2008年03月30日

【DESAFIO~挑戦~】DESAFIO em MARCO

「DESAFIO em MARCO」。ポルトガル語で「3月の挑戦」という意味である。昨年同様、原点回帰のコンセプトのもと、新たに「DESAFIO~挑戦~」というスローガンを掲げ、クラブ一丸となり、謙虚さを持って挑んだ3月。オリヴェイラ監督は、肩書きはJ1王者であるが、慢心すれば必ず足を掬われる。他のチームはJ1王者を倒そうと今まで以上に警戒してくるだろう。しかし、我等には昨季のアドバンテージなど存在せず、全てのクラブが勝点ゼロからのスタートとなるのだ。昨季の栄光は既に過去のものである。選手達だけでなく、クラブのスタッフやサポーター皆が謙虚さを持って、目の前の戦いに全力を尽くそう。と語っていた。

今年、鹿島神宮で行なわれた必勝祈願で、MF本山雅志が絵馬に書いた言葉がある。「献身」。他人やある物事の為に、我が身を犠牲にして尽くす事だ。本山が記した献身という二文字。私は、今の鹿島を象徴する言葉ではないかと思っている。今季の鹿島は穴がないという話を聞くが、それは単に技術の高い選手が揃っているだけではない。例えば、人間なら誰でもミスを犯す。この世に完璧な人間などは存在せず、当然、鹿島の選手達もミスを犯すのである。しかし、今の鹿島が安定した力を発揮できるのは、ミスや足りない部分などを選手全員で補おうという献身さが具わっているからなのだと思う。今の強さは組織力なのである。サッカーは、個の技術は当然必要だが、技術だけで勝利する事は難しい。“11人で戦うスポーツ”という当たり前の事を改めて教えてくれるのが、アントラーズのサッカーである。大鹿島の神に「献身」を誓った本山。その思いを胸に、気迫溢れるプレーを魅せて欲しい。心から期待している。以下、3月の戦績。

J1第1節:鹿島 4-0 札幌 (3月8日/カシマスタジアム) 
J1第2節:鹿島 2-0 東京V (3月16日/味の素スタジアム)
J1第3節:鹿島 2-1 横浜 (3月30日/カシマスタジアム)

ACL予選:鹿島 9-1 クルンタイ・バンク (3月12日/バンコク)
ACL予選:鹿島 6-0 ナムディン (3月19日/カシマスタジアム)

以上が3月の鹿島戦績である。まず、3月での失点は「2」。J1リーグとACLで、それぞれ1点。強靭な守備は昨季からの継続であり、オリヴェイラ・イズムでもある。やはり失点が少ないのは、今季も堅守である事を証明している。また、FWが確りゴールを決めているのも喜ばしい事だ。3月(J1・ACL)の試合で鹿島が決めたゴール総数は、23点。その内、FWが決めたゴール数は実に14点である。また、FW以外で得点した選手は、野沢拓也・本山雅志・ダニーロ・新井場徹・岩政大樹といった選手達であり、何処からでも得点できる能力は、多彩な攻撃パターンを有している裏付でもある。成熟の更なる成熟を目指すオリヴェイラ監督。順調にスタートした鹿島だが、4月に最初のヤマ場を迎える。浦和・G大阪といったライバルチームとの対戦やACL予選突破のカギを握るグループF最大のライバル、北京国安戦などを控える。鹿島は連戦の過密日程で苦戦を強いられると思うが、この4月の戦に全て勝利し、「真の常勝軍団は我等である」という事を印象付けたい。何故なら、4月には、もう一つの挑戦があるからだ。

1998年2ndステージ第5節vsアビスパ福岡~1999年1stステージ第3節vsサンフレッチェ広島で記録した、リーグ戦連勝最高記録「16」。これを記録したのが、先代の常勝鹿島。今、その記録に追いつき、追い越そうとしているのである。今の鹿島のリーグ連勝記録は「12」。昨季から継続する連勝記録であるが、4月は、この記録を塗り変える、もう一つの挑戦の月なのである。引き分けを挿まない16連勝というJリーグ最高記録を築いた当時の常勝鹿島の記録に新生鹿島が挑むのである。スポーツ紙は、本日行われた横浜FM戦をゼロで抑えれば、無失点試合のJリーグ・タイ記録であると記していたが、我等は勝利のみに歓喜すれば良いのである。ゴール裏も、それを望んでいるのである。失点ゼロで抑える事ができなくても、勝利さえすれば勝点3を得る事ができるのだ。横浜FM戦。最初のヤマ場・第一幕を終えたばかり。全勝月間は、これから始まるのである。3月の勢いをこのまま持続して欲しいと思うが、選手達の疲労も垣間見える。過密日程という敵に打ち勝つには、裏方に徹するクラブスタッフの活躍も忘れてはならない。この優秀なスタッフの献身があるからこそ、選手達はピッチで縦横無尽に走り回る事ができるのだ。無常なる常勝。我等は、オリヴェイラ監督と信頼するチームによって導かれるのである。

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2008年03月25日

イビチャ・オシムからのメッセージ

日本サッカー協会は3月25日、昨年11月に急性脳梗塞で倒れ、入院・リハビリを続けていたイビチャ・オシム前日本代表監督が、都内の病院を退院した事を発表した。以下、「退院にあたって」と題されたオシム前監督のメッセージ。

