2006年11月27日
欲張り
2006年10月8日、日立台の意地悪な雲でさえ、天がこの試合を堪能するのを拒まなかった。空のぬけるような青が、ピッチの熱と美しく交差する。 天皇杯の醍醐味、ジャイアントキリングに挑む法政大学は、J2のトップグループにいる柏レイソルを前にしても、怯まなかった。勝ちにいった。 リネカーは言う。「サッカーは十一人対十一人でボールを追いかけて、でも最後はドイツが勝つんだ。」 その理由を気持ちの強さに求める声は大きい。曰く、ゲルマン魂。法政はこの日、あらん限りの魂をかけて戦った。 そして、敗れた。 ドイツにあって法政になかったもの、それは個人の力だ。ドイツの枕詞に無骨、退屈といった言葉が付きまとうようになったのは、最近に限った話である。かつての西“世界最強”ドイツには皇帝がいて、爆撃機がいた。CMパサーと華麗なる労働者がポジションを争った。 確かにいいCBはいたし、臭いのするアタッカーもいた。中盤ではU‐21代表の本田が睨みをきかせる。だが、それも大学レベルでの話だ。法政“プロ相手”大学は、「いい試合」をするのが精一杯だった。 前半25分に不可解な判定でDFが退場となった後も、法政は互角以上の戦いをし、チャンスを量産した。 それがいけなかった。チャンスを作ると試合が動く。自分たちがチャンスを掴むということは、即ち相手にもその可能性を与えるということだ。あまりにも青い空が、ピッチの熱を際立たせたように。 もちろん点になっていれば多少話は違うが、モノにできなかった。法政はある程度の力を持っていたため、チャンスを作れてしまう。だが仕留めるまではいかず、のらりくらりと相手を焦らす経験も無かった。 圧倒的な個人技を持つドゥンビアが投入され、さらに先制されたことで、不安定に揺れていた試合は一気に崩れ去る。 残ったのは、0‐3という結果だけだった。 ドイツだって、最後に負けていたことはある。 強くたって負けることがあるのがサッカーだ。疑惑のゴールに沈んだことも、たった一人の男の前に屈したこともある。ほんの些細なことで結果は全く変わってくるし、この日の法政は勝ちに値するのを証明した。たとえ相手がプロであっても。それで十分なのだが、試合後の選手の涙を、塩辛い魂の発露を見て、もう少し欲張ってみようと思う。 ドイツの勝利の歴史はまさかの勝利から始まった。1954年当時最強のハンガリーを撃破し、予想外の世界制覇を達成する。ミュンヘンの街でその優勝と、熱狂のあまり我を忘れる大人たちを見て、一人の少年はフットボーラーを志した。そしてチームを、最強に導いた。 この日、先輩たちの魂の死闘を見届けた誰かが、ベッケンバウワーと同じ道を辿らんことを。
posted by footant10 |13:48 |
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