2008年04月13日

☆藤枝東、特別教諭で新監督就任

新年初めに高校選手権で準優勝を果たした藤枝東高校サッカー部に、今春激震が走った。

本日放送の第一テレビのキックオフによると、13年間チームを指揮してきた服部良雄監督が、何と県教育委員会へ移動となってしまったということである。
近年の静岡県高校サッカー界は、藤枝東高校静岡学園の両雄によってリードされ、そこに浜名高校や清水商業などの古豪が対抗し、常葉橘や浜松開成館などの新興勢力が台頭する、という感があるが、まさにその静岡県高校サッカー界をリードして来たのが、服部監督率いる藤枝東高校のパスサッカーだっただけに、この退任情報の衝撃は大きい。
今後、服部前監督が県教育委員会でどのような仕事に携わるかはわからないが、静岡県の高校サッカー界を牽引する仕事ができるようなら幸いである。
県職員は、せっかくの人材であっても移動によって、別の職場でその才能が埋もれてしまうことも有り得るだけに、そうならないことを願いたい。

新たに藤枝東高校サッカー部監督に就任したのは大石和孝氏。
静岡工業サッカー部時代に全国で名は馳せ、その後JFLでも活躍、引退後は清水エスパルスユースやジュニアユースなど、クラブチームでも指導歴が豊富な方である。
この大石新監督であるが、公立高校である藤枝東高校には特別教諭という立場で赴任することになるとのことである。
特別教諭とは、教員免許をもたない人材に対して、県が特例で教諭の職務に任命するという制度で、これまでラグビーで任命された事例はあったそうだが、サッカーで行われるのは初めての試みであるという。
特別教諭は、一般の教諭と同じように出勤し、その中で授業など同じ業務を全てこなすことになる。大石新監督は保健体育を担当するようであるが、ただ特別教諭ということで一人で授業を行うことはできず、必ず免許のある教員がサポートでつかなけえばならないという。

とはいえ、今回の藤枝東高校での特別教諭任命によって、外部の人材を招くという試みが、どのように展開していくのかは大変に興味深い。
静岡県高校サッカー界、藤枝東高校をはじめ、清水東高校清水商業高校、浜名高校など強豪、古豪の学校に公立高校を多く含んでいるからである。
近年、特別枠などもあるようだが、藤枝東高校清水東高校は、静岡県有数の進学校でもあり、サッカーで将来を切り開いていこうと考えている少年たちには、なかなかどうしてハードル高く、門戸を狭くしてしまっており、クラブチームへの人材の流れを加速させている一因である。

今後の藤枝東高校サッカー部、大いに注目である。

posted by おおちゃん |08:40 | ☆サッカー王国静岡 | トラックバック(0)
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2008年04月07日

☆名門清水商業サッカー部消滅の危機

以前のブログ記事で、名門静岡工業サッカー部の消滅という話を書きました。
「☆名門静岡工業サッカー部最後の選手権」(2007年9月14日)
静岡工業は行政の小子化対策の一環として、清水工業と合併して新学校「静岡県立科学技術高校」が誕生するために消滅しました。

そして何とこの流れは、名門清水商業高校サッカー部にも押し寄せています。
この話題、もう多くのブログなどでも語られているようですが、久々のブログ更新を決意させたのも、僕もこの計画にはかなりの衝撃を受けていたからです。

「キヨショウ」の愛称で親しまれている静岡市立清水商業高等学校の歴史についてはこちらを御覧下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%99%E5%B2%A1%E5%B8%82%E7%AB%8B%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%95%86%E6%A5%AD%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1「ウィキペディア(Wikipedia)」参照。

言わずもがな、サッカー部は多くのプロ選手を輩出しており、サッカー王国静岡を象徴する名門高校な訳です。

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posted by おおちゃん |17:44 | ☆サッカー王国静岡 | コメント(5) | トラックバック(0)
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2007年09月14日

☆古豪静岡工業高校サッカー部 最後の選手権

かつて1975年の第54回全国高校サッカー選手権に静岡代表で出場し準優勝、OBにヤマハ発動機のDFとしてプレーした石神良訓選手をはじめ、日本代表選手も輩出している古豪静岡工業高校サッカー部が、最後の高校選手権予選県大会を奮闘中である。

静岡県立静岡工業高校は、本年度をもって静岡県立清水工業高校と統合し、来年4月1日に静岡県立科学技術高校として生まれ変わる。
その影響で静岡工業高校サッカー部も、今年度が最後の活動となる。
是非とも悔いのない完全燃焼のプレーでどうか頑張ってください。

さて、静岡工業高校は、静岡市葵区太田町にある県内で最も古い公立の工業高等学校で、統合のもう一方の相手、清水工業高校は静岡市清水区八坂東に位置している。ユース所属だったためサッカー部だった訳ではないが、エスパルスの市川大祐選手の母校である。

そして新しく出来る静岡県立科学技術高校は、そのどちらでもない静岡市葵区長沼のJR東静岡駅近くになるとか。

ここって新たな県都として整備していこうとする計画のあった地区じゃないでしょうか。
一向にプランの進まないまま県立高校の土地にしてしまった、とは思いたくないものです。
やっぱりエコパは東静岡につくるべきだったんじゃないですか?

