2008年10月11日
河端龍
中継ぎ。鮮烈なる右腕。
如何にもヤクルトらしい、細身できしゃなその出で立ち。
2001年。21世紀の始めの年に、新しくなるヤクルトの産声を上げたあの年。
確かに新しいサイクルが始まったと、そう思ったあの年。
ヤクルトの、今現在最も新しい優勝。
そこに河端龍は居た。
中心に居た、といっても過言ではない。
それまで殆ど名前を聞いたことの無い投手だったけれど、彼なくしてあの年の優勝は無かったのではないだろうかとすら思う。絶対的な存在では無かったのかもしれないが、本当に無くてはならない存在だった。
絶対的な抑えに高津がいたが、それだけで勝てる訳では無い。
ロケットボーイズが未ださほどの脅威では無かったあの年に、君臨したあの姿がどれほど頼れる背中だったことか。
ことに河端に関しては、崩れたという記憶が無い。
それくらい、大きな中継ぎだった。昨今のヤクルトの低迷は、ロケットボーイズの不在もさることながら河端も同時に潰れてしまった事だと思う。
この三人のうち誰か一人でも健康体であれば、あるいは。
それは叶わぬ願いではあったけれど、あるいはヤクルトはまた別の姿を見せていたかもしれない。
そんなことを考えてしまった。
結局のところ、僕は五年ほどしか河端龍を見ることが出来なかった。
その間彼はいつも勝ち試合で投げていた。
中継ぎの切り札としてマウンドに登り、ファンの期待を背負ってその右腕を振り回した。
あれから、たった七年。
たった七年で、彼は居なくなってしまう。あれほど頼りがいがあって、あれほど僕らの期待を背負ってくれた河端龍が、たった七年で居なくなってしまう。
どうしようもない。
怪我なのだ。どうしようもない。去年も一昨年も、彼が一軍で投げることは無かった。戦力外通告があったという話は聞いていない。だとすれば、本人の決断なのかもしれない。全ては僕の勝手な想像だ。
河端龍が表舞台から去ってしまう。
恐らくは10月12日に。
間違いなく明治神宮球場で。
彼がいろんな物を賭け、僕らが彼にいろんな物を願ったその場所で。
河端龍は、表舞台から、去る。
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2008年10月06日
小野公誠
捕手。右投げ右打ち。
ヤクルトには古田敦也がいた。
ヤクルトの捕手には常に古田敦也がいた。
チームがグラウンドに散ったとき、彼は必ずホームベースの近くに立っていた。
故に、小野公誠が表舞台に立つことは少なかった。
しかし彼は、古田敦也が居ないときには常にグラウンドにいた。
控えという立場ではあった。代役という役割ではあったが、そこは間違いなく小野公誠の居場所だった。
彼は常に古田の影にいた。だけど、彼は常にヤクルトと共にいた。
彼が最も輝いていたのは、恐らく2001年だった。ヤクルトが優勝した、あの年。
中盤で古田が膝を壊し、故に回ってきたその座。やはり代役ではあったけれど、常にスタメンで出続けた。
彼は打った。古田の影を感じさせないほどに、打った。
あの時、彼は希望だった。古田がいなくなっても、小野がいれば何とかなる。そう思った。
それは間違いだった、とは僕は思わない。あの年結局は、小野は古田の穴を埋めることはできなかった。
古田は膝の水を抜きながら、グラウンドに戻らなければならなかった。
でもあの時、小野は間違いなく古田の後を継ぐような、そんな姿を見せてくれていた。
小野公誠。
古田敦也の影に生きた選手。ただ、彼は決して影そのものでは無かった。
そんな彼もまた、今年ヤクルトを去る。
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2008年10月01日
度会博文。
頼りになる控え。右打ち。一度聞いたら二度と忘れぬ名前。
草野球から見出された、ヤクルトの独特なドラフトを象徴する一人。
始めのころはなんと読むのか解らず、ウグイス嬢の声に必死で耳を欹てていた。
この人は常に控えだった。僕がヤクルトを見始めてから、彼がレギュラーに定着した年は一回も無かった。
