2006年11月30日
還暦の打撃投手引退
近鉄・オリックスで28年間打撃投手をされた水谷さんが、秋季キャンプ最終日11月20日を最後にオリックスのユニフォームを脱ぎました。
打撃投手は打者の打ちやすいスピードで良い回転をボールコントロールします。打撃投手の調子の悪さが打者の調子を崩してしまうこともあります。
投球した数は単純計算で1年に3万球以上(肩も作るのに投球しているため)28年間で100万球は投げていることになります。
打撃投手は昔リリーフ投手が試合前に投げるか(その後ベンチ入り)、もしくは2軍選手が投げていました。1978年に戦力外通告を受けましたが(現役として10年プレー)、打撃投手になってくれないかと当時の西本監督にお願いされたそうです。阪急には足立投手、山田投手と下手投げの投手がいたので、サイドハンドの水谷さんに打撃投手をお願いしたのだそうです。
打撃投手の先駆けです。アメリカではコーチ、監督が投げますが、今では日本の打撃投手を真似ているアメリカの球団もあります。
打者はコーチのアドバイスも聞きにいきますが、毎日投手から見ている打撃投手にアドバイスを受けにいく事があります。
打撃投手は試合前にトレーニングを行ない、オフ期間もトレーニングは欠かしません。その努力がなければ打ちやすい球を投げる事はできません。試合前に走っている打撃投手は長く仕事を続けますが、練習をしていない打撃投手は長く仕事ができません。
60歳までウェイトトレーニング、ランニングをし、アイシングをし(打撃投手はマッサージを受けれません)、打撃投手に備えます。
私はWBCのアジア予選のオープン戦で台湾、中国に打撃投手をしましたが、緊張感を持ち何とか打ちやすい球を投げ抜きました。クラブチームの選手は打撃投手を簡単だと思っていたようですが、ストライクが入らず、リズムも悪く途中で降板を命じられました。
「打撃投手でいいから雇ってくれ。」なんてとんでもない。打撃投手は試合で抑えにいくより難しいとさえ感じています。打者の調子を打撃投手が握っています。
成績のでない選手にはバットを振れるだろうというコースに投げ、打ちやすい球を投げて自信を回復させます。変化球の要求は当然のこと、スピードの要求、コースの要求、高さの要求をする選手もいます。
主力選手になると打撃投手を指名します。指名されるのはベテランの打撃投手が多いのです。「猛牛打線」「いてまえ打線」を育てたのは、水谷さんと言っても過言ではありません。
試合が始まるとスコアラーに転身し、配球をベンチに送る役目をしていました(現在は禁止)。相手チームの配球は当然の事、見方の投手の配球もスコアーをつけながら、傾向を伝えます。
ブルペン捕手もそうですが、多くの裏方さんの協力があり、プロ野球選手の活躍があります。裏方さんは決して表に出る事はありませんが、11月30日のスポーツニッポンで水谷さんを裏一面で取り上げてくれたスポーツニッポン社に、野球に携わってきた私からも感謝したいと思います。
還暦まで投げ抜き、胴上げまでされた水谷さん。本当に選手は水谷さんに感謝しての行動でしょう。
水谷さんお疲れ様でした。
posted by frankima |20:45 |
プロ野球 |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月29日
背番号18番
桑田真澄さんがジャイアンツのユニフォームを脱ぎました。
ストイックな方で、選手の憧れである選手でした。入団する前の目標の投手には桑田投手の名前を書きました。
桑田投手の素晴らしさは、野球につなげるために色々なスキルを身につけた事です。英会話、ピアノ、料理、自分にプラスになるであろうということは何でもこなしています。またクラシックを愛し、リラックスをする方法を見つけていました。
ちょっと勘違いされている方もいると思いますが、不動産の件は、保証人として騙された形のようです。
ドラフトでも、早稲田大学進学を発表していて、清原さんがジャイアンツを希望していたこともあり、ヒール(悪役)のイメージがつきましたが、桑田投手もまさかの指名だったのではないでしょうか?
