2009年07月21日
Jクラブ設立を選挙公約に掲げた政治家
麻生首相は21日午前、衆院解散を閣議決定し、午後の衆院本会議で解散に踏み切る。その後の臨時閣議で8月18日公示、同月30日投開票の衆院選日程を決定。自民、民主両党の政権をかけた選挙戦がスタートする。2007年参院選で民主党が参院第1党になって以来、衆参のねじれ現象が起こる事で国会の機能不全が指摘されてきた。戦後初となる8月衆院選で、それが解消できるか否かは開票日まで判らぬが、両2大政党が有権者に政権選択を問う戦いになるのは言うまでもない。「政権選択選挙」。与野党はすでに選挙モードに入っているが、政局の風の行方を見守っていきたい。 さて、国政の話はおいといて、ここで紹介するのは県政を担う一人の政治家、飯泉嘉門(いいずみ・かもん)徳島県知事である。2003年4月に初当選し、現在は二期目迎えている。飯泉氏は当時、選挙公約に「徳島にJリーグ・クラブを作る」という一項目を掲げた。私は投開票日に徳島を訪れ、飯泉氏の初当選を肌で感じる事ができた。当確が決まると選対本部は歓喜に沸き、若い青年達が飯泉氏を取り囲む。旗を振り、チームコール、否、「ドン!ドン!ドドドン!いいずみ・かもん!」をコールし、それはまるでサッカースタジアムでの応援風景を見ているようだった。当選後は公約通り2004年9月8日にプロサッカークラブ「徳島ヴォルティス」を設立し、同年12月6日にJ2参入が承認され、四国初のJリーグ・クラブが誕生する。 就任7年目を迎える飯泉知事が今、どういった県政を目指し、取り組んでいるのか分からない。でも、少なくとも当時は若者の関心を上手く選挙公約に結びつけたなあという印象だった。もちろん、プロサッカークラブ誘致は飯泉氏の掲げる選挙公約の一つにしかすぎず、暮らし・産業・地域社会など他にも「オンリーワン徳島行動計画」と呼ばれる基本政策が掲げられていた。誇りと豊かさを実感できる地元づくりを目指す一方で、飯泉県政に対する批判も少なくないだろう。しかし、四国初のJクラブ・徳島ヴォルティスが、地域の夢、地域の象徴となれば、とても素晴らしい事だと思う。紆余曲折しながらも、地域の後押しや母体となる大塚製薬サッカー部、徳島サッカー協会、そこに県知事が加わってヴォルティスが誕生した。すべてのJクラブは、ホームタウンやサポーターの後押しが不可欠なのは言うまでもない。しかし、サッカークラブやホームタウンをさらに発展させるには、日本サッカー協会やJリーグ・チェアマンではなく、地元政治家の後押しが最も大きなカギと言えるのではないだろうか。 ・・・茨城2区。ここは鹿島アントラーズのホームタウンの小選挙区にあたる(※他にも水戸市の一部、笠間市の一部、小美玉市の一部、東茨城郡などが行政区域)。保守王国の茨城選挙区はこの選挙区でも例外ではなく、保守系議員が毎回、大差の当選を果たしている。個人的な評価は差し控えるが、2009年衆院選で、自民党は党としてのマニフェストだけでなく、個別マニフェスト、またはグループ・マニフェストを掲げて選挙戦に挑もうとする議員もみられる。自民党の例を挙げてみたが、茨城2区から立候補する候補者達は、この選挙区に鹿島アントラーズがある事を忘れないで欲しいと思っている。当時は「陸の孤島」と呼ばれていた田舎町に、高度経済成長期に国家プロジェクトによる鹿島灘沿岸地域の総合開発(鹿島臨海工業地帯)が推進され、今やプロサッカークラブが誕生し、さらに国内最多タイトルを獲得するまでのチームに成長した。茨城2区の候補者達に期待するのは、県内や隣接地域のみならず、多くの人達を鹿嶋に迎え入れる施策だ。カシマスタジアムに毎試合、2万人以上のファンやサポーターが訪れれば、選手達の後押しはもちろん、地域への経済効果も得る事ができる。鹿島アントラーズはプロサッカークラブだが、徒のプロサッカークラブではない。地域とともに歩み、地域を最重要視するクラブなのである。候補者達のマニフェストは8月18日の公示後に拝見させて頂くが、個人的にはその辺を選挙公約の一つに掲げて欲しいと期待している。まあ選挙公約は“公約”である事が大前提だが・・・
posted by 鹿太郎 |00:00 |
Football Dream Symphony |
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