「この程、入院治療から“解放”されるにあたり、これまでご支援、激励を寄せて下さった日本全国および世界各地のサポーター、日本サッカー協会を始めとする全ての皆様に改めてお礼申し上げます。とりわけ私の生命を救って下さった順天堂浦安病院、帰宅できるまでに回復を助けて下さった初台リハビリテーション病院の医師・看護士・スタッフの方々には、私個人と家族一同より心から感謝致します。プロとして適切な処置・治療をして下さり、私のような重症の場合でも、助言に耳を傾け、規則正しく規律ある努力を続ければ社会復帰できるという事を身をもって証明しました(と言っても、集中治療やリハビリを受けるような病気になるようにお勧めする訳ではありません)。私個人はこれからもリハビリトレーニングを続けて参りますので、今後ともご支援をお願いします。W杯2010年大会の予選、北京五輪での健闘と幸運を祈ります。日本サッカーの進歩は常に私の関心事ですから。応援しています。また、皆様には次のようにお願いします。スタジアムに足を運び、選手達に大いにプレッシャーを掛けて下さい。もっと走れ、もっとプレースピードを速くしろと。そして選手達が良いプレーをした時には大きな拍手を与えて下さるように。」

入院治療からの解放、本当におめでとうございます。もうすぐ退院かなと思っていましたが、突然の知らせに驚きと嬉しさが交叉しています。これからも、全快するまでゆっくりとリハビリを続けて下さい。そして全快になった暁には、日本サッカー発展の為に是非、力を、そして愛を、侍ブルーに注いで欲しいと願っております。オシムのサッカーをまた魅せて下さい。楽しみにしています。重ねて、退院本当におめでとうございました。

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2008年03月21日

【DESAFIO~挑戦~】オズワルド・デ・オリヴェイラ・フィリョ(前編)

鹿島アントラーズの知将、オズワルド・オリヴェイラである。チームがゴールを決めると、雄叫びを上げ、サポーターに万歳をしたり、何度もガッツポーズをするなど、熱い一面を持つ。サンパウロ時代にはカカを、サントス時代にはロビーニョの指導をしていた。フィジカルコーチ出身でシーズン通しての緻密なコンディション管理、弱点を見極めた選手の肉体強化に長けている。また、普段忘れがちで見過ごしがちな事を、素直に受け止められる言葉で表現するのが同監督の特徴。鹿ファミリーは、それを「オズの魔法の言葉」と呼び、親しまれている。鹿島トルシーダは既にご承知の事と思うが、改めてオズの魔法の言葉を紹介しよう。2008年シーズンのJ1リーグやACLからも垣間見えるオズの魔法。また魔法の言葉とは一体何なのか、「前編・中編・後編」と3部に分けて考えてみたい。まずは、2007年シーズン「オズの魔法の言葉」である。以下、どうぞご覧あれ。

■今、一番悔しいのは野沢。一番試合に出たいのは野沢。だから、野沢の為に勝つ。
(2007年、負傷の野沢を欠いての2007シーズン開幕戦を前に)

■失っていた自信を取り戻すという意味では、この1勝は大きかったといえるかもしれない。ただ、初勝利を飾ったという事だけで、試合中に噴出した課題に目を瞑る事はできない。
(今季公式戦初勝利となった2007年3月25日の新潟戦後)

■この5試合の結果が今の自分達の姿だ。言い訳はしない。
(リーグ開幕から5試合未勝利となった2007年4月7日の大宮戦後)

■私とあなたは違う試合を見ていたのでしょうか?
(2007年5月6日の横浜FM戦後、流れの中からチャンスが生まれなかったとの指摘に対して)

■選手が手応えを感じていない限り、チームは機能しないもの。
(2007年5月26日の甲府戦後に「監督としての手応え」を問われ)

■6月は、必ず鹿島が上位に顔を出す筈です。そうした強い確信のようなものを持っています。
(2007年6月7日、大分戦を前にした定例会見で。5月終了時9位だったチームは、6月末には4位にまで浮上する)

■順位表をここに書け!
(2007年6月20日の柏戦劇的勝利後、スタッフに命じて選手達の前でホワイトボードに順位を書かせる。紙を張るのではなく、手書させる演出の後、「夢を諦めるな」と絶叫)

■皆さんは、チームが良い状態の時に一体感を感じると言うが、監督というのは、怪我人が出たり勝てなかったりした苦しい時期にこそ、チームの一体感を感じ取るもの。
(2007年5月~6月の9試合負けなしの時に好調ぶりを問われて)

■残り16試合を全勝すれば十分に可能性がある。「馬鹿な事を言う」と思う人がいるかもしれない。だが、そうした誰も信じない事でさえ、実現するように取り組まなければならない。なぜなら、私はプロだからだ。
(首位との差が今季最大の11に開いていた夏季キャンプでの言葉)

■私は小笠原1人だけに戦わせている訳ではない。大宮戦も彼の退場後に勝利を掴んだし、彼のいなかった横浜FC戦も勝っている。彼1人が勝敗を背負っている訳ではない。私は、彼に全てを背負わせるような事はしない。
(2007年8月27日に行われた定例会見。小笠原の存在について聞かれ)

