2008年02月29日

【DESAFIO~挑戦~】我等は「DESAFIO」

シーズンの幕開けを祝うお祭りとして、世界中で行われている「スーパーカップ」。日本でも「2008ゼロックス・スーパーカップ」が、3月1日(土)に開催する。昨季、2冠を達成した鹿島の相手は、今季からJ2が戦場となるサンフレッチェ広島だ。J1とJ2の対決となるゼロックス・スーパーカップは史上初である。今季の鹿島は、大幅な戦力補強を行なった訳ではなく、チームの骨格に変化はない。スタメンの顔ぶれも昨季からの変更はないとみられる。戦力補強を行なえば行なうほど、それに比例するようにチーム作りには時間がかかるが、鹿島は大幅なメンバー変更がない為、チーム作りに難航する事はない。昨季をベースに、伊野波・笠井・鈴木(修)・川俣が新たに加入。金古も鹿島に復帰。加えて、石神・船山・増田・興梠 ・佐々木といった若手選手の台頭もあり、さらにベースアップしたチームとなった。他クラブのように、大々的に行う補強も分かり易いが、鹿島は“現有勢力の向上こそが最大の補強”なのである。鈴木満強化部長は「5年、10年を見据え、その間に若手も成長させながら、毎年優勝争いに絡むチームを目指すのが鹿島アントラーズ」と話す。クラブ創設以来、一貫してきた伝統と方針は、決して揺らぐ事はないのである。

今季最大の敵は、ACL出場に伴う長距離移動と過密日程である。周囲からは、選手層が薄いと指摘されているが、オリヴェイラ監督はスタンスを変えるつもりはないようだ。コリンチャンス(ブラジル)を率いて2000年の世界クラブ選手権を制した時には、1シーズンで94試合に達していた。この長い闘いを乗り切れるのもフィジカルコーチ出身として選手のコンディションを冷静に見極められる目があるからだと思う。さらに心強いのは、オリヴェイラ監督にとって、アジアの闘いは初めてではない事である。カタールで10年以上の指揮経験を持ち、中東情勢に詳しい他、94-95シーズンには、ACLの前身、アジアクラブ選手権の決勝まで闘った実体験がある。世界クラブ選手権もJリーグも制した指揮官は、アジア制覇を貪欲に狙う構えだ。

2008年。「DESAFIO」のスタートとなるのが、このゼロックス・スーパーカップである。チームのコンビネーションがどの程度まで仕上がっているのか、また新加入した選手が出場すれば、どの程度チームにフィットしているのか、今から楽しみである。ユニフォームも新たに「生まれ変わる」というコンセプトの下、ディープレッドとディープブルーによる横縞のデザインとなった。激戦の長丁場。新生鹿島の「DESAFIO」が始まる。我等は「DESAFIO」。挑戦、そして挑戦者である。明日の試合は、結果だけに満足せず、チームの成熟度が昨季以上に何処まで上げる事ができたのか、ゲーム内容にも注目したい。鹿島の誇るべき「絆」。鹿ファミリーが一つになって、すべてのタイトルを狙う。真の常勝軍団は我等。今季は、それを証明するシーズンであり、明日も全力を尽くすのみである。「錨を上げろ」、そして「オブラディ・オブラダ」の大合唱が始まる。

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2008年02月17日

【DESAFIO~挑戦~】オラが街

久しぶりの故郷。今頃になって遅い正月休み。帰省先は、鹿島アントラーズのホームタウンです。東京から二時間、あっという間に到着です。久々のクラブハウスとカシマスタジアム。クラブハウスに飾ってあった、昨季のリーグ優勝シャーレ(銀皿)に天皇杯優勝カップ。暫く見入ってしまいました。その頃、鹿島の選手達は宮崎で合宿中です。練習場は静かでしたね。カシマスタジアム内にあるミュージアムにも行って来ました。自身2回目の入場となりますが、この中に「ドリームシート」と呼ばれる、鹿島アントラーズの名場面・名勝負などをスクリーンで上映するフロアがあります。今回、「11冠」バージョンを見るべく楽しみにして行ったのですが、変わらず「9冠」バージョンでした。残念。