桑田さんには是非メジャーに行って頑張ってもらいたいと思います。仮にマイナー契約、独立リーグでのプレーとなったとしても、アメリカで挑戦してほしいと思います。旅行で行くのと生活するのではまるっきり違います。生活をすれば、何かを吸収されて必ず帰ってくる選手だと思います。
私はアメリカで生活して、人生観が変わりました。文化の違い、習慣の違い、言葉の違い、良い個所も悪い個所もありますが、桑田さんであれば間違いなく良いところを吸収してくるでしょう。そして、日本の良い個所、アメリカの良い個所をミックスさせる素晴らしい指導者になる方でしょう。
チャレンジせずに夢を諦めるのと、チャレンジしてできなかったのとどちらが良いのでしょうか?
当然後者です。
しかし、桑田さんにあれだけ慕われた藤田さん。私が入団した時に直ぐにあんな奴、辞めさせろと言われました。そのときは解説者のどなたが言われたのか分かりませんでしたが、ある先輩に10勝したら教えてやると言われ、4年間、その言葉を忘れずに思い続け投げてきました。
10勝してその先輩に聞きにいくと、それを言ったのが藤田さんでした。そのときはその一言を誰が言ったかどうしても知りたい。見返してやりたい。という風に思って必死になりました。プロの1軍で勝つ執念を持たせてくれた藤田さんには感謝しています。
アメリカの天然芝の球場最高です。ジャイアンツの18番にこだわり続けた桑田さん。肘の怪我がなければ、間違いなく200勝していたでしょう。
決して恵まれた体系ではなく(小柄)、ファンの皆さんに勇気を与えた選手でした。また、私も勇気をもらいました、
エース番号の18番、どこから始まったのか?初めはジャイアンツなのでしょう。歴代の投手の番号をエースが継ぐ事から始まった事でしょう。藤田さん、掘内さん、桑田さんとそうそうたる投手です。
社会人野球でも10番台の中にチームのエースナンバーがあります。NTT東京は11番でした。与田さん、自分がつけました。
頑張れ桑田さん。心の投球。最後まで生き様として見せてください。
posted by frankima |10:55 |
プロ野球 |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月28日
野球技術セミナー外野手・内野手編(全国野球振興会・プロ野球OBクラブ)
11月27日、日本青年会にて、野球指導者養成講座(野球技術セミナー)が行なわれました。
外野守備は元横浜の重光講師、内野守備は元ロッテの水上講師にお話しをいただきました。
重光講師の指導では基本的な身体の使いを覚えることができないと、選手として活躍することができない。継続は力なり。指導者として、社会に出てからも通用する人間形成をしていく。これは私の意見ですが、私生活は野球にもつながります。普段の規則正しい生活は、習慣性をつけます。練習は良い習慣を付けるためだと私は考えているので、私生活で社会に適応するすなわち規則正しい、そして規則を守ること。まさしく野球は規則を守らなくてはなりません。
スポーツ選手として、歩き方を意識することにより、身体の使い方が変わってくる。歩くということはかかとから地面につきつま先に移行していく。
つまり地面から反力をもらい膝・股関節・体幹・上半身・手・指先に連動していく。つまり運動連鎖を起すということを意識させると守備が上手くなってくる。運動連鎖ということを考えると守備だけでなく、投球・打撃にも生きてきます。
外野手が良いプレーができるかどうかは、スタートの時点で決まってくる。そのスタートを早くするために、どう身体を使っていくのかを考えていく。
早く落下点に入ることが重要、そして余裕を持ってプレーができるようにしていく。すなわち送球のしやすい体制で捕球しに行くことが必要になる。後ろから前方に向かって捕球することで、良い姿勢での捕球が素早い送球ができることにつながる。
守備に入る前から、天候、風、打者、投手等の状況を情報として持つことで次のプレーの反応が早くなってくる。
外野手ということよりも、野球選手としての考えを指導されていました。私が考えていたことと同じことだと確認させていただきました。
