2008年02月27日

代表は何のために

 東アジア選手権とは何のための大会だったのだろう。
 韓国に先制された後,しゃかりきになって点を取ろうという姿勢が見えなかった。優勝を逃したのに監督の周辺が騒がしくなる気配すらない。
 勝てるサッカーは,勝とうとすることで磨かれる。試合運びの拙さは最大の課題だが,監督のサッカーを守り,内容を大切になどと言っていては克服されるわけもない。内容だけで,結果を伴わないで,世界が驚くことはあり得ない。そもそも内容は勝ちに向かうことで生まれるものなのに。
 “向かわせる”こともしなかった。東アジアで2位,北朝鮮にも勝てなかったのに,課題がどうだの収穫がどうだの宣う。それも大事なのは間違いないが,負けたことについては何とも思わないのだろうか。周囲からのプレッシャーを受け,ピリピリした中で戦うことで引き出されるものは,少なくとも今回の“収穫”よりは大きかったはずだ。
 代表人気も落ち着いてきたようだし,“大人な事情”はキックオフ時間の変更で終わりにしてもらいたい。


 ひとつ大人になって,“収穫”は何だったのかを考えてみる。「山瀬の得点力は東アジアでも生きる,安田は意外と中盤もできるのか」くらいのものだ。
 1+1を3にする時間がないなら,せめて2にはしてほしい。何故に加地は2回も左をやり,橋本は前線で走り回らなければならないのか。原さんが嘆いていた今野のCBを代表でやり,田代と遠藤のジャンプの回数に大差がないのか。
 収穫が欲しくて種を蒔いてみたらそこはコンクリート,みたいな状態だった。そのコンクリートを自ら作っているのだから笑えない。シーズン前の大事な時期を使うのなら,もっと有意義にやって欲しい。怪我なんてのは言い訳ですらない。

 オシム色を消す,もっとも簡単な方法は走らないことだ。それをやってのけ,篤人という目くらましも手に入れて,次はバーレーン戦。勝負のみを懸ける試合だ。
 ジーコジャパンはオマーン相手には勝負強かったが,オーストラリアには駄目だったことは忘れてはいけない。

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2008年01月31日

岡田監督の”完璧”

 まずはタイ戦に向けて。
 おそらく勝ち点3を得るには問題ない相手だし,抜群の内容を見せなくても言い訳は山ほどある。
 日本がアジア予選で勝つための大きな武器はセットプレーだ。押しながらも点が取れないのはいつものことだから,その展開で先制点をセットプレーで奪ったのは,イメージを植え付ける上で大きかった。
 さらに,強烈なアタッカーを持たない相手だと,守備はかなり安定する。とりあえずサボらずにやれば何となく守れてしまう相手には強い。阿部がかぶったようなミスがあっても決定力不足に助けられる。
 いまさら確認する必要もないが,3次予選は問題ないだろう。

 より大きかったのは,交代選手が存在感を放ったことだ。結果において。
 おそらく岡田監督の中で,大久保や山瀬,今野の存在価値はオシムにとってよりも遥かに大きいだろう。彼らが分かりやすい形で輝いたため,入れ替えがスムーズにできる。
 狙ってやったのではないか。相手が疲れるのは分かりきったことである。オシムを無下に扱ったようにも見えないので,余計な批判も受けない。
 篤人にしても物足りない中で可能性も示し,緊張感を拭う上でも,更には他の若手に刺激を与えるためにも,効果はあったのではないか。
 
 東アジア選手権ではさらにメンバーの入れ替えをしてくるだろう。その先に真価が問われる。
 岡田監督の中でうまくいったら,次はそれを外に認めさせなければならない。
 アジアカップもコンフェデもなくて,その舞台をどこに設定するのか難しい。最終予選でとなったら,接近だの展開だので頭でっかちになっている現状はよろしくない。
 とは言え,最初の一歩は躓くことなく動き出したのではないか。

posted by footant10 |18:08 | その他 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年01月27日

岡田サッカーは正しいか?

