじめとするバルサのコーチングスタッフから、少なくとも30分間は出場させると約束されていたのに、実際に交代が告げられた時には85分が経過していて、この約束が守られなかったことに対して出場拒否をした、と報道されている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070213-00000015-spnavi-socc

エトー選手は前節で4ヶ月ぶりに故障からピッチに復帰したが、今節はアルゼンチン人FWメッシ選手も故障から3か月ぶりに復帰している。
メッシ選手の出場は、エトー選手よりも先の後半23分からで、しかも交代出場したポジションは、エトー選手の定位置だった3トップのセンターであったことも彼には不満だったようだ。
この時点でライカールト監督は「(助監督の)エウゼビオと彼が話した。個人的には残念なこと。試合では5分でも15分でも毎分が重要なもの。彼には彼の理由があるのだろうから、これから話はする」とエトー問題について発言していたようだ。
http://hochi.yomiuri.co.jp/soccer/world/news/20070213-OHT1T00107.htm

その後、この問題はさらに物議を醸していくものとなる。
エトー選手は翌日のチーム練習に顔を出さず、ライカールト監督へ出場拒否の説明もなかったようだ。
この問題について、ジョアン・ラポルタ会長が騒動の沈静化のため12日午後にもエトー選手と話し合いの場を作ったらしい。エトー選手の発言がこの話し合いの後だったか、先だったのかわからないが、彼本人は出場拒否問題について公にライカール監督を批判し、エトー問題について記者よりコメントを求められ「どんな選手でもチームのことを一番に考えるべきだ」という前提論をコメントしたロナウジーニョ選手に対しても怒りの矛先を向けた。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/headlines/20070214-00000011-spnavi-socc.html

バルセロナのオフィシャルHPによると、12日のラポルタ会長とエトー選手との会合の場にて、エトー選手より「ドクターから試合のピッチに出るまでに少なくとも15分間のアップが必要と言われていた。そしてあの時はまだアップが充分で無いと考えた。出場するのは(自分の故障した膝にとって)危険だと考えた」と説明があったという。
この説明を受けラポルタ会長は、エトー選手の説明の裏付けを取ることでこの問題は早期解決が出来るとし、チームのテクニカル・ディレクターであるチキ・べギリスタイン氏にこの問題を一任する。
14日、ベギリスタイン氏とライカールト監督がエトー選手の説明について協議を行うと、クラブの広報から発表があった。
この協議により「何らかの適切な処置」が取られることになるらしい。
http://www.fcbarcelona.jp/news/feb07/news_0214_4.html

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posted by おおちゃん |12:25 | ☆世界のサッカーに思う | コメント(6) | トラックバック(1)
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2007年02月12日

☆Jリーグ百年構想

先日、昨シーズン限りで引退した城彰二選手が「Jリーグ百年構想メッセンジャー」に任命された。

ん? 「Jリーグ百年構想メッセンジャー」って何??
って思いましたが、

http://www.jsgoal.jp/news/00043000/00043985.html
「「Jリーグ百年構想メッセンジャー」のMr.ピッチとともに、Jリーグの理念、百年構想を全国の多くの方々に、楽しくわかりやすく伝えていただきます。2007年は、「Jリーグ百年構想」ポスターおよびプロモーションビデオの顔としてご出演いただくほか、Jリーグが提唱する校庭の芝生化推進活動、各種理念推進活動にご協力いただきます。」
と言うことのようです。

具体的な活動は、
(1)2007Jリーグ百年構想 ポスタービジュアル&スタジアムプロモーションビデオへの出演 
(2)Jリーグ百年構想サッカー教室(芝生校庭で実施/協力:Jリーグ百年構想パートナー 朝日新聞社)、校庭の芝生開き等、芝生化推進活動への参加
(3)その他、Jリーグが実施する、各種百年構想推進活動への協力
を行うと言うことです。