水上講師とは、何度か野球教室を一緒にやらせていただきました。何でどうしてということを伝えていただくので、自分の勉強になるということもあり、一緒に野球教室をやらせていただきました。北海道日本ハムファイターズ内野守備コーチに決まり、私が信頼して野球教室を一緒にする講師の方が1人いなくなってしまいました。
守備に関して水上講師は野球教室では4つのことを伝えています。
1.握り方を教える。その時に何故その握りになるか?捕り手のことを考えると4シームの握りにすると取りやすいボール(ストレート)を送球することができる。捕球する相手のことを考える。思いやりを持って投げることが必要。これは野球だけでなく、野球を通した躾にもつながります。
2.捕球してから送球したい方向に歩いていき送球する。歩いていけば距離を縮まることができる。次に捕球してから投げたい方向に後ろ足を直角にして前足をあげて立つ。そうすると自然に肩・腰を投げたい方向に向かっていく。すなわち捻りを使って送球するようになる。そして前足を投げたい方向に向けて投球する。ステップをしっかりすれば暴投をしづらくなるということです。
3.両手で取るということは、直ぐに投げる手に触れさせることである。近くに手を置いてあげることにより、素早く握り変えることができる。両手ということを勘違いしている指導者が多く、握り変えやすい位置に投げる手を置くという言葉は私にとっては衝撃的でした。当たり前のことなのですが、次に速く投げるためにとは言いますが、実際に両手の違いを見ると違いがあります。やはり指導者は選手に見せて、聞かせる事が重要だと感じました。
4.逆シングルの問題を良く耳にしますが、正面は身体に対しての正面であり、逆シングルも取る手の方向でも身体をひねってあげれば身体の正面である。正面が分かっていれば。三遊間の打球に対し、無理に身体を入れ弾くような事は無くなるでしょう。身体の正面を勘違いしている事が指導者もいます。
片手で捕球か両手で捕球かの判断方法は勉強になりました。捕球する方の手が曲がっている範囲では両手で捕球してほしい。捕球する手が伸びてしまう時には片手で捕球する。
つまり余裕があるときには次の送球を考えた捕球。余裕がない時にはまず捕球する事が大事だと言う事です。
守備はアウトにする事が最終的な目的です。そのための確率を上げる方法です。
今回の野球技術セミナーは大変勉強になる勉強会でした。水上さんが北海道日本ハムファイターズに行ったら、エラーがもっと減るでしょう。そして選手がものすごく伸びる可能性があると思います。
やはり勉強されていて、コーチングができる方のお話しは面白いです。
自分もどんどん勉強していき、まねぶ(学んで)いこうと思います。ぱくりから自分の枝葉を作っていこうと思います。
posted by frankima |11:45 |
野球技術 |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月27日
松坂の調整(アメリカでの調整)
松坂の調整方法がアメリカ式に合わせると言っていました。「ちょっと待った。」って古いですけど。このことについて書こうと思います。
アメリカのスプリングトレーニングキャンプは、投手で2月15日以降始まります。若手はキャンプまでに完璧に肩を作り上げてきます。ブルペンでは全力で投げません。しかし、打者相手に投球すると全力で抑えにいきます。若手はそこまでにピッチング練習をしっかりと行ない、キャンプでは時間で決められた中でピッチングを終わらせます。
メジャーのスーパースターは、キャンプに入る前までにキャッチボールやピッチングを行ない、ゆっくり時間をかけ、スプリングトレーニングキャンプ・オープン戦で肩を作っていきます。これはスーパースターのみの特権で若い選手はスプリングトレーニング・オープン戦で成績が出ないとマイナーに落とされるか、もしくは解雇されてしまいます。
以前も書きましたが、キャンプ・シーズン中ともウェイトトレーニング・ランニングなどは各自で練習前、練習後に行ないます。
チーム練習は短いのですが、自主練習が長いというイメージです。それに気付かないとアメリカでの成功はありません。
シーズンに入ると先発投手は中4日での登板になります。投げた翌日はロングジョグをし、日本では完全にボールを投げませんが(完全ノースロー)、アメリカでは肩をほぐす意味も込めて軽いキャッチボールをします。