 そもそも,狭い局面で日本は上手いのか。少なくともチリの若手よりは下手だった。狭いと人とぶつかる危険性が増し,フィジカルが弱い日本人に向いているとは思えない。個人技で劣り,決定力に課題があった甲府が,狭いところでのプレーに拘るあまりJ2に落ちたのは示唆に富んでいる。狭いほど個人技が要求される。

 ではなぜ狭くするのか。その意義はあるのか。目的は数的優位を作ることだろう。
 フルコートで11対10では負けることもよくあるが,2対1なら100%勝つ。数的優位の状況はシンプルなほどいい。また,同じ2対1でも広ければ広いだけ勝つ確率は上がる。わざわざ狭い所で数的優位をつくるのは愚行である。
 つまり,狭くするのは,相手も誘って他の場所を広くし,そこでシンプルな数的優位を作るためのアプローチであるべきだ。目的ではなく過程である。ところが今日の試合ではその意識があまりに希薄だった。ボランチは逆に展開しようとせず,サイドバックが連動して上がることもない。当然始まったばかりだから,それでもって全てを否定する気はないが,どうも狭くすることに拘りすぎているように見えた。“接近”は“展開”するからこそ意義が生まれるので,セットで進めるべきだろう。

 さらに,崩しの段階で人数を割きすぎているため,肝心のゴール前の人数が減った。ピンポイントクロスも点で合わせるFWも無いのが日本の弱点のはずなのに,わざわざそれを強調しているのだ。数的優位を作るのは個人の力不足をカバーするためなのに,ゴール前は最も個人の力が問われる場所なのに,フィニッシュは個人に頼っている。要は今の日本は崩すのが目的になってしまっているのだ。
 それは本来,過程でしかない。目的はゴールだ。
 日本化が叫ばれているが,そのためには強みを出すだけではなく,弱みも減らさなければならない。それがサッカーで最も大切なゴール前ならなおさらだ。結局はネットを揺らさなければ何の意味もない。最終目的がゴールになければ,広いも狭いもない。

 さらに気になったのは対応力の低さだ。接近で劣るなら,一気に展開すればいい。縮めてから広げるよりも,広げてから突破するのが有効な相手だったのに,なぜわざわざ難しい方法を選んだのか。テストマッチだからあえて固執したのかもしれないが,そういった対応力を磨く舞台でもあるはずだ。
 
 3次予選は問題ないだろうが,最終予選までにどれほどの準備期間があるのか。アジアカップがもう終わっているのは予想以上に響く気配だ。
 もちろんコンディションも戦術もまだまだの段階で答えを出す必要はない。ただし,進んでいるのが正しい方向なのかはしっかりと考えなければならない。

posted by footant10 |15:33 | その他 | コメント(17) | トラックバック(1)
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2007年08月24日

反町監督の矛盾

 反町監督は試合後の会見でこう述べた。
 ―水野は1人でも崩せるスピードと感覚的なドリブルを持っています。本田(圭佑)の場合はどちらかというと重量級で,そういうのは持っていない。逆にそれをうまく使うべく,数的優位を作ったりしないといけないですね。残念ながら今日の試合ではそういうシーンが見られなかった。

 ベトナム戦で日本は左右非対称のシステムになっていた。右サイドには水野がいて,後ろから細貝が援護する。数的優位をつくりやすい形だ。一方左は,本田が一人で広くカバーせざるを得なくなっていた。李は周囲との関係を築けなかった。キーとなるのは柏木だが,彼は水野との関係から基本は左寄りで,自分の特長を活かすために中へと入ってくる。左利きの選手がそこから絡みやすいのは当然右サイドで,結果左は孤立した。

 つまり反町監督の人選,システムが本田を孤立させたのだ。会見で言ったようにしたかったのならば,左右を逆にすれば良かった。例えば本田の後ろに安田を起用し,積極的に上がることで本田の左足を活かせたかもしれない。家長の投入がもっと早ければ両サイドが脅威になっただろう。選手が自ら変えることもできたが,それに合う駒がピッチ上になかった。

 反町監督はチームのベースを確立できないままでいる。だから下の世代をチームに組み込むのに手こずっているのだろう。監督交代は遅きに失した。この先できることは,吉田監督の元にカナダ世代をベースにしたチームを作るか,大一番を見極めて,刺激を与える目的のみで交代するか,である。現実味があるのは後者だと思う。セットプレーで勝ち点を拾っていき,ここぞの場面で劇薬を投入する。