話は変わりますが、田舎に帰ってきて思った事がありました。それは、昨季2冠達成した街であるのに、「王国」は大げさですが、せめて「サッカーの街」といった雰囲気が、もう少しあっても良いのかなと思いました。Jリーグが開幕した当初は、アントラーズフラッグが今より飾ってあったり、張ってあったりと、もう少し街が赤く染まっていたように思いました。個人的な意見となりますが、私は鹿島アントラーズというクラブをもっとモット街中に露出させても良いのかな、と。

ホームタウン5市(鹿嶋市・神栖市・潮来市・行方市・鉾田市)。それぞれ規模は大小有るにしても、街の特徴は大凡似ています。都市部のような高層デパートが有る訳ではなく、大型スーパーが立ち並ぶといった感じです。私も帰省すると、家族みんなで買い物に出かけます。その立ち並ぶ大型スーパーには、電器・洋服・日用品といった専門店から、食品・衣類・スポーツ・玩具・レストラン・ゲームコーナーなど、多目的のスーパーまで、さまざまです。

こういったスーパーは、生活していく為に毎日沢山の人達が集います。それも老若男女の方達が。個人的な案ですが、例えば、いろんな方達が集う大型スーパーをターゲットにして、天井や壁に沢山のアントラーズフラッグを飾ってみる。玩具売り場には、大型「しかおファミリー」人形を置いて出迎える。レストランには、大型テレビを置いて、アントラーズ戦を上映してみる。とか、いろんなやり方で普段の生活から、アントラーズと街の人達との「精神的な距離」を近づけると言いますか、「クラブは街に」、「街はクラブに」溶け込むような環境があると、街の人達は意識の中で、もっとアントラーズ色になるのかな、と思いました。

アントラーズはホームタウンの象徴でもありますし、皆が住んでいる街やクラブに対して、もっと「誇り」を持てるようになれば嬉しい事ですし、素晴らしい事ですよね。私は、現在東京に住んでいますが、故郷の鹿嶋と鹿島アントラーズに、「誇り」を持っています。

今季、鹿島アントラーズのスローガンのコンセプトである「原点回帰」。鹿島は、Jリーグのお手本だと言われた当時のように、街も「原点回帰」!?。Jリーグ開幕当初の、あの熱狂再現を夢見て已みません。

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2008年02月16日

【DESAFIO~挑戦~】神の言葉

昨季の序盤戦、苦戦が続いた鹿島アントラーズ。リーグ戦未勝利と不振に喘いでいたチームに、ジーコから熱い思いが寄せられた。かつての常勝軍団の誇りを取り戻させる目的で、遠く離れたイスタンブールから手紙が届く。407字の「神言」。以下、その内容である。

人が我欲を捨て、1つの大きな目的に向かい足並みを揃えた時に生み出す「新秘的なパワー」。
これを具現化したのが鹿島アントラーズである。

自らの可能性を心から信じる大切さ。日々の献身。慢心せず常に高い可能性を課して突き進む勇気。状況を正確に把握する冷静な知力。様々な困難を打開する為の才知と技能。

これらは真のプロとして、また人間として悔いのない時間を過ごす為の要素であると信じる。如何に優秀な人材の集団でも、精神の強さ、謙虚さを失っていては目的の達成は難しいであろう。長年の経験から言える真実である。

物事を進める上で良い時ばかりではない。しかし、困難な状態で如何にもがき、苦しみ、そして結果を追求できるかで、その真価が問われるものだ。

振り返ってみると私の15年はその繰り返しであった。鹿島を心から愛する皆さんも同じであろう。苦難に屈することなく、焦らずしっかりと足を地につけて努力を続ける。いつまでもそんな鹿島であってほしいと心から願っている。