だからウグイス嬢のコール自体が稀で、だから僕はいつまで経っても名前を覚えられなかった。
ただ「度会」という名前だけは、僕の目からはっきりと脳みそに刻みついていた。「度会」と「わたらい」が別の選手だと、そう勘違いしていた時期もあった。
友達に「ドアイ」と言って、「お前ほんとにファンなのか?」と問いただされた、実に笑えない昔話もある。
彼は実に多彩な場所を守っていた。それは逆に言うと、器用であるが故に使いまわされた感があった。守備が下手だったとは思わないけれど、かといって上手かったのかは疑問だ。
ベテランが築いてきた経験が、様々なポジションを守らせていたのだと思う。そこには背負ってきた時間があって、立ち姿は何故か見てると安心できた。
度会博文は、僕にとって代打だった。僕にとって代打といえば、度会博文だった。
彼から代打としての凄みを感じたことはあまり無い。でも、根拠はなくとも、何かをやってくれそうな打者だった。
何故かそんな思いを抱かせてくれた。それはやはり、打者として生き抜いた、その日々の重みなのかもしれない。
いつだっただろうか。
確か、若松が監督であっただろうか。度会の一振りで、試合が決まったことがあった。サヨナラだったはずだ。
お立ち台には度会が上った。そして言った。
「この瞬間のために、俺は代打をやっている」
いつからだっただろうか。
僕にとって度会博文は代打だった。僕にとって代打と言えば、度会博文その人だった。
彼は常に控えで、器用貧乏で、ついぞヤクルトでスタメンを奪い取ることは無かった。
明らかに二軍には納まらない実力がありながら、一軍で力を存分に発揮することは無かった。
しかし、彼は時々そこにいた。僕は彼に期待した。
出てくるだけで諦めがつくような、そんな切ない打者が何人も居る中で、僕は度会に対して期待し続けた。
彼ならば打ってくれる様な、そんな気がした。
度会博文。
代打。切り札。信頼できる男。
一度聞いたら二度と忘れぬ、名前。
恐らくは僕の中に長らく残るであろう、名前。
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2008年09月28日
世の中には、何度見ても同じものを感じさせてくれるものがある。
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真中満。
この左投げ左打ちの巧打者は、当初僕にとって少しやきもきした物をもたらすような選手だった覚えがある。
というのも、ここでいう当初。つまり彼が台頭し始めたその時、彼の場所にいたのは飯田哲也その人だった。
言うまでもなく、ヤクルト黄金期の象徴ということができるすばらしい選手だった。飯田哲也という選手がそれまでの10年間に残した輝きは実に眩くて、僕はそれにはっきりと魅了されていた。
真中満が表舞台に表れるにつれて、飯田哲也の影を見ることは少なくなってきた。でも僕は、いつまでも飯田哲也を見ていたかった。なんとか再び飯田に輝いてほしいと、そう願った。
相手先発が左の時に出てくる飯田を見ると僕は少し嬉しくなったけれど、少し経つとそれも稀になった。
僕もだんだんと、真中が一番中堅であり続けるヤクルトに違和感を覚えなくなっていった。
そして彼はヤクルトから去っていった。
思えばこれが、去って行くベテランというものを初めて真摯に見つめた経験だった。日々の流れに心が抵抗し続けた。そんな数年間だった。
しばらく経った。
飯田が居なくなったことを寂しく思う気持ちもまだあったけれど、恙無く世代交代が行われたことに安心を覚えるようになった。僕は段々と、それを「仕方ないこと」なんだと納得できるようになっていった。
そして、新たな選手に希望を預けるようになった。その始めての対象が、真中満という打者だった。
彼は飯田ほどの守備や足は持っていなかったけれど、素晴らしい打棒を持っていた。実に「巧打者」という文字が似合う選手だった。体は小さかったけど、頼もしかった。
そんな真中も、いつの間にか見なくなった。青木宣親が台頭したからだった。