 いずれにしても,選手が反応しなければ意味が無い。あの相手にホームで1-0で結果を残したと言えるのか。選手は最終的に出場権を得ることで証明すれば良いし,一つずつ勝つことだけを考えるべきだ。だが協会やマスコミは,先を見通すことが求められる。

posted by footant10 |01:00 | その他 | コメント(6) | トラックバック(0)
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2007年08月01日

何もない

 結局,何も手に入らなかった。
 前回,いいサッカーをしていると言ったのは,この大会での優勝だけを目指すのであれば,ということだった。弱者が引いて守るのと同じ次元だ。だが,結果は4位。次回のシード権すら手放した。
 組織力があり,パスワークが巧みだということは,誰だって知っている。個人技で劣るということも,仕掛けの意識が足りないと言うことも。ベースは確立できたと言う意見もあるが,オシムが1年かけて行なったことはどこへ消えたのか?相手に合わせてシステムを変え,アグレッシブに前へ走る姿を,今大会では拝めなかった。
 オシムは代表監督に向かないのではないかという疑念が浮かぶ。チームを短期間で修正する力を持たず,選手交代で局面を変えることも出来なかった。個人技の高いサウジの2トップに2バックで挑み,ポリバレントだ柔軟だと言う言葉は忘れ去られた。真剣勝負でも選手は柔軟な思考を持てるのか,試す機会はもうない。少なくとも現時点では出来なかった。成功体験を持たないままW杯の予選に挑む。
 
 強いて言えば,アジアを思い出したのが収穫かもしれない。僕が優勝は必須だと考えたのも,アジアをなめていたからだ。油断はいけないどころか,ジーコの時には結果で隠していたことが表面化した。思い出せて良かったのか,それとも他国に自信を与えただけなのか。今大会の意義を知るのはW杯後になってからだろうが,結果が出てからでは遅い。ジーコ時代と同じ過ちを繰り返してはいけない。続けるにしても十分な検証と要求が必要だ。マスコミはいつまで手下でいるのか。

 僕は,代えるべきだと思う。結果も内容も悪かったのに,続けていい理由がない。当然,協会のトップも一緒に。

posted by footant10 |16:37 | その他 | コメント(9) | トラックバック(0)
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2007年07月24日

アジアカップ優勝は必須

 アジアカップの日本代表は、エキサイティングだとは言えない。だが、いいサッカーをしていると思う。ショートパスを繋いで、ちょっとずつ相手をズラし、穴を空ける。ジェフのイメージで見ると随分動きが少ないが、それは気候に適応していると言える。
 逆に欠点もハッキリした。個人レベルでの仕掛けが少なすぎる。選手起用にも理由はあるだろうが、穴を「こじ開ける」力も持っておきたい。さらに、今のようにSBを強調するのであれば、もっと攻撃のセンス、才能が欲しい。加地も駒野もいい選手だが、センスという意味では足りない。駒野は右に固定して、左はコンバートも考えるべきかもしれない。

 今大会の特徴、つまり気候、穴ができやすい相手といったことを考えると、今の日本は抜群に相性がいい。だから、オシムの去就とは別問題で、優勝しなければならない。
 次のコンフェデがいつなのかは知らないけど、あの大会は日本にとっては非常に有意義で、必ず出たい。アジア以外にもこのサッカーと「高原」という才能は通用するのか、相手が変わるとサッカーも変わるのか。経験値が足りない選手のためにも、国際舞台は多い方がいい。

 そして今大会を見て思ったことは、アジアは日本を恐れている、ということ。このままの心理状態でW杯予選に臨みたい。
 勝てるチャンスがあると知り、普通に戦われると、事故が起こる可能性がある。

posted by footant10 |18:15 | その他 | コメント(21) | トラックバック(0)
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2007年06月04日