2日目にピッチングをしますが、自分のマウンドでのフォームチャックをし、軽めの調整です。トレーニングはロングスプリント、ウェイトトレーニングを行います。
3日目にはロングスロー、ミドルダッシュ。4日目にはキャッチボール、ショートスプリントを行ないます。
投手同士でキャッチボールを行ないますが、最後にマウンドの距離でお互いがキャッチャーになり、フォームのチェックと球種のチェクを行ないます。
ローパワーのトレーニングからハイパワーのトレーニングに移行します。
マッサッジテラピスト(トレーナー)を個人で契約するか、契約条件に入れた方が良いでしょう。日本のように丁寧にマッサージはしてもらえません。
私は独立リーグでお金がなく、マッサージテラピストを雇えなかったので、ホテルのプールで登板日以外はトレーニングをし、水圧でのマッサージ効果とウォールプール(日本で言うジャグジー)に入り、身体の調整を行なっていました。
肩は消耗品と言いながら、オフシーズンの練習マニュアルにはほぼ毎日ボールを握るようなマニュアルになっています。
マイナーの選手はオフ期間、ウィンターリーグに出場しお金を稼ぐか、アルバイトをしながら生計を立てます。
当然松坂には必要のないことですが。
メジャーでの日程は詰まっていることもあり、2時間待ちで試合をするということもあります。また雨天中止になると翌日ダブルヘッターになります。ローテーション投手でない投手が入るか、ローテーションの投手が中3日での登板になります。
日本では投球練習も全力で投げますが、それまでの経験があるから試合に調整するための練習という位置づけです。
昼間のデイゲームの時にはバッティング練習無しで、試合なんて言うこともあります。
最後に松坂投手が活躍できるかどうかのポイントはカーブを有効に使えるかどうかだと思います。
メジャーの選手の投手はカーブを投げるのが難しいフォームです。日本人の投手がメジャーでプレーした時に、日本での登板では投球していなかったカーブを投球し、カーブを打たれなかった投手を3人ほど見ています。日本では打たれてしまうカーブでもアメリカでは抑えることができます。
実際、自分のカーブも日本では使い物になりましたが、アメリカでは通用しました(レベルは違いますが)。
カーブを上手く使い、環境に適応し、練習方法を考え、是非最多勝目指して頑張ってもらいたいと思います。
posted by frankima |11:52 |
メジャーリーグ |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月26日
社会人野球日本選手権
社会人野球日本選手権の決勝が11月26日京セラドームで行なわれました。
日本選手権決勝は富士重工業対日本生命の対決になり、4-2で富士重工が勝利し優勝をもぎ取りました。
決勝まで進んだ2チームの中で大活躍したのが2人のベテラン投手でした。
日本生命の土井選手は私が都市対抗に出場し(1992年)、日本生命と対戦した時に(14年前)登板していました。私の1つ上になるので37歳で現役選手。社会人では超ベテラン投手です。決勝までの5試合中4試合で登板。しかも準々決勝では完投しています。スピードも衰えず、ピッチングの上手さが加わり、素晴らしい投手です。
富士重工の阿部投手は社会人16年目34歳。右打者のインコースへの投球が阿部投手の生命線です。5試合中3試合登板。2試合先発し、前日には準決勝で先発、決勝ではリリーフでの登板と大車輪の活躍でした。日本選手権最優秀選手に選ばれました。
社会人の企業チームはチーム数が減り、選手が入ることも難しくなっています。有力選手(高校・大学)が多く入部してくる中で、長く現役を続けることは大変難しいことです。
しかも、終わってからの業務を考え、早く引退して業務に入っていく選手の多い中、これだけ続けられることはすごいことなのです。
社会人野球のレベルは高くなっています。都市対抗野球では観客が入りますが、日本選手権では決勝でも空席が目立ちました。