Zico

当時、ポルトガル語の原文を日本語に訳し、パネルにして選手のロッカールームに張り出した。目を通した選手達は自信を取り戻し、魂が、「ZICO SPIRIT」が復活した。・・・今季も神の言葉を忘れてはならない。「伝統」とは、揺ぎ無いイズムの継承。そして、「ファミリー」とは、地球上からみれば小規模な共同体だとしても、そこには大きな「絆」がある。我等ファミリーは、知将・オズの魔法と神の言葉を胸に新たな歴史を創造するのである。そう、家族にとって、聖地・カシマスタジアムは、我が家なのだ。Jリーグ2008年シーズン開幕。私は、我が家が待ち遠しくてならない。

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2008年02月15日

【DESAFIO~挑戦~】ダニロ・ガブリエル・デ・アンドラーデ

鹿島の「NO.11」。ダニーロ選手である。今季、この男の活躍に期待する。昨季は苦しい1年だった。サンパウロFC(ブラジル)の「NO.10」を背負い、鳴り物入りで鹿島に移籍してきたが、コンディション不良や日本のスピードについていけず、持ち前のキープ力やミドルシュートを発揮できなかった。元々、長短のパスでゲームを組み立てる技巧派で、強烈なミドルシュートも放つ。サンパウロFCでは、テクニカルな足技を使うダニーロを、ジネディーヌ・ジダンにあやかって、「ジダニーロ」という愛称で親しまれていた。そのジダニーロ。鹿島のサッカーに中々馴染めず、我々サポーターには、助っ人外国人で一番必要のない選手とまで言われた。しかし、昨季の終盤戦で復調ぶりを感じたオリヴェイラ監督は、「アジアを戦うには、ダニーロが必要だ」と残留を要請。そして、ダニーロ自身も契約延長を願い出た、という。すでに宮崎キャンプも最終日を迎え、鹿島の2年目がスタートしている。昨季の天皇杯決勝で決めた、目の覚めるような豪快シュート。あれが、ダニーロ選手の本来の姿なのだと信じている。

そのダニーロ選手。日本での公式戦デビューは、2007年J1開幕試合・川崎戦だった。開幕戦のスタメンは【GK】曽ヶ端準、【DF】内田篤人・岩政大樹・ファボン・新井場徹、【MF】青木剛・中後雅喜・本山雅志・ダニーロ、【FW】マルキーニョス・柳沢敦。

試合開始前、等々力競技場のゴール裏では新加入した助っ人マルキニョース・ファボン、そしてダニーロのチャントをアントラーズレッドに染め上げたサポーター達が練習していた。私はその時、バックスタンドにいながらも、限りなく鹿島側に近い席に座っていた。もちろん、私も臙脂のユニフォームを着て、この練習に参加していた。この年、小笠原選手の背番号「8」を受け継いだ野沢選手は怪我で出場することができず、助っ人外国人に期待するしかなかった。ダニーロ選手が前に所属していたサンパウロFCは、2005年のクラブワールドカップで優勝。この時のメンバーにダニーロ選手も含まれていた。この男、何かやってくれる。そう期待したのは、私だけでは無いだろう。少なくとも、この試合が終わるまでは。

結局試合は「0-1」で終了。川崎勝利。鹿島は苦いスタートとなった。ロングボール中心のシンプルな攻撃で川崎陣内に攻め入るも決定機をつくり出すには至らない。一進一退の攻防が続いた。しかし、後半2回目の警告を受けた岩政選手が退場。数的不利の状況に陥った鹿島は、マギヌン選手に奪われた先制点に追いつくことができず、川崎がそのまま逃げ切った。「連携面で成熟するには、まだ時間がかかる。」とオリヴェイラ監督。だが、チームが機能していないことは、我々サポーターも分かっていた。この日、デビューを飾ったダニーロ選手は酷過ぎた。世界一を経験している選手とは思えないほどの無様な内容だった。変に期待しすぎた私も悪いのだが、勝てる気がしない内容だった。後半の終盤に差し掛かったところで、私は悔しさのあまり、

