2007年10月08日

賜杯の向こうへ その2.

賜杯の向こうへ その1.
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/footballblogtime/article/3


■3回戦でJ2組が登場

天皇杯は4回戦からJ1勢が参加し、10月7日一斉開催の3回戦からJ2勢が参画する。

天皇杯3回戦の話題に入る前に若干リーグ戦を振り返ってみる。
今季のJ2はどこも決め手に欠け、混戦を極め、現在6,7チームが昇格争いを行っている。

第1ステージ首位の福岡はチームとして孕んでいた守備崩壊によって致命的な2度の連敗を喫し失速。
その後に、安定した戦いで他に差をつけはじめた札幌は夏場後半から連敗。終盤を迎え三浦氏は立て直しに懸命である。
またJ2としては圧倒的な戦力を持ってスタートしたはずの東京Vは序盤に7連敗、昇格を狙うには絶望的な位置まで落ち込んだ。
現在は、その東京Vが2位の順位まで盛り返し、チームは持ち直した。このままの勢いで行けば優勝の芽が出ているほどである。
実際、長丁場のJ2は思うように行かない。
どのチームにも大きな波がやってくる。

しかし、これからの残り9節(8~9試合)は昇格を狙うチームにとっては1試合1試合が生きるか死ぬかの終盤の鬩ぎ合いを迎え、もはやこの時期の連敗は昇格レースからの脱落を意味する。

そういう状況の中で天皇杯3回戦を迎えた。
予想通り2部の上位チームはターンオーバー制を敷き、JFLや大学チーム相手にリーグ戦の合い間の調整ゲームとみなし戦った。

そして札幌、東京V、仙台、京都いずれも天皇杯から敗退した。

これら昇格が目前にあるチームにとってはこの時期の本来の目的は天皇杯ではない。チームのコンディションを整え、来るべき攻防に備えるだけである。
無論、2部リーグの「上位」のチームにとっては天皇杯の意義、天皇杯の位置づけは意味をなさない。ましてや「ベストメンバー」などの議論が入り込む余地などはない。


■縁尋奇妙

福岡は博多の森球技場にJFL栃木SCを迎えた。
あの柱谷幸一のチームである。柱谷はJ2モンテディオ山形を昇格争いまで持っていき3位まで押し上げた。その後は福岡のライバル京都サンガをJ2優勝させた。
福岡とは大いに因縁あるその柱谷が今季はJ2入りを目標にするチームを受け持った。

そしてこの日は山下芳輝が栃木SCのFWとして博多の森へ帰還した。

山下は福岡が生み育てた日本代表選手、地元東福岡高校出身でアビスパ福岡のプリンスと言われた男。
またこの日は出場しなかったが栃木のFW上野勇作は98年の室蘭の参入戦第2戦で決勝ゴールを上げチームを降格から救った選手である。
そして柱谷がチームの心臓部を任せているMF米田兼一郎は、福岡の魂と評された鬼神ホベルトともっとも連携の取れたミッドフィルダーだった。
福岡サポーターはJ1選手でもあった彼らに激しくブーイングを浴びせながら久しぶりの彼らの帰還を迎えた。

天皇杯3回戦が偶然に生んだ縁尋機妙。


■モチベーション主義

リトバルスキーは異様なまでにプロ意識を求める。選手たちをあえて突き放しながらモチベーションの高い選手を選択してきた。

シーズン前にMF陣の人材の豊富さにターンオーバー制を口にしたのは彼自身であるが、現実采配はそういう余裕を出せる状態にすらならなかった。
指揮官として優れた戦術を身につけているわけでもない彼は、戦術に選手を当てはめる術も持たない。
MF陣のターンオーバーは今季に限っては口先だけであった。

果たして福岡が今の位置より上であったとして、他のチームのようにターンオーバー制を取ったであろうか。

福岡は10月10日(水)京都、10月20日(土)札幌と上位チームとの直接対決で今季最大のヤマ場を迎える。
今季の目標としたJ1復帰は今のところ首の皮1枚だけ残っているが、この2試合に1敗でもすれば絶望的な状況になる。