ところで、城選手の先輩になる「Jリーグ百年構想メッセンジャー」Mr.ピッチは、2003年から活動しているそうなんですが、知っていました?
この人がMr.ピッチさんです。
http://www.j-league.or.jp/100year/pitch/

一瞬NHKBSの「どーもくん」かと思いましたが(笑)、ああそう言えば見たことありました。

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posted by おおちゃん |00:03 | ☆日本のサッカーに思う | コメント(2) | トラックバック(0)
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2007年02月11日

☆キャプテン論

僕がここ数年間ずっと気になっているテーマのひとつに、チームにおけるキャプテンの意義と役割について、があります。
それはひとつのリーダー論と言っても良いのかも知れません。

そのキャプテンの性格によって、キャプテン像は十人十色であると言えますが、やはりキャプテンという存在に対する理想像、求められる役割というものは共通してあるように思います。
そこにキャプテンが存在する意義、が見出せるんでしょうね。

キャプテンは「ピッチ上の監督」と呼ばれることがありますが、キャプテンの役割って、何なんでしょうか。
ピッチ上にて、戦術的な面でのチーム状況を確認しやすいのは、自分のチームを常に後方から見ることのできるディフェンスの選手でしょうし、また逆にフィールド全体に指示を出しやすい位置にいるのは、中盤の選手でしょう。チーム全体を攻撃的な意識で前向きに引っ張っていく、という意味ではオフェンスの選手のアグレッシブな姿勢がチームに活力を与える役割を担っている、とも言えます。
各チームによって当然キャプテンとしてプレーする選手のポジションは多様ですから、こうした「ピッチ上の監督」としての仕事は、必ずしもキャプテンとしての役割ではない、とすることもできるんでしょうか。
どのポジションでプレーする選手にも、自らのプレー以外にも試合中に果たすべき役割がある訳で、その役割を効果的に果たすことができる能力を持った選手が多く集まっているチームは、勝者のメンタリティーを持ったチームと言えるかも知れません。

ではキャプテンの存在する意義、って何なんでしょうか。
僕はキャプテンとは、リーダーとしての人間性を持っている選手、なんだと思います。リーダーとしての資質とは、少々抽象的な言い方になってしまいますが「キャプテンシー」を持っているかどうか、が問われてくるんだと思います。

僕がこれまでの日本代表の中でとても印象的なキャプテンは、オフト監督時代の柱谷哲二キャプテンです。彼は決して華やかな選手ではありませんでしたが、強烈なキャプテンシーで、ラモス、カズや個性派揃いのチームを牽引しました。
その柱谷哲さんが「キャプテン」論を語っています。
http://www.so-net.ne.jp/FW/world_cup/2002/column1/howling-04.html

哲さんは、「僕のキャプテンの仕事といえば、グラウンド以外のところでした。たとえば、コミュニケーションをとったり、それぞれの考え方を伝えたり……。それがキャプテンとして重要なことでしたね。ゲームに入ってしまえば、それぞれのポジションのリーダーが意思統一して、枝葉に対して指示を出していました。だから、ゲームの中での「キャプテン」というのはそう重要なものではないんです。繰り返しますが、キャプテンとはピッチじゃないところで、お互いの考え方をディスカッションしたり、コミュニケーションをとったりすることが重要な仕事です。 」と発言されています。

僕らが普段目にするチームの姿は、主として試合そのものに限られてしまいがちです。しかしチームはその試合に備えて、練習を日々重ねている訳ですし、またチームはひとつの集団として、多くの時間行動を共にしています。
よく監督の仕事とは、試合が始まるまでにほとんど終わっていて、試合が始まれば後は選手任せだ、なんて言われることがありますよね。
これは一種の例えとして極論を言ってるんであって、監督の采配が試合の局面局面に果たす役割は大きいとは思っていますが、それはさておき、キャプテンについても極論を言えば、監督同様に試合が始まるまでの準備期間の間にその意義と役割が見出せるものなんだと思います。
キャプテンは、こうした日々の仕事の積み重ねによって、自然と「ピッチ上の監督」に相応しい存在になっていくんでしょうね。