「おいっ!!!何をやりたいんだか、さっぱりわからね~よ!」

ダニーロ選手に対し、腹の底から精一杯の罵声を浴びせた。私は鹿島側とはいえ、バックスタンド。周囲は、フロンターレブルーの川崎ファンが多い。叫んだあとで、川崎ファンの方達から笑い声がこぼれる。そんなことは関係ない。悔しい。開幕ダッシュに失敗した鹿島。ダニーロ株もガタ落ち。地に落ちていくようだった。その後、野沢選手の怪我が完治してからは、控えに回ることが多くなり、後半からの途中出場が定番になっていった。

時は経ち、一年を締め括る天皇杯決勝。ダニーロ選手は、いつものようにベンチからのスタート。当たり前のことで気にも留めない。前半終了。試合は、「1-0」で鹿島がリードしている。後半に入り、広島が猛攻するも全て跳ね返す安定した鹿島DF陣。リーグ開幕、あの川崎フロンターレ戦と較べても、鹿島は明らかに成長していた。成熟の域に達したと言っても過言ではなかった。すでにゴール裏では、優勝が決まった瞬間に投げる紙テープが配られ始め、2冠達成のカウントダウンが始まっていた。後半35分、野沢選手に代わってダニーロ選手がピッチに入る。また、ダニーロ選手だ。この時間帯での交代は、お決まりコース。周りの同志からは、誓志(増田誓志選手)を入れろ!、との声が聞こえる。あと10分。私は、「1-0」で終了する歓喜の瞬間を待ち構えていた。後半44分。右サイド、ドリブルで相手を引き寄せた本山選手が柳沢選手へ絶妙なパスを送る。上手い!。ゴール前で広島のDF陣が、柳沢選手に喰らい付く。そしてスペースが空いた所に、あの巨人が走りこんできた。柳沢選手の横パスに角度の浅い所から放つ豪快シュート。巨人・ダニーロ選手が、この試合を決定付ける2点目のゴール。ダニーロ?!!。「ぅお~~~っ!」。紙テープが舞い上がる。試合は、まだ終わっていない。勝利を確信したゴール裏は、ロスタイムがあるのを忘れ、沢山の紙テープが舞い上がった。私が、カウントダウンしていた「1-0」での歓喜など、もはや温過ぎた考えだった。

「ダ・ダ・ダニーロ!ネッチ、ブロンカ!」

シーズン始めの開幕戦で練習したダニーロ選手のチャント。これをシーズン終わりの天皇杯決勝で自身初コールするとは。私は、鹿島を応援しにスタジアムへ足を運ぶが、このチャントをコールした記憶がない。あまりにも久しぶりだった。大爆発。そして、「2-0」で優勝。11冠獲得。歓喜、オブラディ・オブラダ。

ダニーロ選手には、プロとしての「SPIRIT」があった。プライド、謙虚、そして何よりも腐らずに取り組んできた姿勢。見えない所で少しずつ馴染んできた、鹿島のサッカー。今日、最終日を迎える宮崎キャンプですが、ダニーロ選手は絶好調だといいます。期待と同時に元々チカラのある選手ですから、「本来」を取り戻すことができれば、鹿島の中盤は、さらに強靭なモノになります。手薄と言われているFWもカバーすることができるでしょう。ジダニーロ。そう、今季はジダニーロのチャントを沢山コールしたいと願っています。・・・分からないもので、最終的にさよならを言うのは、同僚のファボンだった。さらばファボン。そして、今季もよろしくジダニーロ。