その目前の2試合に向けてどれだけモチベーションを保てるか。
「J1復帰」への強い気持ちを表現できるか。

天皇杯3回戦は、重要な2戦を目前にした戦(いくさ)に向かう前の精神的な落ち着きとモチベーションの高揚を求めたゲームとなった。

■柱谷の研究

柱谷は福岡を十分に研究してきたように見受けた。実際、栃木は前半はよく戦ったと思う。
柱谷は、まずは福岡のサイドラインに徹底的に蓋をするべく試みた。

「まずは守備をしっかりして、パスを通されたら両方から挟み込むというのがチームとしてあるので、それが前半は上手くいって、向こうもイライラしていて、ロングボールも多くなってきたので、上手くはまっていたかなと思っていました。」(ゲーム後の山下芳輝)
只木、高野が右サイド、小林と片野が左サイドを受け持ち福岡の久永と田中佑昌を自由にさせなかった。

福岡は前半終了間際にアレックスが得点するまではチャンスらしいチャンスがなく、互いにリスクを犯さず守備的で失点しないようなゲーム運びに見えた。


■チームに勢いをつける

柱谷の研究も前半まで。
後半は動けなくなった栃木に畳み掛けるように福岡が力の差を見せる。

後半8分のボールを奪ったリンコンのドリブル突破からの美しいゴール。
同じく後半16分、久永からのクロスにヘッドで合わせたリンコンのゴール。
後半31分の久藤からのジェントリーパスを受けた林の久しぶりのゴールで4-0。

福岡は山下芳輝を擁する栃木SC相手に、前線の選手たちの得点で完勝した。

危機管理に優れた用意周到の指揮官なら、こういうゲームこそDF柴村や柳楽、FW宇野沢やMF鈴木惇君等にゲーム感を与えるところだが。
しかしチームが一丸となってゲームを勝利し勢いをつけること。
そのことがこの時期のテーマであるなら、良い時期の天皇杯3回戦となった。


posted by 曹汰 |17:48 | 天皇杯 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年09月26日

賜杯の向こうへ その1.

■賜杯への思い

 私のサッカー初観戦は天皇杯である。忘れもしない71年の正月元旦。
今でこそ、国内にプロサッカーリーグが誕生し入場料さえ払えば毎週のように国内各地でサッカー観戦が楽しめるようになった。しかしサッカーを観戦すること自体が奇異の目で見られた往時のサッカー不遇の時代は随分と長く続いた。
 だが元旦に行われる賜杯を賭けた天皇杯決勝の日だけは違った。観戦に訪れた人々の晴れがましさ、賜杯を争う張り詰めた空気、元旦の凛とした雰囲気。
明治神宮への初詣を済ませた着物を着た女性観戦客の彩りがスタンドを華やかにし、澄んだ都心の冬空の下いつの時代も元旦だけはいつでも別の空間であるようであった。
神宮国立競技場で釜本や杉山のプレーに目を見張らせられ私のサッカー人生が始まった。

元旦の決勝で掲げる晴れやかな賜杯には、そこに至るまでに多くのサッカードラマや選手たちの織り成すサッカー人生がある。
1921年度(決勝は日比谷公園グラウンド)から始まったこの歴史ある大会も、都合9大会が戦争などの為に中止となったが今年で第87大会目を迎える。

 今年も既に2回戦が終了しているが、日本サッカー協会主催のこの大会のシーズンが始まる度に、往時の独特な小さな高揚感が胸をよぎる。



■札幌の奇跡

 第86回目となる昨年度(決勝は07年元旦)は浦和レッズが1-0でG大阪を退け、天皇杯連覇とJリーグ優勝とともに2冠となった。
指揮官ブッフバルトの最後のゲームは彼自身の勇退に花を沿え名実ともに浦和が王者の時代を迎えるに相応しいものとなった。