僕も飯田がいたあのころとは少し変わったようだった。僕は驚くほどあっさりとそれを受け入れた。そして青木に世代交代の象徴として期待を寄せた。
ヤクルトは真中満に来期の構想に入っていないことを告げたという報道があった。
実質的な戦力外通告だと、人は言う。
それを聞いたとき、あの懐かしい気分が少しだけ蘇った。
それは飯田哲也が僕の前から消えていこうとした、あの時ずっと僕の中にあったものだった。
これは見覚えのある景色だ。何度も見てきた。
飯田哲也は去った。
踏ん張り続けた池山隆寛も引退した。
ファンになってから常にチームに居た古田も、今はもう居ない。
見慣れた、といえば、間違いなく見慣れた景色である。
でも。
何度見ても、寂しい。
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2008年05月29日
いつのまにやら
勝率も五割を割り込み
「あれ・・・やばくね?」
みたいなオーラを
醸し出している
ヤクルト。
ステキですね。
冗談です。
何度も五割復帰に失敗し、
そのツケ、とでもいいますか。
やはり、
手が届きそうで届かない
という状況は
若いチームには酷だった模様。
言うなれば、アレですね。
寸止め・・・・いや、なんでもないです。なんでもないですよ?シモネタ?知りません。
若いからこそ結果が必要っていうのは
実に世の中よく出来ていますね。
さて、
青木が復帰した今日の試合。
先発石川。
持ち直せたらベストでしたが・・・・
世の中そううまくありませんね。
こうなると、
伏兵の活躍・・・・
っていうのが
理想的な逆襲方法になりそう。
なんかわからんうちに勝つ様だと、
ちょっと恐いなぁ。
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2008年05月23日
ヤクルト勝ちました。
ね。
こういう、
投手の好投に報いれるって、
いいですよね。
今年の投手陣は、
何故か知りませんが、
0に抑えたまま踏ん張れるって言う。
驚異的な技を持っているわけです。
タフですよね。
最近はなんやかんや落ち気味ですが、
タフですよね。
石川に勝ち星が付かなかったのは、
切ない気もしますけど、
エースとしての満足感は、
勝てば満たされますよね。
たぶん。
そんな感じで、
畠山が決勝打。
いい感じに廻りそうな気が、
しなくもない。
そんな試合ですね。
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2008年05月21日
僕らの日常は我慢によって成り立っている。
たぶんではありますが、そういい切っても過言ではないでしょう。
そういう意味で、交流戦の”四番・畠山”という行為はそう”我慢”に当てはまった状況では無いような気もします。なんたってDHだし。
勿論四番に彼を当て嵌めるのは、実績から鑑みればなんとも思い切っていると、決断力に頼もしさを感じられるのだけど、正直切なさもあります。
なんと言うか、ヤクルトには本当に長距離打者がいないなぁ、と思う切なさなんだけど、その貴重な長距離打者である彼が使われている→開花する機会を与えられているというのは中々面白いですよね。
とはいえ畠山は打撃を求めて使われているわけですからDHで結果を残したくらいで満足しないで欲しい物です。
セ・リーグにDH制はありませんし、そもそも彼の一番の問題は守備・走塁なのですから。
酷な事を言えば、打撃で結果を出す事など「当たり前」とも言えますね。酷すぎますか。まあいいや。
だからですね、僕が言いたいのは、「本当の我慢は交流戦終わってからだよ」と言う事です。
逆に言えば、そうであって欲しい。打撃と走塁で結果を出せばいい交流戦は、文句無しにスタメンを守り、可能なら四番の座も守り続けて欲しいです。
そうすれば、流石に交流戦が終わってもそう易々と下げられないでしょう。そこから、守備と打撃を天秤にかける”我慢”が始まれば理想的ですよね。
・・・・ただ畠山の三塁守備はいつまで経っても上手くならんからなぁ、というのが未来に対してちょっと不安。まあ、まずは交流戦ですね。頑張れよ畠山。