プロ野球の2軍は何か光るものがあり、すごいプレーヤーになる可能性はあります。しかし野球は経験値がチームとしての力になります。プロの2軍と社会人野球のチームが真剣に試合をしても社会人企業チームが勝つことが多くなっています。本当にタイミングと運、そしてプロ野球選手になりたいという気持ちが強いかどうか(あえてプロ野球に行かない選手も多い)でプロ野球に入ることができるかどうかが決まってくると思います。ほとんどプロ野球選手と持っている力は変わりありません。
社会人企業チームの選手は、私はプロだと思っています。午前中出社し、午後から練習。どう考えても半分以上は業務として野球をしている訳です。
午前中の仕事も電話番がほとんどになっています(企業チームの選手に聞くと)。
私がNTT東京にいた時には、野球部OBが上司にいて、仕事をさせてくださいとお願いし、仕事をしていました。その当時はコンピューターがあまりなく、ワープロの時代でしたが、社内文章やコンピューターの打ち込みなどをさせていただきました。プロ野球に入れると思っていたので、その前に会社の仕事はどのように動いているのか?見たかったことと時間を無駄に使いたくないと思っていました。電話番も重要な仕事ですが、いずれ野球選手を辞めなくてはならない時期が来るのですから、出社する時には仕事をしておいた方が良いと知り合いの選手には伝えています。
私は野球を辞め、サラリーマンをしていた時にもタイピングは困りませんでした。プロ野球選手として引退してから、仕事をする時に社会人チームにいた時に仕事をしておいて良かったと思っています。
また、仕事をすることで野球をプレーさせてもらっていることの幸せも感じるはずです。野球への視野も広がります。
話しを戻しますが、こんな高いレベルの野球で観客が入らないのは残念でなりません。野球を好きな方は一度社会人野球を観戦しにいってください。
本当にレベルが高いので、観戦していると楽しいはずです。トーナメントの緊張感も伝わってきます。全力プレーも試合前のノックから見られます。
社会人野球も是非応援してください。
posted by frankima |19:48 |
社会人野球 |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月26日
対東京戦
11月25日。ナゴヤドームで対東京戦がありました。東京は優勝候補と言われていましたが、2隊0で勝利しました。
私の登板機会はありませんでしたが、試合前会場でファンの方とふれあうイベントがあり、子供や私のファンの方、野球ファンの方とふれあえたことは元気をいただきました。
ブルペンで肩を作り、外野のキャッチボールに行きましたが、調子は上向きです。次回の秋田の試合では好投できるように、仕事の合間をぬってトレーニングをします。
マスターズリーグの前に、中日ドラゴンズとのエキシビションの試合がありました。ギャオス内藤さんの球を福留は右中間中段に放り込むホームラン。
久々に間近ですごい打球を見ました。今考えるとこんなレベルの高いところで良く野球をしていたと思います。
中日ドラゴンズのファン感謝デイのファンの多さには驚きました。エキシビションの試合前、内藤さんとウォーミングアップ(遠投)をしましたが、久々の3万人の前での遠投(誰も私のことを見ていないのは分かっていますが)過度の緊張と興奮を覚えました。
試合中、試合前にサインをできなかったファンの方すみませんでした。時間と場所によってはサインをできないこともありますので、ご了承ください。
また名古屋駅で成績の出ていない私にサインを求めてくださった方、ありがとうございました。
ちょっとしたサイン会のようになってしまいましたが、時間が許す範囲であれば、サインや写真は基本的には拒否すること(場所でお断りすることはあるかもしれませんが)はございませんので、お気軽にお声をかけてください。
ちょっとした言葉が私の元気、勇気につながります。これからも応援よろしくお願いいたします。
posted by frankima |00:09 |
マスターズリーグ |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月24日
野球指導者DVDの撮影
野球指導者DVDの撮影を11月23日江戸川沿いの河川敷のグランドで、足立区第九中学校をモデルに行ないました。
第九中学野球部は東京都秋期大会(新人戦)で優勝したチームです。
挨拶、返事はしっかりとしていて、目を見て話しを聞いてくれました。