ただこうしたキャプテンの存在意義については、哲さんも「キャプテンの位置づけは監督で決まる」という発言をされていて、僕もまさにその通りだなと感じています。

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posted by おおちゃん |02:15 | ☆エッセイ・雑感 | コメント(7) | トラックバック(0)
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2007年02月10日

☆財津俊一郎選手に思う

今シーズン、財津俊一郎選手は、清水エスパルスから湘南べルマーレに1年間の期限付き移籍をすることになった。
プロ選手である以上、全ての選手が毎年毎年「勝負の一年」となる訳であるが、東海大五高校を卒業後に入団した高卒選手である財津選手にとって、プロ3年目となる今季は今後のプロ生活を左右する重要な一年となりそうだ。
●出身地  : 福岡県飯塚市
●生年月日 : 1987年1月23日
●身長/体重: 173cm/65kg 
●サッカー歴: 飯塚市立片島小→飯塚市立二瀬中→東海大五高→清水エスパルス(2005.2.1~)  
●代表歴  :  2002年U-16日本代表、2003年U-17日本代表、2004年U-18日本代表、2005年U-19日本代表  
(以上、オフィシャルHPより抜粋) 
 
財津選手はエスパルスでは、青山選手、岩下選手、枝村選手、岡崎選手、平岡選手と同期同学年の1986年組である。
この1986年組からは、青山選手が既にA代表に名を連ねており、先頃発表されたオリンピック代表(U-22)にも選出されている。また岩下選手、枝村選手、平岡選手は過去オリンピック代表合宿や遠征に召集されているし、岡崎選手も1年目から天皇杯の決勝戦にスタメン出場するなど、チーム期待のストライカーである。
これら非常のレベルの高い選手が集まった世代の中でも、財津選手は一番最初にトップのゲームに出場するなど、スタートは一番注目されていた。彼は身長173cmと体格的には大きくはないが、スピードに乗った突破力で勝負するタイプである。前線で張るよりは、裏へ抜け出すプレーを得意としていたことから、1年目の途中からFWよりもサイドのポジション全般で起用され始め、2年目の昨シーズンはスタートこそFW陣の人数が少なかったことと、彼自身がFWとしてのプレーにこだわりがあったことからFW登録されプレーをしたが、サテライトでの一シーズンを経る中で、再び左右のサイドハーフ、サイドバックを経験し、彼の持ち味であるスピードを活かした非常に素晴しいプレーを魅せていた。
シーズンの終盤には、長谷川健太監督も財津選手にサイドバックを中心としたサイドのポジションへのコンバートを勧め、彼もそのポジションに面白さを感じる発言をしていたので、3年目となる今シーズンはサイドバックとして正式にスタートする一年、となる予定だった。

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posted by おおちゃん |00:14 | ☆清水エスパルス | コメント(3) | トラックバック(0)
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2007年02月09日

☆浦和から日本代表GK2名選出?

スポーツ報知のニュースソースに、「日本サッカー協会が日本代表の千葉合宿で、浦和GKの山岸、都築の同時選出を打診していたことが8日、分かった。代表スタッフから浦和関係者に「2人を呼びたい」と連絡があったもの。浦和側は練習人数の確保などを理由に拒否したが、立て続けに「今季の正GKはどちらになるのか教えてほしい」と質問され、答えに窮したという。」・・・とあった。http://hochi.yomiuri.co.jp/soccer/japan/news/20070209-OHT1T00036.htm

この報道が本当にこのニュアンス通りなんだとしたら・・・日本サッカー協会のナンセンスぶりには頭を抱えたくなる。
オシム監督は以前のスポルトのインタビューでもGKのレベルに不満を持っている発言をしていたので、現時点の日本代表のGK候補に決め手がない、という状況はあるんだろう。
しかし、それにしたって、「2人を呼びたい」「ダメなら試合に出る予定の方を呼ぶ」って、そりゃ選考の段階で「あなたたちどっちだっていいよ」って言われてることと同じでしょう・・・。