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2008年05月07日
四連敗でストップ、と。うーん、何とも言えぬのぉ。手放しに喜べないし。
なにより打線のもどかしい事もどかしい事。入りそうなところで踏みとどまるそのバランス感覚足るや無意味に絶品ですね。やじろべえみたいな打線ですよ。これを倒せるかどうかで打線のよしあしは決まってくるんでしょうね。
でも、ホントポイントゲッターみたいな人がいませんね。今日は畠山様様な試合だった訳ですけど、あまりに守備がなぁ。サードは無理なのかなぁ。こいつの守備だけは一向に上達する気がしないのは何故なのだろう?打撃的には、ヤクルトに最も必要なパーツだと思うのですが。
ただ、勝つならこれしかないかな、っていう勝ち方ではありましたね。
貧打だから点は入らない→だから投手陣が抑える→連打は出来ないからHRで点を取る→安定してる救援陣で逃げ切る。
投手にたくさん疲労と心労が溜まりそうですね。崩れる前に、打線には覚醒して欲しいものです。
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2008年05月03日
前回ちらりと、「この打線不安やねん」とメチャクチャオブラートに包んで予防線張っていた訳なんですが、残念な事に今日はその不安が打線に蔓延。一瞬の輝きもありませぬ。それと反比例して上がる投手クオリティ。
と言うわけで今日は村中が90%程の快刀乱麻。”快投&貧打”のスペシャルコンボは未だ治らず。本日もご健在でした。何がいけないのかね。素人の僕にゃ解りません。やはり、青木が中軸打てないと、役割的にキツイのかなー。クリーンナップタイプの打者が決定的に不足してるのかもしれませんね。大丈夫かなぁ。頑張って欲しいなぁ。
カモーン、武内。畠山は、いい加減守備直してよ。困ってんだから。
さて・・・・村中ですか。こんだけ内容は良かった(途中までだけどさ)んだから、結果も付けさせてあげたいものなんですけど、叶いませんですね。若手にはしっかり結果を出させてあげたいなぁ。後を引かないといいんですが、それもまた無理な話ですよね。負け方が悪いなぁ。恐いなぁ。大丈夫かなぁ。頑張って欲しいなぁ。
五十嵐が打たれてるのも嫌な感じですねぇ。時々打ち込まれる投手ではあるんですが・・・ボコボコだしなぁ。後引かないかなぁ。大丈夫かなぁ。頑張って欲しいなぁ。
明日は川島ですか・・・少し酷な状況である気もしますが、大丈夫かなぁ。頑張って欲しいなぁ。
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2008年05月03日
なんだか毎年書いてる気もしてきたのですが、今年も川島亮が復帰します。
昨年11月に右肩手術の燕・川島亮、4日巨人戦で復帰登板
4日の巨人戦で復帰だそうですね。結構思い切ったところでやるんですね。確か巨人との相性は良かったように思うから、そこら辺も踏まえての起用なんですかね。今年は巨人戦、調子良さそうですもんね。まだ六戦しかしてないけど知りません。
それに、巨人は初物に弱いらしいですからね。村中にも抑えられてたし。そんなこたぁねえだろとも思いますし、川島が初物についてもいろいろ議論の余地がありそうですが。
去年と違うところは、川島に救世主的な役割が求められてない事と、比較的早い段階での復帰になったことですかね。シーズンを通して体を慣らす余裕がありそうですね。まあ一瞬にして怪我で消える姿も想像できない事はないんですが、本人の為にもそういったことは無いと信じています。大丈夫でしょう。たぶん。大丈夫大丈夫。
川島が復帰するたびに私は新人王取った頃の幻想を追ってしまいます。今年はちゃんと復活しているんでしょうか。出来れば移籍してきた川島と”W川島”とかセンスの欠片も無いあだ名を付けて、これからも微力ながら愛でて行きたいですね。
だから二軍とか行かないでよ?二人とも。
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