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2008年02月13日

【DESAFIO~挑戦~】オリヴェイラと共に

昨季のベースにベースアップできることは、チームにとって良いことだ。思った以上の成果、仕上がりができている。自身、2年目の指揮ということもあって、選手達は、しっかり理解している。さらに質の高いものが魅せられる。ACL優勝は、高い評価になるし実現したいが、まず、真剣にひとつひとつの戦いに勝利する。ゼロックスカップから始まる全ての大会に全力を尽くす。努力を惜しまない。その結果・成果がタイトルとなれば良い。謙虚さを持つことが何よりも大切だ。昨季、2冠獲得したが、決して慢心してはならない。慢心することは、すべてが崩れてしまうことである。選手だけでなく、クラブ関係者・サポーターすべてが謙虚さを持って取り組んでいこう。また、ゼロからのスタートなのである。今年のスローガンにもあるように、我等はチャレンジャーだ。最後に喜びを分かち合いたい。

宮崎で[J's GOAL]が取材したオリヴェイラ監督のインタビュー内容をまとめました。当時、コリンチャンスを世界一に導いた男の言葉には、何故か説得力がある。また、このインタビューには出ていないが、A代表・五輪代表への協力も惜しまないと言う。FW陣の層の薄さが指摘されているが、そこは、オリヴェイラ監督の緻密な計算があるのだろう。キャンプは、2月15日までなので、既に終盤に差し掛かり大詰めといったところだ。最終日にはホンダロックとの練習試合もあり、どういった布陣を引くのか今から楽しみである。

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2008年02月07日

日本における「プロビンチャ」という偏見(後編)

イタリアでいうプロビンチャは、日本には存在しません。一部のスポーツジャーナリストらが、本質的な所を省いて悪戯にJリーグクラブに当てはめているだけであります。どうでも良い格付けです。私たちは、そういった序列や格付けなど気にせず、純粋にサッカーというスポーツを楽しむだけです。また、『プロビンチャ』に対して誤解を招くような文章を書くジャーナリスト様。サッカーの先進国である欧州から何かを学び、そして伝えるのなら、『欧州で使われているサッカー用語』ではなく、『なぜ、サッカーは世界に愛されるスポーツになったのか』という原点を学び、伝えた方が有益だと思います。

サッカーは、人種や宗教といった差別がありません。スタジアムに集結する、すべての人達が皆平等であります。これが、世界のスポーツになった一つの理由です。日本では、人種や宗教といったことは、現実的にあまり馴染みが無いかもしれません。しかし、差別が無く皆平等だ、ということは、本当に素晴らしいことであります。サッカーをプレーすることや応援することに地位や名誉など全く関係ないですからね。

また、ビッグクラブやプロビンチャといった格付け、序列を作るよりも、全てのクラブが『おらがチーム』であった方が、Jリーグは熱く、そして日本サッカー文化を更に前に進めることができると思っています。高度な情報社会で時代の近代化が進んでも、サッカーの歴史を創るのはピッチ上の選手・チームであり、文化を創るのはスタジアムに集まる私達であります。何でも、序列や格付けといった、型にはめ込もうとする情報社会の『見えない魔力』に流されてはいけません。

Jリーグを振り返りましょう。唐突ですが、今からJリーグが開幕した年のサッカーファンに『今のJリーグ』を伝えに行きます。ドラえもんからタイムマシンでも借りましょう。1993年は、Jリーグが開幕したばかりですので、数年経った1995年か1996年辺りにタイムスリップすることにします。こんなことは現実的に有り得ませんが、一先ずタイムマシンに乗って過去に到着しました。スタジアムでは、チアフォーンが鳴り響いています。懐かしいですね。私は、そんな当時のサッカーファンに伝えることは二つあります。

「J1・J2と日本のプロサッカーリーグも2部制になり、あのヴェルディがJ2に降格します。2年の月日を経て、再び2008年にJ1へ昇格するのです。クラブも、東京ヴェルディと名前を変えました」。