■サッカーがスポーツであるという事。どのような結果も有り得るというのは、サッカーというスポーツが健全である事の証明。結果を受け入れ、それに向き合う事で前に進みたい。
(1-5でG大阪に大敗した2007年8月29日、その原因を問われ)

■小澤(主に控えのGK)ほどプロ意識の高い選手はいない。ベンチにいてもピッチの選手と同じメンタリティーを持ち、練習での1本1本のセービングに至るまで全力で取り組んでいる。「監督として彼を絶対に万全の状態で送り出さなければならない」と思う選手だ。
(広島戦を前にした2007年9月29日の定例会見で)

■ルールブックにある事は準備する。それだけです。
(2007年10月12日、G大阪との第2戦を前に、PK練習の意図を問われ)

■埼玉では重要なプレーヤーを欠く事になります。それは背番号12です。多くのサポーターがスタジアムに来られない事を知っています。テレビの前からでも構いません。声援を送って下さい。必ず我々のもとに届きます。
(浦和戦を前にした2007年11月23日の会見で)

■いつも取材してくれている記者の方に聞けば分かるでしょう。或いは住友金属の社員の方に聞けば、良い情報が得られるかもしれません。鹿嶋は遠い所ですが、是非、取材に来て下さい。それに、私のサッカーは幾つかのキーワードで言い表せるようなものではありません。とても緻密に作業を進めているつもりですので。
(2007年11月24日の浦和戦後、鹿島のサッカーのキーワードは何かという事を問われて・・・)

■FIFAの加盟国は、ちょっと前には100ヶ国程度だったのに、今や200を超える勢いです。それほど変化の著しいサッカー界において、「自分の哲学」などというものを持ったら、それに囚われて自分の進歩が止まってしまう。
(サッカー哲学は何かと問われて)

■今、我々は追いかける立場にいる。アントラーズがJリーグの先頭を走っていた時、他のクラブはどうしたか。それを考えれば、自ずとやる事は見えてくる。
(アントラーズの現在位置とやるべき事を聞かれ)

■攻撃は最大の防御というが、私はそうは考えない。まず取り組まなければならないのは守備を安定させる事。しっかりとした守備が、力強い攻撃を生む。
(2007シーズン開幕前、攻撃的なチームを目指すのかと問われ)

■選手は果物と同じ。種を蒔き、水を与え、芽が出て、実になる。そして、「今が一番美味しい」という時に食べる。選手の「旬」を見逃さない。それが監督の重要な仕事の一つだと思っています。
(鹿島月刊誌FREAKS・2007年8月号のインタビューで)

■私は、システムを数字に当てはめるのは好きではない。数字に当てはめた瞬間、それに囚われ、自在性を失ってしまうからだ。
(2007年10月8日、G大阪戦とのナ杯第1戦を前に、4-2-3-1へのシステム変更を問われて)

■変則的であるという事が予想できない結果を生むとは限らない。変則的な方が、機能的かつ効率的に相手を崩し、論理的な結果を生む場合もある。
(青木の起用方法が多岐で変則的である事を問われて)

■武道は個人で戦わなければならない。精神の集中が重要になる。サッカーは11人で戦うが、1人1人が集中すれば質の高いものを魅せる事ができる。
(アントラーズ剣道教室の発足式で)

■物事には始まりがあり、経過があり、終わりがある。私は、それらすべてを見届けないうちに途中で振り返るような事はしない。2007シーズン開幕戦の川崎戦の最初の20分間は完璧なサッカーをしたが、その後、開幕5試合がどういう結果になったのかご存じでしょう。
(2007シーズン・J1リーグ前半戦の総括を問われて)

■コーヒーを持ってきてくれ。砂糖とミルクを一杯入れて・・・。
(試合後の興奮を治めるのに甘いコーヒーが不可欠)

■最初は40日間限定の暫定監督だったんだけどね。
(2000年のコリンチャンス監督就任時代の話。任期がどんどん伸び、州選手権を制し、全国選手権を制し、最後は世界クラブ選手権も制した)

■何でもやりましたよ。肩書はフィジカルコーチだったけど、監督を補佐したり、下部組織の充実を図ったり、クラブの予算を組んだ事もある。
(カタールのクラブ、アル・アラビでの11年間の経験を問われて)

■私の指導者としてのキャリアを調べれば、必ず若手選手の名前が出てきます。カカ、ロビーニョ、ジエゴ、マルセロ、ペルナンブカーノらです。それが全てを物語っています。
(若手の起用が絶妙である事を問われて)

以上が2007年シーズンの「オズの魔法の言葉」である。オリヴェイラ監督の発する言葉は、サッカーだけでなく、時に人生をも教えてくれる興味深い言葉である。「魔法の言葉」とは何か。次回「中編」は、私がオリヴェイラ監督と些細な出会いから感じたこと。監督としての功績だけでなく、オリヴェイラという一人の人間としての魅力にも少し触れてみたい。

(中編へ続く)

