2008年03月13日
【ACL2008】バンコクに響く赤鹿の唄
ACLタイトルへの道が決して容易ではない事は、鹿島のスタッフ、選手達、そしてサポーターも充分理解している。我等は5年前の2003年、ACLの前身アジアクラブ選手権で予選リーグ最下位という憂き目に遭っている。「あの時はACLの地位が今ほど高くなく、リーグ戦開催時期もJ開幕前の2月だった。あらゆる意味で難しかった」と鈴木満取締役・強化部長が語るように、今となっては絶対に有り得ない日程を組まされていた。・・・あの時の屈辱、あの時から止まった時間を5年ぶりに動かす時が漸く訪れたのである。 鹿島の過去、アジア戦績(25戦14勝5分6敗) 1997-1998:アジアクラブ選手権 準々決勝リーグ敗退 1998-1999:アジアウィナーズカップ 3位 1999-2000:アジアクラブ選手権 準々決勝リーグ敗退 2001-2002:アジアクラブ選手権 準々決勝リーグ敗退 2002-2003:ACLグループリーグ グループリーグ敗退 ACL2008・予選リーグF。鹿島の初戦はアウェーの地、バンコク。対戦相手は、タイの古豪と呼ばれるクルンタイ・バンク。暑さ、人工芝、コンディション以外にも、15時30分キックオフといった悪条件が重なる中でのゲームだった。私はテレビからの応援となり、仕事の合間をみて観戦、いや鹿魂を強く持って戦っていた。今日は、シャツの中にアントラーズTシャツを着て出勤。内に秘めた赤鹿Tシャツには、現地バンコクで戦う同志達と共に気持ちを一つにしようという思いがあった。 高温多湿で、これまでの戦いでも尽く苦しめられた地であったが、結果は9-1の大勝。この得点差には正直驚いている。ACL初戦という事もあって、勝点3を獲得できれば、それで良いと思っていた。しかし、終わってみれば内容的にも大勝で、この得点差。やはり、早い時間帯で得点できれば、アウェーでも有利に戦えると改めて実感するものだった。慢心は絶対にあってはならぬが、この調子で是非、予選リーグ突破を果たして欲しい。今後は過密日程。中3日でJ1リーグ第2節、東京ヴェルディとの試合がある。選手達は、ケアを充分にして次の試合に臨んで欲しい。 200名を超える鹿島サポーターがバンコクの地へ。今日の試合は選手達の活躍だけでなく、鹿島「NO.12」の活躍も本当に素晴しかった。キックオフ約90分前、選手達を乗せたバスがスタジアムに到着。バスが入ってくるゲートの所には「SPIRIT OF ZICO」と書かれた横断幕を持ったサポーター達が大声で「かっし~まアントラーズ!」のコールをかけて選手達を出迎える。この瞬間にスタジアム周辺のボルテージは一気に上昇したという。そして、バックスタンドに陣取った鹿島のサポーター。「5年前の雪辱を晴らしたい。同じバンコクでアジアの挑戦が始まるのは、雪辱を晴らすのに絶好の場所」と、ACL2003の予選敗退の雪辱を晴らすと言っていた。当日の気温は朝6時で28度、11時で40度にもなり、人工芝で照り返しのきついピッチ上ではキックオフ時の15時半に43.7度を記録する程の酷暑となっていた。そのような過酷な環境の中、選手と同じ陽射しを浴びて戦うという強い意思を持ち、多くの鹿島サポーター達は屋根で日陰のできるメインスタンドではなく、日陰が一つもないバックスタンドに陣取る事を決めた。その決断こそが雪辱を晴らす為の決意だったのだ。見慣れたカラーに見慣れたゲーフラ、そして見慣れた多くのフラッグ。テレビからも、しっかり聞こえるチームコール。バンコクで響くアントラーズのチャント。鹿島愛に満ち溢れる誇り高き同志の皆様、本当にお疲れ様でした。素晴らしい応援でした。今日は勝利の美酒に酔いしれ、バンコクの夜を満喫し、ゆっくりとお休み下さい。広大なアジアの旅は始まったばかり。これからも「絆」を誇りに、長く険しい道のりを共に歩もう。ACL2008開幕節。鹿島がアジアに踏み出した第一歩は確実で、しかも力強かった。だが、「DESAFIO」も忘れてはならない。愛しき赤鹿は、全ての敵に敬意を払い、謙虚さと貪欲さを持って戦うのだ。我等は挑戦者なのである。
posted by 鹿太郎 |00:00 |
AFCチャンピオンズリーグ |
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