「Jリーグのお荷物と言われていた浦和レッズ。あのレッズが、2007年にアジア王者になりました。もちろん、Jリーグ王者も経験し、今や強豪クラブです」。

注目すべきは、15年という歴史で、強豪クラブと弱小クラブが逆転したことです。この月日が、長いか短いかは、皆様のご判断にお任せしますが、いずれにしても、当時のサッカーファンから見れば有り得ないようなことが、15年という月日で現実に起きたのです。浦和レッズは、まさに、これからなので分かりませんが、ヴェルディは当時の強さを維持することができませんでした。これに限らず、当時からすれば有り得ないと思うようなことが、今後再び起こるかもしれません。

今年で16年目を迎えるJリーグ。人生で例えれば、大人の手前。やっと思春期に入った訳ですから、まだまだこれからです。Jリーグ各クラブのアイデンティティー確立も、もう少し時間が必要だと思います。

最後に、『おらがチーム』が地域に根ざし更に発展していけば、『日本独自のサッカー文化』が生まれるかもしれません。私は、そう期待します。

(完)

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2008年02月05日

日本における「プロビンチャ」という偏見(中編)

プロビンチャとは、実際にどういったクラブを差すのか幾つか挙げてみました。

1.地方に存在する中小クラブ
2.ビッグクラブと比べて資金力に劣る
3.ビッグクラブと比べて戦力的に劣る
4.若手選手の育成
5.ピークを過ぎた選手の受け皿
6.フロントもサポーターも、自らのクラブが置かれている立場を弁えている

以上に該当するのが、イタリア・プロビンチャであります。

日本において、一般的にプロビンチャとは。

1.地方のクラブ
2.資金力が乏しい

上記に挙げた二つが、それに該当すると思います。

私が注目すべきは、4.若手の育成であります。

有望な若手を育成し、ビッグクラブへ輩出する。もちろん、輩出ばかりしていると、自らのクラブが戦力ダウンしてしまうので、上手くバランスを取りながら、といった感じです。バランスの失敗は、降格を意味する訳ですから、フロントの采配がクラブの戦力を大きく左右します。まさに腕の見せ所と言えましょう。毎シーズン、順位的には、決して上位に食い込むこと無く、中位、または下位でシーズンを終えることが多いプロビンチャですが、長い歴史を持つ、イタリア・セリエAで存在・存続していくクラブ経営力は、やはりプロであります。サラリーマン的に言うと、『中小企業の優秀な経営陣』。と言った所でしょうか。私は、プロビンチャが存続していく為には、この若手育成こそが、何よりも大事であり、重要な肝であると考えます。

日本の場合はどうでしょうか。Jリーグの場合、育成された優秀な選手達は自国に治まらず、皆海外へと移籍して行きます。日本のJリーグより、さらに高いレベルのリーグで挑戦してみたいと思うのことは、ステップアップや経験として当然のことだと思いますし、歓迎すべきことです。例えば、中田英寿氏。いまさら説明する必要も無いと思いますが、日本のサッカー史に残る、素晴らしい選手でした。当時、中田英選手は、ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)に在籍し、自身の欧州への初挑戦は、イタリア・ペルージャでした。その際、中田英選手を獲得する為に、ペルージャが3億円の移籍金をベルマーレに支払ったと言われています。ペルージャで活躍した中田英選手は、その後、ローマからオファーが来ました。その時の移籍金は、10億円と言われています。つまり、ペルージャは、中田英選手を通して、7億円もの利益を得たことになります。ご存じの通り、ペルージャは、プロビンチャと呼ばれるクラブです。他にも、中村俊輔選手。イタリア・レッジーナから始まった欧州への挑戦は、その後、スコットランド・セルティックに移籍しました。セルティックが、ビッグクラブかどうかは、皆様のご判断にお任せしますが、一つ言えるのことは、スコットランドリーグのレベルは、Jリーグよりも上、ということです。他にも、鹿島・小笠原選手が在籍していた、イタリア・メッシーナ。京都・柳沢選手はイタリア・サンプドリアと。他にも沢山の日本人選手が欧州への挑戦をしてきましたし、今後も、この挑戦は続きます。