静岡工業高校と清水工業高校の関係者の方々には何の縁もない場所ですから、さびしいものとなってしまうでしょうね・・・。

posted by おおちゃん |23:36 | ☆サッカー王国静岡 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2007年07月15日

☆静岡サッカーアーカイブス

僕がこのサッカー王国静岡の記事をまとめる際、どうしても細かい年度であったり、選手の名前であったりなど、記憶が曖昧で思い出せない場合も多々あります。

そういう時にいつも参考にさせていただいているサイトがあります。
「Forza Shizuokan!」です。
http://www1.ocn.ne.jp/~miwa.i/

ここはまさに 静岡サッカーアーカイブス!
他に比類のない幅広い年代を対象とした情報を全てカバーしつつ、膨大な情報量を誇っているという何とも素晴しいサイトだと認識しています。
はっきり言って、これ以上のサイトはもう誰もつくれない(笑)
静岡サッカーは、今もこういう熱意ある方々によって支えられているんですよね。

僕もこのサイトを見て「あぁそうだったそうだった」「へぇ~そうだったんだ」などなど、いつも一喜一憂させてもらっています。

美和さん、これからも静岡サッカー歴史資料室としてあり続けていただけることを願いつつ、影ながら応援しています。

既にリンクに貼らさせていただいておりますが、日頃の感謝の意味を込めて紹介させていただきます。


posted by おおちゃん |01:23 | ☆サッカー王国静岡 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年06月14日

☆サッカーの街 藤枝

サッカー王国静岡の中でも、藤枝清水と並んでサッカーの街として有名である。
現在も全国的に県立藤枝東高等学校(以下、藤枝東高校)はサッカーの強豪高校として有名であるが、その藤色のユニフォームは藤枝を象徴するものである。現在もジュビロ磐田の中山雅史選手や浦和レッズの山田暢久選手をはじめ、数多くのJリーガを輩出してきました。また藤枝東高校は県内でも有数の進学校。まさに文武両道の精神を伝統にした学校である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E6%9E%9D%E6%9D%B1%E9%AB%98 ウィキペディア(Wikipedia)参照
またアビスパ福岡は、中央防犯藤枝ブルックスという社会人チームが前身となっていることも忘れないでもらいたい。

藤枝のサッカーの歴史については、藤枝市役所のHPで概略が紹介されています。
http://www.city.fujieda.shizuoka.jp/asp/f0040.asp?eno=L698184462

藤枝のサッカーの歴史は大正13年(1924)にまで遡る。
ある一教師の英断によって、藤枝にサッカーが定着することになるが、歴史的にはサッカー王国静岡を牽引しリードして来たのは藤枝であった。
清水は全国的に日本のサッカーをリードする存在であった藤枝を目標とすることによって、自らをサッカーの街としていったのである。
近年、こうした歴史を持った藤枝の位置づけが曖昧にされてしまっているように思えたので、まとめて見ました。

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posted by おおちゃん |00:15 | ☆サッカー王国静岡 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年05月05日

☆サッカーの街 清水

今日は清水のサッカーの歴史について、簡単ですが整理しておきます。
まず(NPO法人)清水サッカー協会のHPを参考にしたいと思います。
http://www.nposhifa.net/info/history.html

清水のサッカーのルーツは大正8年にまで遡るとしています。これは多分にサッカーの街 藤枝の存在を意識したものでしょうか。
但しこの頃、小花不二夫氏が静岡県にサッカーをもたらした一人であって、この小花氏が清水のサッカーのルーツであるとしています。
小花氏の功績によって、大正12年以降、県内中学校にいくつかサッカー部が誕生します。大正14年には第1回近県中等学校大会が開催され、清水から、当時の庵原中(現在の県立清水東高等学校)が出場しています。
昭和30年代、日本サッカー界は「サッカー御三家」と呼ばれていた広島・浦和・藤枝を中心に展開していました。この頃まだ清水はごく平凡なレベルの一地域に過ぎなかったのです。

