2006年11月13日
コメントありがとうございます。多くの方が楽しみにしてくださっていることを知りました。
また文字を伝えることの重要性も改めて感じました。
コメントでもブログを楽しみにしているという言葉をいただきましたが、今日声をかけてくださって方だけで7人の方が楽しみにしているから続けてくれ。と声をかけていただきました。
辞めることで責任を取るということは、今の自殺をしてはいけないと言いながら、理由はどうあれ自殺しまっている教師の方と同じになってしまいます。
また続けようと思いますが、アジアシリーズ決勝は他のところで仕事として引き受けていますので、今回は内容が薄くなるので掲載しないことにします。
そして今回の掲載しないことはLA NEW BEARSのファンの方へのお詫びです。
本当に申し訳ありませんでした。また本当にコメント、励ましのお言葉ありがとうございました。
posted by frankima |00:29 |
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2006年10月31日
今日で今までお世話になった会社を退社しました。
これからのことを考え、少しゆとりを気持ちを持たせるために少しの間休憩に入ろうと思います。
ここのところ休憩が度々入りすみません。
充電期間を持ち、皆様に野球の楽しさを伝えられればと思っております。
posted by frankima |22:20 |
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2006年10月18日
いじめと自殺
正直これを書くかどうか迷っていました。しかし、部活の中でもいじめはあり、私はスポーツをすることでいじめから脱出できたので、あえてこの文章を入れました。スポーツから始まってもいるのですが(笑)。スポーツのブログの中でこのようなことを書くことを許してください。あまりにも大きな事件で評論家がとんでもないことを言っているので許す気になれずにこの場をお借り、書くことにしました。
現在、低年齢のいじめ・自殺が多発しています。
マスコミが取り上げていることもありますが、何故このような自体が続いているのか、高校時代いじめにより退学した私なりに考えてみました。
子供の社会は大人の社会と密接な関わりがあると考えています。
大人の社会はストレス社会・格差社会とストレスを感じて生きています。
私もそうなのですが、人の顔色を見て行動してしまいます。
子供達は大人を見て、顔色を伺いながら過ごしている感じがします。
そのため、昔のようながき大将・悪がきを見かけなくなり、皆が良い子を演じている気がしてなりません。子供達のストレスは上記のようなことからうまれ、いじめにつながっているのではないでしょうか?
私の高校時代のいじめられた経験を語ることにしましょう。
ちょっとしたことから、同級生と喧嘩をしました。腕力には当時から自信があり、相手をぼこぼこにしました。しかし、喧嘩をした翌日から誰も口を聞いてくれなくなりました。
ここから、いじめが始まりました。無視というものです。
喧嘩をするにも誰に向かっていけばよいのか分からず、何をしてよいのか分からず登校拒否になりました。学校に行こうとすると頭痛・吐き気が襲います。
やっと学校に行けるようになると今度はロッカーの野球用品が、全てドブの中に捨ててありました。
また登校拒否です。結局、自主退学し再度高校に入り直します。
私が立ち直れたきっかけは、両親が気付いてくれたことです。
そして無理に話を聞こうとせず、時間をとってくれたことです。
子供なりに甲子園にいきたいと夢を持ち、私学に行かせてもらっていたので、決して裕福ではなかったので無理をさせていると言えなかったのです。
父親には言いづらいだろうと叔父に話をしろと言われたのも助かりました。
今でも両親には感謝しています(母は亡くなりましたが)。子供は何かサインを出しています。そのサインに気付いてあげてください。
いじめは見てみぬふりをするのもいじめです。
いじめられる側にも、悪かったことはあります。
しかし、いじめはよくないことです。
いじめている人。大切な友達を無くしていませんか?
いじめられている人。これを乗り越えれば、人間として強くなれます。また人に優しくなれます。乗り越えれば必ず良いことがあります。何とか乗り越えてください。自分だけで乗り越えようとせず、誰かに相談してください。
本当にすみません。ここのところの事件の多さに書かずにはいられませんでした。
posted by frankima |07:14 |
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2006年10月14日
メジャーリーグ・ナショナルリーグ優勝決定戦
日本人メジャーリーガー松井選手・斉藤隆投手・田口選手と3人の選手が出場したが、残ったのは田口選手だけ。
田口選手とはオリックス時代から対戦があり、球場で会話をする数少ない他チームの内野手でした。
アメリカの独立リーグでプレーしている時に自分がオフで、田口選手が私のホームから車で3時間の場所に来ていた。シェイスタジアムやヤンキーススタジアムであれば、1時間半で行けるのであるが、当時田口選手は2Aにいました。
4が月半で128試合。かなりの試合数でオフもなかなかなく、このタイミングでなければと思い球場に行きました。
現在、日本の某球団で渉外担当をしている人が自分の通訳としてボランティアでお手伝いしてくれていたので(彼はスポーツマネジメントの大学院生)、彼の車で試合観戦に行きました。
覚えてくれているか不安を持ち、道に迷いながら球場を探しました。試合前に声をかけられることが私は嫌いでしたので、試合終了後を待ち、田口さんに声をかけました。
「アメリカに来ていたのは知っていたけど、どうしたの?」と直ぐに自分のことを分かってくれました。
「実はオフでこっちに来たのです。自分も独立リーグでメジャー目指しています。」
正直、メジャーから落ちているのでもっと落ち込んでいるかと思いましたが、そんなことはありませんでした。その姿を見た時にこの人はアメリカでやって行く決心を決めているのだと感じました。
田口さんはメジャー契約を結んでいましたし、メジャーに行き、自分は3年頑張ったのですが、目が出ることはなく、現在に足ります。
前置きはさておき、ナショナルリーグ優勝決定戦で8回から守備に田口選手がつきました。対戦相手は久々のプレーオフのニューヨークメッツ。6-6の同点でした。
9回表先頭バッターは田口選手。ピッチャーは中継ぎエースワグナー。簡単に2ストライク0ボールまで追い込まれました。
ここからが田口選手らしいところです。厳しいボールを見逃し粘り、2-3まで持ち込みました。ここでファールを2球。最後のストレートをレフトスタンドに運ぶ、決勝ホームラン。表の攻撃だったのでその後も打線がつながり、一気に2点を追加。結局9-6でカージナルスが勝ちました。
田口選手はマイナー落ちや先発ではなく、守備要員や代走。そして左投手でやっと先発。それでも腐らずにプレーする姿は選手としてだけでなく、人間としてもみなら痛いと思っています。
有名選手は癖がある選手が多いのですが、田口選手は田中幸雄選手など少ない性格がものすごくいい選手です。
こんな田口選手のいるカージナルスがワールドチャンピオンを取り、チャンピオンリングを手に入れることを応援したいと思います。
posted by frankima |13:34 |
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