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2008年03月19日

【ACL2008】「鹿島の心臓」青木剛

鹿島は19日、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)の第2戦でナムディン(ベトナム)とホームで対戦する。16日の東京V戦から中2日の過密日程だが、底なしの運動量を誇るMF青木剛(25)にとっては問題なし。「ホームだし、しっかり前からプレスして勝ち点3を取りたい」と闘志を剥き出しにした。体力には自信がある。小学校のマラソン大会は6年間敵なし。36メートル×6本で測定するスピード持久力はチームトップクラスで、石井フィジカルコーチは「普通なら5、6本目にスピードが落ちるけど、一定して速い。他の選手がバテる後半にも前線から戻って相手に追いつける」と説明した。昨季までは定位置を確保できず、マイナス思考になりがちだった。だが成功した人物の著書を読み漁り、その誰もがプラス思考である事を知った。これまでの「結果を出さないと代えられる」から「結果を出し続ければ代えられない」と考えるようになり、今や不動のボランチに君臨。意識改革に成功した“鹿島の心臓”がボールを拾いまくり、チームを勝利へ導く。

スポーツサイトの記事である。ようやく青木にスポットが当たった。鹿島の心臓。全くその通りである。身体能力抜群の男は、メンタル面での改善があったようだ。昨季のリーグ前半戦で失いかけていた自信を取り戻す為に、勝者の著書を読み漁り学ぶところは青木の謙虚さ貪欲さが垣間見れる。不動のボランチに君臨した今では、メンタル面だけでなく、プレーも大きく成長した。今後も最大の敵である過密日程を諸共せず、縦横無尽に駆け回るスピードとスタミナは、チームにとって大きな武器となるだろう。頼りになる男だ。青木の活躍があるからこそ、小笠原がゲームをコントロールでき、本山が躍動し、野沢のテクニックが活きてくるのである。新井場・内田といった両翼が大きく羽ばたけるのも青木のバランス合ってこそなのである。またクラブハウスを訪れても、サポーターへの感謝とファンサービスも決して忘れる事はない。プラス思考を知る男は、選手としても、また人間としても愛されるだろう。因みに青木の趣味は睡眠だそうだ。良い心掛けである。

もう一つ。19日に対戦するナムディン御一行は、18日早朝に成田着の航空機で来日している。900分のリーグ連続無失点記録を持つベトナム代表GKブイ・クアン・フイは「最少失点に止め、自分達も得点できれば」と弱気な発言。グエン監督も「鹿島の強さは分かっている。自分なりのサッカーができれば」と歯切れが悪かったそうだ。これは、お決まりのリップサービスである。ありがとう。しかし、それを真に受け入れる事など毛頭ないのである。奴等は守備をしっかり固め、カウンターで勝機を狙っているに違いない。ナムディンの布陣は、1トップの9バックなのかもしれない。我等は聖地で勝利を掴む為に、決死の覚悟で臨むのだ。相手チームに対する最大の敬意とは、すべてにおいて全力を尽くすという事なのである。

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2008年03月17日

【ACL2008】「ようこそ鹿の国へ」ナムディン

■グループF・順位表(第1節終了時)
1位:鹿島アントラーズ(日本) 【勝点3】1勝0分0敗 得失点差+8
2位:北京国安FC(中国) 【勝点3】1勝0分0敗 得失点差+2
3位:ナムディン(ベトナム) 【勝点0】0勝0分1敗 得失点差-2
4位:クルンタイ・バンク(タイ) 【勝点0】0勝0分1敗 得失点差-8

■ACL出場は幸か不幸か
ナムディン(漢字表記は南庭)は、ベトナム北部ホン河デルタ、首都ハノイから90キロほど南東に行った所にあるナムディン省の省都。クラブの正式名称はダム・フー・ミー・ナムディン。「ダム・フー・ミー」はクラブのスポンサーである「フー・ミー窒素」。つまり企業名という事になる。「フー・ミー窒素」とのスポンサー契約は2007年からで、その前はセラミック会社をスポンサーとしてGMMナムディンの名称だった。それ以前にも、スポンサーの変更に伴ってチーム名の変更をしている弱小チームだった。しかし、昨年のベトナム・リーグ(Vリーグ)では4位につけ、更にベトナム・ナショナルカップではピシコ・ビンディンを1-0で破って優勝し、ACL出場権を獲得した。本来ならAFCカップに回る所を、インドネシアで優勝チームが決まらず、代わってナムディンがACLに回る事になるという幸運もあった。最も、既に始まっている2008年Vリーグで、ナムディンは9試合を終えて3勝。14チーム中9位と低迷しており(3月12日現在)、ACL参加はこのチームにとっては大きな負担になるかもしれない。アジアカップにDFとして出場したフン・バン・ニエンと控えのGKブイ・クアン・ニエンがナムディンの選手。また、オリンピック代表年代には候補選手としてDFのグエン・バン・ビエンとホアン・ニョク・リンの2人がいたが、結局最終予選では出場しなかった。