撮影でしたので、2人の投手のみの撮影になりましたが、2人とも見事に変化しました。
ウィンドミルから始まり、斜め投げ、目を使っての正面投げ、目を使っての足を開き投げ、片足立ち投げ、逆投げ、真上投げ、指差しスロー色々な事をやりながら、牽制球、バント処理など投手な必要なものから、投球のメカニズムを伝えるものです。
自然に基本動作を身につける。考える時に難しく、プレー・指導する時に簡単にということが持論です。
始めは何言っているのだろう。この親父という目から、教えている選手がどんどん変わる事で目つきが変わってきました。
指導前、指導後で比較をしたのですが、まるきり違いました。中学生の投手は私の魔法にかかりました。最後に方向性のチェックをしてあげて、終わったのですが、雨が降りそうだったため、撮影を一気に進めました。自分が作成したカリキュラムなので、どんどん進めてしまい、収録が終わったのが13時、終了予定の16時からだいぶ早く終わりました。
ここからが緊急企画です。折角、早く終わったので遅い昼食をとりながら、中学生と座談会。質問がなかなか出てこないので、「質問できない子はプロ野球選手に慣れないよ。身体を使って自己表現するか、言葉を使って自己表現するかだよ。」そうすると少しずつ質問が出始めます。
変化球でどうなげるのですか?と「回転と空気抵抗だよ。でもチェンジアップは違うのだよ。回転数ではなく力の分散でスピードに変化が起こる。」
「勉強って関係ないようだけど、実は関係あるんだよ。サインで足し算も使えば、引き算も使う、かけ算も時には割り算も。変化球の原理を知るにも多少の物理が必要だし、国語力の読解力、理解力がなければ監督コーチが指導している事分からないし、自分が今度指導する立場の時に伝わらないよ。海外の友達を作りたいなら、中学生の英語ができれば、アメリカで生活できるよ。」と伝え、勉強の大事さを伝えました。学生の時に自分が勉強嫌いだったからでしょう。
勉強や私生活は野球に出ます。しかも全員がプロ野球に入れるわけではなく、目標へ向かって行くための過程。夢を持つ事の重要性。礼儀作法。コミュニケーション能力を身につけておけば、社会に出てからも通用する人間になるでしょう。
最後に投手の投球練習を見てあげましたが、本当に変わってくれました。皆が生き生きしていました。昨日終了を16時にしておいて、時間的な余裕があって良かったです。
将来の日本を変えるであろう、子供達に元気をもらいました。日本もまだまだ捨てたものではない。こんな事を感じた昨日の収録でした。
収録の予定が完全に途中から野球教室に変化していました。
やっぱり私は根っから野球が好きなのですね。子供の変化見るのが楽しくてなりません。まだまだ数は少ないですが、野球指導や講演で子供達に指導できる立場の自分に幸せを感じ、誇りを持って仕事していこうと思います。
posted by frankima |07:01 |
アマチュア野球 |
コメント(4) |
トラックバック(0)
2006年11月23日
四国アイランドリーグからプロ野球へ
四国アイランドリーグから2人の選手がドラフトで指名された。
その中の1人、深沢和帆投手にスポットを当ててみた。
深沢和帆は駿台甲府高校から東亜大学に進学する。大学2年で外野手から投手に転向する。しかし、家庭の事情により東亜大学を退部する。
一度深沢投手を見た事があったが、潜在能力が高く素晴らしい投手になるのではないかと思っていた。その彼が東亜大学を中退したと聞いた時には残念でならなかった。
その後は知らなかったのだが、先日東亜大学のOBと話していると四国アイランドリーグオリーブガイナーズでプレーしている事を偶然聞く。
頑張ってもらいたいと思っていたが、まさかドラフトで巨人から指名されるとは・・・・。
東亜大学中退後には、地元のクラブチーム山梨球友クラブでプレーし、四国アイランドリーグのトライアウトを受け合格し、2005年からプレーした。今期は先発・中継ぎ共にこなし防御率1.01を記録し、2軍との交流戦でも好投を見せ、プロ野球の道を開いた。
