MLB 戦いの原理を求めて

グリエルにみせたダルビッシュの寛容さの中には、思索しうる者だけ持つたしかな知性がある

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私自身、世間における多数の意見は反対の立場を取ることが極めて多く、最下位のジラルディを擁護するかと思えば、二刀流・大谷がバッシングにさらされた時も栗山監督を擁護しました。

殿堂入り 私ならバリー・ボンズへ投票する ジャーナリズムの精神とは何か

にもあるようにボンズも擁護すれば、永久追放の大合唱に晒された巨人の福田も擁護し、賭博はしても八百長はしていないピート・ローズに対しても擁護する姿勢を当ブログは保っています。そして、覚せい剤で捕まった清原和博に対しても、その罪を擁護することは断じてないものの、ダルビッシュや楽天の三木谷社長と全く同じ意見であり、清原にはセカンドチャンスを与えるべきというこれまた少数派の立場を選び取ってきました。

一方で

アトリーのタックルでテハダが骨折 それがベースボールだ

メジャー通と言われる人が、それもカルチャーであると危険なアトリーのスライディングを擁護していた際には、間髪入れずに、必ず近い将来、ルールが改定されることになると予言し、そこでは寛容さを示すことはありませんでした。

三木谷オーナーは、例えば福田に始まる賭博問題について、賭博そのものはもちろんいけないことと批判しつつも「人間は完璧ではないし間違いも起こす」「俺は賭博した選手でも雇うよ」とあります。おそらく三木谷オーナーとダルビッシュのスタンスはかなり近いものがあることが推定されます。しかし清原の覚せい剤の時も、清原を擁護した三木谷オーナーやダルビッシュさえもひっくるめてバッシングに晒される有様でした。

有名人である清原が転落していく姿をバッシングすることによって、日頃の欲求不満を解消するかのようなヤフコメに見る世の多くの意見に対して、どうしても私が一線を画したい思ってしまうのは、その言葉に一種の知性の欠如を感じてしまうからです。

グリエル的なる差別意識は、ダルビッシュの中にももちろん、私自身の中にもあり、自分はグリエルとは違うと言わんばかりにグリエルを叩きまくっている人の中にも気づいていないだけで確実に内在するものです。グリエル的なる差別意識が人類の中に普遍的なものとして内在していることを少なくとも、ダルビッシュの知性はキャッチしています。

だからこそ、グリエルはそれなりの処分は受けるべきという立場はダルビッシュは堅持しつつも、自らが100%正義になってグリエルを徹底して糾弾することがダルビッシュはできないでいるのです。賭博も、覚せい剤も、差別も、その罪そのものは裁かれるものです。しかし人間そのものまで社会的に抹殺し、完全に否定すべきなのでしょうか。そうあってはならないと考えるのがおそらくダルビッシュであり、当ブログもその立場に同意するものです。

「完璧な人間はいない。彼もそうだし、僕もそう。彼が今日したことは正しいことではなかった。でも我々は、彼を責めるよりも、学ぶ努力をしたい。もしこの経験から学べるなら、それは人類にとって大きな一歩だ。私たちはこの素晴らしい世界に生きているのだから、怒りにフォーカスするよりも、前向きにとらえ、前に進んでいこう。みんなの大きな愛を頼りにしている」 ダルビッシュ有
ハンナ・アーレントという偉大な哲学者がいます。彼女もまたドイツ・ナチスの罪を見つめ、深く思索し続けてきた人物でした。

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ドジャース
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グリエルにみせたダルビッシュの寛容さの中には、思索しうる者だけ持つたしかな知性がある

結局 ダルビッシュは打たれて ブーイングの嵐だった。
やはり 勝負事は 勝ってなんぼという世界なのだ。

「グリエルにみせたダルビッシュの寛容さの中には、思索しうる者だけ持つたしかな知性がある」へのコメント

寛容とされるダルビッシュが前チーム所属の際、ベンチ内で同僚がつり目のポーズをした時、ダルビッシュも同じポーズをやり返したのを・・・知ってる訳ないか
少数派を語ってますが、やってることは気に入らない方々を題材にし続けて悪い所ばかりを取り出して拡散してるだけの憂さ晴らしじゃないでしょうか

ところで正しい主張されていたドジャースの戦略の結論は出ましたか?

グリエルにみせたダルビッシュの寛容さの中には、思索しうる者だけ持つたしかな知性がある

事実とは180度異なる発言を自らの力を誇示せんがために野村本で古田獲得を自らの意思であると既成事実化したように、今回長谷川は全く事実無根の監督要請という話を場を盛り上げるために講演会で話したとされています。

ありもしなかった話を長谷川が講演会でするわけもないだろうとマナーを問題視するコメントもあります。しかしそれこそが固定概念であり、自らの常識の延長線上で物事を捉え過ぎてはいはないかと当ブログでは考えています。野村克也のようにどれほど頭が良くても、自己愛のために過去の発言を180度塗り替えることのできる人物が実際にいるのです。

それを一般に自己愛性パーソナリティ障害と言います。

もちろん今回の長谷川のケースも野村克也と同等に見なすべきかは判然としません。しかし長谷川曰く「MLB数球団からの(メジャー契約)オファーがあったがマウンド上でのモチベーションを維持することが困難になった」との理由で2006年1月に正式に引退を表明したが、代理人は「マイナー球団からのオファーが2、3あったが、MLB球団からのオファーはなかったので引退する」と語っている。こうしたギャップが過去にもあった以上、虚言の可能性は十分にある。

以下略

「グリエルにみせたダルビッシュの寛容さの中には、思索しうる者だけ持つたしかな知性がある」へのコメント

まーた俺はお前らとは違う考えを持ってる云々かい
ここは君が他人を見下して悦に浸る場所じゃないんだけどねえ

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大谷を口説くために日本ハムが用意した提案書に感銘して以来、日本ハムのファンとなる。二刀流については入団当初から 支持をする。

歴史や戦略 戦術をテーマにずっと研究してきました。

MLBで最も惹かれる人物は、リグリーフィールドの蔦を考案した人。7イニングストレッチで「Take Me Out to the Ball Game」を歌う文化を定着させた人物と言ってもいい。

2015年7月5日に自分がどうしても書きたかった記事をupする予定です。ビル・ベックを知らずしてMLBの歴史は語れない。


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(01月18日現在)

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