■ようこそ鹿の国へ
まずは水と緑の豊かな街、鹿島のホームタウンへようこそ。ACL予選リーグF・第2節。鹿島の対戦相手は、ベトナムのナムディンだ。第1節のナムディンvs北京国安(中国)を偵察した熊谷氏は「良い選手が何人もいた」と、格下と思われたナムディンを警戒した。鹿島は最終戦でアウェーで対戦するだけに、できるだけ最終戦までに(予選リーグ突破を)決めたい」と話している。前節、クルンタイ・バンクに大勝した鹿島だが、決して慢心してはならない。油断大敵である。J1リーグとの過密日程で選手への負担も大きいと思うが、ホームで戦うだけに是非、勝利して欲しいと願う。対するナムディンは、恐らく守備を固めカウンターに徹するであろう。しかし、それを許さないのがマンマークのスペシャリスト、鹿島「NO.15」青木剛である。改めて記すが、鹿島の安定した守備は青木の活躍あってこそなのである。危険を察知する能力にスタミナ、体を張った守備。どれを取っても素晴らしい選手だ。どちらかといえば地味で決して目立つ選手ではないが、中盤の底で縦横無尽に走る献身的な動きには、毎回大きな拍手を送りたくなる。彼が職人と呼ばれる日も、そう遠くはないだろう。このナムディン戦も、いつものように青木が相手の攻撃の芽を摘み、同じボランチの支柱・小笠原が起点となって常勝軍団らしいサッカーを魅せてくれるだろう。オリヴェイラ監督はナムディン戦も、いつものスタメン組みで臨むとコメントしている。私的にはスタメン組だけでなく、ヤンチャな若鹿たちの活躍も楽しみにしている。佐々木竜太・興梠慎三・増田誓志・笠井健太・伊野波雅彦といった選手達。他にも期待の若手は沢山いるが、将来の鹿島を背負う全ての若鹿たち。ピッチの上で暴れ回る元気な姿を是非、魅せて欲しいと思う。

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2008年03月16日

【Jリーグ2008】3年ぶりの再会

鹿島は、J1リーグ開幕節・札幌戦の後、すぐにバンコクへ移動。3月12日に40度近い気温の中、ACLを戦ってきた。地元タイの選手が試合後に熱中症で倒れたという報道があった程のコンディションを物ともせず9得点を挙げ、凱旋帰国を果たした。当然危惧されるのはコンディション面だが、この日程を睨みキャンプ中に取り組んだハードなフィジカルトレーニングがここから活きてくるはず。全く疲れが無いとは言い切れないとしても、まさにこの試合で鹿島の本領が発揮されるだろう。CBの大岩と岩政もリーグ戦へ復帰。その2人を欠き、苦しいスタートになるかと思われた開幕戦だが、伊野波・中後の新たなCBコンビで選手層の厚さを確認できた鹿島から穴を見つけるのは難しく、東京ヴェルディの柱谷監督も「日本を代表するチーム。自信を持ってプレーしているし、今一番強いと思う」と敬意を表していた。

鹿島は過密日程、最初の山である。対戦するのは、緑の名門・東京ヴェルディで実に3年ぶりの再会となる。ヴェルディは日本プロサッカーの黎明期で築いた常勝時代とは異なり、今ではJ2を経験し泥水を飲んで這い上がってきた新生ヴェルディなのである。絶対的な王者として君臨していたあの頃が本当に懐かしく思う。その新生ヴェルディ、ホーム開幕戦での意気込みと思いを「超戦」と表現した。3年ぶりのJ1。前節を振り返ってみると開幕節は川崎F戦で、後半ロスタイムにPKを得た東京Vは、ディエゴが冷静に決めて土壇場で同点にするゲームとなった。私は録画観戦だったが、試合全体通しても非常に見応えのあるものだった。豪華攻撃陣で優勢が予想された川崎Fから勝点1を奪った事は大きな自信になっているはず。第2節の鹿島戦でも昨季のJ1王者に一泡吹かせようと企んでいただろう。一方の鹿島。まだJ1リーグもACLも始まったばかりで、こういう事を言うのも時期尚早だが、私は過密日程という最大の敵がチームにどういった影響を及ぼすのか、オリヴェイラ監督の采配に注目していた。

■J1第2節:東京ヴェルディ戦のスターティングメンバー
GK:曽ヶ端準
DF:内田篤人・岩政大樹・大岩剛・新井場徹
MF:青木剛・小笠原満男・本山雅志・野沢拓也
FW:田代有三・マルキーニョス
控え
小澤英明・中後雅喜・伊野波雅彦・ダニーロ・増田誓志・興梠慎三・佐々木竜太

いつもの成熟された4-4-2に、頼もしい控えのメンバーである。今季から「NO.13」を背負う興梠が怪我を完治した模様。同じFWの田代が右膝痛を抱えている事や代表召集もあったりという事で、興梠の一日も早い復帰を待ち望んでいた。これからよろしく興梠。田代の留守中は、佐々木や興梠といった有望な若手選手がヤンチャさを発揮して安定した強さを魅せて欲しい。何はともあれ、興梠の復帰は朗報である。また、控えの選手達も本当に充実してきたように思う。嬉しい限りだ。さて結果の方は、2-0で鹿島が昨季からのリーグ戦連勝を「11」に伸ばした。マルキーニョスが後半に2点を決め連勝、首位をキープした。交代枠は、後半に野沢からダニーロ。本山から中後。田代から伊野波と。今後も、これが勝ちの方程式としてオズの必勝パターンになっていくだろう。そして来週の水曜日はACL。ベトナムのナムディンというチームをホーム・カシマスタジアムに迎えて対戦する。このナムディン戦は成熟されたいつものスタメン組なのか、はたまた新たな可能性を試すのか。私的には、新たな可能性を観たくてしょうがない今日この頃である。常に欲求を充たそうとするサポーターは、時に勝手な生き物へと変貌してしまう。特に私に限っては・・・。