 しかし昨年度のこの大会の注目は何といってもJ2コンサドーレ札幌の快進撃にあろう。3回戦からの出場となった札幌は4回戦でナビスコ杯を連覇したジェフ千葉をPK戦の末に見事に退け、5回戦もアルビレックス新潟にPK戦の末に勝利し、準々決勝ではヴァンフォーレ甲府を2-0で完封。
準決勝でG大阪に敗れたものの、この大会での快進撃は翌年(07年)のチームの浮上を暗示させるものとなった。

柳下監督を迎え3年目、リーグ戦の順位は最下位(04年)、6位(05年)、6位(06年)と振るわなかったもののこの大会で柳下(ヤンツー)サッカーがようやく結実したものとなったように見えた。

 世界的にも有数の長丁場でもあるJ2リーグ戦、今季の札幌はここ数試合息切れが続いているがこれまでの選手たちの自信をもった戦いぶりとチームの好成績の裏づけは、ヤンツーサッカーの結実(三浦氏のリアリズムサッカーも勿論あるが・苦笑)と間違いなく天皇杯トーナメントの躍動にあったように思う。



■名指揮官への道

 05年度の第85大会は、浦和レッズが25年ぶりに優勝。
未曾有の天皇杯決勝でのチケット争奪戦となったが、クラブとして浦和はアジアチャンピオンズリーグへと駒を進め念願のアジア進出を果たした。

 しかしこの大会の注目点はなんといっても清水エスパルスの快進撃であろう。

4回戦からの出場となった清水は、徳島ヴォルデスを5-0と順当に退け、5回戦でサンフレッチェ広島を3-0と完封、準々決勝ではジュビロ磐田に1-0、準決勝では、宿敵ガンバを敗ったセレッソ大阪をこれまた完封し1-0。
長谷川エスパルスは決勝に進出するまでの4試合を見事に無失点で勝ち上がった。

地元出身の中心選手が地元Jリーグチームの指揮官になるというなんともJのあるべき姿を実現した期待のサッカー人。しかも彼はJリーグを選手として経験した監督である。
彼の、失点数の少ない堅い守備をベースにした鋭いパス回とスピードを生かしたチーム作りは、健太のサッカーが(他のどの日本人監督よりも!)十分に魅力的で優れたサッカーであることを証明している。

長谷川監督のリーグ戦の成績は初年度の05年が15位、06年が4位、今シーズンも26節時点で4位と若干ながら優勝の可能性も残している。
彼の頭上に賜杯が輝くときもそう遠くないように思える。


■草津の奮闘

 04年の第84大会は老舗東京ヴェルディがアルディレス監督の下で、決勝で山本昌邦率いるジュビロ磐田を下し優勝。
決勝は読売(東京V)とヤマハ(磐田)の名門対決となったが、この大会における衝撃はザスパ草津の快進撃であった。

 選手たちのほとんどが温泉街で働きながらJを目指したザスパ草津は、この年JFL2位でようやく翌年度(05年度)より念願のJ参入が認められたばかり。
老将植木繁晴の下、この大会、5回戦でJ1セレッソ大阪に2-1、準々決勝では横浜Fマリノスに2-1と延長戦を制し、あれよあれよの準決勝進出。
残念ながら準決勝(諫早)で東京ヴェルディに敗れたが、いわば3部ともいうべきJFLリーグのチームが往時であればヤンマー、日産などの名門クラブを退けた衝撃は大変に大きかった。

翌年からのJリーグに参入に当たって必要で最も重要な「地域の後押し」と「スポンサーの参加」。この大会での選手たちの奮闘ぶりはそれだけでなく、何より手弁当でチームを後押し続けた地元サポーターたちの奮い立つ魂を揺さぶる泉源ともなった。



さて、今年はどのような草津効果や札幌効果を生み出すのであろうか。

posted by 曹汰 |09:01 | 天皇杯 | コメント(0) | トラックバック(1)
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