2008年05月14日
【DESAFIO~挑戦~】中田浩二が帰国
スイスリーグの名門FCバーゼルから鹿島アントラーズに復帰する中田浩二が13日、成田空港着の航空機でスイスから帰国した。4月上旬に右膝半月板を負傷、手術し、リーグ最終節のヤングボーイズ戦まで欠場が続いていたが、今は少しずつ回復に向かっているようだ。今後は、鹿島でリハビリを行い、早期回復を目指す。 中田は当初、J1リーグの大分戦(6月25日)からの出場を希望していたようだ。鹿島も6月30日まで契約を持つFCバーゼルに早期契約解除を要請する事を視野に入れていたが、契約上無理と判断。今後は、6月中に鹿島の練習に参加できるようFCバーゼルの許可を得て、「ナビスコ・カップに出られるように、移籍証明書の発行を依頼する」という方針を鹿島側は固めたようである。 2005年。中田は元日本代表監督のフィリップ・トルシエが監督をしていたフランス1部リーグのマルセイユの練習に参加する。マルセイユ側は中田の獲得を打診するが、提示された移籍金が低額だった為、鹿島側は中田の移籍を認めなかった。同時期、中田との契約切れが迫っていた鹿島は来季以降の契約更新を申し出るが、中田本人が海外移籍を希望していた為、断り続ける。その後、契約切れとなりフリーの立場で同年1月26日にマルセイユに移籍した。鹿島の意向を無視した移籍ゆえに円満移籍とはならず、サポーターからも酷評が少なからぬ、裏切り者扱いされていた時期もあった。 FCバーゼルに於いても、移籍金問題など、海外移籍の経緯は度し難いものがある。しかし、今はA代表ではなく、“鹿島でのプレー”で今迄の汚名を返上して欲しい。詰まらぬ過去を今更憎んでもしょうがない、と私は思う。鹿島に復帰して、熾烈なポジション争いが何処になるのか感興が沸くが、先ずは、改めて鹿島の地に慣れ、気持ちの切り替えから始めた方が好いと思う。シーズンは長く、我等の挑戦は続くのだ。今や世界を知り、活躍し、優勝まで経験した中田浩二。そのプレーは、チームにとって大きなチカラとなるだろう。聖地での再会を楽しみにしている。
posted by 鹿太郎 |00:00 |
鹿島アントラーズ |
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