最後に。J1リーグ第2節が終了した。4強と呼ばれる中、浦和・G大阪・川崎の3チームは、中々苦戦しているようだ。新戦力がまだチームに馴染んでおらず、コンビネーションが上手くいっていないように思う。浦和は開幕2連敗でオジェック監督の解任を決めた。しかし、どのチームも実力を有している事に変わりはない。必ず上位に食い込んで来るだろう。ライバルチームが現時点で苦戦しようがしまいが、我等は慢心せず勝点3をしっかり上積みしていくだけなのである。今シーズンはまだ始まったばかり。鹿島は、リーグ連覇とアジア制覇の大偉業を成し遂げるまでは、最後の最後まで緊張感と危機感を持って戦に励むのである。我等の修羅場はこれからなのだ。

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2008年03月13日

【ACL2008】バンコクに響く赤鹿の唄

ACLタイトルへの道が決して容易ではない事は、鹿島のスタッフ、選手達、そしてサポーターも充分理解している。我等は5年前の2003年、ACLの前身アジアクラブ選手権で予選リーグ最下位という憂き目に遭っている。「あの時はACLの地位が今ほど高くなく、リーグ戦開催時期もJ開幕前の2月だった。あらゆる意味で難しかった」と鈴木満取締役・強化部長が語るように、今となっては絶対に有り得ない日程を組まされていた。・・・あの時の屈辱、あの時から止まった時間を5年ぶりに動かす時が漸く訪れたのである。

鹿島の過去、アジア戦績(25戦14勝5分6敗)
1997-1998:アジアクラブ選手権 準々決勝リーグ敗退
1998-1999:アジアウィナーズカップ 3位
1999-2000:アジアクラブ選手権 準々決勝リーグ敗退
2001-2002:アジアクラブ選手権 準々決勝リーグ敗退
2002-2003:ACLグループリーグ グループリーグ敗退

ACL2008・予選リーグF。鹿島の初戦はアウェーの地、バンコク。対戦相手は、タイの古豪と呼ばれるクルンタイ・バンク。暑さ、人工芝、コンディション以外にも、15時30分キックオフといった悪条件が重なる中でのゲームだった。私はテレビからの応援となり、仕事の合間をみて観戦、いや鹿魂を強く持って戦っていた。今日は、シャツの中にアントラーズTシャツを着て出勤。内に秘めた赤鹿Tシャツには、現地バンコクで戦う同志達と共に気持ちを一つにしようという思いがあった。

高温多湿で、これまでの戦いでも尽く苦しめられた地であったが、結果は9-1の大勝。この得点差には正直驚いている。ACL初戦という事もあって、勝点3を獲得できれば、それで良いと思っていた。しかし、終わってみれば内容的にも大勝で、この得点差。やはり、早い時間帯で得点できれば、アウェーでも有利に戦えると改めて実感するものだった。慢心は絶対にあってはならぬが、この調子で是非、予選リーグ突破を果たして欲しい。今後は過密日程。中3日でJ1リーグ第2節、東京ヴェルディとの試合がある。選手達は、ケアを充分にして次の試合に臨んで欲しい。

200名を超える鹿島サポーターがバンコクの地へ。今日の試合は選手達の活躍だけでなく、鹿島「NO.12」の活躍も本当に素晴しかった。キックオフ約90分前、選手達を乗せたバスがスタジアムに到着。バスが入ってくるゲートの所には「SPIRIT OF ZICO」と書かれた横断幕を持ったサポーター達が大声で「かっし~まアントラーズ!」のコールをかけて選手達を出迎える。この瞬間にスタジアム周辺のボルテージは一気に上昇したという。そして、バックスタンドに陣取った鹿島のサポーター。「5年前の雪辱を晴らしたい。同じバンコクでアジアの挑戦が始まるのは、雪辱を晴らすのに絶好の場所」と、ACL2003の予選敗退の雪辱を晴らすと言っていた。当日の気温は朝6時で28度、11時で40度にもなり、人工芝で照り返しのきついピッチ上ではキックオフ時の15時半に43.7度を記録する程の酷暑となっていた。そのような過酷な環境の中、選手と同じ陽射しを浴びて戦うという強い意思を持ち、多くの鹿島サポーター達は屋根で日陰のできるメインスタンドではなく、日陰が一つもないバックスタンドに陣取る事を決めた。その決断こそが雪辱を晴らす為の決意だったのだ。見慣れたカラーに見慣れたゲーフラ、そして見慣れた多くのフラッグ。テレビからも、しっかり聞こえるチームコール。バンコクで響くアントラーズのチャント。鹿島愛に満ち溢れる誇り高き同志の皆様、本当にお疲れ様でした。素晴らしい応援でした。今日は勝利の美酒に酔いしれ、バンコクの夜を満喫し、ゆっくりとお休み下さい。広大なアジアの旅は始まったばかり。これからも「絆」を誇りに、長く険しい道のりを共に歩もう。ACL2008開幕節。鹿島がアジアに踏み出した第一歩は確実で、しかも力強かった。だが、「DESAFIO」も忘れてはならない。愛しき赤鹿は、全ての敵に敬意を払い、謙虚さと貪欲さを持って戦うのだ。我等は挑戦者なのである。