私も高校を一度辞め、再度高校に入学、3年生時に高校野球連盟の年齢制限、登録3年に触れ、野球をできる環境を探す。そこで見つけたのがクラブチーム。ウィーンベースボールクラブに入部する。プロ入りするためには社会人野球に進もうと考え、そのためには企業チームと接戦をすることが自分の就職活動だと考え、練習に打ち込む。三菱自動車川崎(現三菱ふそう川崎)いすゞ自動車(廃部)戦で好投し、NTT東京に入社する。プロ野球に入るために全日本入りを目標にする。社会人3台大会で成績を残そうと必死になる。結局、全日本は候補までで終わるが、日本ハムファイターズにドラフト3位で1992年に指名される。
深沢はやり方はいくらでもある。夢を持ち続け、そして思い込む。日々自問自答し、練習をしていけば達成できる。彼は実践してきた。ここまでの事を考えれば、1軍に上がり活躍する事は今までと同じ考え出続けて行けば可能な事であろう。
そして、彼の強さは野球を辞めた寂しさを知っている。野球を1日でも長く続けるため、そして活躍するためには厳しい練習も耐えられるし、そして自分で選択する事もできるであろう。
自分で考え、コーチ・監督から言われた事を自分で消化し、選択しなければ、プロ野球では成功できない。1人のコーチ・監督が選手が終わるまで見続ける事はほとんどあり得ない。
プロ野球はエリートしかなれない。エリートしか活躍できないという事をぶち壊してもらいたい。
現在の子供達は夢・目標を持たず、現実ばかりを見る子が多い。現実を見る事も大事ではあるが、夢・目標に向かっていくことができれば、無気力は無くなり、自殺者も減って行くだろう。
深沢和帆を私は応援していこうと思う。また是非成功してもらいたい。ここがゴールではないのだから。
posted by frankima |06:47 |
プロ野球 |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月22日
ドラフト会議について
ドラフト会議(大学・社会人)が2人自分の意思表明チームと違うチームからドラフト指名を受けた。
2人共に拒否反応を示しているが、そのチームに入るのがゴールなのであろうか?
実際憧れているチーム、入りたいチームはあるはずである。しかし、プロ野球選手として成功するためには、どのチームに入団しても変わらないであろう。ドラフトで指名されたチームに入団しても成績を出す事はできるのではないだろうか。
もしも、そのチームに入る事がゴールであるのならば、その選手はプロ野球での成功の確立は極めて低くなるであろう。
確かに職業選択の自由はあるが、プロ野球にはそれがない。希望枠というシステムができているのであるから、希望枠でかけるほどの選手でないと球団は評価していることになる。
そもそも、ドラフトが何故始まったのか?スリリングな試合を求めている野球ファンのために、始まったシステムで、チーム力の均等化を目的として始まった。大学生や社会人の選手にそこまでを求めるのは難しい事ではあるが、プロ野球の選手になる以上、理由を分かっていて欲しい。
昔、ある選手が自分の希望球団でないチームにドラフト指名された。しかし、その選手はその球団には行かず、社会人野球チームに行った。
結局その選手はある程度活躍することができたが、大学から入団していれば、もっと成績が出せたのではないかと考える。
PL学園から西武に入団した清原選手は巨人でドラフト指名されると誰もが思っていた。しかし、巨人は同じPL学園の桑田選手を指名し、清原選手は西武に指名された。清原選手はFA権を取得し、巨人に入団した。
ドラフト前から力がないから、大学もしくは社会人野球チームに入部する選手は、その選手の考えで選択した人生なので理解できる。
例えば、早稲田実業の斉藤選手が今年の選手では大学を選択した。プロ野球にすぐに進む事が全て正解だとは思わないが、プロ入りを表明しているのであれば、何処のチームから指名されても行くべきではないかと考える。
私もプロ野球選手になるのは夢であった。高校3年生時に野球ができなくなり、3チームからテスト生、アカデミーに行かないかと誘いを受けた。その時の私はプロ野球でやる自信がなく、まだ行くべき時期ではないと考え、クラブチームで野球をし、社会人野球に進み、そこからプロ野球入りをした。
社会を見ずにプロ野球選手になる事が本当に自分に取ってベストなのか、考えての選択であった。
プロ野球は相手があって成り立つもの。上記で書いた通り、何処がゴールなのか拒否している選手には考えてもらいたい。
