2008年08月14日

日本一ボール奪取能力が高いオトコ

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昨日はFC東京の小平グラウンドへ。目的は、『Jリーグサッカーキング』で好評連載中の「月刊ダイナモ通信」連載取材、つまり、FC東京&日本代表のダイナモ、今野泰幸選手の取材である。

今野選手は、個人的にも最も好きな日本人選手の一人なのだが、その魅力は何と言っても気持ちの入ったプレー、そして類い稀なボール奪取能力だ。また、実は優れた得点感覚も持ち合わせている。現在は、日本代表のメンバーにこそ定着したものの、まだスタメンは確保できていないが、近い将来、さらなるスケールアップを果たして、日本の“心臓”になってくれる逸材と期待している。

連載開始当初は、人見知りからか、なかなか言葉を引き出すのが難しかった印象が残っているが、現在はこちらがそれほど気を遣わなくても、どんどん話してくれるのでありがたい。また、取材していて最もうれしい瞬間は、具体的なサッカーの戦術論などの話になった時に、こっちが話した内容に今野選手が「そうなんですよ」と乗ってきてくれた時。そうやってサッカーについて熱く語る時の表情は、本当に楽しそうだ。

今回の取材では、北京五輪の男子サッカー&なでしこ、ようやく連敗から脱出したFC東京、9月6日から始まるW杯最終予選、第2回・今野泰幸CUP、オールスターJOMO CUP、などについて聞いたのだが(『Jリーグサッカーキング』8月23日発売号にて掲載)、その中でも面白かったのが、連敗を止めた名古屋戦の試合終了間際に、決定機を外した時の話。相手CKのこぼれ球を拾った今野選手は、自陣から独走してそのまま相手ゴールまで迫ったのだが、GKと一対一になった瞬間にシュートを打たず、フォローに来ていた赤嶺選手に横パスを出してしまう。結局、パスがわずかにずれたことによって、赤嶺選手はシュートを打てず、追加点とはならなかったのだが、そのシーンについて聞くと、「なんでシュートを打たなかったんだろうって、すっごく後悔してます」と即答。実は性格的に、丁寧にパスを出さなかったことを後悔してるんじゃないかと思っていたのだが、そうではなく、そこでシュートを打つという選択をしなかったことを後悔しているとのこと。「次、同じようなシーンがあったら絶対に打ちます」と力強く語ってくれた。以前と比べても、かなり自分を出すようになってきたなと感じた。

今週末のレッズ戦、勝てば優勝争いに加われる位置につけているだけに、かなりのモチベーションで臨むことだろう。これまで数々の好ゲームをくり広げてきた両チームが、どんな熱い戦いを展開するのか。今節はこのゲームを取材しに行く予定なので、非常に楽しみである。


posted by from1 |18:21 | 雑誌 |
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2008年08月12日

岩政大樹の生まれ育った島

週末、妻の実家である山口県・周防大島に行ってきた。この島は鹿島アントラーズのDF、岩政大樹の生まれ故郷でもある。山口県、広島県など、中国地方の人々には行楽地として知られているこの島は、豊かな自然と美しい海に囲まれている。

もっとも、サッカー的な観点から見ると、岩政少年が育った当時は、サッカー未開の土地と言っていい環境だった。『Jリーグサッカーキング』の連載コラムでの本人の言葉を以下、抜粋する。


僕の実家は山口県の周防大島という島(橋は架かってますよ!)にあり、小学校は一学年がたった6人、中学校にもサッカー部はなかったため(生徒は全員、陸上部に所属)、週末のみ地域のサッカークラブでボールを蹴ってました。高校は本土側にある岩国高まで通っていたため、サッカー部には入れたものの、残念ながら全国大会には出場出来ず。そんな環境でしたから、本気でサッカーに打ち込むのは高校までと決めていました。


こんな環境で育った選手が、Jリーガー、そして日本代表にまで上り詰めるということは並大抵のことではない。当然、島ではスーパースターである。オフに島でサッカースクールをやれば大々的に取り上げられ、島でちょっとサッカーが上手い子がいると、「岩政の次はこの子じゃ」と、なる。また、今回、島に行った時に何十人ものサッカー少年を見かけたのだが、おそらく、島のサッカー人口を増やすのにも大きな影響を与えているに違いない。

それにしても、日頃、東京で生活している身としては、自然豊かな環境で過ごしている人たちが本当にうらやましい。魚は美味しいし、住んでいる人たちは人なつっこくて温かい。約半月ほど島で過ごしている長女(2歳8カ月)は、すでに島の子と言っていいほど、島に馴染んでいる(当然、日焼けして真っ黒だ)。こういった環境で育つ子供と都会で育つ子供では、人格も価値観も全く違ってくるだろう。子育てについても大いに考えさせられた周防大島滞在だった。

(周防大島は、周防大橋によって本州とつながっている)
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(岩政選手が通った沖浦中学)
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(美しい海に囲まれている周防大島)
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posted by from1 |15:59 | 生活 |
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2008年08月07日

バルセロナ+モウリーニョ=PTP理論?

