2008年09月28日

『真中満。』

世の中には、何度見ても同じものを感じさせてくれるものがある。

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真中満。


この左投げ左打ちの巧打者は、当初僕にとって少しやきもきした物をもたらすような選手だった覚えがある。

というのも、ここでいう当初。つまり彼が台頭し始めたその時、彼の場所にいたのは飯田哲也その人だった。

言うまでもなく、ヤクルト黄金期の象徴ということができるすばらしい選手だった。飯田哲也という選手がそれまでの10年間に残した輝きは実に眩くて、僕はそれにはっきりと魅了されていた。

真中満が表舞台に表れるにつれて、飯田哲也の影を見ることは少なくなってきた。でも僕は、いつまでも飯田哲也を見ていたかった。なんとか再び飯田に輝いてほしいと、そう願った。

相手先発が左の時に出てくる飯田を見ると僕は少し嬉しくなったけれど、少し経つとそれも稀になった。
僕もだんだんと、真中が一番中堅であり続けるヤクルトに違和感を覚えなくなっていった。


そして彼はヤクルトから去っていった。

思えばこれが、去って行くベテランというものを初めて真摯に見つめた経験だった。日々の流れに心が抵抗し続けた。そんな数年間だった。


しばらく経った。

飯田が居なくなったことを寂しく思う気持ちもまだあったけれど、恙無く世代交代が行われたことに安心を覚えるようになった。僕は段々と、それを「仕方ないこと」なんだと納得できるようになっていった。

そして、新たな選手に希望を預けるようになった。その始めての対象が、真中満という打者だった。

彼は飯田ほどの守備や足は持っていなかったけれど、素晴らしい打棒を持っていた。実に「巧打者」という文字が似合う選手だった。体は小さかったけど、頼もしかった。


そんな真中も、いつの間にか見なくなった。青木宣親が台頭したからだった。
僕も飯田がいたあのころとは少し変わったようだった。僕は驚くほどあっさりとそれを受け入れた。そして青木に世代交代の象徴として期待を寄せた。




ヤクルトは真中満に来期の構想に入っていないことを告げたという報道があった。
実質的な戦力外通告だと、人は言う。

それを聞いたとき、あの懐かしい気分が少しだけ蘇った。
それは飯田哲也が僕の前から消えていこうとした、あの時ずっと僕の中にあったものだった。


これは見覚えのある景色だ。何度も見てきた。

飯田哲也は去った。

踏ん張り続けた池山隆寛も引退した。

ファンになってから常にチームに居た古田も、今はもう居ない。


見慣れた、といえば、間違いなく見慣れた景色である。




でも。


何度見ても、寂しい。


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posted by end-world |20:25 | 思い出の選手。 | コメント(2) | トラックバック(0)
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