ポリバレントと日本人のサッカー

 オシムは日本人のサッカーをやりたいということを言っていた。日本人の特徴を活かすには、もっと言えば日本人の特徴は何なのか。有能な外国人の監督がどう見ているのかは非常に興味深い(オシムが外国でどんなやり方をやっていたのか詳しく知らないのが何とも悔しい)。でも、代表的なものなら分かるかもしれない。

 まず分かりやすいのは、敏捷性。そしてこれによる展開、切り替え、寄せの速さ。ブラジルからの助っ人が口を揃えて「日本のサッカーは速い」と言うのはこのことだろう。走るサッカーというのは、これを活かすためだと思う。
 
 身体的特徴が敏捷性なら、精神的な特徴は、悪い言葉になってしまうが主体性の無さ。システムを相手に合わせるなんて、なんとも象徴的だ。これは外国人には中々できないのではないか。ベッケンバウワーは2002年に「日本は肉でも魚でもないチーム」といっていたが、肉や魚で勝負しても勝てない。
 ポリバレントとは、システム変更をスムーズに、選手交代せずに行なうため。僕は部活レベルでしかプレーしてないので、2トップ相手に4バックで守ることがどれだけ難しいのか分からないが、3バックの方が簡単で分かりやすいのは間違いないだろう。4(CB2+SB2)バック信者としては残念だが、2006アルゼンチンやNboxジュビロのような3(2+1)バックなら面白いし、阿部や今野がいれば可能だと思う。

 今更こんな基本的なことを書くのは、オシムが「なぜパスをまわすのか分かりますか?敵を寄せて逆を空けるためです」と言っていて、それを選手がやっていたから。相手に合わせるのも、肉でも魚でもないのも自分の好みではないですが、オシムが考えることは非常にタメになります。レッズサポの友達ができたような心境です。自分とは違う意見も聞いてみようということです。

 でも、ちょっと言いたいこともある。
 佐藤寿人を左サイドで使うのはやめて欲しい。彼にはペナの中で勝負させてあげてほしい。肉や魚として勝負できそうな才能には、その道を極めさせてあげるべきだ。画一化は面白くない。
 中村俊輔という才能をオシムがどう組み込むのか、とても楽しみだ。

posted by footant10 |22:02 | その他 | コメント(8) | トラックバック(0)
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2007年02月09日

代表発表延期に思う

 クラブをバカにしすぎではないか?
 
 そもそもこの時期に代表合宿をやる意義すら分からない。
 シーズン前のこの時期にチームを作るはずが、中心選手を抜かれたらそうはいかない。
 それに、いわゆる海外組は「スタメンを取るため」と招集を免除されることがあるが、それは国内組にも言えることではないか?
 それに加えて、である。

 何か日程に変更はあったのだろうか?オシムは事前にそれを知り得なかったのか?彼の気分で召集時期を変えられるなんて、おかしい。
 それを「はい、分かりました」と受け入れる協会は、クラブに貸しを作ることになる。今後より重要な局面でクラブを従わせることができなくなるかもしれない。オシムに雇われているのではないのだから、全てを認める必要はない。
 マスコミも「オシム流」だの「サプライズ」などとはやし立て、クラブからも浦和など一部を除いては批判の声があがらない。

 そういえば今年の標語は「ALL FOR 2010!」らしい。
 クラブは一年一年が勝負、である。
 どっちの合宿が大切か?代表は好き勝手やる権利があるか?

posted by footant10 |11:01 | その他 | コメント(26) | トラックバック(0)
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2006年11月27日

欲張り

 2006年10月8日、日立台の意地悪な雲でさえ、天がこの試合を堪能するのを拒まなかった。空のぬけるような青が、ピッチの熱と美しく交差する。
 天皇杯の醍醐味、ジャイアントキリングに挑む法政大学は、J2のトップグループにいる柏レイソルを前にしても、怯まなかった。勝ちにいった。

