2009年08月14日
「今度、ブラインドサッカー日本代表の取材を始めることになったんだよね」
著者の岡田仁志さんにそう言われたのは、確か渋谷の串焼きやで飲んでいる時だっただろうか。岡田仁志さんは、深川峻太郎というペンネームでも執筆活動をされており、著書には『キャプテン翼勝利学』(集英社インターナショナル)があるので、「ああ、あの本を書いた人か」と思うサッカーファンもいるだろう。自分と深川(岡田)さんが出会ったのは、自分が編集長を務めていた『月刊サッカーズ』という雑誌で、深川さんに『お茶の間にルーズボール』という連載を執筆してもらったからである。副編集長のYさんが、「面白い文章を書く人がいるから、連載頼んでみない?」と言ってくれたのがきっかけだった。そうしてスタートした連載は、Yさんの読みどおり、サッカーライターとは違う視点でサッカーを見た、非常に面白くレベルの高いものだった。
2005年に連載が終了してからも、互いの家が近いこともあって、定期的にお酒を飲んでいたのだが、サッカー雑誌の連載がなくなったことも影響してか、深川さんは次第にサッカーへの興味を失っていたように感じていた。もっとも、息子さんのサッカー熱が高まるにつれ、少年サッカー(息子さんのチーム限定)に対する関心はアップしていたように思うが。
そんなある日、冒頭の言葉を深川さんが発したのである。正直、驚いた。自分にとっての深川さんは、フリーライターではあるが、ジャーナリストではなかったからだ。その深川さんが、ブラインドサッカー日本代表に密着して取材をするという。
その後、深川さんは、フリーライターとしての仕事と並行してブラインドサッカー日本代表の取材を続け、二度も南米に行き(アルゼンチン、ブラジル)、韓国や中国にも行き、国内でも関西を中心に多くの都市を訪れた。自他共に認める方向音痴で旅が苦手な深川さんとしては、画期的な変化である。深川さんの日誌(http://www.kt.rim.or.jp/~h_okada/fukashun.html)で取材の様子を追いながら、単行本を発刊する日を心待ちにしていた。
そして2009年6月、ついに深川さんがブラインドサッカーの本を出した。タイトルは『闇の中の翼たち ブラインドサッカー日本代表の苦闘』(幻冬舎)。タイトル中の「翼」は、おそらく、『キャプテン翼』から取っているのだろう。ブラインドサッカー日本代表選手の多くが『キャプテン翼』の影響によりサッカーを始めた、というエピソードが本文中に出てくることからも、ほぼ間違いないはずだ。
読み始めてしばらくは、ブラインドサッカーを取り巻く環境や、目の見えない状態でサッカーをやるためにはどのようなことに気を付けなければいけないのかなど、新たに知るさまざまな事実に、ただただ感心させられるだけなのだが、読み進めていくうちに、この『闇翼』(深川さんはこの略称を使用している)が、完全なスポーツ・ノンフィクションであることに気付かされた。全盲のフットボーラーたちは、世界のレベルに近付き、追い越すために、すさまじい「負けず嫌い」を武器に、どんどんレベルアップしていく。そして、勝利するためには何が必要なのか、自分が上手くなるためには何が必要なのかを常に模索し、実行していく。その姿勢は、健常者のプロサッカー選手と何ら変わりない。むしろ、サッカーにかける情熱においては、彼らのほうが上ではないかと感じられるほど、それぞれの選手の“熱さ”が見事に描かれている。
また、この『闇翼』を読んで、一人のジャーナリストとして、これだけの取材を成し遂げ、一冊の本をまとめ上げた深川さんを非常にうらやましく思った。深川さんはすべての取材を自費で行っている。たとえ、『闇翼』が何度か重版かかっても、おそらく、大きな利益にはならないだろう。費やした時間も含めて考えると、むしろ、赤字の可能性が高い。しかし、この本の取材を通して、選手や関係者との間に深い信頼関係を築き、すべての関係者に称賛されるレベルの作品を書き上げた喜びは、言うまでもなく、お金には変えられない価値のあるものである。
サッカーファン、そしてスポーツファンには、ぜひとも『闇翼』を読んでほしい。くり返しになるが、そこにはプロサッカーを上回るほどの情熱がある。

posted by from1 |20:10 |
日本代表 |
2008年09月12日
FIFAのブラッター会長が7月に、2010年ワールドカップが自然災害により南アフリカで開催できない場合に備え、3カ国に代替開催の可能性を打診した、というニュースが流れたのは記憶に新しいが、昨日のスポーツ新聞によれば、日本サッカー協会の犬飼会長が、そのうちの1カ国が日本であることを明らかにしたそうだ。
この問題は、FIFA内の政治関係などさまざまな問題を含んでいるだけに、FIFA関係者も慎重に言葉を選んでいるが、関係者の間では、代替開催の可能性は、数年前から語られている話である。試合開場建設の遅れやインフラの不備はもちろん、何よりも問題なのが、治安の悪さである。首都のヨハネスブルクでも毎日当たり前のように殺人事件が起きている現状では、W杯開催は現実的ではない。
ちなみに、代替地として日本の他に噂に上がっているのは、アメリカ及び、イングランドorドイツ。FIFAの基準を満たしているスタジアムが10以上ある上、これらの国で開催すれば、スポンサー集めも容易(これ重要!)、大会運営も全く問題がない。
もちろん、現状ではまだ南アフリカでの開催が大本命ではあるが、もし、万が一日本での開催となれば、日本中が再びお祭り状態となるのは間違いない。サッカーでメシを食っている我々としては、ぜひとも万が一の奇跡に期待したいところだ。