それでもどうしてもその球団でやりたいというならば、それはその選手の選択なので、仕方がないと思うが。
野球を続けるためには色々な方法がある。最終的に決定するのは選手本人でなければならない。2人の選手にはよく考えてもらいたいと思う。
posted by frankima |18:16 |
プロ野球 |
コメント(0) |
トラックバック(1)
2006年11月21日
大学・社会人ドラフト
プロ野球ドラフト会議(大学・社会人)が11月21日新高輪プリンスホテルで14時より開かれました。
高校生とは違いプロ側も即戦力を求めてのドラフトです。日本ハムの最多7人、オリックスの最小2人、12球団合計68名(大学生29名・社会人25名、四国独立リーグ2名、育成選手12名)がドラフトにかかりました。32名が投手と何処のチームも即戦力投手が欲しいという状況でしょう。各チームは交渉権を得ました。今日から各選手・所属チームとの交渉に入ります。
希望枠入団選手を除き、気になる選手をあげようと思います。見た事のない選手は書く事ができないので関東中心になりますが・・・。
希望枠以外で直ぐに活躍できそうな投手で亜細亜大学糸数敬作(北海道日本ハム)ストレートが早く、コンビネーションも組める、試合を作れる投手。神宮大会を制したことからも、1軍で直ぐに起用されるのでは。
武蔵大学上園啓史(阪神)は、首都大学2部から1部に上げた主力投手。1部でもすぐに優勝争いに加わるなど、レベルが上がっても直ぐに適応できる。先発はもちろんの事、中継ぎにも適しているのでは。
三菱重工横浜クラブ岩崎哲也(西武)サイドハンドの変則的な投球でスライダー・ストレートは打者からは見づらい。昨年手術をしているが、怪我さえ問題なければ活躍する事はできる。球種が少ないため、プロでは中継ぎでの登板になるのでは。
JR北海道西崎聡(東京ヤクルト)サイドハンドから140キロを超す球を投げ込みます。中継ぎでの登板になるのでは。
シダックス森福充彦(ソフトバンク)球種が多彩な左腕なので、左打者のワンポイントでの起用になるのでは。
日立製作所荻野忠寛(千葉ロッテ)カーブが魅力的な投手。先発もできるが、中継ぎでの登板になるのでは。
NTT東日本上野貴久(巨人)左腕から140キロ前後の右打者インコースへの角度が素晴らしい。先発の一角に食い込んでくるのでは。四国アイランドリーグ香川オリーブガイナーズ深沢和帆(巨人)東亜大学を家庭の事情で中退するも、四国独立リーグへ。MAX146kキロのストレートは魅力。シーズン後半に1軍に出てくるのでは。
トヨタ自動車上野弘文(広島)ストレートは速く、スライダーが良く、経験も豊富で中継ぎの器用になるのでは。
日産自動車青木高広(広島)長身の左腕。角度のあるストレートは打者からみづらく、腕の柔らかさが特徴。先発もできるが、まずは中継ぎの起用になるのでは。
東洋大学永井怜(楽天)コントロールの良さ組み立ては良いので、先発に入るのでは。
東京ガス木村雄太(横浜)左腕からのストレートの早さは魅力。先発で起用されるのでは。
野手ではホンダ金子洋平(北海道日本ハム)長打力に魅力があり、レフトのポジションが空いているため、直ぐにスタメンもあるのでは。
白鴎大高谷裕亮(ソフトバンク)配球も上手く組め、投手を中心に打者を見ながら配球が組める。バッティングも良く、直ぐにスタメンの起用があるのでは。
住友金属鹿島衣川篤史(東京ヤクルト)捕球してからの送球が速い。そして長打力もあるバッティングが魅力である。配球は古田監督から勉強すれば、スタメンでの起用もあるのでは。
日本通運下窪陽介(横浜)長打力も持ち合わせる打者だが、プロに入って短距離打者への変化ができれば、外野手の一角に入るのでは。
育成ドラフトに西多摩倶楽部金森久朋(東北楽天)が指名を受けたが、私と同じクラブ(私は社会人を経てからプロへ)出身だが、彼の力であれば、育成から支配下選手へ。シーズン後半には1軍で投げている姿を見ることができるかもしれない。
夢を叶えた選手達。ここからは夢・目標の設定を変え、プロの世界で大輪を咲かせてもらいたい。
posted by frankima |18:26 |
プロ野球 |
コメント(0) |
トラックバック(1)