清水がサッカー王国静岡の中で、サッカーの街として発展していくことになるのは、昭和30年代と昭和40年代に清水に登場しサッカーに携わることになった2人の人物の存在が大きい。
この清水のサッカーの歴史を語る上で欠かすことのできない人物とは、堀田哲爾先生と綾部美知枝先生。
勿論この2人以外にもたくさんの方々が清水のサッカーの発展に関わってきたことは言うまでもない。しかし、この2人の存在が清水サッカーへ寄与した役割の大きさに異論を挟むものはいないだろう。

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posted by おおちゃん |01:11 | ☆サッカー王国静岡 | コメント(0) | トラックバック(1)
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2007年01月10日

☆風間・ゴン対談に思う

昨年の年末ですが、サッカー解説者の風間八宏さんとジュビロ磐田の「ゴン」中山雅史選手の対談、『中山雅史・風間八宏SP対談 サッカーを愛して止まない男たち』がテレビ静岡で放送されていました。

この番組、実は既に12月3日にフジテレビ系列で放送された『~もう惨敗は嫌だ!~ 日本サッカー再生計画』という番組の風間さんとゴンの対談部分のみを拡大して放送したものでした。
12月3日の放送ではかなりインタビュー部分はカットされていましたから、対談部分だけをもっと見せろよ~と思っていたんですが、深夜偶然テレビをつけてみてよかった。この放送日に静岡に帰っていてよかった・・・。

前の番組を含めてご覧になった方も多くいらっしゃいますでしょうね。
今日は風間さんとゴンが語りあっていた中から、「サッカーを楽しむ」というテーマで考えてみたいと思います。

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posted by おおちゃん |01:44 | ☆サッカー王国静岡 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2007年01月03日

☆静岡サッカー資料館に行く・・・。

昨日、静岡県長泉町にある「静岡サッカー資料館」に行ってきました。
http://www.shizuoka-fm.jp/

行ってきたんですが・・・やってませんでした、お正月休みで。
そりゃそうですよね~正月2日ですから。
どうもすいません。そういうことで中味は見ていないんですが・・・。
少なからず思うところがあったのでレポートさせてもらいます。

はっきり言って交通手段は悪いと思います。
僕は地元の友人に三島駅に迎えに来てもらって、そこから車で行ったんですが、場所は長泉町の「クレマチスの丘」という「花・美術館・食」をコンセプトにした複合文化施設の一角にあります。

車さえあれば、三島駅からもそうは遠くない場所ではありますが、行ってみれば・・・ここがどういう場所なのか勘の良い方でしたらわかってもらえるのではないかと思います。

ここって、スルガ銀行が所有している広大な土地なんですよね。

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posted by おおちゃん |18:34 | ☆サッカー王国静岡 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2006年12月10日

☆「エコパ」はW杯の負の遺産

2002年W杯自国開催に伴って、各地に観客動員力のある大きなキャパを持ったスタジアムが新築、改築されました。
例えば浦和レッズは、埼玉スタジアムという大きなキャパを持つ聖地を得て、かつスタジアムをいっぱいにするサポーターの動員力を背景として入場料収入も格段にアップし、スタジアムの独特の雰囲気はレッズをビッグクラブのイメージに推し進める原動力になりました。
レッズはこのW杯開催がクラブの発展の大きな契機となりました。
スタジアムとクラブの関係って切っても切れないものがありますよね。日本も自治体が指定管理者制度を始めたので、Jリーグのクラブがホームスタジアムを管理委託しているところもありますが、世界にはスタジアムそのものを所有している羨ましいクラブもあります。ただ日本のクラブの現状では、クラブ単位でスタジアムをいい立地に建設するようなことは困難でしょうから、やっぱりW杯自国開催は、クラブと地域を複合的に発展させる大きな契機だった訳です。

静岡スタジアム「エコパ」は、サッカー王国静岡のメンツにかけて何とか開催地となりましたが、多くの税金が投入され・・・果たしてW杯後のビジョンってもんがあったんでしょうか?

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posted by おおちゃん |12:15 | ☆サッカー王国静岡 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2006年12月06日

☆小野伸二選手に思う

小野伸二選手、間違いなくサッカー王国静岡が生んだ天才です!彼のテクニックと、広い視野、そしてプレーしている時の笑顔はロナウジーニョと共通するものがありますよね。

そんな小野選手ももう27歳になったんですね。
オランダから日本に戻ってきましたが、それも一時的なもので、きっと「シンジ」は世界に羽ばたいてくれると信じています。

でも足首の怪我は慢性的で、ベストパフォーマンスに戻ることは期待できないんでしょうか・・・。

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posted by おおちゃん |21:40 | ☆サッカー王国静岡 | コメント(13) | トラックバック(0)
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