posted by from1 |17:30 |
日本代表 |
2008年04月02日
年度末ということもあり、ここ2カ月はホントにバタバタだったので、全然更新できてなくて申し訳ない。新年度ということで、心を入れ替えてガンバリマス。
さて、この間、いろいろなことがあったが、その中で最も大きいネタは、『キャプテン翼』関連の仕事で、日本代表の若き両翼である、ミチくん(安田理大)&ウッチー(内田篤人)に取材したこと。
まず最初に、ミチくんのところに取材へ行ったのだが、あまりの『キャプテン翼』マニアぶりに驚かされた(詳しくは4月15日発売の『キャプテン翼』文庫版を見てもらえれば→宣伝)。個人的に一番ツボだったのは、好きなキャラクターとして、赤嶺さん(日向と恋仲(?)のソフトボール選手)を挙げてくれたこと(笑)。
一方、ウッチーの取材は、高橋陽一先生との対談ということもあって、まず交通手段にびっくり。なんと、集英社手配のハイヤーに同乗させてもらって鹿嶋まで行ったのである。ハイヤーで取材に行くこと自体もちろん初体験のおれは、「やっぱえらくならなきゃダメだな」と心に誓ったわけで。
その対談&取材の様子は、『キャプテン翼』文庫版(4月15日発売)&『週刊ヤングジャンプ』(4月10日発売号)を見てみらいたいのだが(しつこく宣伝)、対談をしたウッチーだけでなく、岩政、田代、興梠といった選手たちがこぞって高橋先生にサインをもらいにやってきたことで、改めて、『キャプテン翼』の影響力を再認識させてもらった。そして、帰りは鹿嶋市内で美味しい魚料理を食べた後、ハイヤーで東京へ。やっぱ、えらくならなきゃ……。
posted by from1 |17:51 |
日本代表 |
2008年02月21日
東アジア選手権の中国vs日本戦。とにかく、すごい試合だった。中国のラフプレーもすごいが、それに対して適切なジャッジをしない、北朝鮮のレフェリーもひどい。ホームで負けられないのはわかるが、あれはもう、サッカーではない。安田理大含め、選手生命に関わるようなケガをした選手がいなくてホントに良かった。今後、日本サッカー協会は、Jリーグ開幕前の重要な時期に、このような危険の伴う大会への参加は、検討を見直すべきだと思う。それくらい、中国のラフプレーは、完全に常軌を逸脱していた。
そういった普通の状況ではない中で、日本の選手は本当によくやったと思う。試合終了後、中澤がチームメートとハイタッチしていたシーンで、この試合で日本が得たものが大きかったことが伝わってきた。個人的なMVPは中村憲剛。独特のタイミングで出される彼のパスは、中国の選手たちを混乱に陥れていた。
また、実はこの試合は試合内容以外でも、気になることがあった。福岡に住んでる友人S(妻の大学時代の親友)のダンナさんが中国人なのだが、現在、そのダンナさんのご両親が3カ月の予定で滞在しているのだという。日本中が餃子事件で持ちきりの中、ただでさえ大変だろうに、その上、サッカーにおいても日本と中国が「絶対に負けられない戦い」をするとは、何とタイミングの悪いことか……。聞けば、先日の日本vs北朝鮮戦の時でさえ、夕食の場はかなり気まずい空気になったという。直接対決となった今回は、荒れた試合内容もあり、いったいどんなことになったのか、他人事ながら心配していた。友人Sはもちろん、両親と妻の間で苦しむダンナさんは果たして無事に修羅場を切り抜けることができたのか。
野次馬半分、いやいや、心配しながら昨日の状況を聞いたところ、突然、家族で外食することになったため、夕食を食べながら一緒に観戦するという事態は避けられたとのこと。いや~ホントに良かった。もし、あの試合を一緒に観ていたら、険悪どころの騒ぎじゃ済まなかっただろう。「北朝鮮戦では不完全燃焼だったから、中国戦では『ゴ~~~ル!』と叫びたかったわ」と友人Sは語っていたが、そんなことしてたら、離婚話になっていた可能性すらある。これは推測だが、そんな最悪の事態を避けるために、ダンナさんは急きょ外食することにしたのではないだろうか。きっと、そうに違いない。とにかく、友人S家族の平和が守られて良かった。と思ったら、2月24日には女子の中国vs日本があるのか……。荒れた試合にならないことを、友人S家族のためにも願いたい。
posted by from1 |20:21 |
日本代表 |
2008年02月04日
1月26日(土)は、新生・岡田ジャパンの初陣となったチリ戦を取材。詳しい試合内容、各選手の評価に関しては省くが、正直、物足りなさを感じた試合だった。オフ明けとはいえ、しっかりと合宿して臨んだのだから、コンディション不良は理由にならないし、して欲しくない。監督が替わり、ポジション争いも白紙に戻ったことから、各選手の生き残りをかけた気持ちのこもったプレーを期待したが、この試合に関しては残念ながらそれを感じることができなかった。
それにしても、なぜこの試合での中村憲剛は左足を多用したのだろうか。右サイド、フリーでボールをもらいながら、左足に持ち替えてクロスを上げたシーンなどは、かなりの違和感を感じた。
「ケンゴ、今日はできる限り、左足でプレーしてみろ。同じ“中村”だし、風貌も似てるから、きっとタイのスカウティング部隊を混乱させることができるはずだ」
もしかして、こんな指示を岡田監督がしてたりして。JSK連載陣(播戸、今野、山瀬、岩政)のうち、山瀬しかプレーしなかった(しかも、後半35分からの出場)こともあって、そんな妄想を考えて楽しんでしまっていた自分だった。
posted by from1 |16:59 |
日本代表 |