2008年03月09日
【2008Jリーグ】JUST BRING IT!
鹿島DF伊野波雅彦が王者の新しい力となった。開幕戦の札幌戦で先発出場。岩政・大岩の両センターバックを出場停止で欠く中、中後とのコンビで最終ラインを統率し、相手の攻撃を封じた。積極的なオーバーラップでリズムを生み、大量4得点の呼び水となり、完封勝利に貢献した。オフに少年時代から憧れていた鹿島に移籍。「鹿島デビュー戦」を飾り、チームは昨年の劇的優勝から続く連勝を10に伸ばした。 伊野波は少年時代からの夢を最高の形で叶えた。鹿島の一員としてプレーする。22歳の若者に成長した男はディープレッドの横縞のユニホームに身をつつみ、ピッチに立った。前半こそ動きが硬かったが、後半は見違えた。同18分にはハーフウェーラインより前で構えて、札幌MF芳賀にタックルを仕掛けて奪い取る。攻撃的な姿勢が勢いを呼び、後半だけで4得点が生まれた。 オフにFC東京から完全移籍し臨んだ初戦。「鹿島に受け入れられた感じ。すんなり入れた」。子供の頃から鹿島が大好きだった。地元宮崎に春季キャンプで鹿島が訪れると、練習を見学し、柳沢・小笠原らと一緒に写真を撮った。中学時代には貯金を切り崩し、約40万円を払って鹿島OBのジーコが主宰するブラジルのサッカー教室に参加した。鹿児島実時代も地元に帰省すると鹿島のユニホームを着てトレーニングする事もあった。プロ入り後もFC東京の寮には小笠原満男のユニフォームを飾っていた。 試合2日前には、本田泰人チームアドバイザーに「もっと満男を使ってやれ。遠慮するな」と声を掛けられた。この日は憧れだった小笠原に指示を飛ばす姿があった。U-23代表の米国遠征に帯同し、チームと連係を深める時間は少なかった。1日のゼロックス・スーパーカップで岩政・大岩が退場となり、出場停止が決まってから「この1週間で頭に詰め込まないと」と焦りもあった。だが昔から持っている鹿島の試合のビデオは100本以上。伝統のスタイルは心身にすり込まれていた。オリヴェイラ監督からは「まだ君のプレーをあまり見てない」と言われていたが、この日のプレーで存在感を示した。「鹿島の一員になれた?まだ半分位。これから一員になれれば」。鹿島と共に歩む王道は始まったばかりだ。 伊野波雅彦・鹿島デビューの記事だ。アントラーズサポーターからアントラーズの選手になった九州男児。鹿島を愛する気持ちがあれば、更に成長が期待できるだろう。しかし、小笠原が憧れだったとは・・・。当時、ビスマルクやジョルジーニョのプレーに魅せられた小笠原は、今や憧れの選手へと変貌している。やはり、伝統の力とは、偉大な選手の魂を受け継いでこそ魅せられる業。伊野波は85年組と呼ばれる次の時代を築く選手。更に鹿島アントラーズのイズムを肌で感じ、我等に素晴らしいプレーを魅せて欲しい。それはアントラーズサポーターOB!?としての責務である。新たな可能性を魅せた中後・伊野波コンビ。DF陣のポジション争いが、更に激化する事を期待する。最後になるが、やはり開幕戦で一番輝いた選手は、鹿島の左SB新井場徹だろう。A代表にも選出されたせいか、世の関心は右の内田篤人だった。忘れないで欲しい。愛しき鹿が舞い上がれるのは、二人の翼あってこそなのだという事を。
posted by 鹿太郎 |00:00 |
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