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2008年03月10日

【ACL2008】「タイの古豪」クルンタイ・バンク

■グループF・展望
インドネシアが日程の延期などによって2007年シーズンの優勝チームを決められず、同国に与えられていたACL出場権2枠はタイとベトナムに1つずつ与えられた。それが、F組のクルンタイ・バンクとベトナムのナムディンだ。タイのチームはこの大会で実績があるが、それにしても日中両国のリーグ・チャンピオンである鹿島アントラーズと北京国安の争いに絡む事は難しい。ナムディンとクルンタイ・バンクは地域の覇権を争う事になるだろう。鹿島と北京国安の対戦は第3節と4節に設定されている。共にシーズン開幕から1ヶ月が過ぎた4月の試合であるだけに、好ゲームが期待できる。そして、この2試合がグループリーグ突破の行方を大きく左右する事だろう。北京国安は、金融グループ国安集団をスポンサーに付けた首都北京のチーム。中国スーパーリーグでは、昨年準優勝し、初のACL出場権を獲得した。代表で活躍する有名選手はいないが、李章洙監督の手腕が高く評価されている。

■タイの古豪・クルンタイ・バンク
タイの首都バンコクを本拠地とする同国第2の準国営大手銀行、クルンタイ・バンクが1977年に創設したタイの強豪クラブ。タイのプレミアリーグは警察や陸軍、港湾局など政府機関のクラブが多いが、銀行もかつてACLに出場していたファーマーズ・バンクやバンコク・バンクなど強豪チームが多い。クルンタイ・バンクは、教育事業にも力を入れており、このクラブを1977年に創設。プロ化された現在でも、クラブのオーナーであり、最大のスポンサーでもある。クルンタイ・バンクは、昨年のタイ・プレミアリーグでは、優勝したチョンブリとは勝点9差の2位に終わり、本来ならAFCカップに回る予定だったが、インドネシアが出場クラブを決められないという失態を犯して、タイの2位のクルンタイ・バンクにもACL出場権が回ってきたもの。クルンタイ・バンクはかつての1部リーグで1997年に初優勝、プレミアリーグ結成後は2004-2005年シーズン、2005-2006年シーズンと2連覇を飾っているが、その後は低迷。昨年のリーグ2位は久々の古豪復活といったところだ。タイの名門大学・チュラーロンコーン大学スタジアムを本拠地としている。2月に行われたW杯アジア予選で来日したタイ代表にはMFのピシットポン・チュイチューが選ばれており、後半に交代出場している。代表候補のDFクライキアット・ベッタクも同クラブの選手である。

■広大なアジアの長い旅が始まる
タイ・バンコクをホームタウンとする1977年創設の古豪クラブらしい。スタジアムは人工芝で照明は薄暗く、高温多湿の中でゲームは行われる。4月の北京国安戦を有利に戦う為にも、鹿島としては勝点3を是非とも手に入れたい所だ。ACL・予選リーグの初戦は未知なる敵、高温や人工芝など慣れない環境でのゲームになるが、早い時間帯で得点を決め、鹿島が主導権を握りゲームを支配したいものだ。今週末にはJ1リーグ・東京ヴェルディ戦も控えており、こちらの戦いに影響が出ないよう、タイ王国での接戦だけは絶対に避けて欲しいと願う。今季新たに招聘した「新たな頭脳」、小杉光正氏への期待も大きい。既に相手チームの分析は順調に進んでいると思うが、今年は鹿島の為に広大なアジア網を駆け巡り、偵察のエキスパートとなるのである。鹿の国は、いよいよアジア決戦に臨む。私はテレビからの応援となるが、現地へは何人位入るのだろうか。鹿島愛に満ち溢れるサポーターの鑑の皆様、ぜひ我等の歓喜の唄「オブラディ・オブラダ」を遠くバンコクの地で響かせて欲しいと心から願っている。

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2008年03月09日

【Jリーグ2008】JUST BRING IT!

鹿島DF伊野波雅彦が王者の新しい力となった。開幕戦の札幌戦で先発出場。岩政・大岩の両センターバックを出場停止で欠く中、中後とのコンビで最終ラインを統率し、相手の攻撃を封じた。積極的なオーバーラップでリズムを生み、大量4得点の呼び水となり、完封勝利に貢献した。オフに少年時代から憧れていた鹿島に移籍。「鹿島デビュー戦」を飾り、チームは昨年の劇的優勝から続く連勝を10に伸ばした。

伊野波は少年時代からの夢を最高の形で叶えた。鹿島の一員としてプレーする。22歳の若者に成長した男はディープレッドの横縞のユニホームに身をつつみ、ピッチに立った。前半こそ動きが硬かったが、後半は見違えた。同18分にはハーフウェーラインより前で構えて、札幌MF芳賀にタックルを仕掛けて奪い取る。攻撃的な姿勢が勢いを呼び、後半だけで4得点が生まれた。

オフにFC東京から完全移籍し臨んだ初戦。「鹿島に受け入れられた感じ。すんなり入れた」。子供の頃から鹿島が大好きだった。地元宮崎に春季キャンプで鹿島が訪れると、練習を見学し、柳沢・小笠原らと一緒に写真を撮った。中学時代には貯金を切り崩し、約40万円を払って鹿島OBのジーコが主宰するブラジルのサッカー教室に参加した。鹿児島実時代も地元に帰省すると鹿島のユニホームを着てトレーニングする事もあった。プロ入り後もFC東京の寮には小笠原満男のユニフォームを飾っていた。