昨日はバルセロナのスクールコーチを務める村松尚登氏と会食。村松氏は現在、「バルセロナキッズキャンプ」を横浜にて行っているのだが、その忙しい最中にもかかわらず、時間を作ってくれた。村松氏と会うのは今回でまだ2回なのだが、自分はすでに彼の話すコーチング理論に魅了されてしまっている。やはり、12年間にもわたって、スペインの地で修行を積み、リーガ・エスパニョーラでも監督を務めることのできるトップライセンスを取得している人の言うことには説得力がある。

ちなみに、村松氏のコーチング理論は、『戦術的ピリオダイゼーション理論』(以下PTP理論)が軸になっているのだが、ポルト大学のビトール・フラデ教授が提唱したこのPTP理論は、モウリーニョ監督が自身のコーチング理論に取り入れたことによって、一躍注目を浴び始めている理論である。

理論の基本的な考え方は、「サッカーを常に全体像で把握する」、「トレーニングでやっていることを試合でそのまま出す」というような、とことん、「試合=トレーニング」に近付けるというもの。つまり、練習のための練習はしない、ということだ。近い将来、このPTP理論は村松氏、そしてその理論に賛同する指導者の手によって日本でも広まっていくだろう。村松氏の今後のさらなる活躍を期待したい。


村松尚登(むらまつ・なおと) 1973年生まれ。千葉県立八千代高校卒。筑波大学体育専門学群卒。同大学蹴球部OB。指導者の勉強のため1996年にバルセロナに渡る。2004年にスペインサッカー協会の上級コーチングライセンス(NIVEL 3)を取得。2005-06シーズンにはスペインサッカー協会主催の「テクニカルディレクター養成コース」を受講。この11年の間にバルセロナ近郊の8クラブで指導に携わり、2006-07シーズンよりFCバルセロナのスクールにて12歳以下の子供達の指導に従事。実験のため、地域4部リーグ所属のCATALONIAのトップチームのアシスタントコーチも現在務めている。村松氏のHPはこちら

posted by from1 |17:13 | 欧州サッカー |
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2008年08月06日

澤穂希自叙伝『ほまれ』

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友人のサッカー編集者・田中亮平から澤穂希選手の自叙伝『ほまれ』(河出書房新社)が送られてきた。この本は、構成がピッチレポーターやキャスターとして活躍されている日々野真理さん、編集担当がライターの寺野典子さん&田中亮平、そして装幀が友人のデザイナー・福島歩と、スタッフ全員が友人、知人。こりゃもう宣伝しないわけにはいかない(笑)。

この本を読むと、いかに澤選手の人生が波瀾万丈だったかがよくわかる。6歳でサッカーを初めてから20数年、決して成功ばかりの人生ではない。ケガを抱えながら戦ったアテネ五輪。06年のアジア大会決勝のPK戦では、1番手のキッカーとして臨んだPKを失敗(チームも敗戦)。また、子供の頃にはイジメにも遭っている。ただ、本人もあとがきで書いているように、「自分の人生のために無駄なことはなにひとつなかった」のだと思う。「マイナスと思えるようなことも、それをプラスに変えられるように努力をしていけば、自分の人生にとってそれがあって良かったと思えることにつながるのではないだろうか。すべての経験があって、今の自分があるのだから」。まさに澤選手の人生はこの言葉そのものである。

日の丸を背負って15年、澤選手はそのキャリアの集大成とも言える北京五輪に臨む。初戦は本日18時キックオフ。まずはニュージーランド相手にきっちりと勝ち点3を獲得して、そしてメダルを持ち帰ってくれることを期待したい。


posted by from1 |17:10 | 雑誌 |
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2008年08月05日

『キャプテン翼』が少年ジャンプで復活!

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現在発売中の『週刊少年ジャンプ』に、40周年記念企画で、『キャプテン翼』が“復活”している。ストーリーは、翼が小学6年生の時に、南葛SCの一員として全国大会で優勝を成し遂げた後のエピソード。一緒にブラジルへ渡るはずだったロベルト本郷が、一人で日本を去ってしまい、“黄金コンビ”を組んだ岬太郎もフランスへ、友でありライバルでもある若林源三は西ドイツへ……。一人残された翼は、その後、どのようにして立ち直ったのか? 50ページと大ボリュームでの読み切りのため、とても読みごたえがあるし、何より、「翼世代」にとっては興奮もののストーリー満載なので、ぜひご一読を。

ちなみに今回、自分もこの記念すべき企画に少し関わることができた(高橋先生と松井大輔選手の対談(4ページ)の企画&構成を担当させてもらった)のだが、子供の頃、一番の愛読書だった『週刊少年ジャンプ』でまさか仕事できるなんて思いもよらなかった。これもすべて高橋先生のおかげである。先生、本当にありがとうございます!


posted by from1 |19:13 | 雑誌 |
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