注目すべきは、日本人選手が海外に移籍するクラブ。以外とプロビンチャへの移籍が多いということです。イタリア・プロビンチャは、自らクラブ存続の為に、日本人選手を一つのマーケットと考え確実な利益をもたらす。経営戦略と戦力維持。プロビンチャと呼ばれるクラブは、『地方のクラブ』、『資金力が乏しい』といったことだけで無く、『若手育成』、『着眼点』、『クラブ経営』など、日本のJリーグクラブは、欧州のビッグクラブから学ぶことよりも、このプロビンチャから学ぶことの方が多いのでは、と思いました。プロビンチャと呼ばれるクラブのサポーター達が納得して応援するのも分かる気がします。やはり、プロビンチャとは、歴史あるリーグで生まれたクラブであり、しっかりとした基盤が構築されているのです。また、プロビンチャとビッグクラブは提携関係にある、と言うと誤解を招きやすいのですが、何と言いますか、リーグの歴史を築いていく中で、お互い無くてはならない存在だったのですね。

今、日本メディアが伝える、Jリーグクラブ関連の報道は、ビッグクラブもプロビンチャも、すべて日本版です。言葉の持つ意味。欧州で使われている言葉を、そのまま日本に持ってきても、使い方を誤ると、時に誤解を与え、言葉自体が一人歩きしてしまいます。高度な情報社会だからこそ、各媒体の持つ影響力は多大にあります。

もう一つ。大まかにですが、歴史教科書に書かれていること。それは、権力と闘ってきた民衆の物語です。歴史を前に進めたのは民衆です。同様に、日本サッカーの歴史文化の創造は、権力でも無く、メディアでも無い。私達、サッカーを愛する全ての日本人にあるのだと思います。

(最終章・後編に続く)

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2008年02月03日

日本における「プロビンチャ」という偏見(前編)

プロビンチャには明確な目標と、プロビンチャでしか果たし得ない『重要な役割』があるという。既に、ご存知の方もいると思いますが、改めて記します。プロビンチャとは、イタリアの地方に存在する中小プロサッカークラブのことです。大都市の有力クラブと比べると大抵は戦力的・資金的に劣りますが、それでも地元ではサポーターの支持を集めています。また、戦略上、安価で有望な若手を発掘し、活躍させて有力クラブチームに売るということもあるそうです。そのプロビンチャの目標ですが、タイトルを狙うことではありません。日本のJリーグで例えるならば、J2に降格しない、J1では一桁の順位が目標など、決して高望みはしません。それだけ、プロビンチャと呼ばれるクラブもサポーターも、自らのクラブが置かれている立場というのを弁えています。そして、プロビンチャの『重要な役割』。それは、若手選手の育成と、ピークを過ぎた選手の受け皿となることです。結果、若手とベテランでチーム編成をする場合が多く見受けられます。若い選手にとってプロヴィンチャは、ビッグクラブへのアピールとステップアップの場として存在し、クラブ側としては若く有能な選手は、資金調達の為の大事なモノ。という意味も含めて、持ちつ持たれつの関係を築いてきました。これが、プロヴィンチャの『重要な役割』であります。