 リネカーは言う。「サッカーは十一人対十一人でボールを追いかけて、でも最後はドイツが勝つんだ。」
 その理由を気持ちの強さに求める声は大きい。曰く、ゲルマン魂。法政はこの日、あらん限りの魂をかけて戦った。
 そして、敗れた。
 ドイツにあって法政になかったもの、それは個人の力だ。ドイツの枕詞に無骨、退屈といった言葉が付きまとうようになったのは、最近に限った話である。かつての西“世界最強”ドイツには皇帝がいて、爆撃機がいた。CMパサーと華麗なる労働者がポジションを争った。
 確かにいいCBはいたし、臭いのするアタッカーもいた。中盤ではU‐21代表の本田が睨みをきかせる。だが、それも大学レベルでの話だ。法政“プロ相手”大学は、「いい試合」をするのが精一杯だった。

 前半25分に不可解な判定でDFが退場となった後も、法政は互角以上の戦いをし、チャンスを量産した。
 それがいけなかった。チャンスを作ると試合が動く。自分たちがチャンスを掴むということは、即ち相手にもその可能性を与えるということだ。あまりにも青い空が、ピッチの熱を際立たせたように。
 もちろん点になっていれば多少話は違うが、モノにできなかった。法政はある程度の力を持っていたため、チャンスを作れてしまう。だが仕留めるまではいかず、のらりくらりと相手を焦らす経験も無かった。
 圧倒的な個人技を持つドゥンビアが投入され、さらに先制されたことで、不安定に揺れていた試合は一気に崩れ去る。
 残ったのは、0‐3という結果だけだった。
 
 ドイツだって、最後に負けていたことはある。
強くたって負けることがあるのがサッカーだ。疑惑のゴールに沈んだことも、たった一人の男の前に屈したこともある。ほんの些細なことで結果は全く変わってくるし、この日の法政は勝ちに値するのを証明した。たとえ相手がプロであっても。それで十分なのだが、試合後の選手の涙を、塩辛い魂の発露を見て、もう少し欲張ってみようと思う。

 ドイツの勝利の歴史はまさかの勝利から始まった。1954年当時最強のハンガリーを撃破し、予想外の世界制覇を達成する。ミュンヘンの街でその優勝と、熱狂のあまり我を忘れる大人たちを見て、一人の少年はフットボーラーを志した。そしてチームを、最強に導いた。

 この日、先輩たちの魂の死闘を見届けた誰かが、ベッケンバウワーと同じ道を辿らんことを。

posted by footant10 |13:48 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2006年09月04日

0からのスタート~サウジアラビア対日本~

日本がサウジアラビアに負けた。それも、真剣勝負で。
これは忘れてはならない。断じて「いいこと」ではない。

現在の代表選手は、国際舞台での経験が少ない。それも悲劇的に。
どうすればよいのか?勝つしかない、と思う。
例えばW杯予選でサウジと当たるとき、今回の試合は何を選手にもたらすのか?
決定力の大切さ、ミスを減らすこと、バイタルエリアを空けないこと。確かにそうだ。
しかし、そんなものはどこでも得られる。もちろん勝ち試合でも。
この日ここでしか得られなかったもの、それはアウェーでサウジに勝つという経験だった。

終盤での漫然としたボール回しには失望した。
ゲーム運びの拙さは日本サッカー最大の課題のままだ。
しかし、最も信じがたいのは、監督、マスコミを含めてほとんどの日本人と一人のボスニア人がこの試合を特別なものと見ていなかったことだ。

3年後のW杯予選、アウェーでのサウジとの大一番に惜敗した。
日本では、決定力不足とともに、国際舞台での経験のなさを嘆く声が挙がるだろう。
そして、ジーコが出来なかった世代交代のせいにするだろう。
この日出来る最大限の仕事をしなかったことは、忘却の彼方に追いやられて。

ひとつひとつの試合で勝負に拘るという、ジーコが残した最大の財産は早くも捨て去られた。
次の監督は無口で、また新しい井戸を掘り、走らないサッカーでもやるだろう。
そしてまた、0からの4年間をスタートするのだろう。


―追記―
詳しいレポートは相馬さんのブログへ。
世界最高の左SBだった相馬さんです。ttp://somanaoki.cocolog-nifty.com/blog/
審判問題も書こうと思いましたが、相馬さんの意見に感服し、今のところは保留にすることにしました。

posted by footant10 |23:48 | その他 | コメント(10) | トラックバック(0)
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2006年09月03日