試合2日前には、本田泰人チームアドバイザーに「もっと満男を使ってやれ。遠慮するな」と声を掛けられた。この日は憧れだった小笠原に指示を飛ばす姿があった。U-23代表の米国遠征に帯同し、チームと連係を深める時間は少なかった。1日のゼロックス・スーパーカップで岩政・大岩が退場となり、出場停止が決まってから「この1週間で頭に詰め込まないと」と焦りもあった。だが昔から持っている鹿島の試合のビデオは100本以上。伝統のスタイルは心身にすり込まれていた。オリヴェイラ監督からは「まだ君のプレーをあまり見てない」と言われていたが、この日のプレーで存在感を示した。「鹿島の一員になれた?まだ半分位。これから一員になれれば」。鹿島と共に歩む王道は始まったばかりだ。

伊野波雅彦・鹿島デビューの記事だ。アントラーズサポーターからアントラーズの選手になった九州男児。鹿島を愛する気持ちがあれば、更に成長が期待できるだろう。しかし、小笠原が憧れだったとは・・・。当時、ビスマルクやジョルジーニョのプレーに魅せられた小笠原は、今や憧れの選手へと変貌している。やはり、伝統の力とは、偉大な選手の魂を受け継いでこそ魅せられる業。伊野波は85年組と呼ばれる次の時代を築く選手。更に鹿島アントラーズのイズムを肌で感じ、我等に素晴らしいプレーを魅せて欲しい。それはアントラーズサポーターOB!?としての責務である。新たな可能性を魅せた中後・伊野波コンビ。DF陣のポジション争いが、更に激化する事を期待する。最後になるが、やはり開幕戦で一番輝いた選手は、鹿島の左SB新井場徹だろう。A代表にも選出されたせいか、世の関心は右の内田篤人だった。忘れないで欲しい。愛しき鹿が舞い上がれるのは、二人の翼あってこそなのだという事を。

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2008年03月08日

【Jリーグ2008】錨を上げろ!さあ船出だ

リーグ2連覇を狙う鹿島は札幌との開幕戦を控えた7日、茨城県鹿嶋市内で約1時間半最終調整し、雹が混じる冷たい雨の中、CKなどセットプレーでの攻撃と守備の連係を確認した。1日のゼロックス・スーパーカップではPK戦で敗れ、昨季から続いた公式戦連勝が止まった。オリヴェイラ監督は「試合では相手だけでなく、多くの障害がある。チームがもっと強くなる必要がある」と、苦い記憶となった一戦が今後の糧になる事を望んだ。ゼロックス・スーパーカップで退場処分を受けた岩政大樹・大岩剛の両DFは札幌戦で出場停止。代わりにセンターバックでの先発が予想されるU-23日本代表の伊野波雅彦は、「自分の持ち味を出して勝ちたい」と、FC東京からの移籍後、公式戦初出場に気合充分だった。

伊野波は守備のオールラウンドプレーヤー。U-23日本代表の中心メンバーで、昨夏のアジアカップではオシムジャパンのメンバーとして日本代表にも帯同している。鹿島に来てから日は浅いが、1対1の強さや読みの鋭さは折り紙つき。ハイレベルの経験が多い点もアドバンテージといえる。中後にしても2月24日のプレシーズンマッチ・水戸ホーリーホック戦で人生初のセンターバックを経験。今回が公式戦3試合目となるが、元々適応力の高い選手だけに、どんな状況でもしっかりと仕事をしてくれるだろう。「今週の練習でもゲーム形式を多く取り入れ、彼らの連動性やタイミングを合わせるように意識づけを行った。2人とも技術が高いし、ビルドアップは向上する。ただ、遠慮しているのか声が少ないので、そこは改善して欲しい」と、オリヴェイラ監督も注文をつけていた。彼らを取り巻く右SBの内田篤人、左SBの新井場徹、守備的MF青木剛らも普段以上にサポートに気を配るつもりだ。初めての公式戦だけに不安要素はあるものの、周囲との連携さえ上手くいけば、守備面に大きな問題が生じる事は無いだろう。

今日の開幕戦は、岩政大樹・大岩剛のW岩が出場停止。代わりにスタメン入りが予想される伊野波雅彦・中後雅喜の両選手。鹿島の壁は、W岩からW雅に諾される。子供の頃は、アントラーズサポーターだった伊野波。今日は、ディープレッドとディープブルーの横縞オーセンティックユニフォームを身に纏い、憧れの鹿島アントラーズで共に戦う晴れ舞台。聖地での戦いは、同じ志を持つファミリーが沢山いる。勇気を持って戦って欲しい。試合終了後は、開幕戦勝利と伊野波の門出を皆で祝したいと願っている。そして、遠くイスタンブールで戦うジーコへも、今日の勝利をプレゼントしようではないか。今季も“個”ではなく、“組織”で戦う鹿島のサッカーは健在である。伝統も活き続いている。「DESAFIO」。我等の挑戦がいよいよ始まる。

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