私は、このプロビンチャに関して、皆様のブログやコラムなどを参考にさせて頂きました。日本に措きましても、格付けがもっと明確で鮮明になれば良いと思いますし、同時に各クラブのアイデンティティーの確立も必要だと思いました。しかし、結論から申しますと、プロビンチャとは、イタリア風であり、欧州風である。つまり、サッカーの先進国に言える言葉なのです。今、日本で一般的に使われているプロビンチャとは、単なる『地方のクラブ』だけで捉えられているように思います。この見方は、決して間違いではありません。しかし、本質的には違うのではと思いました。客観的に見ると、このプロビンチャといわれるクラブがあるからこそ、その国のサッカーの強さ・成長があるように思います。地方のクラブに対し、安易にプロビンチャという言葉を使って差別化を図ろうとする、日本の一部スポーツジャーナリスト達に異議を申し述べたいと思います。例えば、「あのクラブは田舎のプロビンチャだ」。これは、日本の場合だと見下した感じに受け取れるのではないでしょうか。他にも、『にわか』という言葉を美化して使い、日本独特の差別用語にしたのも、愛のないサッカーファンよって作られた言葉だと思います。以前、『サッカーを楽しむカタチ』と題して、にわかサッカーファンという言葉の差別に対して、批判するコラムを投稿したことがありますが、このプロビンチャも誤解された言葉として使われることの危惧。『にわかサッカーファン』という言葉は、日本が生んだ『差別用語』。そして、『プロビンチャ』とは、日本が誤解して使う『差別用語』。つまり、本来意味するプロビンチャではなく、相手を見下す為の差別用語として使われていることを危惧しています。サッカーの歴史・文化が成熟していない日本では、プロビンチャと呼べるクラブは、“まだ”存在しない、と私は思う。これもまた歴史が創るモノである。長い歴史を持つ、欧州のクラブやリーグ事情を参考にしても、やはり日本独自の文化創造が、これまた一番大事なことでは無いか。

(中編に続く)

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2008年02月02日

【DESAFIO~挑戦~】活き続ける伝統

鹿島は今季、年代的にもポジション的にも非常にバランスの取れた良いチームになった、と私は思う。リーグ2連覇・アジア王者への挑戦。また、W杯アジア予選や北京五輪があることで、控えの充実が不可欠だった。特に層が薄いと言われていたDF陣。今季は復帰した金古選手も含め、サイドバック・センターバックともに、しっかりと補強。また、複数のポジションができるユーティリティープレーヤーも新たに加入し、活躍への期待と安心材料が増えました。FWに関しては、一先ず現状でスタート。人数に物足りなさを感じるにしても、重要なのは中身。怪我さえなければ、今の4人で行けると思っています。ペルーで活躍する、澤選手の鹿島入団に期待しますが、確かな情報は有りませんので、無いモノ強請りは止めておきます。

すべてのタイトル獲得。これが、何よりも重要なことですが、もう一つ鹿島にとって、とても大事なことがあります。それは、『伝統の継続』です。年代的なバランスとは、ココで強調したいのですが、鹿島の強さは、『ジーコスピリッツ』と呼ばれる意識が今も活きています。この、意識・伝統があるからこそ、鹿島は常に勝負強さを発揮してきました。昨季以前、低迷と呼ばれた時期もありましたが、鹿島の場合は、下位に落ちた低迷ではなく、優勝できなくなったという低迷です。もちろん、常に危機感を持つことは重要であります。小笠原・本山・曽ヶ端・新井場といった、79年組がこの『ジーコスピリッツ』と呼ばれる伝統を受け継ぎチームを引っ張る。ベテラン・中堅・若手と、それぞれ世代別にみても期待できる選手が揃う。世代交代と伝統の継承。これは、一過性の強さを意味するのではなく、継続した強さを見せることができる。中堅、いまや主軸として活躍する82年組。岩政大樹・青木剛・中後雅喜・田代有三といった選手。81年組には、野沢拓也選手。次の85年組には、増田誓志・石神直哉・船山祐二・伊野波雅彦・鈴木修人・笠井健太といった選手。さらに若い選手ですと、興梠慎三・内田篤人といった選手が続きます。期待の85年組・主軸の82年組・要石の79年組と言ったところでしょうか。昔の試合巧者、常勝軍団と言われていた時代に戻りつつある今、しっかり世代交代できる環境も整いました。伝統の復活。それは、新黄金時代の幕開け意味します。決して派手な補強でもなく、営利を目的とするだけのメディアが騒ぐ訳でもないが、我等はチームに確実に根付く選手、伝統を活かした底力を発揮できる『ファミリー』が、今後も増えていくことを期待する。

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