1年生

ナビスコカップ準決勝1stLeg、アントラーズ対マリノス。
先制点のシーンが問題になっている。
試合後の会見で水沼監督が「フェアプレーの精神が無いのは残念」と発言した。(ttp://www.jsgoal.jp/news/00037000/00037613.html)
はっきり言って、愚かな発言だ。
まず、怒りの矛先を間違えている。あのような場面で試合を止める判断は審判に任せられている。
監督になりたてで知らなかったのか。怒るなら、審判に。
ただ、それでも甘い。気を抜いた守りをしていたのは自分たちの選手だ。
それを指摘していないのはナンセンスとしかいいようがない。
結果よりも、と発言しているが、いつまでコメンテーター気分でいる気か。

一方のアウトゥオリ監督のコメント(ttp://www.jsgoal.jp/news/00037000/00037595.html)
経験の違いがアリアリと見える。

そして驚くべきは、一部のメディアである。特に黒い噂もチラホラ聞かれる某豚局。
冷静に報道しているところもあるが、メディアがあれだけ偏った伝え方をしていては、進歩など望めるはずも無い。
選手が試合を止める必要は無いといったのは、今大人気のオシムである。語録に加えておいて欲しい。

何はともあれ、勝ったのはアントラーズである。

(リンクの頭にhを付けて下さい)

posted by footant10 |16:30 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2006年08月25日

バスケで見える

世界バスケでのイタリアは、本当に汚いらしい。
ファウルにならない程度の妨害を繰り返し、相手のリズムでの試合は許さない。
ただ、シュートが上手い。特に勝負どころでの。
翻って、フットボールである。
カテナチオ、守備的すぎる、つまらない。それはそうかもしれない。
それでも、アズーリのストライカーはいつも一流だ。
なぜか。点を取らないと勝てないから。そのためには、とびっきりのストライカー。
打ち合いの試合、ハンカチょうかの試合にしないように、守備的に。勝つために必要なものは忘れずに。

バスケの日本代表は、弱かった。個人で戦えない上に、メンタルもヤワだ。
象徴的だったのはニュージーランド戦だ。いい戦いをしながら、最後に崩壊した。勝負所を押さえられないのだ。
これはどこかで見た光景そのままではないか。

点を取るにはシュートを入れる。
勝つためには、勝負所を押さえる。
では、イタリア人でない日本人が勝つにはどうすればいいのか?
サッカーで負け、バスケで負けた。しかし、野球では勝った。
毎日のニュースや新聞に、その理由は、、透けて見える。
もちろん、ハンカチは関係ない。

posted by footant10 |16:48 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2006年07月04日

エジソンと中田英寿

「天才とは99%の努力と1%の才能だ」

この言葉は、努力の大切さを説く際に引用される。
しかし僕は、エジソンは違うことを言いたかったように思える。

中田英寿は努力の人だったと思う。
ジダンどころか小野伸二よりも、才能では大きく劣るのではないか。
それでもあそこまでの成功を手にした理由は、努力以外の何物でもない。
常に首を振って周りの状況を把握しようとした。パス練習一つにしても、キックのフォーム、ボールの回転にまで拘った。イタリア移籍のため、イタリア語を完璧にマスターした。

エジソンはこう言いたかったのではないか。
「努力だけじゃ、天才にはなれないよ」と。
中田英寿に才能は無かったのか?
あった。しかし、天才に手が届く程のものでは無かった。

それでも、日本でトップの選手が引退したことに変わりはない。
そしてたぶん、彼が天才であろうとはしなかったことも。

中田英寿は、才能に頼らなくても世界で戦えることを証明した。
次は誰が、何を見せてくれるのか。

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2006年06月15日

ストーリー

サッカーは物語。
流れがあって、出来事があって。

ただし、結末は分からない。
ハッピーエンドになるには、一つ一つの行動に気を配る必要がある。
すべてが絡んで、結末が決まるから。

追加点を奪えなかったり、
ポゼッションを忘れたり、
交代が遅れたり。

そんなことが、バッドエンドへと誘う。

ストーリーの紡ぎ手は何処に。

posted by footant10 |16:43 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)
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