一人のプロ選手として生活をかけて、レギュラーを争っている山岸選手と都築選手に大変失礼だし、キャンプはそのためのチームづくりの時期であることは当たり前。
日本サッカー協会の川淵キャプテンは、今まで散々クラブチームはアジアの大会をないがしろにしている、と言うような主旨の発言していたはずなのに、アジア制覇に向けて、じっくりチーム作りをしている重要な浦和からGKを2人を召集しよう、って発想自体が出てくること自体、日本サッカー協会こそクラブをないがしろにしている、と言われたってしょうがないですよ。

この問題は、結局9日に行われる法政大学との練習試合で、日本代表の加藤GKコーチが視察に訪れて、どちらを選考するか確定することになったようだが、コーチがキャンプを訪れて選手選考するなんて当然事前にやっていて当たり前のことなんじゃないですか?
オシム監督と、コーチ陣、日本サッカー協会の意思疎通は出来てるんでしょうか・・・。

これは前々から思っていたことですが、日本サッカー協会(JFA)のHPには、電話番号だけは小さく載っていますが、サポーターの意見を直接受け付けるような窓口は全く設けられてないですよね。
いつまでたっても「よくある質問」は更新されていませんし・・・。
今でも批判轟々なのに、アドレスなんて設けたら収拾がつかない、ということなんでしょうか。

そんなんでダイジョウブなんですか? 日本サッカー協会・・・。 

posted by おおちゃん |12:05 | ☆日本のサッカーに思う | コメント(3) | トラックバック(0)
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2007年02月06日

☆日本スポーツの「聖地」国立競技場

日本スポーツの「聖地」、国立競技場(ナショナルスタジアム)。

正式名称は、国立霞ヶ丘競技場と言うが、サッカー、ラグビー、陸上競技の聖地と位置づけられ、これまでも名勝負が繰り返されてきた。
国立競技場は、1964年の東京オリンピックの開会式会場であることは有名だが、現在の競技場の直接の前身は、その6年前の第3回アジア競技大会の開催のために建設されたものである。
http://www.naash.go.jp/kokuritu/history.html 「国立競技場の歴史」参照。

日本サッカー界にとって国立競技場は、天皇杯決勝や高校サッカー選手権大会決勝をはじめ、(旧)トヨタカップなど主要な国際大会や代表戦などが試合を行う「聖地」と位置づけられてきた。
しかし近年、日本サッカー界にとって「聖地」であったはずの国立競技場が、その地位を滑り落ちてしまったのでは?という感がある。
今その地位は、2002年サッカーW杯決勝が行われた横浜国際球戯場に取って代わられたんだろうか。
しかし、ここはあくまでもマリノスのホーム「日産スタジアム」である。
現在でも天皇杯や高校サッカー選手権決勝が国立競技場で行われながらも、クラブW杯決勝が日産スタジアムで行われるという、いびつな二重構造を生んでしまっている。

かつてJリーグ創立期、川渕チェアマンは国立競技場をフランチャイズとすることを認めなかった。
国立競技場があらゆるスポーツの「聖地」であることに配慮し、日本サッカー界にとっても特別な「聖地」と位置づけたからであった。
結果、人気・実力とも絶頂にあった読売サッカークラブは、フランチャイズを川崎市にせざるを得ず、「ヴェルディ川崎」という、地元密着が希薄なJリーグの理念からは程遠いクラブが生まれることになったのである。
現在、味の素スタジアムの誕生により、東京都をフランチャイズとするクラブがJリーグにも2つ生まれているが、J1のFC東京が優先的に味の素スタジアムを使用し、J2の東京ヴェルディが国立競技場でゲームを開催するという、傍目には国立競技場はリーグに軽視されてしまっているのでは?という感が否めない。

日本サッカー協会は、今、国立競技場の位置づけをどう考えているのだろうか。

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posted by おおちゃん |02:15 | ☆日本のサッカーに思う | コメント(10) | トラックバック(0)
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